2020年05月08日

ことばとおと

いまの1日の情報量は、江戸時代の1年分に相当するという話しを新聞で読みました。

現代人が目にする情報の1日分が、365日に引き伸ばされるようなイメージかな。

いまの人々が1時間に得る情報を江戸で暮らす人々は20日間で得るという感じか。約1ヶ月弱・・・ちょ〜、のんびりしてたのだろうなあ〜、ゆるやかにおおらかに流れていく日常。

テレビもないしラジオもないし新聞もないし、ましてやインターネットなんてのもない。

情報を得るのは、せいぜいかわら版ぐらいのものなのか。あとは井戸ばた会議だな。

のんびりしてたけれどそのぶん、情報のひとつひとつの価値が高くて貴重。情報のちからが非常に強い。

情報が少ないということはことばも少ないということだから、ひとことひとことにちからがあったのだな。

いまの時代は情報を遮断しても遮断しても入ってきて目についてしまう。じぶんはSNSをすべてやめてしまったけれどテレビがあるし新聞もあるし、Googleで検索するとすぐに情報が目に飛び込んでくる。

その莫大な量の情報が消費されるスピードもとてつもなく早い。垂れ流されていく情報と、ことばのかずかず。

いまテレビを観ていると無理につづけている感じがします。この機会にちょっとやすめばいいのにと思うぐらいに早朝から深夜まで途切れなくやすみなく時間をうめつづけている。

そうしなければならないという強迫観念みたいなものなのか。

ピアノを調律するときはまず“ラ”の音をあわせて、その音を基準にしてほかの音を合わせるという話を本で読みました。

そのラの音は440ヘルツなのだそうです。

ヘルツとは1秒間に空気が振動する回数のことで、数値が高いほど音も高くなる。

いまは442ヘルツを基準にすることもあるし、現代のオーケストラで基準の音になるオーボエのラの音は444ヘルツになってきているらしい。

モーツァルト時代のヨーロッパではその基準のラの音が422ヘルツだったとか。モーツァルトが作曲をしていたころから比べると半音近く高くなっている。

高くなるということは音が明るくなるということでもある。そうなっていくのは、時代がもとめることでもあるのでしょう。

明るい音をもとめたくなる時代か。

おなじようにスピードやテンポも時代とともに、どんどん速くなっている。

情報が溢れているけれどこころは貧しくて、音楽は高く速くなるけれど暗く満たされない・・・

舞踏はことばをほとんどつかいません。

そうしてゆっくりと速度をおとすことを良しとします。

舞踏の思想そのままにできるかぎりことばを厳選しつつ、この一瞬を大切にしていけるといいなと思います。


music.jpg
世界共通で赤ん坊の泣き声は440ヘルツらしい。

参照:2020年4月21日 毎日新聞 / 宮下奈都著『羊と鋼の森』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 15:33| ブログ?