2020年05月18日

わらう

毎日、毎日くらいニュースばかり。

自粛警察に強制自粛に誹謗中傷に罵詈雑言。

人間は弱いものいじめが好きだからなあ。

こんなときにいちばん大切なのは笑いです。なんでもかんでも笑いとばすのです。

じぶんの人生は、笑いに何度もすくわれてきました。それだけにいつも笑いは大切にしています。

どんなときにもアホなことを考えて、馬鹿なことをやりたいと思っています。

いつもニヤリとさせてくれる、戌井君の週刊ポストの連載見開き反対ページに小松政夫さんのインタビューがのっていた。シリアスな芝居よりもコメディでのお芝居のほうがぜんぜんむずかしいと話されていました。

その精神は師匠である植木等さんから学んだとか。「芝居で涙なんか流しちゃダメだ。涙を流すマネをするんだ。鼻水がダラダラでて、セリフが言えるか。」

小松さんは師匠に浄瑠璃も観なさい。と言われたとか。

無表情な人形が観客を感動させるのはなぜか?

まじめになるのは簡単だけど、笑わせるとなると途端にむずかしくなるか・・・

そうなんだよなあ。楽なほうへいかない。まじめは禁物、クソまじめなんてクソだ。

広島の原爆で亡くなった曽祖父をモデルにしたデュ社の旗揚げ公演『ふたつの太陽』のときはシリアスにならないようにまじめにならないようにと終始、気をつけて制作した。

けれども結局、シリアスに押されてしまった。悲劇的な題材に飲みこまれてしまったのだな。

核をテーマにして制作した第3回公演『ぴちがい裁判』のときは喜劇にしようと頑張ったけれど、むずかしかった。こちらは無謀ともいえる劇作への挑戦もあったのでそこも原因ではあったな。

悲劇から喜劇へと向かおうとするこころが大事なのだと思います。

みんなが深刻でなかなか喜劇になっていかない、いまの状況。みんながシリアスで遊びや笑いを許さないようないまの状態。

かんたんなまじめのほうへと向かわないようにしたいなあ。安易な真剣へと向かわないに気をつけたい。

正義を振りかざして勧善懲悪のつまらないドラマにならないように願いたい。

まあいいじゃないかと笑いたい。どうしようもないねと笑いたい。

こんなときこそ。こんなときだからこそ。

踏んだり蹴ったりするのではなく、踏まれて蹴られていたい。悪口をいうよりも、悪口をいわれていたい。指をさすよりも、指をさされていたい。笑うより笑われていたい。

そうしてすべてをうけ流し、真にうけないようにしたい。

つよく、したたかに。

小松さんは、いい歳をした大人が白髪を振り乱して必死に電線音頭をおどるのがいいのだともおっしゃっていました。

どんなときでも全力でコメディーにかえていきたい。

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『わらおう』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:46| ブログ?