2020年06月14日

かんなんをともにする

デュ社副代表、湯山大一郎のお母さまから“粗供養”というものが届きました。

4月13日に湯山のお父さま、湯山哲守さんが亡くなられた。

ほんらいならば駆けつけるところですが、移動が制限されていたので自粛し香典のみで失礼しました。

粗供養は、その香典のお礼の品。

申しわけない思いで包装紙をあけると、かわいらしい和菓子でした。「お父さまの好物だったのかな。」とか思いながらさっそく頂いたら甘さがかぎりなく控えめで、とっても上品な味で「美味いなあ、さすがは京都」とうなります。

つづいてお母さまから手紙もとどいてびっくり。

こちらは、ことばでの香典のお礼でした。そして手紙2枚にわたって亡くなられたお父さまへの思いがつづられていて、読んでいて胸がジーンとあつくなった。

お父さまも教養のあるかたでしたが、お母さまもやはり教養があるのだな。と文章を読みながら思った。

届いた手紙によって、お父さまの最期の様子を知りました。

じぶんは、自宅にて人間らしい最期を送ることができるか?読んで考えさせられた。しかしひとが違えば人生が違うのはあたりまえ。じぶんの意思と家族の気持ち、病状や状況やその他いろんなことがあって可能となることなのでしょう。

病魔におかされてからは、持ちまえの楽観性と科学的な視点にささえられながら明るさとユーモアとやさしさがある闘病生活を送られたそうです。

お母さまはそんな旦那さまを「根っからの明るいひと」と思っていたが、最期の日々をともに過ごされてじつは苦痛や不安はけっして誰にも見せず、ひとりで引き受けていたと知った。

それはお父さまのプライドであり、まわりの人への思いやりであった。

急激に病状の悪化した12月8日の直後から、一番上のお姉さんが「お父さんの最期を、仕事の片手間に看取りたくない」と介護休暇をとって献身的にお世話をしてくれたとか。

素晴らしい。

4月9日に「いよいよ僕もご臨終です」と笑顔でみずからを診断。じぶんでそんなことがわかるものなのか・・・ひとというのは不思議です。

4月12日の午後、パリから帰国された二番目のお姉さんの「お父さん、ただいま!」という声にうなずき、ホッとした表情をうかべると同時に呼吸が荒くなった・・・

気力だけで生きておられたのか。

3時間後、長男の大一郎に背中をささえられて起き上がり、眼鏡をかけ、眼を大きく見開き、無言で、ひとりひとりの顔をゆっくりとみつめ、そして息を引き取られたそうです。

享年75歳。

お母さまが数日後、ベッドの下から遺書を発見。その最後にお父さまから、子どもたちへ向けたことばがあった。

「良き友人を作ることそしてその人を尊敬すること。次の格言をかみしめてほしく思います」

『艱難は共にできるが、冨貴は共にできぬ』

こころに刻み、かみしめます。

tokiwagi.jpg
『ときわ木』お父さまとお母さまが出会われた京大のまえの銘菓だそうです。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 13:04| ブログ?