2020年06月17日

はじめての海外旅行

国内の移動は今週からOKになるようです。

けれどもまだまだ、海外へいくなんてとんでもない感じなので日記をひもといて思い出にひたります。

はじめて日本の外へと出たのは、1992年12月でした。

セツモードセミナーへと通っていたころ。

ニューヨーク近代美術館でやっていたアンリ・マティスの史上最大で今後2度とあり得ないという大回顧展を観るためにアメリカ、ニューヨークへといったのでした。

世界中にあるマティスの作品をMOMAに大集合させて展示しようという大イベントの噂を日本で入手、行くことを決心したのだな。

12月15日、UA802便にて一路、アメリカへ。

機内で映画を観たり寝たり起きたりしているうちに、夕方4時ごろNew Wark空港へと到着。空港は寒々としていたがまだ明るかった。

入国審査を通りぬけ税関でかばんをひらいて台にのせると、係官が小バカにした顔で“Do you speak english?”と聞いてきた。

おもえばそれが、何年にもわたるアメリカという国との格闘のはじまりだったのだな。

“No"と答えるとあざけりの笑いを浮かべながら“Do you speak japanese?”と嫌味を言ってきたが気にせずやりすごす。

となりの台に目をやると、中国人らしき小さいひとがボストンバッグいっぱいの荷物を係官2人がかりで調べられていて困った顔をしていた。

知り合いへのお土産なのだろうか、いろんな変わったものが次から次へと出てきてちょっと可笑しくてほのぼのとした。

そしていよいよ空港のロビーへ。

そこはまさに映画のワンシーン、見るひと見るひとあたりまえだけど異人さんばかり。いろんな人種のひとがいて「あー、異国にきたのだな」と実感した。

ホテルについてすぐに小銭が必要と聞いていたので、両替所をみつけて見よう見まねで“Some chenge”と1ドル札を差し出すと黒人さんが機械的に両替してくれた。

フリーのパック旅行でいったのだけれど集合してからずいぶん待たされるので、どうしたのかと思っていると一緒のツアーのかたが、かばんを盗まれたとのことだった。

着いていきなりだったのでびっくり。1990年代初頭のニューヨークというのは、まだまだ治安が悪かったのだな。

現地の旅行会社のひとがきて、さきにバスに乗っておくようにと指示。

小型の変わったかたちのバスにのって外をながめると、どこかの航空会社のキャビンアテンダントとパイロットだろうかサンタの帽子をかぶってふざけていた。

「もうすぐクリスマスか。」

ホテルにチェックインしてからまわりをすこしウロウロしたら、路地裏で黒人が数人ドラム缶で焚き火をしていて怖ろしかった。

そのあとは、時差ボケのためホテルで爆睡したのでした。

newyork.jpg
『1992年12月のニューヨーク』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 15:34| ブログ?