2020年07月18日

下北、鉄割

一昨日は、下北沢にて鉄割アルバトロスケットのウェブマガジンインタビューでした。

主宰の戌井昭人氏がウェブマガジン『CHRATTO』での小説連載をはじめているそうです。

タイトルは『鉄割学園物語』

「関東地方の外れ、どたら県、こうたら市にある学力レベル測定不能校、鉄割学園には、今日も、空っ風やら、つむじ風やら、微風が吹いていた。たまに突風も吹くし、竜巻が起こることもある。」ウェブサイトより

10分前ぐらいに会場の駅前劇場についたらすでに皆さん集まっていて、こういうところは生真面目なんだな。と感じる。みんなマスクをしていて「へえ」と思う。

むかしだったら世間の目とかそんなことお構いなしでいそうだけど、結婚したり子どもができたりして社会性も身につけてきたのか。

仕事がたいへんそうな看板俳優の奥村勲氏もきていて「松浦君のやつが見たいんだよね」としきりに言っていてた。「松浦君て誰だろう?」と思いながら用意をする。

ソーシャルディスタンスということで、間隔をあけてすわって座談会のようなインタビューがはじまる。

まずは鉄割のなりたちから戌井君が喋りはじめる。じぶんはあとから参加した人間なので、なるべく出しゃばらずにしていよう。

いま残っている創設メンバーは、戌井君と演出の牛嶋みさをさんと奥村君と中島朋人と田山うたこさんと途中いなくなっていたけれど渡部真一に山内か。けっこう残っている。

みさをさんと渡部と中島と山内は玉川学園で戌井君と一緒だった。玉川学園時代から戌井君は有名だったようで、中島なんかは後輩で憧れていたようです。

奥村君と田山さんは文学座で戌井君と一緒だった。

ほかのひとは真面目で真剣にお芝居をやっているけれど、そのよこで戌井君と奥村君はハンガーをつかってなんだかわけのわからないことをやっていたと田山さんが喋っていた。

はじめは『原子力マグロ』という名前だったのかな。

鉄割でさいしょに公演する場所を探すために戌井君とみさをさんが東京の根津を歩いていて、ある公民館にたどり着いた。

「そこの管理人さんが、せむしのおじいさんで。その風情に魅せられ、即決でした。」

最初は蛍光灯で公演して暗転もできなかったとか。でも通常のお芝居でつかう照明器具はつかいたくない。反逆精神だな。最初からみじかいお話をつなげるやりかただったみたいです。

演劇ではないとずーっといっていたけれど、最近は面倒くさいので「劇団です」といったりしていると戌井君が笑っていた。

初期の頃は好きなひとや観てもらいたい、いろんなひとに招待状を出していた。

和田誠さんや翻訳家の柴田元幸さんにも手紙を書いて、柴田さんは著書に甘い物が好きとあったので『お団子つきます』って誘い文句を添えたりしていたとか。

観て欲しいひとに案内状をおくるあたりまえ。

話しを聞きながら「いまじぶんが創った舞台をいちばん誰に観てもらいたいか?」

考えて込んでしまったのでした。

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『模写 2020.7.18』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:52| ブログ?