2021年01月15日

ビリケンあらわる

オニにうながされてシンイチは舞台へとあがる。

いくつもの好奇の目が彼を見つめる。

あおるように音楽がさらに早く大きくなる。

シンイチはからっぽの手を見る。と、老婆が彼の手を持って包丁を振り上げた。

ザクッと包丁は手の甲を刺しつらぬいた。手のけんを外してつらぬく老婆のワザに感心しながら、じわじわと広がる痛みをこらえる。

ここ越えたかったらカネだせ。ババアのしわがれ声が耳もとに粘りつく。

ネダン10万ポコ。シンイチはなにも持ってないのでただ首を振りつづける。ないならポコ切れ!ババアは甲高く叫ぶと出刃包丁を引き抜き、ドンっとまな板に突き刺してキバをむき出して笑う。

背中に脂汗をかきながらシンイチは包丁に手をかける。包丁はギロギロと鈍いひかりを放っている。手はブルブルとふるえ、血でヌルヌルとすべる。

自分のペニスを切り落とせというのか?そんなことが可能なのか。

爆笑しているオニたちにあおられて、シンイチは包丁を引き抜くと目をつぶった。

さよなら、マイリトルボーイよ。あきらめて目をつぶり息を吸い、さあ思い切ってひと息で。

と、そのとき男が叫びながら舞台に上がってきた。ジェスチャーでちょっと待てと叫んでいるとわかる。ばばあとじじいは知らん顔をしている。

絶体絶命のピンチにあらわれた救世主はやはり肌が黒かった。オオサカの神さま、ビリケンのようにあたまがとがっていて未熟児のような細長い目をして、からだ中から煙を立ちのぼらせている。

大声でババアとなにかを喋っている。ババアは、わかったわかったと、うんざりしたようにシンイチに戻るようにゼスチャーする。とりあえずじぶんのリトルボーイは助かったようだった。

つきそうようにビリケンがついてきた。ホフムラもなぜかついてきていた。オニは見ているがなにも言わない。

歩きながらビリケンは『ブダマツ』と名乗った。ばばあとおなじとろけるようないい香りがした。

あの男たちはねえ、大きな間違いをしているんだよなあ。ブダマツはそう良い声でいった。

肌の色が白いというだけでさあ、オレらを差別してるんだよねえ。ブダマツはよく通る太い声でいった。

ぼんやりと彼のことばを聞きながら、なるほど、彼のいうことが正しいのならばじぶんも肌が黒いのだろう。

シンイチはそう思った。

おまえのせいであきないがめちゃくちゃやないか。裏口からたてものの外へ出ると、ホフムラがシンイチを突き飛ばしてツバを飛ばした。わしのせいで?とまどいながら口ごもる。

まあまあ。ブダマツがすばやくかばう。

沈黙がどんよりと暗い空の色とかさなり重くのしかかる。事情は飲み込めないが申し訳ない気分でシンイチは下をむく。ほんましゃあないやっちゃで。ホフムラはそう吐き捨てるようにいうとどこかへ歩き去った。

さてとシンイチさん、いくところはないんでしょう。ボクたちのところへ来るといい。

そういってブダマツはさきに歩きはじめた。

シンイチは遅れないように、とにかくそのあとについていくのだった。

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『ホフムラ』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:17| 小説のようなもの