じゃあ立ち上がろう。
いるかのような顔をした男が言った。
ずーっとつづいていた吐き気は、いつのまにかおさまっていた。
のろのろとからだが崩れないように丁寧に立ち上がる。立ってもおなじ、なにも考えない。ただ死体がぶら下がっているだけ。
生きるのつらい。ホフムラがしみじみとつぶやいた。生きるのがつらい?シンイチはてっきり死んでいるとばかり思っていたのでびっくりする。なにも考えない、ぼーっとする。2人に気づいて、いるかが声をだす。
ぼー・・・
なにかがピカッとフラッシュをたいたように光った。
アッと思い目をつぶった瞬間にすさまじい爆音が響きわたり、シンイチは5メートルほど吹き飛ばされていた。あたりは爆風と土けむりで真っ暗になった。
しばらくじっとしていたがよろよろと立ち上がる。まわりのひとたちは倒れたままだ。そのあといろんなものが飛んでくる。飛んできた無数のガラス片がからだに突き刺さる。そのたびにシンイチはうめき声をあげる。突き刺さるガラスにうごかされる。
あちこちで火の手があがる。
火がからだを焼く。あついあつい、くるしいくるしい。からだが燃えている。パチパチといって肉が焼ける。肉の焼けるいい匂いがする。おなかが減った、息ができない、苦しい、助けてくれ。
燃え尽きて黒焦げになってもまだ立っている。ぽろぽろと灰がくずれる。
シンイチは右の目が見えなくなっていた。近眼で眼鏡をかけていたが熱で溶けて顔にくっついてしまっている。レンズも溶けていたがかろうじて残っていた。
左目だけで見るようになってから右脳で考えるようになったのか、イメージの世界に入り込むことが多かった。夢なのか現実なのかも曖昧になっていた。
耳はずーっと遠かった。さーっというような音が常にしている。
そのとき、ポコないやついるか?!入口のほうで甲高く叫ぶ声がきこえて、騒ぎがおこった。シンイチはイメージの世界からわれにかえる。
誰かがシンイチを探しにきたようだった。ブダマツが近づいてきて、煙で彼をかくす。
入ってきたのは河のほとりのおおきなたてものにいた老婆だった。両手に出刃包丁をもち、赤い腰巻一丁でゆったりとしずかにこちらへ近づいてくる。
白目をむき口もとのヒゲからキバが光りよだれが垂れ、しわしわの乳房がぬらぬらと光っていた。
近寄ってきて老婆は鼻をふんふんとならしている。ブダマツのからだからながれる煙のせいで、どうやらシンイチの存在に気づかないようだった。
ゆっくりとゆっくりと見事にすべるようにうごいて、老婆はどこかへと消えた。
『河のほとりの老婆』