2021年02月07日

ダークマターを笑う

師匠、麿赤兒の新聞連載が終わってしまいました。

最終回はじぶんはよくやりますが、珍しく引用をしていた。

「ダークマター」なる言葉は、1930年代に天文学者のフリッツ・ツヴィッキーによって名付けられた。

「一つ一つの銀河が驚くほど速く移動していて、銀河団の中に観測される星々の重力によって説明できるスピードをはるかに上回っていることに気づいた。本来なら、そのものすごいスピードで銀河団からすでに飛び去っていなければおかしいのだ。

ツヴィッキーはこの矛盾を解消するために、かみのけ座銀河団には新たな重い成分が存在しているのだと仮定した。そして、正体不明の何らかの物質が、銀河を引き寄せて加速させているのだと推測した」『宇宙を創るダークマター』キャサリン・フリース著・水谷淳訳

連載が終わるのは世田谷パブリックシアターで新作『ダークマター』を上演するからでした。

師匠の作品は笑いが入っているところが好きです。

じぶんがらくだの舞台に立っている頃も「可笑しなことやっているなあ」といつも思っていた。冗談みたいなこととか麿さん好きだものなあ。

さあ、今回も笑う気まんまんで向かいます。

朝から天気が良くて気持ちがいい。幸せかどうかは脳が決める。まわりの雰囲気、感じとかで脳は判断するので、なるべく環境は快適でなくてはならない。

電車はやはり混んでいて良し。どんどん感染しましょう。ほんとうはもう鬱陶しいマスクなんか取っちまえばいい・・・

とか考えながら渋谷駅でおりたら駅前がお祭りさわぎでびっくり、もう若者が我慢の限界に来ているのを感じた。

パブリックシアターにつき厳戒態勢の受付を抜けて着席、こころの目を見ひらいてジェフミルズの素晴らしい音楽にをどり、をどらされている肉体に共振。

その途方もないイメージを観ながら「オリンピックの開会式とか麿さんが演出したらさぞやおもしろいだろうなあ。」と思った。

しかし、裸がひとつもなかったのがもの足りなくて「裸は文明に対する野生的な象徴」と大好きなので残念だった。湯山が「汗が飛ぶからですかねえ」と言っていてなるほど。そこまで徹底するからこそ公演をするのが許されるという感じなのか。

とかいろんな瑣末なことは、ラスト暗転後の麿さんのをどりがすべて救っていた。

おじさん4人組がとっても頑張っていて、観ながら白塗りで汗をかく感じをひしひしと思い出した。

「すごいグループで修業をしていたのだなあ」

しみじみと実感して劇場をあとにしたのでした。

dark.jpg
『舞台イメージ』

引用:2020年12月24日 日本経済新聞『ダークマター』舞踏家 麿赤兒
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:09| ブログ?