2021年03月26日

お急ぎください

シンイチは走っている。

なぜか走っている。

いや、理由はわかっている。

昨日の夜、飲み過ぎて寝坊をしたのだ。船着場の練習がおわって部屋でぼーっとしているとカミソリが、なあ、あんたも飲むかあ。と誘ってくれた。

稽古場にもどるとひな壇で、イルカとイナズマがお酒を飲んでいた。明日、船着場へいくメンバーに、シンイチが選ばれた。とイルカが告げた。そのあとお祝いやで、とカミソリがエムの秘蔵の酒を持ってきて、その高そうなうまい酒で酔っぱらい過ぎて、みんなで寝てしまったのだ。

たいへんに盛り上がったはずなのだが、なにを喋ったのかすっかりと忘れていた。

ブダマツとホフムラは先に船着場へと行っているとのことだった。いよいよ本番だぜ。走りながらイナズマがワクワクしているような雰囲気で喋ってくる。

シンイチは不安しかなかった。

途中で市場を通った。大勢の黒いひとびとが入り混じり混雑している。

店先にはどうみても人間の足や手が並んでいた。眼だまや耳も並んでいる。何万という眼だまがこちらを見つめる。なんじゅうなんまんといういのちがそこで死んでいた。

カミソリさん、これはもしかして・・・吐き気を我慢しながら急ぎ足で前を歩くカミソリに話しかけた。そう、見た通り、人間の肉や。

仏教徒のシンイチは我慢できずに路地に嘔吐した。昨日、食べた肉が路地にぶちまかれる。

軍服を着た目つきの鋭い店のおとこが睨んでいる。イナズマがあやまってかばってくれた。

もしかして昨日、食べた肉も・・・

ナミダを流しながらシンイチがつぶやく。いまごろなに言うとんねん、養殖された人間の肉や。

なんじゃって?わしはひとの肉を食べたというんか。考えられへん、ひとがひとの肉を食べるなんて地獄じゃ。いまごろ気づいたんか。そうやで、ここは地獄やで。カミソリが背中をなぜてくれながら言う。

ここはひとごろしのクニ、ひとごろしのオニのクニや。

さあ、さきをいそうごうぜ。イナズマが言うと、また走りはじめる。

シンイチも立ち上がるとヨダレとナミダをぬぐい、気をとりなおしてそれを追いかけた。

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『人肉を売る店』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:35| 小説のようなもの