2022年03月21日

Let's emulate the Jomom period

映画『縄文にハマる人々』に代表されるように若者に人気がある縄文時代への興味が尽きません。

1万年のあいだつづいたという縄文時代にはお金は存在しなかった。

その日に必要なものだけを採集し採取してそれでおわり。あとはじぶんたちの好きなことをしてのんびりと暮らしていた。

春には山菜、夏には海産物、秋には木の実や果物、冬にはシカやイノシシ、といったように日本のゆたかな四季の強みを最大限に利用していた。自然のめぐみが豊富で、必要な分だけをとれば良かったから現代のような貧富の格差もなく、国もないので大きな争いもなかった。

ワナや落としあなをしかけて、それを見にいくだけの日もあったかもしれない。たまに大がかりな狩りをして獲物をわけあう。

大陸のように外敵に攻せめられる心配がなかったことも大きいとか。

それぞれができることをやる。病気やケガしたひとを看病していた形跡もあるというし、みんなでささえ合って暮らしていたことが想像できる。

長老と呼ばれるリーダーがいるだけで、だれかに命令されることもなく自由にいきていて身分の差はゆるいものだった。

縄文時代の文化や技術は当時、世界の最先端だったといえるそうで、特に後期・晩期に発達し、人々はオシャレをたのしんでいた。

半島から渡来人がやってきて稲作がはいってきた弥生時代から、米をたくわえる人間があらわれる。地域のひとびとを働かせて米をつくるようになり、支配する人間と支配されるひとたちに分かれ、貧富の差もひらいていく。

弥生時代になるとこん棒ぼうでなぐられたひとや、ひたいにやじりが刺ささって殺された人間の骨が見つかっているそうです。

いやだなあ。

自然に対して謙虚な姿勢でいること、食べ物などの資源は自然からいただくもの。必要な分だけをとる。

売るほどつくることの異常さを知る。

やはり人類には「足るを知る」こころが大切なのだと思うのでした。

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庭のすずらんすいせんが咲いたので仏前にお供え。

参照・引用:HONDA KIDS WEB『なぜ1万年も平和が続いた? 今注目される「縄文時代」のナゾ』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:37| ブログ?