2019年09月26日

インコンビニエンスのすすめ

「縁は異なもの味なもの。」と申します。

大袈裟に言えば、この世のすべては縁と運によって流れていたりするような。

さて、これまで縁を切ったり、切れたりした人は数知れなくいます。

SNS最大手のフェイスブックとは、去年に縁を切りました。最終的に友だちが5,000人を超えてて、そんなものは嘘だと感じて脱会しました。

友だちが5,000人って・・・

フェイスブックは最初“実際に会ったことのある人しか友達になってはいけない”というルールがあったのですが、いつの間にか関係なくなっていた。

はじめた頃は、面白く興味深かったけれどだんだん自分もまわりも宣伝ばかりになってしまいつまらなくなって、なんだかなあ。と嫌になってやめました。

インスタグラムも芸能人の豪華で派手な生活と自分の現実の生活を比べるようなことが嫌になってやめました。いいねが100万と100だもんな。

もちろん数ではないのですが、数を問題にしているのでアホらしくなりました。

ツイッターもやめようとしたけれど、やめ方が非常に難しかったのでそのままになっています。

ちなみに、インスタもツイッターもフェイスブックグループです。

SNSとは、会員制交流サイトのことです。遠くの親戚より近くの他人という言葉があるぐらいですが、ほんとうに何かあった時に助けてくれるのは近くにいる人なのです。

会ったこともない人と交流してなんになるのだろう?

隣に誰が住んでいるか知らなくても平気な都会。異常です。

いまSNSはラインだけやっています。

ラインはメッセージ型SNSといって、メッセージツールに特化しているので連絡手段として便利なのです。

そして宣伝や他人の情報が滅多に入ってこないので気楽なのです。

あとはメールでやりとりします。メールはラインに比べるとスピードが遅いので信用できます。

もっと信用できるのは、実際の郵便です。公演の情報をいまだに郵便で送ってくれる方々は、素敵だなあと思います。

あとは手紙のやりとりなんかも大好きです。先日のドイツの旅からも何人か手紙を送りました。

溢れているけれど貧しくて、豊かだけど満たされない。

コンビニばかりのこんな世の中で、インコビニエンスという大切なこと。時間をかけて心を込めるという大事なこと。

究極は、客を招く時に箸を削ることから始めたという千利休の心だったりします。

手広く人数が多いというのは利益が大きくて魅惑的ではあるのですが「そこに心は込もっているのか?」

問いかけたくなるのも本当です。

そうしてそういう環境にいるのかいないのか。そんなことも運や縁だったりするのでしょう。

しかし突き詰めて考えていくと、結局は自分で選んでいたりするのかもしれません。

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セツ時代の同Q生、角田侑右弐からもらった年賀状。
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2019年09月25日

百の谷、雪の嶺

戌井君に借りた沢木耕太郎さんのノンフィクション『凍』を読了しました。

メキシコからの飛行機内で読もうと持って行ったけれど、サンフランシスコ空港で恩人・大根田雄一にあげてしまってそれきりでした。

このあいだ、ダンストラックの練習で千歳烏山の六階の部屋へいったら本棚にあったので借りてきました。

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沢木耕太郎さんのノンフィクションは、若い頃に沢山読みました。

従来の登山は大量の荷物をシェルパが持ったりヤクに載せたりしてだんだんと高度にからだを順応させながら登っていき、最終的にベースキャンプをつくってそこから頂上へのアタックをするというものだった。

荷物を運ぶのとからだの高度順応を同時におこなうもので、期間を一ヶ月以上の長時間かけて頂上へのアタックをおこなう。

この大人数の隊を組んで登山するスタイルは“極地法”や“包囲法”と呼ばれるもので一般的だったが、あるときヨーロッパで少人数で短期間に登山をする人たちがあらわれる。

これは、アルパイン方式と呼ばれて登山の常識を破るものだった。

有名なのはラインホルト・メスナー。登山の革命児と呼ばれてヒマラヤを酸素ボンベをつかわずに無酸素で登ってしまった。

ひとつひとつ時間をかけながら確実に高度を上げていく従来のスタイルとはまるで違うアルパイン方式の登山は、無酸素で頂上まで一気に駆け上がるように登るので確かにスピードは速いが、そのぶん危険性も高いのです。

メスナーも弟のギュンターをヒマラヤのナンガ・パルバットで失っている。

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登山家を魅了してやまない山脈、ヒマラヤ。

『凍』の主人公、山野井泰史もアルパイン方式の第一人者で世界でも有名なクライマーだった。

死を覚悟して踏み出す“絶対の頂”を次々と駆け上り、次はヒマラヤの難峰“ギャチュンカン”を目指す。

一緒にいった奥さんと登るが遭難しそうになり滑落しそうになりながら登頂に成功。

悪天候に見舞われて最悪の状態で幾夜も過ごし、雪崩に何度もあいながらなんとか二人とも生還はしたけれど山野井は右足の指をすべて失い手の指も5本失う。

奥さんの妙子さんは鼻と頰と唇が凍傷で真っ黒になり、両手両足の指を18本も失ってしまう。

けれども奥さんは末端を失うことで助かったのだという。本当に助からない人は中枢をやられて、精神に異常をきたして死んでしまうのだとか。

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Coyoteでの山野井さんの特集回。

それにしても登山ってのはたいへんな行為です。本で読んでいるだけなのにしんどくなってきて、もう諦めればいいのにと何回も思った。

16時間歩くなんて当たりまえ、300メートル登るのに11時間もかけたりする。

標高7000メートル、零下30度から40度の環境で10センチぐらいの幅のところに座ってビバークというのですが、一晩を過ごす。もちろん一睡もできない。

飛行機を乗り継いで20時間横になれないだけで疲労感はもう生きているのが嫌になるぐらいにひどいですが、そのあとにまたうごき続けなくては死んでしまう。

歴史上一番過酷なビバークで、座ることもできないところで立ったまま一晩過ごした人たちがいたとか・・・あほやで。

そこまでして頂上へと登りたい。「それがそこにあったから。」といったのは、エベレスト初登頂という人類史上の謎を残したジョージ・マロリー。

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1924年エベレスト頂上付近で消息を絶ったジョージ・マロリーとアンドルー・マーヴィン。1999年にマロリーの遺体が見つかったが持っていたとされるカメラは見つからなかった。夢枕獏さんの小説『神々の山嶺』の発端になっている。

高度7000メートルを越えると手袋を外したり、はめたりという行為がしんどくてできなくなるそうです。そんな簡単なことができなくなる状態って・・・

運良く登頂を果たしても降りる時のほうが危ない。目的を果たしてしまい気が抜けてしまう。

植村直己さんも登頂を果たしたあとに行方不明になってしまった。

主人公の二人も降りる時に遭難に近いことになり重度の凍傷になってしまう。

けれど二人はまた山を登りはじめる。

そうして山野井泰史は3年後の2005年7月19日、ポタラ峰北壁の初登頂に成功するのでした。

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二人はいまも元気に登山を続けられています。
All photo by Google. 参照:Google. Wikipedia.
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2019年09月24日

服従か自由か

昨日、19世紀後半から20世紀初頭にかけてイギリスで起こった、参政権獲得を求めて闘う女性たち“サフラジェット”の映画を観ました。

厳格な男性支配の時代、闘争に巻き込まれていく一人の女性のお話でした。

朝から晩まで働きパワハラ的な性的虐待をうけ、理解のない旦那と子どもの世話に明け暮れつつも女性としての自立に目覚めていく。

権力の手先であり時として暴力装置になる警察の嫌がらせで工場をクビになり離婚し、旧態依然の近所の陰口に悩ませられながらも社会を変えるために闘い続ける女性の姿を描いていました。

闘争を率いるのは、ミリセント・フォーセットとエメリン・パンクハースト。

穏健派のフォーセットに対してエメリンは自らを“サフラジェット”と呼んで活動をはじめた。ちなみに“suffrage”は投票権の意味だとか。

サフラジェットの行動は、過激で街のショーウィンドーに石を投じることからはじまって、サフラジェットを弾圧した保守首相ハーバード・アスキスを暗殺しようとしたりする。

最初は擁護していた議員が彼女たちを裏切ったら、暗殺しようと別荘に火をつけて12人を殺害したりした。

1913年には、ジョージ5世が所有する馬の前に身を投げ出して死んだ女性が居た。

女性の名はエミリー・ワイルディング・デービソン。

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右:キャリー・マリガン演じる主人公、モードとエミリー。photo by Google.

サフラジェットの中でも最も過激なメンバーの一人で、王への抗議の意味を込めて身投げをした。映画ではクライマックスとして描かれていました。

あまりにも過激なサフラジェットの活動は、10年余りで幕を閉じました。フェミニズムの象徴としていまでも取り沙汰される彼女達ですが、実際に効果があったかどうかは意見が分かれるようです。

それから15年後の1928年にやっと男女平等の参政権がイギリスでは認められた。

「パンクハースト家で、代々受け継がれている教えがあります。『ことばより行動を』というモットーです。

これはエメリンが常に口にしていた信条で、静かにしていることを暗黙の了解とされていた当時の社会で、問題に対して行動を伴って立ち向かおうというメッセージが込められていました。」

そう語るのは、パンクハーストのひ孫で自身も女性や子どもの貧困解決を支援するNGO団体『ケア・インターナショナル UK』のアンバサダーを務めているヘレン・パンクハースト。

1960年にセイロンで世界初の女性首相が誕生。

それからイギリス、ドイツ、カナダ、アルゼンチン、フランス、ポーランド、ノルウェー、フィンランド、アイスランド、アイルランド、デンマーク、ラトビア、コソボ、ウクライナ、スロベニア、スロバキア、エストニア、クロアチア、リトアニア、リベリア、ラトビア、インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、トルコ、イスラエル、ニュージーランド、オーストラリア、トリニダード・トバゴ、ブラジル、ジャマイカ、ニカラグア、コスタリカ、ペルー、チリ、モザンビーク、タイ、シンガポール、フィリピン、韓国、台湾、to be continued.

世界中で女性の国家元首が生まれているが、日本ではまだまだこれからですね。しかし、こんなにいるとは知らなかった。AFRO

わたくしは、母親が“女の気持ち”ペングループの会員だったり“あしたをひらく女性の会”の代表をしていたので影響を受けて骨の髄までフェミニストです。

もしも女性たちが本気で立ち上がり、世界から遅れまくっている強固な日本の男性支配社会を正そうと活動をはじめたら全力で支持し応援しますよ。

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バッキンガム宮殿前で逮捕されるエメリン・パンクハースト Photo by Google. 参照:Wikipedia. Google.
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2019年09月23日

大きな逸物

ダンストラック終わりましたが、巷ではキングオブコントがたいへんに盛り上がっていました。

そして“どぶろっく”が優勝。

一本目と二本目で設定を変えるだけというアイデアで優勝をかっさらいました。娘なんかは「ずるくない。」と言っていましたが。

賛否両論あると思いますが、なんでもありなのだからいいと思います。

確かに下ネタだったので、女性にはイマイチ受けが良くなかったかもしれません。審査員に女性がいたらまた結果も変わってきたのか。

それにしてもいつも観ていて思いますが、お笑いは反応が一目瞭然なので恐ろしい世界です。100秒を何秒で走れるかと同じで、結果がはっきりとわかりやすい厳しい世界。

笑わせたかどうか?笑っているかどうか?結果として、ただそれだけが問われていたりする。考えさせるとか意味深とか要らないシンプルな領域。

アイデアもあるけれど、やはり才能だろうなあ。

「役者なんて掃いて捨てるほどいるんだ馬鹿野郎。」というせりふが鉄割にあるようにお芝居の世界も競争率がとても激しいですが、いまやお笑いの方が競争率が高いのかもしれない。

キングオブコントやM-1のチャンピオンになると1発で人生がガラリと変わる。確かにそれまでの努力や確かな実力がないとそこまでは行けないのですが。

昨日アルバイトをしていたのに、今日はタクシーで送り迎え。テレビにバンバン出てCMにも出てお金がどんどん入ってきて車を買って家を買ってetc..etc...

昔はドロップアウトした不良が一攫千金を目指してなる職業といえばプロボクサーでしたが、いまは間違いなくお笑いです。

それほど人生において一発逆転のチャンスがあり、才能だけでのし上がっていく可能性のある夢のある世界。需要があるので供給もある。

そうやって考えると需要も供給も限りなくゼロに近い舞踏ってなんなんだろう?いまや完全に絶滅危惧種です。まあ生きものと一緒で必然ならば滅んでいくのは仕方がないですが。

さて「あれはコントの羅列なんです。」と飯田孝男さんがいうように鉄割も一時期、お笑いのコンテストに出るとかいう話もあったみたいです。

けれども鉄割は笑いだけを追求しているわけではないので、またちょっと違うのです。たしかにコントっぽいですが、もっと喜劇的なのだと思います。

そうして、実は王道の演劇的な価値の転換を標榜しているような気がする・・・わからないけれど。

わたくしも笑いは大好きなので必ず意識して入れています。舞踏にあるまじき笑いを入れるので、中には気に要らない人がいたりします。

しかし「真面目は禁物、クソ真面目なんてクソ。」

土方さんもどう考えてもふざけてるとしか思えないような時があるものな。麿さんは笑いを結構意識してるし、どちらかというと得意です。

お芝居に出ても喜劇の時のほうがいきいきとしています。もともと状況劇場は喜劇的側面が強かったし・・・

人類にとってとても大切なもの“笑い”

戦争という極限状態になったときに救ってくれるのもその“笑い”だったりするのです。

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賞金1,000万円を獲得したどぶろっく。「大きなイチモツとは真心のこと。」by Naoto Eguchi.
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2019年09月22日

足立市場のトラック

さて、今日は“DANCE TRUCK”の鉄割アルバトロスケット本番です。

ダンストラックというぐらいで他はダンスの方ばかりですが、鉄割もチョイスされています。白神ももこさんも出るのか。

鉄割の基本はお芝居ですが、ダンスもばんばんに踊るパフォーマンス集団なのです。

最近すっかり鉄割づいてますが、向雲太郎個人としても10月12日(土)に出演します。

ダンストラックは、ソロとして2013年から参加していて東北ツアーも回ったりしています。

そういえば、横浜で本番中に肉離れを起こしたのもダンストラックでした。10月だったけれど裸でスタンバイしてたから、からだが冷えたのだな。

最後の方に、もう一回だけジャンプしようと飛び上がったら「ボキッ」いうて音がして、まったく左足にちからが入らなくなって歩けなくなった。

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肉離れした直後か。うしろは琵琶の演奏をしてもらった櫻井亜木子さん。

ピンチはチャンスだとばかりに踊り続けたけれど辛かった。

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なんとか踊ろうとしているのか。

あの時はたいへんだったなあ。ぜんぜん歩けないので這うように移動して。女房、子どもが観にきていたので助けてもらって「ありがとう。」

完治するまで三ヶ月はかかったのか。肉離れはクセになるので恐ろしいのです。次に踊る時「またなったらどうしよう。」と怖かった。

それはさておき、ダンストラックとはトラックのうしろを使って観せるイベントです。

ガルウィングといって横側が開くトラックでのイベントはよくありますが、そうではなくてトラックの後ろ側から観ます。

横開きだと途端に「皆さーん、こんにちはー。」というイベントっぽくなりますが、後ろから観るスタイルだとクールでかっこよく感じるので不思議。

アメリカ人が考えたとか。それを日本に輸入してきたのですね。確かにかっこいいのだけど、見切れが多くなるので少々観にくいのが欠点です。

さて今日の会場は、足立市場。

“江戸幕府の御用市場としてのルーツを持つ下町の台所。昭和の風情が残る都内唯一の水産物専門の中央卸売市場が異空間へと変貌”だって。

市場だから、旨い店がありそう。楽しみだな。しかし祝日だから市場は休みで店も休みなのか・・・どこか開いていないか探そう。

旨いものを食べて本番、頑張ります。

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水をかぶったりしたのもからだが冷えた原因か。All photo by bozzo.
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2019年09月21日

No side

ラグビーワールドカップが始まりました。

ラグビーは親友で幼馴染の杉本浩二がまだ現役でやっていたり、同級生が高校でやっていたりと親しみがあります。

中学校の同級生、本家隼人のお父さんがラグビーの監督でしょちゅう試合のビデオを観せられたりしていたのでその影響です。

本家のお父さんは喧嘩っ早くてビデオを観てたら、試合と関係ないところで乱闘をしていたりして子ども心によく覚えています。

それを本家が面白がって何回も再生して観せてくれてた。名門、報徳学園にいってラグビーをやってたけど本家元気かな。

自分自身は怖がりなので、あんな危ないスポーツは真っ平御免でやったことがありません。全力疾走でぶつかりあったりするので、骨折は日常茶飯事。

いっぽうで脊椎損傷で寝たきりになったりするとっても危険なスポーツなのです。危なさではアメフトと同じぐらいなのか。アメフトも首の骨を折って寝たきりになったりします。

そんなラグビーを杉本は、若者に混じってまだやっているので驚きです。若者にも凄まじいタックルをかまして驚かれたりするそうです。

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故郷で同級生たちと飲んだ後に。一番左が杉本浩二。

彼は8人制だったかインドネシアのナショナルチームに選ばれそうになったっこともあるとか。

身長が自分と同じぐらいなのによくやるなあ。ラグビーは体格がいいとずいぶんと有利だからです。なにせ全力でぶつかりあうのだものな。

近所にある県立明峰高校に有名なラグビーの監督がいてそこで鍛えられたのでまだ続いているのか。

高校時代、たまに会って話しを聞いていたけれどしごきが酷かった。いまでは考えられないですが、真夏の練習で水を一滴も飲ませない。

朝から晩まで走り続けて、皆んな倒れても杉本ひとり走り続けていたとか。もちろんキャプテン。

大学に行ってもラグビーを続けて、海外にいってもクラブチームに入って続けていた。

めちゃめちゃ根性があるのです。

ちなみに彼は喧嘩がめっぽう強くて、小学二年生のときに引っ越してきてすぐに番長になりました。

或る日、学校にいったら全員廊下に正座してて聞いたら「杉本君が座っとけといったからです。」やて。

ラグビーはそんな喧嘩が強い人たちのやるスポーツです。結構、差別もあるようでスクラムの中で罵りあったりしていると言ってた。

モールというのですが団子のようになって皆んなでボールを取り合っているときは、わざとスパイクで顔を踏んだり蹴ったりするそうです。

ほぼ喧嘩みたいな荒っぽいスポーツ。

“1823年、英国の有名なパブリックスクールであるラグビー校でのサッカーの試合中、ウィリアム・エリスがボールを抱えたまま相手のゴール目指して走り出したことが起源だとされている”とか(Wikipedia)

トライを決めた選手がサッカーみたいに一人で喜んではいけません。

"One for all, All for one"といって『一人は皆んなのために皆んなは一つのトライという目的のために闘ったのだ』という精神です。

試合が終わると"No side"といって、さっきまで喧嘩していた敵も見方も関係なく飲みにいったりするそうです。

ラグビーか、へんなスポーツだな。でも観るのは好きです。

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そういえば舞踏のパイオニア、土方さんは秋田工業高校時代ラグビー部でした。左から二人目、土方巽。photo by Google.
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2019年09月20日

仕方がない?

中学3年の娘の漢字テストを何気なくみていたら、殆んどわからなくてびっくりしました。

「次のカタカナを漢字にしなさい。」

ミケンにしわをよせる。傷がイエル。ヨウシャない追求。エイタンの気持ち。エリを正す。ホオを染める。カモクな人。心のカットウ。シヘイを数える。アイサツする。カッコの中の漢字。etc..etc...

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惨憺たる結果にショックを受けた。「最初はそんなもんだよ。」と慰められたりして。

最近この『ブログ?』を毎日記しているので、日記をほとんど書かなくなりました。ブログ?をはじめる前までは、手書きで書いてわからない漢字があったら辞書でひいて調べていた。

覚えるまで何回も書いたりもしていた。それがパソコンだと変換で簡単に出てきます。漢字を書けることが必要なくなっている。

これから世の中はどんどんパソコン世界になっていくから、漢字が書けるということがもっと必要なくなっていくのだろうなあ。

合っているかどうかわかればよくて、読めればいい。

小学校や中学校でもパソコンがどんどん導入されているようなので、学校の勉強も変化していくのでしょう。

でもそれでいいと思います。

漢字は書けなくても読めればいい。社会に出てから必要のない漢字を書けるように覚えるという労力を他の例えば英語の単語を覚えることに使える。

英語はこれからもっと必要になってくるでしょうから。

でもほんとうにそれでいいのか?日本の漢字という文化が廃れていってしまう。いざ書こうとすると誰も書けない状況になる。

娘も朝から晩まで勉強してせっかく漢字を書けるようになったのに、社会に出たらパソコンが簡単に変換してくれるのでどんどん忘れて書けなくなっていく。

もったいない。

しかし、昔からわからない漢字は辞書で調べて書いていたのだからそれでいいのではないのか。

文部省もこれからのそしていまの状況をよく見て、ただでさえ詰め込み教育で覚えることが多いのだから子どもをいじめるようなことはやめてもらいたいものです。

鎌倉幕府が何年に出来たとか、ほんとうに子どものために必要だと思っているのだろうか?

ほかにもっと大切なことがあると思うのだけれど・・・

いまの最先端の教育といえばフィンランドですが、教科というものがないそうです。

「今日はサッカーをします。」いうて授業がはじまってサッカーの歴史なんていうことからサッカーにまつわるあれこれを学びます。

なぜ蹴るとボールが遠くへ飛ぶのか?どの角度で蹴った方がよく飛ぶか?疑問に思うことをその度に立ち止まって、物理や科学的なこともつかいながら学んでいく。

その中には集団行動や人間関係なんていう社会に出てから学ばなければならないことも勿論含まれている。

日本の進んでいる学校はそのフィンランド方式を取り入れて授業をしているとか。演劇やダンスの授業もあってサッカーなどと同じように多角的に学んでいく。

学ぶことが必要なことがあれば、その度に立ち止まって対話する。

高圧的に強制して詰め込むだけの学校なんて、これからは要らないのだと思います。

しかし、ただ教育大学を卒業してエレベーター式に学校に就職してきたなんていう先生には無理なのかもなあ。

教えるということも才能とセンス、仕方がない。のか?

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漢字は時とともに省略をされていったりもする。進捗の“捗”は右下の点があってもなくてもいまはいいそう。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:43| ブログ?

2019年09月19日

まつりのおわりの続き

もう終わって三日経ちましたが、渋大祭の続きの続きです。

最後の鉄割を終えて、さあいよいよ今回の主役“渋さ知らズオーケストラ”の登場です。

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お天気もよくなって陽が照ってきたぞ。photo by Dairo Suga.

不破さんは、ホストとして朝から晩までミュージシャンの方々と写真を撮ったりしてました。

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サン・ラのメンバーや。

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ZAZENBOYSの面々と「パチリ」

今日は、渋さ知らズのお祝いなので飛び入りで踊ることにします。

渋さの楽屋へいって白塗りを借りて少し白くします。かつらもかぶってリベンジ、不完全燃焼を燃焼させるぞ。

用意をして舞台へといくともう始まっていて凄まじい熱気です。どこから入るのかわからずにしばらくウロウロ、東洋を見つけたので渋さベテランに倣います。

下手なことをすると不破さんにライターを投げられたりするので気合を入れます。

真剣勝負です。ですが遊びなので難しく考えずに踊ればいいのです。

渋さでは東洋の方が経験も積んでいるし先輩なので行動を真似ます。どこで舞台に入るのかと思っていたら結構難しそうな曲の時に入っていくので「へえ。」

ついて入って踊りながら空いていた下手へいきます。観客は3,000人ぐらいいたのか。5,000人入らないと赤字だと小耳に挟んだけどどうだったのかな。

大観衆の前で踊るのは気持ちが良かった。

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photo by Kenichi Aoyama.

お祝いだからとにかく全力で盛り上げて「さっ」とハケました。少し踊っただけなのに喉が渇いて足腰ががくがくして疲れ果てた。飲みすぎたか。

次は若林淳と踊ろうと機会を伺っていたけれど、若が一向に出ようとしないのでしびれをきらして出るのはやめました。

袖から演奏を観ていたら、人数が多いので客から見えないところでドラムやサックスが演奏していたりする。

ミュージシャンのヒエラルキーが垣間見えて「ポッ」と出が舞台前で目立つのもいけねえと退散。

それぞれの30年があってそれぞれの思いがあって、俺と渋さとの関係はあれぐらいかと一人納得して楽屋に戻って白塗りを落とします。

途中、雑談していた奥村君に呼び止められてオオルタイチ君を紹介されます。気品漂う魅力的な男の子でした。

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鬼才、オオルタイチ。アンテナの鋭敏な方々に人気があります。今回は“水曜日のカンパネラ”とやってました。

「やれることはすべてやったか。」と満足してまだまだ続く渋さの大演奏を聴きながら生ビールを頼んで近くにいた、鉄割スタッフの松島さとみさんと「乾杯。」

帰りはまたチャーさんに車に乗せてもらってあっという間に田無に到着、ありがとうございました。

そして「不破さん、お疲れさまでした。」

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中央:渋さ知らズオーケストラバンドマスター、不破大輔。渋大祭twitterより。左:渋さフロントマン、渡部真一。一日中走り回って盛り上げまくってました。「お疲れさん!」
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:13| ブログ?

2019年09月18日

まつりのおわり

さてはじまった渋大祭の続きです。

芳垣安洋さんがドラムを叩く"ROVO"がはじまるので、メイン会場“Rigel”へと向かいます。奥さまの高良久美子さんもいらっしゃってました。

ROVO、かっこよかったなあ。

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ROVO オフィシャルツイッターより。

迫力満点のツインドラムに山本精一さんの聴いたことのないようなカッティングギター、勝井祐二さんのヴァイオリンがスペーシーに響き渡りベースが低音でハートに響きます。

大人のかっこよさでノリはおさえているのだけど、音は限りなく激しくて観客はノリノリです。ただ足場がぬかるみ悪すぎて踊ったりは出来ないので内側でノリノリになりました。

ROVOが終わったら余韻に浸るまもなく鉄割本番です。会場は環境的には悪いですが、地方のイベントなどでさまざまな逆境を経験しているので大丈夫。

ROVOの迫力と比べてチープな会場に心配になりますが「あっ」という間に観客のハートをつかんで、戌井君の言葉がお客を笑わせます。「流石だなあ。」と感心します。

そのあとは同じチープな会場で“泉邦宏ひとりオーケストラ”です。

戌井君が「泉さんスゲーなあ。」と呟いていたように40分間ひとりでサックス二本を咥えてシンバルを足で叩いてと、あらゆる趣向を凝らして汗だくで演奏をしていました。

泉さんは文字通りひとりで全国各地を車一台でまわって演奏を続けています。売れるとかメジャーとか関係なく自分の好きな音楽を続けているのです。かっこいい。

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泉邦宏。ひとりでやれる限りの音楽の演奏を追求しています。

そのあとも売れているミュージシャンや人気のある方が演奏を続けますが、ROVOを観たらすっかり満足してしまったので飲みながら鉄割に専念します。

相変わらずどの回も笑わせて盛り上げるので感服します。言葉に力があるのだなあ。そして馬鹿馬鹿しいので笑ってしまうのです。もちろん役者さんの力もあります。

さあいよいよ、Sun Raです。期待に胸躍らせて会場へと向かいます。しかし衣装が奇抜なだけの普通のジャズで「ふーん。」期待しすぎたか。

鉄割5回目、池間さんと村上君の演奏で踊ります。踊りとなると途端にシリアスになるのが嫌で、かつらをかぶって喜劇路線へ向かいます。無邪気な東洋に助けられた。

いい感じだったと思うけれど完全即興だったのでもっとやれたかな。と不完全燃焼を反省。

終わった後、村上君と色々と振り返って次へとつなげます。池間さんとも「必ず、またやりましょう。」と約束しました。

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池間由布子さん。素敵なシンガーソングライターです。photo by Ippei Katoh.
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2019年09月17日

まつりのはじまり

さあ、お祭りのはじまりです。

生憎の雨でやる気メーターが上がらず、いまいち気分も盛り上がりませんが『渋さ知らズ』のこの30年間の苦闘を物語っているのかと思ったり。

朝起きた時の不破さんの気持ちを想像して気の毒になったりして。

しかしネガティブ思考は頭から払い去って楽しみます。鉄割音響のチャーさんの車に奥村勲君と便乗して一路川崎へ。

11時半の集合時間にもまだ雨が降っていて、しかも風も強くてスタッフさんはびしょびしょになりながら誘導をしています。

「ご苦労さまです。」

けれどもサウンドチェックの大音響を聴いていると、だんだん気持ちが盛り上がってきます。皆さん、フェス慣れしている人でカッパや長靴で完全武装していらっしゃいます。

こちらフェス慣れしてないのでビーチサンダルでいって「しまった。」

でも濡れることは想定していたので大丈夫、受付でパスをもらって控え室のテントへと向かいます。

控室は豪華なテントで、スポンサーの新生姜で有名な岩下さんは同じテントを借りるのに噂では100万出しているとかで「ありがとうございます。」

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岩下新生姜のテント。photo by Kazunori Iwashita.

岩下さんはジャズ業界の強力スポンサーで、渋さはたいへんにお世話になっているとか。

トイレへいったら“アーティスト専用”と表示があったのでそちらへ入ります。

最新式のシャワートイレで気持ちがいい。こぼしたおしっこは綺麗に拭いて便器のフタを閉めて外へと出ます。

だいたい野外はトイレが汚くてうんざりするのでやる気がさらにアップします。クーラーまで効いていてびっくり。

控えのテントへ戻ったらじょじょに人が集まってきます。

そういえば、兄弟子の星野健一郎が店を出しているとプログラムに書いてあったので奥村君と会いにいきます。

星野は静岡は焼津で“案山棒”というとっても素敵なお蕎麦屋さんを経営しています。美味いと評判ですがまだ機会がないのでいく日を楽しみにしています。

お店へといったら星野がすでに白塗りして、ドレスアップしているので流石はお祭り大好き男と目を見瞠ります。

「なんだよ、白くしろよ。」としわがれ声で言われたので「あれ、今日はお蕎麦屋さんですか?」と応酬すると「ごめんなさい、今日は蕎麦はないんです。」と返されてなんだよ。

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右:大友透、左:星野 photo by Kin Tokuhisa.

戌井昭人君と奥さまの愛可ちゃんもやってきて、案山棒の隣で店を出す“niwacoya”の笠原さんたちとも盛り上がります。

笠原真志さんは『風煉ダンス』の主宰でして、風煉は戌井君と出会ったきっかけのグループでもあります。

忙しそうだったのでまた後でと退散、会場を散歩します。色んな知り合いと会うのでその度に挨拶して近況を聞いたりして歩きます。

「同窓会みたいなもんだからね。」そう小野あきさんが言っていたように“渋さ知らズの大同窓会”の様相も帯びているのです。

ちなみに小野あきは、渋さの美術や演奏を担当してていまは新潟に住んでるとか。

そうこうしているうちに雨も上がり、オープニングの渋さ知らズがスタートしてお祭り開始。

続きは明日。

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曇天のなかはじまったぞい。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 13:22| ブログ?

2019年09月16日

30周年

さあ、今日は渋大祭本番です。

生憎の雨ですが、昼までに止むことを祈ります。

渋大祭は、渋さ知らズオーケストラ30周年記念の一大イベントです。

場所は、神奈川県川崎市東扇島東公園・特設会場です。“源”“寿”“織”“彦”“天”と五つ会場がありましてアーティストがそれぞれ登場します。

順番などはタイムテーブルをご参照ください。

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いま旬のアーティストと大御所が目白押し。shibutaisai.com

鉄割アルバトロスケットは会場“天”に登場です。1時間ごとに10分ずつやります。待ち時間が長いからたいへんだぞ。しかしそこはお祭りです。

楽屋で出番を待つなんてことはいたしません。お酒を飲みながら、他のアーティストを拝見して楽しみます。

一番の見ものは土星から来たジャズバンド“サン・ラ・アーケストラ”

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「君のできないことをやってみせてくれ」by Sun Ra.

ニューヨークライブを終えて、大挙してやってきます。創始者のサン・ラはすでに亡くなっていますが唯一のオリジナルメンバー、マーシャル・アレンが率いての来日です。

「独自性を追求し続けるアーティストたちで影響を受けていない人はまずいないのではないでしょうか。」そう日本を代表する最先端カルチャーの伝道師・松浦俊夫氏が仰っています。

先日、鉄割に出演していた湯浅学さんはサン・ラ研究の大家です。湯浅さんの前説解説があるようなので楽しみ。

向井秀徳率いる“ZAZEN BOYS"は、恥ずかしながら聴いたことがなくて噂しか聞いたことがないので拝見します。

高良久美子さんの旦那さま、芳垣安洋さんがドラムを叩く“ROVO"は単純にファンなので楽しみます。勝井祐二さんのバイオリンと山本精一さんのギターが絡み合って宇宙までぶっ飛びます。

オオルタイチ君も観たいなあ。

さて、大トリはもちろん今回の主役“渋さ知らズオーケストラ”

盛り上がるのだろうなあ。

ただでさえビッグバンドだから盛り上がりますが、不破さんの観客の盛り上げ方は凄まじいものがあるのです。腹の底からズンズンきて危険を感じるぐらいに血沸き肉踊らせます。

「ブレーキを外せ、アクセルを踏み込め!」と煽りまくります。

そうして今回の総合司会も務めるという渋さのフロントマン、渡部真一がさらに客を煽り盛り上げます。

乞うご期待!

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マーシャル・アレン、95歳!
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2019年09月15日

昨日は鉄割の渋大祭練習でした。

千歳烏山の戌井君が青春時代を過ごした実家の六階の部屋に集まって練習しました。

練習ですが、お祭りです。

お祭りなのでお酒を飲んで神さまに近づいていきます。とんかつ屋で串カツを、スーパーで“秋味”を買っていきます。

ビール片手に階段を上がっていくと、既に渡部が来ていて五階の戌井君の実家にお邪魔してお母さまとすでに飲んでいました。

さすがは、今回の渋大祭の総合司会を任されているお祭り男、心得ていらっしゃる。「山内君の日本舞踊のお稽古があるのよ。」とお母さま。

お母さまは無類のお酒好きで、宴会がはじまりそうな気配だったので「練習があるので。」と六階へ上がります。

8畳ぐらいの部屋にじょじょに10人ぐらい集まって、どうなるのか予想もつかないイベントについて「あーでもない、こーでもない。」とやりあいました。

喧々諤々やりあいましたが、こちらお祭り気分なので秋味を飲みながら串カツを頬張ります。

10分という時間が短いので、戌井君が考えてきた演目が長すぎると批判を浴びます。こちらフォローします。だいたい実際にやると伸びるからです。

測ってみたら時間が意外に短くて、今度は短いと批判されてます。でも短いぐらいで余裕があったほうがいいのです。

渡部が普段はテレビ中継のイベントの仕事をしていたりするので、シビアにタイムを測って演目をやってみます。

なんとなくいい感じになってきて、ミュージシャンの池間由布子さんもいらっしゃって優しげな歌声に酔いしれます。

素敵な歌声に耳を傾けながら、湯山が置いていったウィスキーを渡部と共に傾けます。

今回は、歌ものの演目を中心にやります。6回の出番でおなじことをやるのかと思っていたら6回とも違う演目をやるとか。面白い、その発想はなかった。

池間さんと村上君のセッションがあったりもするらしい。美女と野獣といった趣きでこのコンビではたまにライブをやっているようです。少し踊ることになって東洋も誘います。

戌井君が「東洋君が子どもでむかいさんがフランケンシュタインで。」とアイデアをくれたのでそうしよう。「カツラをダンボールでつくって・・・」と言ってたけどそれはどうなるかわかりません。

だいたいこんな感じかな。ということになって練習は終了。

おつまみを下のスーパーで買ってきて、旧友の鍋島君がくれたという結婚祝いのワインを頂きます。

そうなのです。なんと、戌井君が結婚をしたのです。

「おめでとう!!」

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お相手の戌井愛可さん。愛嬌があるのです。twitterより。

この20年間、華麗な女性遍歴を見てきましたが、もてるのでどうなるかと思っていましたがよかった。

お相手は、愛可さんといいまして素敵美人なモデルさんです。『猫目』という文芸バーでも働いてらっしゃってそこで出会ったのかな。

明日のイベントも来るようで仲が良くていいなあ。

「末長くお幸せに。」

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タンジェかな。instagramより。
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2019年09月14日

ACADEMY FOR GENDER PARITY

内閣の人事が発表されました。

大臣19人のうち女性はたったの2人です。副大臣は25人で人数が増えているにもかかわらず、女性の割合はさらに減って2人。

少ないです。

この割合は異常とも言えます。決めている人が男尊女卑なのか・・・人口の約半分は女性なのに生活にまつわることを決めているのがほぼ男性だけだという可笑しな現状。

政治とは税金の使いみちを決めることですが、それを男だけに任せて平気なのかな。

平気なわけがありませんが、家事の分担の八割を女性がやっているとNHKで放送していたように、男女共働きが当たり前の現代社会でも女性への偏見と差別が根強いようです。

女性が社会で活躍するのは、ヨーロッパ諸国に比べると難しい。この国家の権力の中枢での現状がそれを如実に象徴しています。

「食にしても環境にしても、より安全で安心できる暮らしを確保したいと思うなら、政治と関わらざるを得ない。」

そう上智大学教授で政治学者の三浦まりさんが言うように、自分の生活を良くしようと思うならば政治にどんどん参加しなければなりません。

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三浦まりさん。『日本の女性議員 どうすれば増えるか』(朝日新聞出版、2016年)など著書多数。

2018年5月、議会選挙における男女の候補者数ができる限り均等となることをめざす“政治分野における男女共同参画推進法”が三浦さんらの貢献によって施行されました。

これから女性の政治参画への大きな追い風になると期待されています。

日常生活の中で「これはおかしい。」と思った時に泣き寝入りするのか、行動を起こすのか。「気づいた以上、わたしもやってみよう。」という流れが出てきているようです。

うちの母親が市議会の買収、汚職という不正に憤って主婦仲間と立ち上がり市民グループをつくり、手作りの選挙で2人の主婦を議会に送り込んだのが1990年。

それから全国で色々な方が奮闘努力をしてこられたと思うのですが、25年経ってもあまり変わっていないこの国家の現状を見ていると常識という思い込みはなかなか変えられないのだなあ。と呆れてしまいます。

先ずは選挙の投票です。戦後、いろんな方の努力によって女性の参政権がやっと認められて投票権が得られたのです。大切な一票を投じることから始めましょう。

そして選挙の手伝いからはじまって「この人なら税金の使い道を間違わずに決めてくれそうだ。」という女性を口説いて候補者として闘う。

母親たちのつくった『主婦の手づくり選挙入門』によると、選挙には言われるほどお金はかかりません。

一番お金がかかるのが街宣車のレンタル代だったりするので、そんな無駄でうるさくて逆効果なものはやめてしまえばいいのです。

常識を捨てて無駄を省いていけば、主婦たちが手作りで選挙に参画することも可能なのです。お金をかけずにアイデアで補っていく。そのためには時間も必要ですが。

前出の三浦さんは「若手女性のリーダーシップを培い、女性やマイノリティが政治に対等に参加することで、ジェンダー平等な政治の実現をめざす」ために“パリテ・アカデミー”という団体を立ち上げられたそうです。

「権力構造がつくり出すさまざまな歪み、不正義、不公正に気づき“それを変えるには政治を変えるしかない”そう気づいた女性がパリテ・アカデミーに参加し、トレーニングを通じて政治参画の機会を広げていくのは、とてもうれしく感じます。」

若い女性を対象にしたのは、若い人ほど政治に関わりにくく、また若い人向けの政治スクールがなかったからだとか。

「根っこにあるのは、性別役割分担で社会が構成されていることです。

男性支配的な社会の在り方を変えたいと思う女性が政治の世界に出ていき、新しい政治文化をつくっていくしかないのです。」by Mari Miura.

かっこいいなあ、素敵です。

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主婦たちが手づくりでさまざまな失敗をしながら困難を乗り越えていく姿が、読みものとしてもハラハラして面白いです。絶版。
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2019年09月13日

人生は闘い、人生は祭り

昨日は、オペラシアターこんにゃく座の公演を拝見しにいきました。

仕事柄舞台を観にいくのは、アイデア収集や刺激を受けるためと若い頃は熱心に通っていましたが最近はまったくいきません。

付き合いで観に行くばかりになってしまって嫌になったというのもありますが、皆んなと同じ舞台を観ていると作品がどうしても似かよってしまうのだ。と気づいたからです。

舞台の仕事をしているからこそ、それ以外の例えばドイツへいってアウシュビッツを訪れるとか違った体験をしないと人と違う作品なんて創れないのだ。と思うからです。

さて、会場は六本木・俳優座劇場。

六本木の一等地にあって、客単価が日本一高いと噂の劇場です。客席数に対して劇場費が馬鹿高いのですね。仕方がない。

マイクなんて使わなくても客席のうしろまで声がよく届くとってもいい劇場です。こんにゃく座も常打ち小屋としてしょっちゅう利用されています。

今回、作品は長くこんにゃく座の音楽監督を務められていた故・林光さんのレパートリーの二本立てでした。

1本目はカレル・チャペック原作の『ふしぎなたまご』

巨匠、加藤直さんの面白い演出と白神ももこさんの面白い振付とで進んでいきますが、演出とか振付とか言葉ばかりが目立ってお話がなんだか入ってきません。

歌も難しく感じてだんだん苛立ってきたりして「どうしてだろう?」

2本目はウルフ・スタルク原作の『おじいさんの口笛』

二人の子どもが一人の老人に「僕のおじいさんになってください。」と頼んでなってもらうというへんてこなファンタジーでしたが、一本目とは違ってぐいぐいとお話に惹きこまれていきます。

演出も振付も言葉も気にならなくて歌に集中出来て音楽も面白くて、わくわくする舞台の魔法にすっかりとかかってしまいました。

終演後は近くのお店で「乾杯。」

こんにゃく座に関わるきっかけをつくってくれた演出家の立山ひろみさんとその作品『おぐりとてるて』で打楽器を担当されていた高良久美子さんと飲みました。

高良さんは、鉄割の戌井君と奥村君が出身の文学座の音楽も長く務められています。ちなみに高良さんの旦那さまは、芳垣安洋さんといいましてとってもかっこいい凄腕ドラマーです。

こんにゃく座副代表の大石晢史さん、白神ももこさんともご一緒しました。

白神さんとは、はじめてお話ししましたが面白そうな方でした。

“モモンガコンプレックス”というグループで活躍し、売れてらっしゃって富士見市民会館『キラリふじみ』の新芸術監督に就任されたとか。

大石さんは、今回出演されていたので感想を話していたら「そうなんだよなあ。」と理由を話してくれました。

作品として1本目のほうが歌が難しくて、初日なのでまだ歌役者さんが消化をしきれていないのかもとのことでした。

そう昨日は初日でした。これからどんどん本番を重ねるごとにぐんぐん面白くなっていくと思います。

9月18日(水)までおこなわれていますのでお時間、ご興味がありましたら皆さま奮ってお出掛けくださいませ。konnyakuza.com

素敵な舞台の魔法に酔うことができること間違いなしです。

高良さんが、大石さんに日本酒をぐいぐい注いでいたので「大丈夫かいな。」と思ってましたが、帰りはふらふらになってました。

無事に帰れたかなあ。

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デザイン:小田善久 イラスト:伊波二郎
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:19| ブログ?

2019年09月12日

何もやらなくていいのだ

昨日は“芸術家と子どもたち”さんとの新しい現場での、仕事はじめでした。

ワークショップをおこなう特別支援学級の授業の見学と打ち合わせでした。見学したのは、絵を描く授業だったので皆んな楽しそうだったなあ。

芸術家と子どもたちさんからは、いままでに2度仕事を頂いています。

1度目は幼稚園でのワークショップ。

園長先生がファンだったので仕事を頂いて「ありがとうございました。」

年少組と年長組でやりましたが自由すぎる子どもたちに翻弄されながらも、こちらのほうが教えられることもしばしば。

2度目は石神井の特別支援学校の文化祭での発表会と、それへ向けてのワークショップでした。こちらは3ヶ月通っての発表会だったので思い出深いです。

最初に見学に行った時にどうしても先生が手を出してフォローしてしまうのが要らないなあ。と感じていました。

先生たちは、心配だからと手助けしてしまうのですが、ほんとうにそのフォローは必要なのか?手を出さない方が子どもにとって本当は為になるのではないか?

そんな風に見学しながら思ったのを覚えています。

発表会では先生たちが勇気を出して手を出さずに我慢してくれて、子どもたちだけの美しい瞬間を創り出すことに成功しました。

これは難しいところで施設でもそうですが、結局は管理の責任問題になってしまうのです。

「では、怪我をしたときに誰が責任を負うのか?」

責任を負うのが嫌な場合はとにかく怪我のないように、事故の起こらないようにとそのことが第一優先順位になってしまう。

親や親族の存在も大きいのだと思います。何かあった時に学校や施設の責任にしたがる“モンスター”がいるのです。

少数のモンスターのせいで世の中が変わってしまう。一人のモンスタークレーマーに一億人が合わせなければいけない時代

そんな馬鹿な話しはないのですが、現実にはそういう風に世界が変わっていってしまうことが多い。箸袋に“つまようじが入っています”といちいち注意書きを入れなければいけなくなる。

いま老人の介護施設でも問題になっているようですが、事故や怪我をされるのが面倒だからと拘束具をつかって動けなくするのです。

責任を負うのが嫌だからと、拘束具でベッドに縛り付けて動けなくする。

そんな歪んだ事なかれ主義が日本中のあらゆる場所に蔓延してきているのです。

嫌な世の中だなあ。

それはさておき、今回呼んでくれた岡田先生はそんな日本の現状とはまったく逆でこちらが少し保守的だったかな。と反省するような前向きな先生でした。

「規律やルールに縛り付けられがちな子どもたちをのびのびと自由にさせてあげたい。」そして「なにかをやらなければいけない。ということを疑いたい。」

そんな気持ちで今回、自分を呼んでくれたようです。

「お任せください。」規律やルールを問題にするのは得意技、舞踏家はそのために存在していると言っても過言ではないのです。

どうやったら、子どもたちを自由にのびのびとさせることができるのか?

いやどうやったら?とか、何かをやらなければならない。という自分の思い込みも勇気をもって疑うのです。

何もやらなくていいのだ。そのままで自然が創作した大いなる作品であるのだから。

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Photo by Manaho Kaneko. @Ws of Hikarino Oka.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:48| ブログ?

2019年09月11日

新作

2008年にアメリカ・ミシガン大学にてエリック・サントスと新作『MANNA』を共作したあと2009年には『遊機体』を画家の久原鉄秀と音楽家の築山建一郎とおこなった。

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からだの調整に苦心して体力的にも苦労した。photo by Junichi Matsuda.

一応、新作という体裁をとっていたが共作というかコラボレーションという感じで、気持ちは楽だった。

気は楽だったがそこは新作、制作は困難を極めてたいへんだった。

壺中天に大駱駝艦のメンバー以外が立つことは稀であった。

しかしこの企画が通ったのは、建一郎のお父さんが新船さんの親友であり麿さんの古い友人であるというのが大きかったと思う。

ライブペイントという性格から作品化するのは難しかったが、師匠の“むかい宙吊り”というアイデアのおかげで作品として強度が出た。

壺中天は作品至上主義であり、ライブや即興というのは許されないところがあった。ライブはハズレの日が出てくるからである。

本番はむかいと鉄秀のガチンコ対決の様相を帯びて大いに盛り上がった。この作品は好評で2014年に再演された。

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「猫みたいで面白かったですよ。」戌井君の独特の感想が面白かった。photo by Junichi Matsuda.

さて壺中天に於いての完全新作は2011年の『底抜けマンダラ』だった。

ミシガンへ行ったり遊機体をやったりしたのは毎年、新作を発表するというのがしんどくなっていたのでしょう。

とか、思っていたら師匠が今年の11月に新作を制作するというではありませんか。

びっくり。

大駱駝艦・天賦典式 新作公演『のたれ●』

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“のたれ”でなのか。今回は、写真が荒木さんではなくて若い人なんだな。

去年、新国立劇場で新作を発表したばかりなのに・・・最近、毎年のように新作を発表しているのであたまが下がります。

グループが元気なんだな。そして制作体制もしっかりとしているから、毎年新作を創るなんていうことが可能なのです。

素晴らしい。

麿さん自身は「やけくそじゃ。」とか言いますが、麿さんぐらいになると新作とか大したことではないのだろう。ほんの少しのイメージでも踊りをつくってしまいそう。

ダンサーたちも、ちからがあるので特になにもしなくても面白かったりするのです。

そんな本公演の脱力した感じをやりたくて、2011年の底抜けマンダラで試してみたけれど上手くいったもんな。その時は出ていなかった村松君があとで首をひねってた。

「なんでこんな特に何もやっていないのにシーンが成立するのか不思議。」

俺も回想ばかりではなくて、新作をはやく創りたい。そのためにはまずはワークショップをやってメンバーを集めて企画を立ててアイデアを練って、それから・・・

道は遠いなあ。

しかし麿さんはまろさん、俺はおれ。巨匠と自分を比べても詮ないこと。ひとつひとつできることをやっていくのです。

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デザインは、毎度おなじみ巨匠、祖父江慎さん。宣伝写真は大杉隼平さん、37歳か。
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2019年09月10日

2008年10月-12月

2007年に『をどろベイビー!』を発表した後は、次の年の10月にアメリカミシガンへと渡って約三ヶ月滞在して新作を創作しました。

これはミシガン大学音楽教授、エリック・サントスとの共同制作だったのでだいぶん気が楽だった。

エリックはお母さんがアメリカ人でお父さんがフィリピン人のダブルで、お父さんが音楽家で幼い頃から英才教育を受けた音楽エリートです。

音楽エリートで音楽教授ですが、いっぽうでレゲエロックバンドを友達と結成していたりするロッカーでもあります。口癖は“シット”

見た目がフィリピン人ぽいので、子どもの頃から差別を受けていじめられたりして反骨精神が育まれたのでしょう。

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Erik Santos. photo by Google.

ミシガン州イプシランティ市内にアパートを借りてもらって約三ヶ月暮らしました。

アメリカは若い頃にニューヨークへと行って、『海印の馬』アメリカ11都市ツアーを回ったりしていたので不安はなかった。

あまり心配せずに気軽に暮らし始めたけれど最初、言葉が通じなくて苦労をした。花屋で一輪の花を買うことさえできずに落ち込んだりしてた。

アパートの近所に踏切があって、列車が通るたびに大音響で汽笛を鳴らすのだけどその耳をつんざくような大音響の汽笛に合わせて、大声を出したりして元気を奮い起こして毎日生きていた。

食事は、メキシコ食材店で材料を買って三食自炊していた。10月はミシガンは爽やかで気候がよかったので、昼はサンドイッチをつくって近所の川沿いで食べたりした。

最初の頃は、自炊と創作とワークショップ以外はやることがなかったので、持参した開高健さんの『夜と陽炎』を繰り返し二回読んだ。

生活に慣れてくると、夜晩ご飯を食べに行ったりエリックのライブに行ったりした。

サンクスギビングデイは盛大にお祝いするとかで、エリックの親友のミュージシャンの家に招かれて結構、夜が更けてから大音響で演奏をはじめたのが可笑しかった。

けれど隣の家まで100メートルとか離れているのでそんなことが可能なのだった。

エリックと作品のタイトルをどうするか話し合って“MANNA"と決まった。マンナとは、旧約聖書に出てくる食べ物でエジプト脱出後にイスラエルの民に神が与えたとされる食べ物の名前。

新曲を渡されたり、彼の自宅のスタジオで録音したりしているうちに構成も出来上がってきて創作は着々と進んでいた。

稽古のあとは彼のお手製アドボチキンを頂いて「ご馳走さまでした。」アドボチキンはフィリピンの郷土料理でお酢を大量に使うチキンの煮込み料理です。

さて、はじめての完全ソロ作品。

12月5日6日と二日間公演をしてエリックの教え子が観にきたり、延べで200人以上が来場した。

1時間独りで踊るのはたいへんだったけれどいい経験になった。大学の広いスタジオで一人で踊るのは気持ちが良かった。

着替えも見せたりして、工夫を凝らして60分間フルで観客を魅了することに成功したと思う。

三ヶ月間、エリックと奥さんの透子にお世話になりっぱなしだった。「ありがとう!」日本で再演をしたかったけれど叶わずに今日まで来てしまった。

しかし、この時作品につかった音楽は2011年の新作『底抜けマンダラ』で復活させました。

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奥さんの透子さんに沢山いい写真を撮ってもらったけれどCDRが都志にある。photo by Tohko Shiiki Santos.
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2019年09月09日

をどろ続き

2007年5月25日
激怒して師匠が劇場の外へと出ていってしまい向雲太郎振付・演出作品『をどろベイビー!』ゲネプロは完全にストップしてしまった。

どうしていいかわからずにただ佇んでいると「とにかく麿さんに謝ってきなさい。」

大駱駝艦プロデューサー、新船洋子さんに助言をもらった。

おそるおそる劇場の外へと出ていくと、怒りが納まらない麿さんが電柱に飛び蹴りをかましていた。

「なんで勇気を出して足を踏み出さないんだ!そういう時こそ思い切って暗闇に足を踏み出せばいいんだよ!!」

怒り心頭で何回も飛び蹴りされている電柱を見て「あー、あれは俺なんだな。」と神妙に思っていた。

麿さんの怒りは結構ながく納まらず、対話をしたと思うけれど忘れてしまった。ゲネプロ中止も懸念されたがなんとか続行された。

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最初のソロ。マネキンは本公演へと使い回された。

渾身の初日を終え千秋楽も終えて、吉祥寺のイタリアンレストランでの打ち上げになっても麿さんは怒っていてあまり盛り上がらずに終わった記憶がある。

ゲストのタモツが「オモロかったでー。」と気分良く盛り上げてくれていたが俺の気持ちも、もう1発盛り上がらずに終了。

音楽家の築山建一郎に麿さんが「たいへんだったぞ。」と吐き出していたように苦労の連続だった。

創作の試みによって、大変ではあったけれど作品的には色んな人の意見と思いが入っていて幕内弁当のような面白い作品になったと思います。

「混沌としているむかいさんの頭の中を覗き見ているような作品。」兄弟子・村松卓矢が言うようにもなっていた。

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かつらで遊ぶ。

「壺中の旅より俺は好きだな。」音響の関克郎さんは言っていた。

確かに、破茶滅茶な展開と内容で壺中の旅とはまったく違う一線を画す作品になったと思います。

しかし、なぞってしまった部分や曖昧なまま本番を迎えてしまっているところもあったりして反省ももちろん沢山あります。

自分でコントロールができないところが多すぎて、しかしそれが破天荒な面白さを生んでいた。不本意だが狙い通りと言えなくもなかった。

そういえば初日、背水の陣の本番直前に麿さんが近寄ってきて最後の言葉をかけてくれた。

それは、もしかすると真髄を教えられた瞬間だったのかもしれない。

師匠が離れたらすぐに村松が寄ってきて「麿さん、なんて言ったの?」と尋ねてきた。

麿さんが言った言葉を伝えたら「ふーん、そんなことか・・・」と呟いて去っていった。

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青塗りして自分で台本をつくってと色々と頼もしかった兄弟子・村松卓矢。

このあいだドイツで湯山にも教えたが、自分で気づくまでは身につかないかもしれない。

自分自身も実感としては、まだよくわかっていないような気もする。

真髄というものは、意外とシンプルなことなのかもしれない。

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麿赤兒演出のエンディングシーン。まるで本公演のように豪華に混沌としている。さすが。と感心している場合ではない。「お前の作品だろ!」師匠の怒鳴り声が聞こえる。
All photo by Junichi Matsuda.
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2019年09月08日

2006年5月

2006年に舞踏『虎ノ穴』をつくった次の年にもう新作を製作した。

アイデアも尽き果てて、しかし壺中の旅を越えるという大命題はありつつ、皆んなにつくらせるという新しいやりかたを試みてみた。

これが混乱を巻き起こし、最終的に麿さんの大激怒へとつながった。

タイトルは『をどろベイビー!』

吉祥寺シアターでの小林裕子の作品との二本立てだった。

“をどろの中を踏みしめて”というたしか後鳥羽上皇の歌からとったものだったけれど、詳しくは忘れてしまった。杉本博司さんの本の中に出てきた一節から頂いた。

“をどろ”はイバラのことで苦境に立たされていた自分の身の上をこの歌に寄せたのだったか。“ベイビー!”はおまけみたいなもので、二物衝撃の方法をとった。

メンバーは、若林淳と村松卓矢の二人を出すという最終手段に近い作戦にでた。あとは男全員。

大駱駝艦機関紙『激しい季節』に寄せた文章もいい感じでぴちがいじみている。

〜洟をたらした肉体で 洟をたらした精神で バナナラマとダライラマとでダナナラマの如くに 草かんむりが云うのよ あそばにゃあそびあそぶあそべあそぼベイビー!

にんげんなんてぐるぐるぱあー 壺の中からえくそだす

作品製作は混沌としていたが、麿赤兒総見は麿さんを爆笑させて「よし。」しかしツッコミどころは満載でダメ出しに次ぐダメ出しで稽古は長引いたような気がする。

吉祥寺シアター入りして、舞台美術もいい感じでそして運命のゲネプロ。

前日の通しでのソロの時に若林淳に「あの手の上げ方は無意識的で素晴らしかった。」とか誉め殺しされて、ゲネプロの途中で手が動かなくなった。

考えれば考えるほどわざとらしい気がして、最初に手を上げると決めていたのに手が上げられなくなった。そうしたらどんどん孤独な気分になっていってわけがわからなくなった。

舞台センターで明かりを浴びながら、現実にはそこにいないようなへんな感じだった。

稽古の混乱や苦労も走馬灯のようにどっとよみがえってきて、全くうごけなくなった。

どのぐらいストップしていたのだろう。監修の麿さんが客席でマイク越しに何かごにょごにょ言っていたけれど、突然激怒しはじめて怒鳴り始めた。

いっこうにソロを踊らないむかいに業を煮やして、怒髪天に来たのだろう。

「なにをやってんだよ!この野郎!!むかい!いい加減にしろ!!!」マイクをがんがん、机に叩きつけるので「ピーン」と大ノイズが吉祥寺シアターに響き渡った。

麿さんは何回も怒らせたけれど20年にわたる師弟関係の中でも、一番激怒させた瞬間だった。

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ガラスに顔をくっつけて撮影した宣伝写真。なぜそんなことをしたのか忘れた。photo by Junichi Matsuda.
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2019年09月07日

渋い、渋くない

来たる9月16日(祝・敬老の日)に“渋大祭”があります。

大学の学祭か何かだと思っていたら『渋さ知らズ』オーケストラ主催の大イベントでした。

渋さ知らズは、不破大輔さんがリーダーのビッグバンドでしてやることなすことスケールが大きくてバンドのメンバーも楽隊はもちろん、ダンサーや舞踏家やパフォーマーが沢山いてビッグです。

不破さんは、その破天荒な人生とやっていることで、師匠の麿赤兒と同じぐらい尊敬しています。

だいたい、大駱駝艦にいられなくなった若林淳と鉄割アルバトロスケットにいれなくなった渡部真一の二人を許容しているという時点で尊敬します。

人間の器が途方もなく大きいのです。もしかしたら、人間の器の底が抜けているのではないかと睨んでいます。

そんな不破さんが率いる渋さ知らズですが、今年結成30周年でお祝いのツアーが日本全国で行われるようです。

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“渋さ知らズオーケストラ” センターが不破さん。

今回の渋大祭もその一環で、豪華メンバーがお祝いに駆けつけます。

わたくしも鉄割の一員としてお祝いに駆けつけます。

鉄割のメンバーとして参加しますが、そこは常識なんて屁の河童の不破さんなので踊らされることは重々承知の上です。

しかしそれも決めつけずに臨機応変、フレキシブルに楽しみます。

人生なんて即興。

そして即興の極意は、100パーセントの自由と100パーセントの協調。100パーセントのフリージャズと100パーセントのフィルハーモニー。

自分のことだけ考える瞬間と周りのことだけ考える瞬間との混在と塩梅です。これは人生でも同じです。

いつも自分のことだけ考えているやつは生きていけないし、いつも周りのことばかり考えているやつも生きていけない。

ジャズのひとたちは即興の達人だったりするので、胸を借りるつもりで遊んできます。

難しく考えずに面白いと思うほうへと突っ込んでいけば、自ずと道は拓けていくでしょう。

なんていうことも考えずにただただ楽しみます。

渋さは久しぶりだからわくわくするなあ。

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『渋大祭』出演アーティスト紹介、"ZAZEN BOYS"
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:20| ブログ?