2020年05月05日

新しいマナー

最近、手づくり布マスクをしているひとが多くなっていていいなあ。と思います。

手づくりのマスクに比べて既成のマスクは安っぽいというか無機質すぎるというか、こころが込もっていないというかなんなんだろうあの違いは。

あんなに違うものか・・・

最近の手づくりマスクは、ひとつのファッションレベルまで高まっている気がするな。あれだったらしてもいいと思ったり。

いまはいろんなお店でお洒落な手づくりマスクが売られているようです。

ある休みの日にワイフが手づくりマスクをつくりはじめたので自分も制作してみました。奥村君にもらったけれどもう着ないTシャツとミナペルホネンの展覧会で買った布で手づくり。

なかなかいい出来で満足、またつくろう。

先日は銀行に用事があったので、その布マスクをして町へ。パチンコ屋は休業しないと怒られるけれど、銀行は休業しなくていいのだな。

遊びは許されない世の中か・・・

町へと出たらマスク率、ほぼ100%。

たまにマスクをしていない人がいるとギョッとして無防備に感じる。マスクをしていないことよりも顔をさらしているのが、自信があるように見えるから不思議。

こうなってくるとマスクをしてないというのは、銭湯で股間を隠さないのとおなじ感じだな。剥き出しで見せびらかされているように思ったりして。してないのは男性が多いからか。

女性のマスク姿は目だけがみえるので、ミステリアスでちょっとセクシーに感じたりします。

娘はマスクをするのはマナーだと厳しいけれど、あと1年この状態がつづいたらこれからはマスク着用が常識の世の中になったりするかもしれない。

濃厚接触をするときにだけはずす。相手のマスクをはずす瞬間にむしょうに興奮をしたりして・・・

馬鹿なことをいっている場合ではなくて、耳の聞こえない人がくちびるのうごきをみてする読唇ができなくて新たな障害が生まれているとか。

そんななかインドネシアの聴覚障がいの夫婦が口の部分だけが透明なマスクを開発したらしい。

日本でも透明マスクをつくるうごきがあるようです。

どんなときも障害を乗り越えようとする試行錯誤がたいせつなのだな。

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『手づくりマスクをした自画像』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 15:41| ブログ?

2020年05月04日

夢のような

鉄割の公演。

どこだろうギャラリーのようなところ。

演目中にとつぜん壁の半立体の人形の眼から、ナミダが手品みたいに観客に降りそそぐ。

まるでミラーボールの光のつぶつぶのように規則正しくきらきらと弧をえがいて降ってくる。しかもそれは水ではない。なんなんだろう・・・樹脂のようなクリスタルのような。

「すげえなあ」とおもわず笑ってしまう。ほかのみんなも笑っている。

ほかにもたくさん面白い夢をみたけれど、残念ながら忘れてしまった。起きてすぐに書きとめないと夢はすぐに忘れてしまう。

だれか録音するという人がいたな・・・戌井君だったか・・・

彼はふだんも寝るときに演目を考えるといっていた。直哉はこのあいだアイデアを考えるのが嫌だとかいってた。天才と凡才のちがいか。

自分は創作のときは四六時中、作品のことを考えます。考えるのが趣味みたいなところもあります。いちばんのめり込むときは、それこそ夢にみます。その夢のアイデアに助けられたこともあった。

自分よりも麿さんのほうが考えるのは大好きで、創っている人間いじょうにふかく考え込んでくれたりして申し訳ない気持ちになったものだった。

そういえば麿さんの趣味は「人生」

そんな師匠があるとき「むかいが5000万円あてる夢をみた」といっていた。まさ夢にならないかな。5000万あったら都志の家を改築して稽古場兼劇場をつくって・・・

夢ってなんなんだろう。

起きているときにあったことを脳が処理する過程で出る、かけらのようなものだったか・・・若いころに夢の本をいろいろと読んで勉強したのに忘れてしまった。

夢を映像化できる機械があったら面白いのにな。

そういう意味では映画はまさに夢を映像化する世界なのか。醒めてみる夢、映画。夢のようであればあるほど良しとされる。

夢はつながりがめちゃくちゃだったりするので、映画もつながりとか気にせずにめちゃめちゃに編集したほうが面白いのにといつも思います。

舞台は夢を映像化するというよりも現実化してしまう世界だな。

360度の全方位で感じる醒めてみる夢のような舞台世界は、映画よりも強烈な体験を与えることができるのだと思います。

魔法のような舞踏というものに出会い、足を踏み入れると戻れなくなる門のなかをすすみ続けているいま。もっともっと夢のような舞台作品を創りたいと思う毎日です。

いっぽう手探りでトンネルのなかをすすみ続けているようないまのこの現実の世界・・・

夢や映画や舞台をはるかに凌駕してしまうほどのへんてこな非常が続いている。

「もういいから、はやくエンディングをむかえて欲しい」

こころの底からそう思います。ほんとうに。

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『夢でみた絵』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:31| ブログ?

2020年05月03日

東京事務所にて

東京でのしごとのときは自宅の一室を間借りしたデュ社東京事務所で寝起きしています。

そうです。都志へと本拠地はうつしたけれど拠点は東京に残っているのでした。

よかった、グループでの助成申請ができるのだ。

東京と京都と大阪、長野。コークとメキシコシティーとミシガン、ベルリン、あとは・・・

10人まで可能なので日本中、世界中に散らばっているデュ社の仲間と映像をつくろう。

先日、後輩の小田直哉から「オンライン飲み会しませんか」と誘われたので昨日、実行しました。

直哉の奥さまのコムさんがオンラインにてしごとをされているので、そのシステムをお借りした。スカイプよりも評判のいい“ZOOM”というやつです。

デュ社東京事務所に机をセッティング、戌井君がいうところの“コクピット”をつくっていそいそと準備します。

タコのカルパッチョとチクワにキューリをつめてと。

いつもは発泡酒ですが今日は豪勢にビールで乾杯。直哉の処女作をつまみに飲みました。

いい作品になるといいな。

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『オンライン中の・・・誰?』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:34| ブログ?

2020年05月02日

こんなつもりではなかった

この東京にのこっている理由だった最後の仕事が延期になりました。

けれども都志に帰ることはできない。心配だなあ。

庭の木や雑草がどうなっているのか。梅雨までに一度手入れをしないとたいへんなことになる。お隣さんのところへと枝が飛び出ていたら悪いなあ。

反対側のいじわるばあさんの敷地へと飛び出そうな枝は切っておいたので良かった。不幸中の幸い。

そして家の中がどうなっているのか心配。古いプレハブなので換気をしないとすぐにカビが生えてしまうのです。

春服も夏服も都志にあるな。春用のスニーカーも置いてきてしまった。どうしようか・・・どうしうようもないか。

さて8月13日から16日までの下北沢ザ・スズナリでの鉄割アルバトロスケット『うぬん』の公演中止がほぼほぼ、決まりました。

こちらは延期ではなく中止。残念だなあ・・・楽しみにしてたのに。つまらないなあ、なんとかならないかなあ。

都志での合宿も中止にするしかないのか。無念だが、このままではひとを集めることができないのでどうしようもない。

そんななかイタリアで活動する舞踏家、竹ノ内淳志さんがオンラインでワークショップをやるそうです。

そのメールを見ていろいろと想像していたらちょっと面白そうなので、自分もやろうかとワイフに話したらオンラインはだいたい無料でやるとのことで断念。

東京都が映像を募集していて採択されたら10万円をもらえるので、そちらに応募しよう。映像制作に参加したアーティスト、スタッフの全員が10万円をもらえるそうなので、湯山と加奈子とも一緒にやろう。

東京と京都とアイルランドのコークで撮影した映像を編集する。

まずはコークの家で加奈子が日常の生活をしているところからだんだんおどりになって、そこから京都へクロスフェードして京都の湯山から東京の雲太郎へとおどり尻取りてな感じでつないでいく。

ラストは編集にて3人でおどっているようにしてとかいろいろイメージをふくらませてたけど、考えてみたら拠点は都志へと移したのだった・・・がっかり。拠点が東京か住んでいるのが都内でないとだめなのです。

まったく戻れないのですっかり忘れてた。個人で申請するしかないか。

2次元の映像では3次元の臨場感や雰囲気、じっさいの肉体のエネルギーやパワー、迫力がまったく伝わらない。からだの面白さは半減、いやそれ以下だな。

舞台は、ほんものをその場で観なければほとんどなにも伝わらないのです。

そして映像は編集でなんとでもなる。ディープフェイクとかいってそっくりのまったく別ものをつくるなんてことも可能・・・

とか、つべこべいわずにデュ社でも映像の編集をしてどんどん発信していこう。

素材はたくさんあるので、この機会に自分でやります。

ホームページ作成も自分でやって、いつか来るこの先の未来へ向けて頑張って頑張らずに参ろう。

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『がっかりしている自画像』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 13:01| ブログ?

2020年05月01日

するどうするどう

この状態が年内つづくというので『ブログ?』をどうするかずーっと思案しています。

やめてしまうのは簡単、休むのも容易、でもそれでは面白くないか・・・

小説のようなフィクションをしるしつづけるアイデアがあるけれど、その場合はあとから読む人はどんどん遡っていくわけだから連載ではなく読み切りのほうがいいのだな。

そして創作となってくると才能やセンスの話しになってくる。

先日、娘の国語の教科書に芥川龍之介の『羅生門』がのっていたので、久しぶりに読んだら自分の駄文との違いに愕然となって嫌になってしまった。

歴史上の文豪と比べるのがまったく間違っているのだけれど、いちおう同じことばという土俵の上なので考え込んでしまった。

伝説の大横綱とアマチュア相撲幕下付け出しへなちょこ見習い以下だから話しにならくて当然なのだけれど、なんだかなあ。と思った。

だがしかし、相手はすでに亡くなっている。こちらはまだ生きている。これからほんの1ミリづつでも文豪との差をつめていけるかもしれないとも思ったり。

小説を本気で記すとなると、まいにち気軽につづけるというわけにはいかなくなってくるぞ。

いまもじつは気軽にはつづけてはいません。いちおう人前にさらすわけだから、なんども読み直して推敲をしている。

アイデアというかタネというかいくつか平行して数日前から準備して、明日はこれにするかと前の日にだいたい完成させてその日は絵を描くことについやしたりしています・・・

お金になるわけでもないのになにをやっているのだろう。

ずーっと考えていてたまにやっている、この2年間の『ブログ?』をチョイスしてコピーアンドペーストしていくというアイデアを本気で実行するか。

徐々に洗練されていくというか研ぎ澄まされていくというか、1年間のベストアルバムのようになっていくような感じ。ゆらゆらといつまでも完成しない作品のようなもの。

たまに過去のブログを読みなおすと「いいね」と思うものもあるのです。

戌井君のいうように絵を中心にしてつづけていこうとも思ったり・・・

深く考えず、そのすべてをやればいいのか。1,000文字とか毎日つづけるとかにもこだわらず。

ブログというのは日記というよりもエッセーに近い。そしてエッセーは思考実験という意味もあるらしいのでどうなるか実験だ。1年後にどうなってるか。

この世界もどうなっているか。

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『窓辺にねこがいる風景』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:39| ブログ?

2020年04月30日

ズルッとした感じ

昨日、戌井君からひさしぶりにラインにメッセージが届きました。

親しい友達から連絡があるというのは嬉しいものです。最近、親友たちがどうしているのか。気になって連絡しようとしつつしていないのでやはりしようと思った。

買いものの途中だったので帰ってから確認。飲み過ぎていないかと気づかってくれていて感謝。

そのあとに「ブログの絵、自分で描いてんの?凄い良いですね。リンゴとか、新聞グチャってなってんのとか最高。」と感想を送ってくれてありがとう。

けれども戌井君がこの『ブログ?』を読んでいるとは思わなかったので、びっくりしつつ恥ずかしくなった。

芥川賞候補になんども名前があがっている、ことばのプロに読まれるなんて恐縮です。

ブログというものは会員制のSNSとはちがって、広く一般へと公開されるもの。

どんなひとが読んでいるかわからない。麿さんが読んでいるかもしれないし糸井重里さんが読んでいるかもしれない。もしかしたら安倍首相が読んでいるかもしれない・・・それはないか。

そうやって想像したら気が抜けません。気が抜けないけれどあまり気にせずにやっていたりします。そうすると今回みたいに「そうかあ」と驚くことになります。

「米朝みたいなのとか、他のも素晴らしい。」とそのあとつづけて書いてくれていて「米朝描いたっけ・・・」と思うけれど戌井君の感想は独特だからな。そうして勘違いが多いので面白いのです。

性格がせっかちなんだな。江戸っ子気質で気が早いので早とちりがよくある。けれども彼の場合は誤解も理解なんだな。とよく感じるのです。

返信したら「いやあ、素晴らしいですよ。じゃんじゃん描いて見せてください。」と書いてくれていて「ありがとう、了解です。」

このブログをどうするか・・・やめるかつづけるか中断するか毎日考えつづけています。

そんななか戌井君からメッセージが届くのはたぶん偶然ではないのでしょう。おかげで絵を中心にしてつづけていくのも良いかもしれない。と気づいた。

そうして、1,000文字とか毎日つづけるとかそんなこだわりも要らないのだな。と思ったりもするのでした。

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昨日の絵が気に要らなかったので「良い」と言ってくれていた“ズルッとした感じ”にしてみた・・・ちょっと気持ちわるかったのをさらになおしてみた。やっと自由になれた。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:03| ブログ?

2020年04月29日

強く、やさしくだ

まるで先の見えないながいながいトンネルに入ったような状態。

しかも速度は遅く進んでいるのかいないのかまったくわからない。先が見えない不安とこれからどうなっていくんだろうという怖ろしさでいっぱい。

押しつぶされそうで出るのはため息ばかり・・・「はあ」

最近の世の中のスローガンは「ちからをあわせて頑張ろう」

こんな時だからこそ、ひとつになって頑張ろう。

でもほんとうか、ほんとうにそうか。いままでだってひとりだった。これからだってひとりで生きていかざるをえない。そんなひともいるかもしれない。

いまだに密集した朝の通勤ラッシュで仕事へ向かうひとがいる。密閉空間で働かざるをえないひともいるし、人と密接に関わって働かざるをえないひともいる。

テレワークやステイホームなんて関係なく働いているというひとが大勢いるし、そんなことができない職種のひとも大勢いてありとあらゆる労働環境のひとがいる。そもそもホームのないひともいる。

家にいようと皆んなが声をあわせて大合唱するとき、その一致団結の輪に入れないひとも大勢いるのです。

そのことに思い至れるかどうか。そのことを知っているかどうかが常に問われると思います。

やっぱり想像力なんだな。

星野源の動画に合わせてうたを歌ったり踊ったりそれをSNSにアップしていいねいいね、ソファで愛犬を抱いたりお茶を飲んだりしてられればいいけれど、そんな人たちはほんのひと握りなのです。

「自己満足だね」娘が切り捨てていた。

ひとつになるって嫌な言葉だな。

そこから外れたひとのことは入ってなさそうだし。そもそもひとつにならなくても、それぞれが生きていける世界のほうがいい。そんなふうに音楽家の大友良英さんはいう。

こういう災害時には余裕がないので、気をつけないと多様性への思いやりがどんどん失われていく。

こぼれ落とされていく弱い立場のひとたち。

多くの意見やうごきが正しいとは限らないのだ。

いろいろあっていいんだよ。同調しなくたっていいんだよ。頑張らなくていいんだよ。

淋しくたっていいんだよ。ひとはもっと孤独を愛さなければならない。ひとはひとりで生まれてひとりで死ぬ。そう見極めてガタガタいわずに強さを身につけよう。

非常時にこそひとの本性はあらわれる。たいへんな時にこそ、そのひとの本質が試される。いまこそ自分が試されているとき。誰かのせいではない。人のことを気にするな。

自分に集中しよう。自分を見つめよう。

多くの意見に流されず、自分のあたまで考えて自分のからだで感じて生きていきたい。

そうして大切なのは思いやりと想像力、色んなひとの立場に立って考えたい。

強く、やさしく。

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雲太郎さんのいうとおりに自分を見つめてみた。そんで気に要らないので後日なおしてみた。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:39| ブログ?

2020年04月28日

まなぶ権利

「つまらない!」

とつぜん娘が勉強をやめていいだしました。

そうだよな。ひとりで勉強をするだけなんてつまらない。

高校からでた課題をまじめにやっているけれど“まなぶ”ということは、そんなことだけではない。

いっしょに話したり遊んだり喧嘩したりご飯を食べたり部活動をしたりして泣いたり笑ったりしながら、同じ空気を吸ってともにまなんでいく。

いっしょに考えていっしょに悩んだりして触れあいながら成長をしていく。どんどん失われていくそんな大切なまなびの日々・・・

安倍首相から全国一律での休校要請が宣言されて、すでに2ヶ月もたちました。

課題をだしたり各学校が試行錯誤をしながら独自に対策をとっていますが、まったく十分ではないでしょう。オンラインもはじまりつつあるけれど地域、家庭で格差がある。

おたおたしてねえでさっさと国で対策をとらねえと、憲法26条で守られている“子どもたちが教育を受ける権利”がそこなわれ続けています。

文部科学省は言いわけして「学校の再開は自治体の判断にまかせる」だって。ひどいなあ。休校要請は全国一律で出したのだから再開要請も全国一律で検討しましょう。

そんななかこれを機に欧米諸国とおなじように9月始業にするようにもとめる声が全国の高校生や保護者、自治体のトップからも拡がりはじめました。

このままではどんどん不平等が生まれてしまう。

全国一律、9月始業にすればウィルスの影響が大きいところと小さいところでの格差も解消される。

「学校ですごすかけがえのない時間が、少しずつ少しずつ短くなっていくのはとても不安。全員が9月から平等に教育を受けられるようにしてほしい」

「Spling Once Again 〜日本すべての学校の入学時期を4月から9月へ!〜」と掲げ、友人と賛同を呼びかけている大阪市の高校3年の女子生徒はそう話す。

世界では9月始業が主流。

もともと日本でも明治の頃は9月始業だった。夏目漱石の『三四郎』に描かれている。戦時中に徴兵をしやすいように変わったとか。

この機会に、いやこんなときだからこそ柔軟に考えて4月始業にこだわらずにいこうではありませんか。

9月始業だと世界と足並みが揃うので、留学をしやすくなるし留学後の日本での復学もスムーズになる。

このままだと修学旅行も文化祭も体育祭もすべてなくなるが、9月始業ならばイベントもおこなえるかもしれない。

9月始業ならば、今後は入試の時期にかならずおこるインフルエンザの脅威や雪の降る地方は天候にも悩まされずにすむ。

ピンチはチャンスだ。

これを千載一遇のチャンスだと考えて、日本教育のルネッサンスのときにしようではありませんか。

これからどうなっていくのか。・・・まだまだ見通しは不明瞭。

だからこそ、ビシッとここらでもう一度、思い切って宣言して子どもたちを安心させてください。

よろしくお願いします。

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まなぶ権利をみずから放棄していた高校生の向雲太郎。

参照・引用:2020年4月26日 毎日新聞 2020年4月24日、28日、29日 朝日新聞 
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:29| ブログ?

2020年04月27日

夢だけど夢じゃなかった

イベントかワークショップか。

裸になっている。

昼になったのでみんなで外へと出る。みんなはどこかへ食べにいったが、自分は懐が寂しいので銀行へといこう。

伊勢丹の下にたしかあったはず。自転車に乗りでかい交差点を渡って歩道橋の下に自転車を止めて降りたら、しまったツンいち裸のままで恥ずかしい。しかも財布を忘れたか・・・

カゴに入れたズボンのポケットに入ってて良かった。財布をもって銀行へいこうと思ったら、三人組の警官がやってきて「おいおいおい」と捕まってしまう。

「これから昼めしなんです」というけれど「俺らもな」と相手にされない。

少し歩いたら階段を上がっていって銀色の鉄のドアを開けて中に入れられる。中には警官が沢山いてみんな昼ご飯を食べている・・・恥ずかしい。

「座れ」と言われて恐縮しながら人をかき分けてソファーに座る。

右側に婦警さんがいて「えー、まさか」とか言ってるので「いやいや、はいてますよ」と下半身を見せるけど反応がなくて「あれっ?そういうことではない?」

財布から名刺を出そうとするけどちょうどなかった。右側にも警官が座ってくる。財布を調べたり誰かに電話をしてる。左側の警官がのしかかってきて重たいなあ。と思ってたら目が覚めた。

夢で良かった。

高いすべり台の上にいる。上には四角い穴があいていて、なかは温泉になってて皆んなでくつろいでいる。

エスパルがやってきて何かいっていて上がってきて温泉に驚いていた。

エスパル元気かな・・・

メキシコではウィルスはどうなのだろう。戌井君がまだそこまで拡がっていなくてここまで自粛、鎖国ムードではない頃にペルーへといっていた。

街中で中国人だと思われたのか、戌井君たちをみて若ものが口をかくしていたと連載に書いていたな。日本で感染者がいない県がなくなりつつあるように、感染者がいない国もなくなりつつあるのか・・・

すべり台からうしろ向きでおりていくと、野外の稽古場のような劇場のようなところで稽古をしている。

男性ダンサーが変わったかたちをした赤い車をひもで引っ張りながら歩くシーン。

ダンスマスターは兄弟子の村松卓矢で「それぞれ違うかたちの車をひこう」といってそうなる。

自分の車は丸くて村松君のは角ばっていた。となりの芝生は青く見えるじゃないけれど、村松君のほうがかっこよく見えるけれど嫉妬だな。

稽古をしていて誰かがマスターに文句をいったけれど村松はとりあわず、いっこうに平気で流石だなあと思った。

村松君は強いんだよな。

自分が村松をぬいてダンスマスターに抜擢されたことがあった。けれどもパブリックシアターの稽古場でのランスルーのときに失敗して降ろされた。

マスターを降ろされたことはショックで悔しかったけれど、ほっとした気持ちもあった。プレッシャーに耐えられなかったのか・・・弱かったんだな。

でも弱さも甘さも持ち味、あれはあれでよかったといまは思うのでした。

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左より村松卓矢、塩谷智司、松田篤史。塩谷がプラスチックごみ洗浄のバイトをやっていたけれど、凄まじく臭いと言っていた。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:13| ブログ?

2020年04月26日

ごみの日

4月22日はアースデイだったんですね。地球の日か。

地球にとっては、大きなお世話だけど・・・

毎日新聞にプラスチックごみについての本の書評がのっていました。

プラスチックというのは、ほんとうにさまざまなものに使われている。

家でもどんどんプラごみって溜まってくるものな。捨てても捨ててもつぎつぎ溜まってくる。

軽さや腐りにくさ、何より用途に合わせて安く大量生産が可能であることから、それまで紙や木や繊維、ガラスや陶器などを素材に用いていたものがプラスチックに置き換えられていった。

そんな奇跡のような物質だったプラスチックが、世界で大問題になってきている。

海に流れ込んでいるプラスチックは毎年910万トン、91億グラム・・・2050年までには海での魚の数よりも、プラスチックごみの数のほうが多くなってしまうのだとか。まじか。

それらは長年のうちに砕けて5ミリ以下の“マイクロプラスチック”となってプランクトンや魚の体内へ、その魚は人間の体内へ。

それでは魚を食べなければいいかというと、海中で細かく砕けたプラスチックは雨によって内陸の山に降り飲み水にも含まれるようになっているという。

わたしたちは毎週、クレジットカード1枚ぶんに相当する5グラムのプラスチックを飲んだり食べたりしている・・・

その恩恵をうけているので仕方がないけれど、子どもたちのためになんとかしなければ。

ハワイとアメリカのあいだには日本の4倍の面積の海域にわたって、ごみが流されて集まる“太平洋ゴミベルト”があってそこのごみを集めて分析したら書かれている文字の3割が日本語だったという。

日本は世界で2番目にプラスチックを廃棄している国として責任を感じなければならない。ちなみに1位はアメリカ・・・日本政府が本気でこの問題に取り組むことはトランプ政権のあいだはないか。

分別されたプラスチックの多くは再利用されずに燃やされるという。日本では57%のプラスチックがリサイクルという名目で燃やされているのだとか。排出されるCO2、そして環境破壊。

今回のコロナウィルスも環境破壊が原因です。開発によって人間と野生動物の接触が多くなり未知のウィルスとの遭遇も多くなっている。

日本はいままで中国にプラスチックもふくめてごみを輸出・・・要するに金にものをいわせて押し付けていました。2018年に中国が輸入禁止にしてから、今度は東南アジアの各国に押し付けていた。

その各国も自国のごみで手一杯で続々とごみの輸入をやめてしまった。

日本国内でなんとかするしかないごみの問題・・・

毎日毎日生きていると出てきてしまうごみ、ごみ。ごみを生み出さないと生きていけない人間。

逃れることのできない宿命のようなものか。

人類をごみのように無価値でむだな存在と考えたりする舞踏家からでした。

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マイクロプラスチックが腸内に蓄積した魚の稚魚。Photo by oona lonnstedt, BBC News.

参照・引用:2018/9/13 Yahoo! ニュース / 2018年9月2日 朝日新聞 / 2020年3月29日 毎日新聞 “今週の本棚”『脱プラスチックへの挑戦』持続可能な地球と世界ビジネスへの潮流 堅逹京子、NHK BS1スペシャル取材班著 / Wikipedia
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2020年04月25日

白と黒の門

『羊と鋼の森』を読了。

新月は新しいことをはじめるのにいいとき。と、この『ブログ?』で小説をしるしはじめようかとか考えていたけれど読んでいるうちにやめようと思った。

いや、やめるとかではなくてやりたくなったらやればいい。

やればいいのだけど、それで表現をしているつもりになるのは考えものだとも思った。自分のほんぶんはやはり踊り。そのことに全力をそそいだほうが未来につながるのだ。

羊と鋼の森の主人公は、自分の目指す道が迷い込んだら帰れなくなると聞かされていた森なのではないかと思う。

それを読んで考える。

迷い込んだら出られなくなる舞踏の門の中へと足を踏み込んで26年、手探りで暗闇を突きすすんできた。

20代は無我夢中ででも楽しくて楽しくて、30代は鼻高々ででも途中でその鼻をへし折られて、40代はすこし速度を落として余裕もでてきて。

さて50代はどうなるか。前半は前途多難で雲行きは怪しいけれどなんとかなるでしょう。

「明るく静かに澄んで懐かしいような文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」

ピアノの調律師を目指す主人公に「どんな音を目指しているのですか」とたずねられた師匠が答えた。

小説家、原民喜の言葉で「こんな文体に憧れる」と書いていてしびれたのだと言い、自分の理想とする音をそのままあらわしてくれていると感じたと師匠は語る。

主人公は得心し自分もそういう音を目指そうとはっきりと自覚する。“文体”を“踊り”にかえてもそのまま理想の踊りになるのだと読んでいて思った。

次はそんな踊りができるように心がけよう。

物語りのなかでプロのピアニストを目指すという少女に母親が「ピアノで食べていける人なんてほんのひと握りの人だけよ」と言う。

「ピアノで食べていこうなんて思ってない。ピアノを食べて生きていくんだよ」と少女は答える。

その言葉を読んで考える。

舞踏で食べていこうと思っている。けれど舞踏を食べて生きていくと考えたらどうか。

いや舞踏で食べさせていただくだな。そうして舞踏に食べられながら生きていく。どんどんどんどん食べられてそしたらどうなるのか。

自分が舞踏そのものみたいになってしまうのか・・・面白い。

書いたのは宮下奈都さん。上智大学文学部卒業で、デビューは遅くて37歳のとき。

表現のしかたがいちいち素敵で、読んでいると言葉がほとばしるように湧き出てきている感じがして感心した。

人物の描写や関係を描いたり主人公のこころの揺れを書きあらわすのも素晴らしくうまくて、なんども感動した。

才能とはものすごく好きだっていう気持ちなのではないか。どんなことがあっても離れられない執念、闘志とか。そういうものと似てる何か。

そんなふうに主人公に先輩が言うが、それはたぶん宮下さんの小説家としての想いなのだろうな。

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門のなかには白だけじゃなくて金も銀も緑もあった。Photo by Junichiro Matsuda.
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2020年04月24日

デュシャドットインフォ

昨日は新月でした。

新月は新しいことをはじめるのにいいときというので、新しくドメインを取得して舞踏家集団デュ社のホームページをつくりはじめました。

ドメインとはホームページの住所ですね、アドレス。いままでのアドレスは“duexshrine.com”、新しいアドレスは“dyusha.info”です。

あたらしいホームページはまだ制作中なので、完成するまではふたつのアドレスで並行してやっていきます。

『ブログ?』とおなじで最初の立ち上げと基礎づくりは、ワイフにやってもらいました。ありがたいことです。

ホームページ制作は専門職なので外注したらけっこう高額なお金をとられます。

しかも更新をするのにいちいち連絡をとって情報を揃えてメールで送って、できたものをチェックして気になるところはまた連絡して直してもらって、それを情報を更新するたびにやらなければならない・・・

そのすべての作業に高額料金が発生する。それが仕事というものですが、予算がないに等しいので自分でやるのです。これからあとは自分で更新して充実させていきます。

ホームページはグループのいわば顔のようなもの。お客さんにとっては窓口でもある。活動の内容を知らせるのにも役立つ。

われわれのように営業がいるわけではないグループにとっては唯一の世界との接点で生命線みたいなもの、非常にたいせつなのです。

いままでのホームページはスマホに対応していなかったので、スマホで閲覧すると文字が小さくなって見ずらかった。他のホームページをスマホでみて文字が小さいと読む気をなくしてしまうものな。

それをスマホ対応にして改善。

三本線をタッチするとメニューが出てくる“ハンバーガーメニュー”というのもやりたかったけれど、ワイフに聞いたらけっこう難しいらしくてずーっと難航していた。

いままでのアドレスではできなかったのが、新しいアドレスではそれが可能になりました。

そうしてこのたびホームページに導入することに成功。

これからページをどんどんつくって追加して分厚く奥深くしていきます。いままでなかった英語のページも追加して未来の海外での仕事にもつなげていくぞ。

いままでやった仕事の詳細、内容がしるされたアーカイブページもつくって、じょじょにページを増やしていこう。写真もできるかぎりアップしていきます。

メンバー紹介のページとスタッフの紹介ページ、ワークショップのページもつくって・・・動画もアップしよう。

それらすべてを英語ページでも展開。

『ブログ?』もゆくゆくは新しいホームページに移行して続けていきたいと思っています。軌道にのったら英語ページで湯山がブログをしるすといいな。

いますぐにお金になるわけではないけれど今後のための大事な作業。

トンネルを抜けた先へとつながっていく重要な仕事なのです。

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スマホ対応画面。右上がハンバーガーメニュー。たしかにハンバーガーに見えなくもない。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:26| ブログ?

2020年04月23日

あなた

53歳の1日目です。頑張って頑張らないのだ。

さて来月にも10万円支給が開始されるらしいけれど、結局はあとで税金として取り返されるのだな。

要するに無利子で国が10万円を貸しているようなものなのか。国に無利子で借金をしている。いや余計に搾り取られる可能性もあるから利子は支払うのか。

そんでもって子どもたちは、夏休みがなくなることがほぼ決定のようです。

不憫だな。けれどそうやって考えると、さきに夏休みがきたと思ってぞんぶんにこころとからだを遊ばせればいい・・・

残念ながら、ぞんぶんには遊べない。友達とも大っぴらに遊べないし一緒にどこへもいけないし、児童館も図書館も閉まってるしなあ。

インターネットゲームなら友達と遊べるのか。

中学1年の甥っ子が友達とのゲームにはまっているけれど、彼にとっていまはもう最高の状態だろうな。学校も休みだし一日中、インターネットゲームで友達と遊べる。

もともと勉強なんて好きではないし、課題はでているだろうけれど適当にサボってゲームに熱中。

母親は怒るけれどぬかに釘、のれんに腕押しぶたの耳に念仏、聞く耳をまったくもってなくて完全に無視。

母親は激怒して対抗策としてインターネットを切ったりするけれど、パスワードをハッカー並の知恵で突破してゲーム続行。

母親はあきれてあきらめる・・・

まあ、ほんとうに夏休みが来てると思って多めに見てやりましょう。

うちの娘は学校からの課題をこなしつつ計画を立てて机に向かっています。そうして受験時代のテレビ視聴の自粛と読書の自粛を取り戻すように、ぞんぶんにテレビを観て読書にふけっています。

彼女の読み終わった本をつぎは自分が読みます。

『あなたが消えた夜に』を読了。

通り魔殺人のミステリーで、人間の不幸がこれでもかと描かれる。幼児虐待に性的虐待、近親相姦に裏切りに放火、洗脳、猟奇殺人、ありとあらゆる人間の狂気が連綿とつづく。

愛と憎しみと絶望のドロドロが連続殺人へとつながっていく。

そんなかなしい人間の姿をあなたは見ているのか。

あなたに助けを求め続けたのに、あなたはなぜ何もしないのか。あなたはよそ見をしているのか。この何千年とよそ見をし続けているのか。あなたはなぜ答えないのか・・・

読んでいる途中にこれを娘が読んだのかと心配になった。R-15にしたほうがいいのではないのかと思ったけれど、もう15歳は過ぎているな。

人間の性という偉大だけれど、厄介でもあるもの。あらゆる事件の根底に潜む性的なもの。

自分は早熟で子どもの頃から性に目覚めて悩み続けた。何も知らないしわからない頃から罪悪感に苦しんでいた。いまは面白おかしく笑い話しにしています。

小説は最後に小さな希望が灯されて終わったのでほっとした。

それにしても作者の中村文則さん、凄まじい才能です。グイグイと引き込まれて最後まで読み切ってしまった。脱帽。

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神をつくりだしたのもまた、人間なのか。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:25| ブログ?

2020年04月22日

Happy birthday to me

今日で『ブログ?』は2周年です。

生まれたのは1967年4月22日で53歳になりました。何時に生まれたかはわかりません。

「ありがとうございます。感謝しています。ごめんなさい、許してください、I love you.」

 “50歳は新しいことをはじめるのにいい”ということで、2年前にこの『ブログ?』を開始、文章と絵と写真で毎日更新を続けています。

いまはほんとうに世界中がたいへんな激動の時です。

ブログも中止するのかやめるのかこんな時だからこそ続けるのか、日々揺れうごいています。

先がぜんぜん見えずに、とうとう夏のイベントも中止が決まりはじめています。8月12日から15日の阿波踊りの全日程の中止が発表されました。

今年の1月あたまに高野山でおこなわれる5月のイベントが中止だと知って「そんなことがあるか」と思っていたけれどまったく大げさではなかったものな。

8月の鉄割アルバトロスケット公演も中止か。都志での合宿もこのままでは中止だな。

やはりこのどうしようもない状態が年内、続くのか・・・

「はぁ」不要などといわれ、日々ため息をつき絶望感に目の前が真っ暗になりそうになります。この世界に必要ないといわれる存在のつらさを身に沁みて感じています。

けれど、けっして負けない、けっして止めない、けっして諦めない・・・

いや、舞踏の精神からいえば、負けてもいい、止めてもいい、諦めてもいい。けれども、そこからはじまる何かが必ずやあるのです。

「もう駄目だ・・・いや、まだ駄目があるじゃないか」

世間の常識からもっと離れて、遅くてもいいし弱くてもいいじゃないか。役に立たなくてもいいし何もしなくてもいいし要らなくてもいいじゃないか。

まだ頑張ろうとしている。もっと放り投げてもっと適当にもっといい加減に「どうでもいい、なんでもいい、これでいいのだ」

「どうせ不要ですよ。それがなにか?」と開き直れ。

そして笑いのこともお忘れなく。どんなどん底のなかからでも笑い続けろ。

牙を毎日ぴんぴんに研ぎ澄まし、こころを磨き込み柔らかく自由に魂を遊ばせ続けて、新しい作品を生み出すために日々、思考の翼をひろげます。

からだも鍛えて研ぎ澄まし、必要としてくれる人々の前でいつでもおどり出せるように準備を粛々と進めていきたいと・・・最近、じょじょに腹が出てきていますが、思います。

そうして「なぜ踊るのか?踊りとはなにか?」と問い続けながら「ほんとうか?ほんとうにそうなのか?」とこの世界のことも疑いの眼差しで見つめ続けます。

今後とも、 向雲太郎、湯山大一郎、中島加奈子、舞踏家集団“デュ社”を、そしてこの『ブログ?』を何卒よろしくお願い致します。

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今日の日めくりカレンダー。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 13:22| ブログ?

2020年04月21日

ブログ?

文章を書くのは、子どもの頃から得意です。作文はよく先生に褒められていました。

日記は、1990年ぐらいから書いています。約30年。

若い頃にデザイナーをやっていたのでセンスには自信があります。大駱駝艦でもデザインをばんばんやっていたので、PhotoshopとIllustratorも駆使できます。

この『ブログ?』の写真は、すべてPhotoshopで加工しています。コントラストを強くして彩度を上げたりしています。

色あせた話題や事柄のときは、多少の悪意をこめてコントラストを下げて彩度を落としたりもします。

最近アップしているイラストもコントラストを上げて彩度を上げたり、色をつけたり加工をしています。

ウェブサイトの立ち上げは、ワイフにやってもらいました。Webの仕事をしているので心強くて頼もしいです。

最初の立ち上げはやってもらいましたが、いまは自分自身でやっています。HTMLのソースを直したりします。

ウェブというのはHTMLという下記のような構文でできているのです。

<div><span style="font-size: 11pt;">文字を大きくしたり小さくしたりもソースコードでやります。</span></div>

でこんなことができる不思議でもあんまりやりすぎるとです

こういうのも、センスなのだと思います。

ソースがわかるのは、大駱駝艦時代にウェブサイトをつくっていたからです。勝手に立ち上げて毎日しこしことやっていました。むかし取った杵柄。

この『ブログ?』には広告を入れていません。これはちょっと自慢です。他人のブログを見ると広告がうるさく感じられます。

それが嫌なので、一切広告が入らないように気をつけています。スポンサーをつけないので、自分でお金を払ってつくっています。けれどたいした額ではない。

フェイスブックと連動して“いいね”ボタンとか“コメント”とかもやっていたけれど、なんだかうまくいかないので一切やめました。かえってスッキリ。

いま発表の場は、この『ブログ?』ひとつ。

文章と絵と写真とソースとで構成されるウェブログという“媒体・メディア”。

この世界にはさまざまなメディアがあります。

新聞 本 ラジオ テレビ 映画、そしてインターネット・・・

もちろん肉体というメディアもあります。

肉体をつかっての表現は、たいへんです。たいへんだけれど全存在をかけて他者とかかわる芸術なので、面白さはとてつもない。けれども仕事がなかったり食べることが難しかったりする。

そうして、いまのこんな非常事態のさいには真っ先に影響を受けてしまう。

運や縁もあるのだろうけれど、今のこの現状のなか『ブログ?』が自分のベストメディアなのかと思ったりするのでした。

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鉛筆で絵を描いて、それをスキャンして・・・

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フォトショップで彩色、微調整して完成。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:20| ブログ?

2020年04月20日

遺言?

まもなくこの『ブログ?』をはじめて2年になります。

2018年4月22日、51歳の誕生日に「50歳は新しいことをはじめるのにいいとき」という糸井重里さんの言葉に触発されて開始。

毎日続けるのは日課のようでもあり修行のようでもあり、愉しみでもあったりする。

最初の頃は文章は短かったです。だんだん楽しくなってきて長くなってきたけれど、だいたい1,000文字ぐらいに落ち着きました。

タイトルは『ブログ?』で、なりわいにしようとずーっと悪戦苦闘している舞踏というものの魂そのままに疑問符が入っています。

“舞踏?”であり“命ファースト?”であり“ブログ?”です。

「ブログというのは人に見せることを前提としているので、日記というよりはエッセイに近いのではないか?」とかとか日々考えています

最近までは文章と写真をメインにして記していました。

文章は生活していて思ったこと考えたことをメインにしつつ、新聞に取材したことも記したりします。その他、気になったことや皆んなに知らせたいなと思ったことなども記載。

東京都現代美術館での皆川明さんの展覧会へといってそのイラストの数々にこころをうごかされて以来、イラストをもっと入れていこうと思い実行しています。

もともと子どもの頃から絵は大好きだったが、小学5年の時に先生に酷評されて嫌いになってしまった。

けれども高校を卒業するあたりから自分にはなにが向いているかと考えた時に、やはり美術かと思いそちらのほうへと進んだのだった。

その後、いまはなきセツモードセミナーへといったりして本気で絵のプロを目指したりしていた。

結局、26歳のときに大駱駝艦に出会って絵はきっぱりとあきらめて、すべてを捨てて舞踏への道に進んだのでした。

けれども舞踏の精神は「なんでもあり、これでいいのだ」こだわらず決めつけず、ブログでも絵でもなんでも面白そうなことはやってみればいいのです。

2019年、フェイスブックから脱会しインスタグラムもやめツイッターもやめたいま、ネット上での活動はこのブログにしぼっています。

だいたい毎日100人弱のかたが訪れてくれています。ありがたいことです。

人との接触を自粛せざるをえない、こんな時期でもネットでの発信は続けられる・・・

続けられるけれど、いつやめてもいいとも思っています。この状態が年内まで続くというので年内は中止しようかと思ったり、こんな時だからこそ続けるかと思ったり日々揺れうごいています。

舞台はかたちが残らないけれど、ブログはネットというものが存在する限りはのこる。

そういう意味ではこの『ブログ?』が死んだら、自分の遺作というか遺言のようになるかもしれないと思ったりするのでした。

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2年か・・・それがどうした・・・べつに。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:25| ブログ?

2020年04月19日

命を守る交通社会に

2019年4月19日、午後2時ごろ。

千葉県の会社で働いていた松永拓也さんの携帯電話に着信があった。それは見知らぬ番号だった。

不審に思いながら電話にでると相手は警察だと名乗った。

「落ち着いて聞いてください・・・奥さんと娘さんが事故にあいました。」電話のあいては、いま喋っていることが大したことではないとでもいうようにいやに冷静だった。

妻の真菜さん(当時31歳)と娘の莉子ちゃん(当時3歳)とは昼休みにテレビ電話で話したばかりだった。2人は自宅から池袋の公園へと遊びにいっていた。

いつも真菜さんのそばを離れようとせず、母親のじゃまをする莉子ちゃんの愛らしい姿が目に焼き付いていた。

「命はあるんですか、生きてるんですか!」松永さんは必死でたずねたが電話の相手は「危ない状態です。とにかく来てください」と詳しいことを言わず、ただ繰り返すばかりだった。

ただならぬ雰囲気を心配した上司につきそわれて会社を出て駅で電車を待った。

電車に飛び乗りスマホをひらくとネットニュースの見出しが目に飛び込んできた。

“池袋にて車が暴走。12人が重軽傷”  “親子とみられる女性と女児が心肺停止”

ひざがガクガクとふるえて背筋に汗が吹き出てきた。立っていられずにその場に座り込んでしまった。

「嘘だろう・・・いやいやそんなわけはない、人違いだ」

スマホを閉じると、なんどもなんども首を振りながら目をかたくつぶって祈り続けた。「どうか無事であってくれ・・・」

病院へいくと二人とも亡くなったと告げられた。

即死であったという。夢ではなかった。その場に崩れ落ちると号泣した・・・

落ち着いてから松永さんは、妻と子どもが安置されている病院の一室へと向かった。そしてベッドの上に寝かされている二人と対面した。

傷だらけの真菜さんと、顔に布をかぶせられた莉子ちゃんが横になっていた。

莉子ちゃんの顔にかぶせられた布を取ろうとすると「見ないほうがいいです」と看護師に止められた。

真菜さんと出会ったのは2013年の6月、沖縄。一目惚れだった。

2016年1月11日、莉子ちゃんが誕生。幸せの絶頂のなかでの突然の暗転だった。

事故のあと1ヶ月ほど休職した松永さんは何をしていいかわからずに、気がついたら事故現場近くの公園のベンチに何時間も座っていた。「死んだ方がましだ」

生きる目的を失ったのだ。ふたりはすべてだった。いつも3人だった。

この先何をして生きていけばいいのか。この先何をすべきなのだろう、どうやって生きていけばいいのだろう・・・

事故を起こした運転手を恨み憎み、考えは堂々巡りを続けた。

しかし憎しみは被告を思うことに時間をつかっている。そんなことより二人への愛と感謝でこころを満たしたいとの考えに至ったという。

松永さんは2020年4月16日に実名を公表し、二人の死をむだにはしたくないとの思いから「誰にもこんな思いをさせたくない」と事故防止のための活動を続けておられます。

今日で事故から1年、合掌。

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松永さんは写真と動画も公開されている。事故の半年ほど前に撮影された写真。「みんながいつもの自然な笑顔で、1番好きな写真」

参照・引用:2020年3月15日 毎日新聞『ストーリー』取材:山本有紀 / 2020年4月16日 朝日新聞デジタル
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:51| ブログ?

2020年04月18日

車より人でしょ

痛ましい大津の事故からもうすぐ1年、池袋暴走事故からも1年・・・

子どもが危険にさらされている散歩コースなどが東京23区だけで、1万6249カ所もあったのだとか。

国はスクールゾーンと同様の保育園施設の周辺でのキッズゾーンの設置を促しているけれど、7割近い自治体が言い訳をして検討さえしていない。

そうして運転マナーは相変わらずのようで、強引な右折もなくならない。

あおり運転の罰則は強化されたみたいですが、まだまだなくなっていない。「急いでいる時は車には乗らない方がいいです。」そう東洋が言っていた。

東京では人よりも車が最優先です。

車を運転しているときに横断歩道を渡ろうとしている人がいますが、停車するべきか・・・交通ルールでは「停車する」が正解。

しかし東京にいて横断歩道で車が止まるなんて、まずありえない。

たまに止まってくれたりしたら挨拶してから、珍しいので「どんな人だろう」と顔が見たくなります。

これは地域によって違うみたいで、長野県では横断歩道に人がいたら止まるのが常識で停車する人が68.6%。100年かけておこなっている教育の賜物だそうです。子どもの頃からそういう教育をしている。

東京で停車する人は5.8%で1割以下。

東京では子どもたちに「車の往来がなくなるのを待ってから横断歩道を渡りましょう」と教える。

そんな教育を受けていたら大人になって車を運転するときに、人がいたら向こうが止まるべきと思うのは当たり前です。

大人たちがつくり出してしまった車優先の社会。

ヨーロッパでも違っていて、運転中に横断歩道では歩行者を優先する傾向が強かったのはフランス、スウェーデン、ドイツ・・・

ドイツのハノーバー市の中心部には、車が入り込めない人間優先区域がつくられているとか。そこでは皆んなが安心して買い物や散歩を楽しむ。

1990年代に車社会化が一気に進んだ。

郊外にアメリカ型の巨大モールができ皆んなが車でそこへと大挙して行くようになり、地元の商店街は閉店が相次ぎとうとうシャッター街になってしまった。

歩いて買い物に行ける店はどんどんなくなり、高齢化社会化したいまはそのつけが回ってきている。いま帰りたくても帰れない、淡路島の洲本も都志も同じ状態です。

車優先は高度経済成長時代だったからこそで、低成長で人口が減少しているいまは違ってきているのだな。速く早くと先を急いだ時代が終わりを告げて、ゆっくりと人間を最優先する時代の幕開け。

車優先の社会を見直す大きな転換期にきているのです。人優先の社会とは人が安心して歩くことができる社会か・・・あまりにも車優先が当たり前になって想像できない。

けれども子どもは人類の未来。流通のスピードよりも掛けがえがない最優先で守るべきいのち。

それだけは確かです。

そう自転車をこよなく愛する舞踏家は思うのでした。

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くるまか・・・スピードが速すぎるのだ。そして馬力が強すぎる。目指すは、もっと遅く、もっと弱くだな。

参照:2020年2月11日 朝日新聞 2020年2月12日 毎日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:39| ブログ?

2020年04月17日

免疫ってなんだろう

免疫は、細菌やウイルスから、からだを守ってくれている防御システム。

人のからだはウイルスなど、からだの成分と異なるものが侵入してくると、リンパ球や抗体の働きでこれを排除する。

異物を排除したあともからだはその異物を記憶していて、ふたたび同じものが入ってくるとすぐこれを排除する働きがでてくる。

このために多くの感染症は一度かかると二度同じ病気にかからなくなったり、かかっても二度目は軽くてすむようになる。

「わたしは、一度おたふくかぜにかかっているから大丈夫。」「ぼくは、今年はインフルエンザにかかって治ったからかからない。」というやつだな。

いっぽうワクチンは、抗体をつくるために必要な成分のみを、ウイルスからとりだしてつくられたもの。毒をもって毒を制する。

ワクチンを接種することでからだが反応する“免疫反応”によって抗体がつくられる。

ワクチン接種を受けることによっても、より早くより強く抗体がウイルスを攻撃できる態勢がつくられるため、ウイルスの増殖をより強く抑えられる。

ただ、ワクチンを開発することができるのはウイルスが発生してから。そして最低でも6ヶ月かかるのだそうです。

「ワクチンがつくられるか、人口の60%から70%が感染して集団免疫を獲得するまでこの流行は収まらないかもしれない。」

拡がるだけ拡がるか、ワクチンが開発されるか。終息するにはどちらかしかない。

どうやらそんな意見が多勢をしめてきているようなので、どういうことなのか調べてみました。

世界中で78件のワクチン研究開発プロジェクトが進行中で、その中の5件は臨床研究の段階に入っているそうです。けれどもどんなにうまくいってもあと1年はかかるとか。

jonson&jonsonが新型ウィルスのワクチン開発に成功しそうだとニュースでやっていたけれど、はやくて来年だと言っていた。

実用化されるまでに臨床実験を繰り返して、さらに副作用という怖ろしさもある。あんまりワクチンに期待はできないのか。

風邪の原因になる従来のウィルスは暖かくなると減っていくという。同じように新型も減っていくといいなあ・・・

そう思っていたら専門家が「このウィルスは暖かくなっても完全になくならない可能性が高く、ながい闘いになる。」と言っていて、がっくり。

常夏の国、シンガポールなどでも感染が増えているそうです。

今回の5月6日までの非常事態宣言によって、あと6週間で終息にむかうとか誰かが言っていたけれど、残念ながらその気配はまったく感じられない。

冗談ではなく、この状態が今年いっぱい続くことを本気で覚悟しなければならないようです。

明けない夜はない。そして夜明け前がいちばん暗い・・・

まだまだもっと暗くなるぞ、覚悟。

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免疫細胞の代表“マクロファージ” 「とにかく手洗いが重要だファージ」

参照・引用:福井県感染症情報 / インフルエンザNAV / 2020年4月1日 4月2日 4月10日 4月14日 朝日新聞 / 東京医科歯科大学HP / 2020年4月6日 読売新聞 / 2020年4月9日 4月12日 毎日新聞 / 中外製薬HP / 高山義浩、本田美和子対談「新型インフルエンザについて教えてください」ほぼ日刊イトイ新聞 / 2020年4月17日『今日のダーリン』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:33| ブログ?

2020年04月16日

フィクションのようなノンフィクションのような

ドアをあけて町へとでた。

大きくひとつ深呼吸、きょうも空気が美味しい。空気を思う存分吸えるというのは素晴らしいことである。

自転車にのり、ゆっくりと漕ぎ出す。春の陽気は桜の並木とともに気持ちをウキウキとさせてくれる。叫び出したくなるような爽快な気分だ。

町がキラキラと輝いてみえる。すれ違う人たちもウキウキとスキップしているように歩いている。さてどこへいこうか・・・

こんな日は公園へいくのがいいか。

道の両側にならぶ店にたまに入りながら公園へと向かう。CDショップでグレイトフルデッドのライブ盤を購入、サイケデリックな本屋でタロットカードを購入する。

店の前ではストリートミュージシャンが演奏をしているのでしばし聞き入る。UFO型のスティールパンの音が心地いい。投げ銭を入れて公園へと向かう。

なだらかな坂の頂上に公園はある。公園脇のスペースに自転車を止めて右側の門から公園へと入っていく。公園へ入ると1人の黒人が立っていてご用はないかと聞いてくる。

なにかいいものはあるかと尋ねると「こんなのはどうだい」と素晴らしく輝いている卵を渡してくれる。「魔法の卵だ。」

振ると信じられないようないい音色を奏でてくれて、夢みごこちになったので購入する。

その卵をもって公園をぶらぶらと歩いていると、太鼓を叩いている若者が二人いたのでベンチに座って演奏を聴く。卵を耳元でたまに振って目をつぶる。

素敵なセッションを続ける、黒人と白人のふたりは知り合いではないようだった。

遠ざかっていく演奏を聴きながら公園のなかを散歩する。公園をあてもなくブラブラしているとそろそろ午後か。

そのまま歩いてゆるやかな坂をおりて左側の門から今度は出ようとする。みんなに引き止められるがうしろ髪を引かれながら公園を出る。

公園を抜けたところにある川のほとりをのんびりと歩いていって、トンネルを抜けた先にあるゲストハウスにチェックイン、泊まることにする。

ひげ面の親父に案内されて部屋をめぐる。

石づくりのゲストハウス内はひんやりとしていて涼しい。窓がたくさんあるので内部は意外に明るかった。半地下のような部屋が安かったのでそこに泊まることにする。

鉄格子のはまった窓からは隣の家の子どもたちが太陽のなかで遊ぶ姿が見えていた。

部屋の壁にはインドの神さま、ガネーシャのポスターが一枚貼ってあってこちらを見下ろしていた。トイレは外から鍵をしめるようになっていて、その意味をよく考えていたら恐ろしくなった。

ひまなので部屋をでて石づくりの階段を上がっていくとゲストハウスの屋上はカフェになっていて、高い山が見えた。

山を眺めながらミントティーを一杯。そのあと外へとでて川べりでぼんやりしていたらおじさんがやってきてクッキーを買わないかと言う。

一袋買ってゲストハウスへと戻る。

ゲストハウスに戻ったら屋上でライブをやっていて、幻想的なシタールの音が春の夜の闇に吸い込まれていった。

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4月1日に嘘を記そうとしたけれど、むずかしくてそのままになっていたものを、フィクションのようなノンフィクションのような文章にしてみた。今年はエイプリルフールも自粛だった。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:22| ブログ?