2020年02月08日

風邪の神さま

久しぶりに熱が出ました。

朝起きたらだるくて熱っぽくてしんどくて、死ぬかもしれないと弱気になります。

鉄割新年会で飲み過ぎてから体調が悪かったけれど、騙しだまし過ごしていた。背中が痛くて原因は飲みすぎなので、1日酒を抜いたりしてたけれどそれぐらいでは足りなかったな。

数日前に泥酔して口を開けていびきを「がーがー」かいて寝てたみたいで、朝起きたら尋常じゃないほどに喉が痛かった。

そこから咳が出はじめて目の奥が腫れぼったいので、もしかしたら熱があるのかと思っていた。

そして熱が出る前の日に「風呂に入ったら風邪をひくかな」と思ったけれど「ひいてもいいや」とわざと風呂に入ったのでした。

37度5分しかないけれど、もしかしたら新型コロナウィルスかもしれない。

念のために病院へいって検査しよう。感染していたらどうしよう・・・考えただけでも怖ろしい。濃厚接触した人、全員に連絡がいくのか。申し訳ない。

申し訳ないけれど、こういうのは本当に不可抗力だから仕方ない。

自分だって誰かにうつされたわけだし、誰のせいというのでもないはず。ないはずだけれど娘が受験なので責任を感じる。

近所の病院へといきます。空いていたのでよかった。

まずはインフルエンザ検査をします。はじめてだったけれど、あんなに鼻の奥まで入れるのだな。びっくりした。あれは子どもだったら泣くな。

「きだにさんどうぞ」とアナウンスがあったので診察室に入ります。筒井康隆みたいなおじいさん。

「お酒を飲み過ぎて背中が痛くて体調が悪かったのですが、一昨日ぐらいに喉が痛くなって」病状を説明したら喉が痛いというところに反応します。

カルテに何か書き込んでいる。

「昨日ぐらいから咳が出はじめて鼻水が出てきて、今日朝起きたら熱が出てました。」

咳と鼻水と熱に反応して何か書き込んでいる。脈拍と喉を見て胸の音を聴くという、まるでお医者さんごっこのような診察で終わり。

「では薬を出すので」普段薬を飲まないので漢方にしたいといったら、明らかにテンションが下がって「薬と漢方の併用もあるのでね」こちらが一方的に喋っただけで、まったく問診されずに終了。

薬局へ行ったら漢方と喉と咳と熱の薬を処方されて、どうせ飲まないのになと思う。無駄になる薬。

もらった葛根湯を飲んで、第一大根湯というものをつくって飲んで布団をかぶって寝たら大量の汗をかいて熱が下がって元気になる。

まだ咳は残っているけれど、だいぶんよくなってきました。

熱も咳も鼻水もからだの自然な自浄作用なのです。

それを科学的な薬で抑え込んでしまうと、からだの折角の自分で整えるチカラも抑え込んでしまうことになる。

しかし、インフルエンザではなかったので良かった・・・

せっかく稽古場を借りてたけれど今日は休もう。

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「風邪は自然の健康法である。風邪は治すべきものではない、経過するものである。」名著『風邪の効用』著:野口晴哉 Photo by Amazon.
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2020年02月07日

赤坂で打ち合わせ

『舞踏という何か』刊行イベントの打ち合わせに行ってきました。

場所はアーカイブ構想が場所を間借りしている赤坂ビル。くたびれた外観からは想像がつかない洒落た内部になっていて、昔は有名な方の住まいだったとか。

いまは建築家のかたが事務所として使っている。

時間ちょうどに二階の事務所へいったら、溝端さんは電話中で別の部屋では男たちが賑やかに打ち合わせ中。

このあいだ会ったばかりの河内君と、なんだか見たことのある顔があったので「おう」と気楽に挨拶したけれど人違いで失礼。

「どうもはじめまして松岡です」いうて挨拶されて初めて会ったのにごめんなさい。

山海塾の舞踏手でアーカイブ構想の理事をやっている松岡大君でした。

どうやら別のイベントの打ち合わせをしているようでした。男たちがワイワイやっている感じが嬉しいというか羨ましいというかワクワクする感じで、仲間に入りたいけれど関係ないのでうろうろします。

TokyoTokyoFestivalのイヴェントの打ち合わせで、呂師さんというかたが舞台監督で河内君はアシスタントだった。しばらくしたらそちらの打ち合わせが終わったので着席します。

松岡君とあらためてご挨拶。

「お名前はよく拝見してます」山海塾のメンバーなのは、先日の森下打ち合わせではじめて知った。

スタッフ一同、集まってきて打ち合わせ開始。

河内君は帰ったけれどなぜか呂師さんは残っていた。こちらの舞監でもあるのかと思ったら違っていてたんなる興味で残っているようでした。

溝端さんとは忌憚なく話せる関係のようで、遠慮なくこういう場にもいれるよう。この呂師さんが打ち合わせ中に常に客観的な立ち位置で茶茶を入れるのが良かった。

2月11日はいないようなので、自分がパフォーマンス担当というか遊び担当のようなものなのであの立ち位置にいよう。

トリックスターのような存在。

トリックスターはいたずら好きで常に醒めた目で世の中を斜めにみて行動し、時に重要な役割を務めたりする。日本でいえば狂言回しのような存在。

自分ははじめてお会いしたけれど舞踏の世界に長く関わっているようで、懐かしい匂いのする方だった。

イベントの内容的には、刊行された本の紹介と報告。ゲストを招いてのシンポジウム。ディスカッションというかクロストークというかのQ&A。その合間に雲太郎のパフォーマンス。

まずはどういう順番がいいか話し合います。

先日の森下の打ち合わせではパフォーマンスが最初という話だったけれどそれも、もう一度皆んなで再考。

本の中身を実際に見たら、予想以上に充実しているので最初に本の紹介と報告をしっかりとやったほうがいいのではないのかとなった。

スライドを使うというのでスクリーンに白塗りの雲太郎がいる。というアイデアが出たので了解です。平面との関わりはライブペインティングで経験を積んでいるので、いろいろと遊ぼう。

そのあとシンポジウムに入って、自分はその中の話しでうごけそうだったらからだをどんどん使っていく。

そのあとも議論が続いたけれど面白かった。

「いつも議論になるんです」溝端さんが言っていたけれど、それを許容する代表の人柄故だろうな。

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大野一雄舞踏研究所代表、溝端俊夫さん。打ち合わせしてて気付いたけれど声がとっても良いのです。Photo by Google.
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2020年02月06日

人の前で面白く

人の前で面白く在りたい。

では“人の前で何かやる”とはどういうことなのか?

舞台芸術の大前提・・・

「ヨガは人に見せるものではありません」ホットヨガへ体験にいった時に聞いて、舞踏とヨガは決定的に違うのだと思った。

若い頃にヒッピーのおじさんが砂浜で見せるともなく見られるともなく踊っているのが、とても格好悪く感じたのをいまだに覚えている。

自慰行為を見せられている感じで気持ちが悪かったなあ。あれは家の中で独りでこっそりとやるべき踊りだった。

人と人とのつながりのあいだで生まれるコミュニケーション。

そこに観る見られるという関係が生まれる。観られるものと見るものという立場の違いも生まれる。

だから劇場に行った時に舞台側から見られると緊張する。安全な守られた空間から一方的に観ているという立場が危うくなる瞬間。

では人の前で何かやるときに、面白く在りたい。楽しませたいと考えるのは何故か?

「何かやりまーす」と言って何もやらなかったらどうか。先ずは気まずい。「にっ」て笑ってごまかすか。しかし実は何もしなくても人間ってのは結構、見ていられるのです。

普段、人を「ジロジロ」観る機会なんてそうそうないので、自分が思っている以上に時間はもつ。

この時にからだが白かったりしたら、より長く観ていられる。

素のからだに意味も入ってくるのだな。「なんで白いのだろう?」

けれども、ルックスが面白ければ面白いほど長く見ていられるかというとそうでもなくすぐに飽きてしまったりする。

この点で言うと「何だかよくわからない。」というほうが気は惹かれる。

暗くてよく見えなくて「何だろう」と前のめりに観ていたのが、明るくなってはっきりしてくると「なーんだ」ということはよくある。

大川興業主催の『暗闇演劇』というのがあって、1時間完全暗転で声だけでお芝居が続いていく。

ラジオを聞いてるような感じでイメージをとても掻き立てるのだが、ラストに明るくなって舞台が見えてしまうのが残念だった。

人の前で何かやる。という大前提があってその上で人の前で面白く在るためには?という問いかけがくる。

では面白いとはどういうことか?

これは、千差万別で10人いれば10人分の価値観があるので難しい問題です。面白いと思う人が多ければ多いほど自分は嬉しいけれど、そうでもない人もいる。

「やりたいことが万人に受け入れられなくてもいい」と思う人。前衛的なものに多い。

舞踏の初期は前衛だった。エンターテイメント性がなかったのだな。

土方巽の『肉体の反乱』は「演出的にはそんなに面白くなかった。」と学生時代に観たという室伏さんがインタビューで語っていた。

『四季のための二十七晩』あたりで演出的になってくるのか。

大野一雄さんは最初からエンターテイメントを志向していたような気がする。見られるということを結構、意識していたようにも感じる。

ただ感性的に時代の最先端を走り過ぎていて、土方さんに“劇薬のダンサー”と呼ばれるほどだった。

1950年代に白塗りで女装だもんな・・・当時は当然、受け入れられなかっただろう。

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「こぼれるほどの叙情をもってシミーズ一枚で踊る男」土方巽が高校生の時に東京で偶然に舞台を観て衝撃を受けた大野一雄。70歳を超えて逆輸入されてやっと日本で認められた。Photo By Marco Tambara.
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2020年02月05日

子どものことだけ考える

子どもたちと遊んできました。

まずはからだを自由に好きにうごかそう。円になって音楽をかけて踊ります。一人ずつ中に入ってその人の真似をする。

皆んなそれぞれ楽しそうに踊っていました。

前回、ソロを踊れなかった子どももこれなら踊れるぞ。ジャンプしたりしゃがんだり、ゆっくりとうごいたり。

人数が多いのでヘトヘトに疲れた。

次はチームに分かれて踊りをつくろう。皆んな嫌嫌な感じでどうした?前回はハッスルしていたのに・・・ノロノロとチームに分かれて練習します。

今日は体育館で空間が広いので、各チームで好きに自由におどりをつくります。

一人休んでいるチームが二人になってしまい、意見が分かれたのか一人が拗ねたようになってしまっているので助けに入ります。

手がかりを求めていろいろ聞きますが、取りつく島のない感じ。

なんとか糸口をつかんで軌道にのせたら、あとは何だかノリノリになっていったので任せます。

いちばん人数の多い男の子だけのチームが、バラバラで走り回る状態になっているのでアシストに入ります。

けれどその状態がおさまらない。

一人の女性の先生が「走り回るのはいいけれど、静かに踊っている子のうごきを大切にしたい」と言っていてそうなんだよなあ。なんとかそうなるようにしよう。

「チームに分かれているとどうしても内向きになるので、他のチームの踊りも見合う方がいい」と意見がでたので、まだそこまでいっていないチームがあるけれどとにかくやってみます。

休憩後に円になって目標を確認。

「目標は笑顔になれるおどりです。誰かがリーダーというのではなくて、全員がリーダーだと思って仲良くやりましょう。」

男の子のチームの順番を決めて交通整理をします。一人の男の子が静かに踊るのでそれを真似る。

しかし真似をするというのはわかりやすくなるけれど画一化してしまうというか、同じことをしないといけないみたいな雰囲気になってしまうと舞踏家としては反省。

同じことなんてしなくていい。揃っているとかどうでもいいのです。

とにかく1組ずつ踊りを発表します。

それぞれ工夫を凝らして面白かった。問題の大人数の男の子のチームに入って一緒にやるけれど、やっぱり走り回って客観的に見たらどうだったか・・・

けれども観せるためにやっているわけではないのに、そんな風に考えてしまっていて反省。途中でもいいし、まとめようとか格好とか気にせずにやれればいい。

それぞれのチームがやり終わって、まだ時間があるので全員で輪になって深呼吸をして寝転びます。

ゆったりとからだを横たえて、ゆっくりとクールダウンして終了。

「ありがとうございました」

次回は先へ進むというよりは一度、立ち止まってやることをよく考え直そう。

真似をするというのをやめて、即興的な流れでやってみるとか・・・

なんとか、子どもたちが生き生きと出来る瞬間がつくれるように考えます。

子どもと一緒に遊び呆けてると先生になんだかなあ。と思われてしまう。子どもたちを楽しく遊ばせつつ、先生たちも納得させる・・・

いや、やはり子どものことだけを考えればいい。

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気楽にやれ・・・そうか、男子チームは一人一人と踊ればいいな。photo: schloss bröllin e.V. / Peter van Heesen
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2020年02月04日

福は内

昨日は節分でした。

古巣、大駱駝艦では毎年稽古場で豆まきをしていた。

鬼役になるのは楽しくて、だいたい村松がその役を取ってしまうので自分は密かに残念に思っていた。

舞踏家としてヤラレ役は絶好のポジション。

「犬の静脈に嫉妬する」という土方巽の言葉があります。

これは、大道で子どもたちにいじめられる野良犬に向けて書かれた言葉。

得をしているのはストレス発散にいじめている子どもたちではなく、無残にやられている犬のほうなのだという土方さん特有の視点。その犬の静脈に嫉妬する・・・変態だな。

さて鬼とは何か?

その本質は「人間という概念のちょうど反対にあるもの」だと民俗学者の小松和彦さんは言う。人間の反対か・・・人ならざるもの鬼。

能で鬼といえば人の内側の怨念をあらわしたもの。源氏物語で恋敵、夕顔を嫉妬で呪い殺す葵の上が代表的だが般若は凄まじい表情をしている。

鬼やらいは平安時代から続く行事です。

平安の世には鬼が至るところにいたと話はたくさん残るので、当時の人にとっては切実なものだったのかもしれない。

闇に人ならざるもの“鬼”が住まう都、平安京。

古来から日本人は外国人を鬼扱いした。

昔話の桃太郎の鬼退治を、無人島に流れ着いた外国人を殺すためのお話と考えると残酷だな。鬼にも妻や子どもがいたかもしれない。

自作の『ふたつの太陽』で8時15分で止まった時計の裏側に赤鬼の面がついているアイデアを思いついたが、あれは我ながら秀逸だった。

8時15分で時計を止めたアメリカ人と対峙する・・・誰にもわからなかっただろうけれど。次の再演ではもう少しわかりやすくしよう。

鬼はアジア的な存在です。中国では鬼は死んだ人の魂で形がないとか。いまの日本の鬼のイメージは仏教から来ているのだな。

西洋では悪魔になるのか。鬼と悪魔ではだいぶん違うのは、宗教的な違いからくるものなのです。

鬼は現代にも沢山います。

鬼教官や鬼弁護士、仕事の鬼なんてのもいるのか。鬼嫁ってのは嫌だなあ。嫌だけど、旦那が妻のことを「鬼」と呼んでいると想像するとちょっと微笑ましい。

いまや形容詞として定着した鬼。鬼ヤバイとか鬼カワイイなんてのは若者のあいだで飛び交っている。

完成した『舞踏という何か』の校正を拝見しましたが「鬼凄い」出来上がりでした。

今年は舞踏がアツくなるかもしれないぞ・・・

鬼楽しみ。

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いま娘が「鬼のように」勉強しています。写真は京都の能面師、寺井一佑による能面『平方般若』Photo by Nohmask.jp

参照:朝日新聞『天声人語』2020年2月3日
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2020年02月03日

森下で森下に出会う

森下スタジオに久しぶりに行きました。

森下にはセゾン文化財団から助成金を頂いている時に、毎日のように通っていました。

セゾンフェローは年間を通して優先的にスタジオを借りられるので、3年間使い倒さしてもらった。

森下スタジオには、大小さまざまな四種類のスタジオがあります。

いちばん小さなSスタジオは日当たりが良くて明るくて、好きなスタジオで『ふたつの太陽』の時にはまずはここで稽古をした。

ワークショップもSスタジオでは何回もやっています。小さいと言っても一般的なスタジオからしたらでかいです。

中ぐらいのAスタジオとBスタジオはブラックボックスで、真面目な雰囲気でなかなか手強い空間です。

ふたつの太陽の時はだんだん空間を大きくしていって、中盤はBスタジオで稽古。

Bスタジオでは傑作『ワークインプログレス』もやったな。ワークショップも結構やっています。

Cスタジオは一番大きな体育館ぐらいある稽古場で、ここでは『遊機体』を公開。

森下スタジオの改装後一発目のパフォーマンスだったので、杮落としのつもりで張り切って盛大にやった。

ふたつの太陽の本番前の実寸稽古はCスタジオでやりました。有り難かったなあ・・・日本にはもう劇場は要らないから稽古場が欲しいのです。

さて、最寄りの地下鉄都営新宿線の森下駅からスタジオへと向かいます。

Cスタジオで束芋さんとダンサー、森下真樹とでやる作品『錆からでた実』の稽古をしていて、真樹ちゃんと妹の芋芋さんがいたのでお話しします。

この作品は再演を重ねていて、今回はアメリカを回るとか。羨ましい。

制作で入っている三浦あさ子さんを紹介されます。dBで働いているとかで、たぶんお会いしたことがあるはず。

束芋さんもスタジオから出て来てご挨拶。

現代美術作家の束芋さんとは、鉄割で何度かお会いしたことがあるのです。しっかりとお話ししたのは、今回がはじめてかもしれない。

『ぴちがい裁判』は観に来てくれたのか。「そういえば舞台美術をお願いしたいと思っています。」と思わず口にしてしまい立ち話で言うことではなかったと反省。

企画を立てて予算を用意して、あらためてきちんとお願いします。

20時半から通し稽古があるので「もしよかったら」と真樹ちゃんに誘われて「了解です」

こちら16時から稽古なので、多分行けるでしょう。

受付に伊藤キムさんの公演のチラシがあった。土方巽が書いた『病める舞姫』をもとにして舞台をやるようです。

この病める舞姫は多くの創作者を虜にしていて、自分も山崎広太さんに誘われて短編を創りました。

土方さんが韜晦の限りを尽くした文章でイメージに満ち溢れているので、一行だけでも踊りが創れそうなのです。

稽古が終わって、Cスタジオのランスルーに駆けつけます。

タダで観せてもらうのが申し訳ないような、ほぼ本番に近い通し稽古でした。

初演の時とはまったく違っていて、終わってから束芋さんと話したら「裏返った」と言っていた。

裏返ったか・・・束芋さんの世界にも通じる独特の表現なのでした。

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絵を描く束芋さん。せっかく描いた絵を舞台監督の河内君が消していくのが可笑しかった。Photo by bozzo.
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2020年02月02日

疑う

昨日は2月11日の稽古でした。

イベントの主催で大野一雄舞踏研究所代表の溝端俊夫さんと、溝端さんのもとで働いている呉宮百合香さんが稽古に付き合ってくれました。

アンケートをもとにパフォーマンスをつくっていくというのが、面白くなりそうにない。

アンケートが海外の方が多いからか観念的というかイメージ先行というか、神秘的な言葉が多くてそこからどう踊りを創ればいいのかまったくわからない状態。

いまこうして記していたら面白くなりそうな方法を思いついたけれど、それは紋切り型の舞踏というものを扱うことになるので時間をかけた作品にしないと難しそう。

何をしていいのか完全にわからない白紙状態です。

そんな時、毎日新聞発行の『月間なるほドリ』に“思い込みをなくして選択肢を増やそう”という特集があったので興味深く読みます。

前提をなくしてゼロにして考える『ゼロベース思考』というものです。

やはり大切なのは“疑う”という行為。

「そもそもそれって必要なのか?」目の前の選択肢を疑う。他に何か可能性がないか、別の選択肢を選べるように視野を広げる。

思い込みや決めつけ、当たり前だと思っていることがないか一度、立ち止まって考えてみることが肝要だとか。

実際にゼロべース思考をつかって自分のいまの思い込みを掘り下げてみます。

問題:今日は森下スタジオにて稽古で溝端さんが来てくれるけれど、何をやればいいのかまったくわからない。

せっかく溝端さんが遠いところまでわざわざ来てくれるのに、やることが決まっていないなんて申し訳なくて心配だなあ。

ゼロベース思考:稽古でやることが決まっていないなんてよくあること。そもそも稽古は何かをやらなければならない時ではない。何をやるか考える時間。

何をやるか溝端さんと一緒に考えて、その流れでからだもうごかしていけばいい。

ということで、溝端さんと呉宮さんといろいろとディスカッションしながら稽古を進めていきます。

いろんな面白い話題や意見、雑談や興味深い舞踏についての話しが続きます。

そして定員60名なのですが、すでに定員に達していてキャンセル待ちになっているとか。「へえ、そうですか」

そうして半分はアンケートに答えた舞踏の実践者らしい。うるさがたの先輩や大御所もいる気配「まじですか」

そんでもってもう半分の中には舞踏評論家や舞踊批評家も沢山いるみたい・・・そんな人ばかりの所で、何をやればいいというのか。

溝端さんに「なぜ自分だったのですか?」と尋ねたら「やっぱり“舞踏?”でしょうね」と即答されてなるほど。

大駱駝艦から独立して5年、一貫して『疑う』ということをコンセプトにして活動を続けています。

前衛という時代のアンチとして誕生した舞台芸術、舞踏の宿命のような、大切な魂のような“疑う”という行為。

「了解しました」と合点。

気楽な気持ちでいたけれど、久しぶりに気合が入ります。受けて立って目にものを言わせましょう。

マイナーなところでいまだに蠢いている、この偉大で面白い舞台芸術をメジャーにしてやろうではないですか。

燃えてきたぞ。

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「ぶとうって何それ?美味しいの?」アンタッチャブルに果敢に挑戦して観客に靴を投げ込まれた問題作『舞踏?』2013年12月 於:渋谷スペースエッジ Photo by bozzo.
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2020年02月01日

虚構だらけの世の中で

ディープフェイクというのが世界中に拡がりつつあるとか。

人工知能技術の最先端『ディープラーニング』と『フェイク』を組み合わせた造語。ディープラーニングのソフトをつかって偽の動画をつくって拡散させる。

代表的なのはポルノ動画に有名俳優やミュージシャンの顔を合成したものだとか。

マレーシアではそんな本物そっくりな動画が内政を揺るがせた。

アフリカのガボンでは、ディープフェイクが原因で軍のクーデターが起きた。

もちろん今回のアメリカでもトランプ陣営が活用。かどうかは謎だけど、民主党のペロシ下院議員の動画再生スピードを落として呂律が回らない話し方に加工した動画が拡散した。

トランプがツイッターで紹介して「酔っ払い」のコメントがついたとか。

ひどいなあ・・・悪いイメージは一度ついてしまうと払拭できなくなってしまう。

自分のことしか考えていなくて人を貶めて喜ぶような人が国のリーダーで、ほんとうに幸せになれるのか。正気とは思えない。

Googleはディープフェイクの政治広告などへの使用を禁止。さすがは知性のかたまり軍団、良識がある。

新型コロナウイルスでもデマが蔓延し続けている。それこそウィルスのようにインターネットの網の目を媒介として悪意に満ちた嘘が拡がり続ける。

デマの量は問題の重要さと状況の曖昧さとをかけ合わせたものだという。

江戸時代に日本でコレラが流行した時には、外国人が井戸に毒を入れたのが原因というデマが流れた。

その裏にはそれを政治に利用しようとする輩の悪巧みがあったとか。

東日本大震災のあとに美しい海が見えなくなるほどの高さの防潮堤が国によってどんどん作られているが、同意しないと漁業支援や高台への移転のためのサポートが受けられなくなるというデマが流れた。

流したのは工事を進めたい人たちだろう。

関東大震災の時には「朝鮮人が放火・爆弾所持・井戸への毒物投入などの不逞行為をしている」という喧伝が流れて罪もない多数の朝鮮人や中国人のかたが虐殺された。

政府による資料によって記録が残されている。

けれど、いま調べたらこの事実を右派の夫妻が本を出して否定していて、それを信じてインターネットでデマを拡散する人たちがいるのだとか。

もうこうなってくると訳がわからない。

もともとテレビをはじめとする二次元の移ろいやすい情報なんて信用ができないが、インターネットの中は完全に何が本当で何が嘘なのかまったくわからない状態。

溢れかえる情報に左右されることなく情報の数々を取捨選択しつつ、自分の眼で見て、耳で聞いて、その言葉がほんとうに信用に値するものなのか?

自分の頭でしっかりと考えて、自らで判断して生きていきたいものです。

この世は夢まぼろし・・・

本当のことなんて何もないつくられた嘘だらけの世の中だけど、やっぱりそこには良い嘘と悪い嘘があるのだと思います。

表現者の端くれ舞踏家としては常に、人を夢心地にする良い嘘をついていきたい。

笑える嘘も大歓迎。by Deepfakes Web.

参照:『毎日新聞』2020年1月29日 『海は見えるか』真山仁著 幻冬社文庫 『朝鮮人・中国人虐殺事件の真相究明と謝罪を』日弁連人権擁護委員会 『なぜ朝鮮人虐殺の記憶を否定したがるのか 虐殺否定論者の戦略』加藤直樹(ノンフィクション作家)
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2020年01月31日

スマイル

子どもたちと遊んできました。

これまでの二回は何にも捉われずに拘らずに自由にたっぷりと遊んだので、岡田先生からの次の課題『子どもたちの新しい表現』へと進みます。

皆んなで踊り創りに入ります。といっても難しいことは一切しません。笑顔で楽しく全員で遊べればよし。

昨日は体育館ではなく、教室なので距離感が近く密度があってまた違った光景が見えた。

先ずは1時間目で朝が早いのでからだを目覚めさせるために、からだを適当にうごかします。次に音楽をかけてからだを自由にうごかします。

既成の音楽は使わないほうがいいと思っていたが、それも思い込みの決めつけ。柔らか頭で何でもありです。

皆んな楽しそうだった。からだを元気にうごかしたら、ゆっくりうごいてクールダウン寝転んでそのまま休憩。ダラダラします。存分に休んだら「はい、休憩終わり」

次に一人づつの個性をもっと知りたいので、ソロで踊ってみます。

最初は雲太郎から。岡田先生の太鼓に合わせて踊ります。

「おどりっていってもいろいろあるのだよ。ダンスみたいにからだを激しくうごかさなくたっておどりなんだ。何にもしなくてもいいし楽しくうごいてもいいし、これでいいのだ」

とお手本を見せます。

さあ、その次は誰が踊る・・・「皆んな嫌がるかなあ」とはじまる前まで心配してたけれど杞憂でした。最初に一年生の男の子が飛び出してきて楽しそうに踊ります。

そのあとは皆んなが「はい、はい」とやりたがって意外だった。

順々に一人一人が踊りのような表現をします。自分をからだ全部つかってあらわす。皆んな個性的で輝いていた。

岡田先生の太鼓の伴奏もとっても素敵だった。

いつも一緒にいるからそれぞれの子どものことがよく解っているのでしょう。うごきに合わせて叩いてあげて、終わり方も優しくて。

一人でやるのが嫌な子は他の子と一緒にやります。最後は岡田先生にも踊ってもらう。忙しくて疲れているのに頑張ってくれました。休憩。

休憩後は、一人が人形になってもう一人がうごかす。

これは遊びとして盛り上がりました。子どもは遊びの天才、どんどん展開していきます。切りがないので太鼓で合図してひとまず中断。

そのあと二人づつで踊ってみます。自分も伴奏に参加。先生との太鼓のデュオも興味深かった。

あと20分あるので創作のためにチームに分かれます。「ぶとうというのはなんでもおどりだと考えます。チームに分かれて自由に好きにおどりをつくろう。」

打ち合わせの時に「子どもたちに決めさせましょう」と提案を受けていたので、それぞれの自主性に任せます。

「誰かがリーダーというのではないです。それぞれがリーダーだと思って仲良くおどりをつくりましょう。」

まだ時間があるので、それぞれのチームで踊りをつくってみます。皆んな嬉しそうに踊りをつくっていて良かった。

面白い踊りが出来そうです。

楽しみ。

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太鼓ってのは、ほんとうに魂を躍らせてくれる。Photo by Google.
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2020年01月30日

燃えるゴミ

手に入れて、捨てる時代が終わりを告げようとしています。

3Rとしていまや有名になりましたが、 Reduce(リデュース)、Reuse(リユース)、Recycle(リサイクル)

ゴミを出さないようにするための3R。

まずは、Reduce。

ゴミをつくり出さない工夫か・・・一生、使えるものを選びたい。良いものほど長く使える。「安物買いの銭失い」をやめよう。

使い捨てをやめる。コンビニ袋の使用をやめて何度もつかえるマイバックにする。割り箸をやめてマイ箸をつかう。詰め替え製品を選ぶ、etc...etc...

ゴミになるものを家に入れない。スーパーで容器を捨てて袋に入れ替える。要らないパッケージはその場で捨ててしまう。玄関で要らないチラシは捨ててしまう・・・

しかしこれは結局、ゴミをつくり出していることに変わりはないか。

つぎに、Reuse。

家の中に入って来て、手にしてしまったら使い終わったあとに再利用できるか考えてみます。着れなくなった服を何かにつくりかえる。タオルなんかだったら最後は雑巾にして使う、etc...etc...

そして、Recycle。

どうしても再利用できない場合に分別して外へ出します。分ければ資源、混ぜればゴミ。

新聞で読んだけれど、紙とプラの再生利用がピンチだとか。

今までは中国に安く処理を頼っていたけれど、中国も国内でリサイクル意識が高まり日本のゴミまで引き受けなくなった。国内で何とかするしかない。

どうしても再利用できないものを仕方なしにゴミとして出す。

ゴミか・・・舞踏家は言ってみればゴミのような存在です。役に立たない無駄な存在。ゴミのような存在を標榜しているところもあります。

役に立たなければ立たないほど良しとする、無駄であればあるほど良しとするこころもある。

ミシガン大学でエリックと創った兄弟子、若林淳のソロはアメリカのどでかいゴミ箱にドロドロの液体と入っている踊りだったけれど、舞踏の思想そのもので面白かった。

人間を燃えるゴミのような存在と位置付ける自嘲も感じた。

「がたがた何を偉そうに言ったところで、そもそもが人なんて燃えるゴミ」

兄弟子、村松卓矢の『どぶ』という傑作にもそんな思想を感じる。

ゴミの行き着くところで掃き溜めのような場所“どぶ”を舞台に持ってくる思考。人の流れつく場所とも言えるのか。

「どぶのような存在、人間」

そんな自嘲も感じる。

そもそも土方さんが「突っ立った死体」とか言うぐらいだからな。役に立たない権化を舞踏の理想としてた。

今年は人なんて所詮、ゴミのような存在なんだということをあらためて自覚して生きていこう。

そして、人間の業のかたまり“ゴミ”をなるべく出さないようにスリムに生活したいと思います。

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ファッション業界は大量の在庫廃棄が深刻な問題だとか。サスティナブルファッションブランド“ステラ・マッカートニー”のリサイクル服。Photo by Google.
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2020年01月29日

イベント詳細

さて2月11日の公演というかイベントというかの主催、ダンスアーカイブ構想からメールが届いて詳細がわかりました。

ちょいと宣伝っぽくなりますが、届いたメールを一般向けに直して掲載します。

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いつもお世話になっております。

おかげさまで、書籍『舞踏という何か』もまもなく完成いたします。

書籍の出版にあわせ、来る2月11日に、足掛け3年国内外で行った調査の報告会を開催いたします。

ぜひご参加賜りたく、以下にご案内申し上げます。

お越しいただきました方には、同日刊行の書籍をさっそく会場にて進呈いたします。

ご来場を心よりお待ちしております。 どうぞよろしくお願いいたします。

『舞踏という何か』シンポジウム&パフォーマンス

日時:2020年2月11日(火祝) 13:00〜15:45(12:30開場)

会場:千代田区立日比谷図書文化館 スタジオプラス(小ホール)

2017年度から国内外で実施したアンケート調査の成果と課題を報告し、舞踏の未来とアーカイヴの可能性を展望します。

日本に生まれ世界中に広まった舞踏は、今日各地に根を下ろしながら多様な発展を遂げています。2020年現在の舞踏の姿は、どのように捉えることができるでしょうか?

この身体芸術は、いかにアーカイヴできるでしょうか?

プログラム

1)調査報告

報告者:松岡大(NPO法人ダンスアーカイヴ構想理事)、石山星亜良

2)シンポジウム&パフォーマンス

アンケート調査結果を手懸かりに、いまだ輪郭の不確かな“舞踏”に迫る試み。パフォーマンスとシンポジウムの間をシームレスに行き来しながら「舞踏という何か」を考察する。

・パフォーマー:向雲太郎 ・パネリスト:秦宜子(テルプシコール)、立石和浩(東京芸術劇場)

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そうか、刊行イベントで踊るということなのだな・・・

あんまり気負わずにリラックスしてやろう。

一人ではなく、秦さんと立石さんがいるのも心強い。当意即妙で臨機応変にいこう。話している内容から踊りを創っていく。その流れでパフォーマンスをする。

そして真面目は禁物、ルックスを面白くしよう。

最も舞踏家らしいルックス・・・白塗りでやるか。銀でも金でもいいか。意表をついて黒塗りとか。しかし、塗ると色んなところについて厄介だからな。

シャワーキャップは意味がわからない。と城崎の時にアンケートに書かれたからなあ。意味なんてわからなくても良いのだけど。いや、意味がわからない方がいいのか。

逆に最も舞踏家らしくないルックスでやるとか。スーツかな。スティーブ・ジョブスみたいな服装でやるとかどうか・・・

そうかいろいろ用意していけばいいのか。最初はシンプルにラフなスタイルで客席にいて。

そんで最終的に裸になればいいか。白塗りも一応持っていって。塗るか塗らないかは状況を見ながら決めよう。

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書籍『舞踏という何か』装丁。世界中から届いたアンケートが全面に展開されている。
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2020年01月28日

いろいろなこと

徳勝龍と同期の豪栄道が引退しました。

33歳だって、若い。まだまだ年齢は若いけれど気力がなくなったのか・・・

今場所、応援していたけれど際どいところで負けることが多く結局、負け越してしまった。

通常ならば負け越したところで休場するが、出続けていたので舞の海が「引退を考えているのでは」と言っていた。

稀勢の里と共に期待されて大関になったけれど、横綱にはなれなかった。立会いで変化したり大事なところで引いてしまう癖が直らなかった。

気持ちが弱いのだな。

自分はあんまり熱心ではない俄かファンだけど、いままでファンは何度もがっかりさせられたのだとか。

しかしカド番の今場所は立ち合いの変化や引きもなく、堂々とした大関相撲を取り続けた。けれども、あと一息の惜しいところで負けてしまっていた。

負けても負けても、怯むことなく前へ出るので観ていてとっても気持ちが惹きつけられた。

最後の相撲も際どいところで逆転負けした。だが館内からは豪栄道コールが起こっていた。

まだ33歳、人生これから。引退してこのあと、どう生きるかが大切でしょう。

「お疲れさまでした」

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十両に昇進したばかりの豪栄道。若い。Photo by Google.

アメリカプロバスケットNBAのスーパースター、コービー・ブライアントが亡くなりました。

41歳、若すぎるな。ヘリコプターに乗っていての事故死でした。

ダンクシュートを次々と決めてたいへんなプレーヤーがあらわれたと大騒ぎになった、1996年のデビュー戦をなぜか偶然観ていた。

ボサボサのドレッドのような髪の毛姿をよく覚えている。神様、マイケル・ジョーダンの後継者、あらわると言われていた。

その後も大活躍し続けて何度もチームをNBA年間王者に導いたとか。

バスケットボールの熱心なファンではなかったのでいつの間にか見失っていたけれど、たまにテレビでプレーする姿を観たりして相変わらず活躍してるなあと思っていました。

2016年に引退したのか・・・引退したばかりだったのだな。まだまだこれから、第二の人生のはじまりだったのに残念。

「ご冥福をお祈りします」

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マイケル・ジョーダンと競る、コービー・ブライアント。Photo by Google.

アメリカグラミー賞が発表され、以前にも紹介したビリー・アイリッシュが主要4部門独占だって。

こちら18歳。

兄貴が作曲をしてるようで、プロデューサーも兼ねてるのかな。4部門独占は1981年のクリストファー・クロス以来か・・・懐かしいな『ニューヨークシティ・セレナーデ』

サビの部分はいまだに歌える。

「When you get caught between the moon and New York City・・・」

彼は、ルックスからは想像もつかない美声を出すのです。久しぶりに聴きたくなった。

しかしグラミー賞、華やかだった。

現実のアメリカ社会は灰色だけど、テレビの中は夢のように極彩色に輝いていました。

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クリストファー・クロス。グラミー賞4部門独占したのは『セイリング』か。Photo by Google.
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2020年01月27日

人は嬉し涙を流すまで旅人

徳勝龍、良かったなあ。もらいな泣きしてしまった。

大相撲初場所は14勝1敗で徳勝龍が幕内最高優勝、大番狂わせの結果でした。

正面解説の北の富士さんもびっくりの幕内17枚目での優勝。幕尻の優勝は2000年春場所の貴闘力以来で20年ぶりらしい。

彼は奈良県出身だそうで奈良出身の力士の優勝は98年ぶりだって。ほぼ100年ぶり。同郷の麿さん喜んだかな。忙しい身なのでそれどころではないか。

入門して11年、いまは33歳だそうです。高齢での初優勝も第3位。33歳で高齢か・・・たいへんな世界だな。

同期に稀勢の里や豪栄道がいたりと、いままでは目立つ存在ではなかったとか。しかも十両と幕内を行ったり来たりしてた。

向正面解説の舞の海は取組前に立会いの変化にも言及していたけれど、今回出場力士の中では一番強い最高位の大関、貴景勝相手に真っ向勝負。寄り切って文句なしの初優勝だった。

勝った昨日、そして今日あたりは日本の主役だな。一躍、時の人。記者会見に取材攻勢、後援会と乾杯、祝電にお祝いにご祝儀に優勝パレードに、etc...etc..

場所中に近畿大学相撲部の監督、伊藤勝人さんが亡くなってその弔いのこころもあったようです。

舞の海が「目に見えない何かが背中を押しているような見事な相撲だった」と言っていたが、徳勝龍も優勝インタビューで監督が土俵にいてくれたと話していた。

亡くなった恩師が目に見えない部分でも、実際に彼の中でも力を貸してくれたのだろう。それぐらいにいい相撲でした。

徳勝龍のインタビュー、人柄がにじみ出ていてとっても素敵だった。笑いあり涙ありで感動しました。

場所中は「優勝はまったく意識していません。」とか言っていたらしいが、インタビューでは「ウソです。メチャメチャ意識しててばりばりインタビューの練習をしてました」と笑いをとっていた。

「関西人だねえ」by Kitanofuji.

正代との優勝決定戦も観てみたかった。正代は残念でした。しかし本割で負けているのでしかたがない。

北の富士さんが「もつれればもつれるほど面白い」と言っていたように、徳昇龍には申し訳ないけれど取り組み前は「貴景勝、大関の維持を見せろ」と思っていました。

去年の初場所の覇者、玉鷲は今場所負け越し。

若手の台頭と両横綱の力の衰えで、次の場所もどうなるかまったくわからない大混戦の戦国模様は変わらない。

「もう33歳ではなく、まだ33歳と思って頑張ります。」徳勝龍は力強く答えていた。

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「おめでとう」Photo by 朝日新聞
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2020年01月26日

鉄新

昨日は鉄割アルバトロスケットの新年会。

サンフランシスコ空港で助けてくれた恩人、大根田雄一が帰国しているので新年会も兼ねて皆んなで集まりました。

会場は原宿青山の近所、外苑前のイタリアンレストラン『ハンターラストラーダ』

外苑前駅に早めに着いてしまい駅のトイレへいって用を足したり、ファミリーマートに寄ってウロウロしたりしたけれどまだ時間には早い。

けれども店へとにかく行ってみるかとファミマを出て歩きます。店の前まできたら今日の幹事、中島兄と松島さんがいたので良かった。

そのまま二階の店内へ。

こじんまりとした隠れ家的で家庭的な雰囲気の洒落たお店です。入った正面に浅葉克己さんの個展のポスターが貼ってあるので、なんとなく「浅葉さんも来たりするのか。」と感じる。

マフィア映画によく出てくるような長い机に座って「さあ、どうしよう・・・」

とか思っていたら、今日はコースとかではなく食べたいものを単品で頼む方式らしいので、はやばやと生ビールを注文します。

まずは中島と「乾杯」松島さんとも「乾杯」本年もどうぞよろしく。

演出のみさをさんがお芝居をやったらしくその話を聞きます。鉄割と同じような短い演目を並べたものだったみたいで観てみたかったな。

松島さんが中島に「出たいと思った?」と聞いたら「いやー」と笑ってた。

戌井君と愛可さんも到着。本日の主役、大根田もやってきて「久しぶり」前回の新年会以来だから一年ぶりなのか。

皆んな映画が大好きなので観た映画の話しで盛り上がります。こちら最近観てないのでついていけなくて残念。

渡部もやってきたので近況を聞きます。

このあいだの忘年会では最近家飲みをはじめたとか言っていたが、近頃は奥さんのママ友の家へ行って飲んだりするようです。

ママ友の旦那さんたちは結構お酒を飲むらしく、奥さまが渡部にも飲んで欲しいので「わたしが運転するから飲んでいいよ」とお許しが出たとのこと。

それならばと喜んで飲みはじめたが、普段ウィスキーやウォッカなんていうハードリカーを常飲してるので焼酎などではまったく酔わないらしく「強いですねー」と驚かれるとか。

うたこさんや村上君や南辻君たちもあらわれて、ワインが次々と空いていきます。

赤ワインも白ワインもメチャメチャ美味かった。それに合わせる料理の数々もとっても美味しかったです。

あんまり言うと来れなかった奥村君と山内に申し訳ないな・・・それほどでもなかったです・・・

渡部がもう完全即興のライブはやめようと思っていると言ってて激しく同意。あまりにもリスクが高すぎるのだよな。

一か八かの賭けすぎる。

ミュージシャンはいいんです。手がかりとしての楽器があるので。パフォーマーは徒手空拳のからだひとつなのでその時点ですでに不利。

戌井君が「最近つまらない人間になってきてる」といっていたのが印象的だった。

端から見てると順風満帆、悩みなどないように見えるけれど天才には天才の悩みがあるのだな。

けれどもやっぱり相変わらず面白いので、昨日も何度も笑わされたのでした。

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お先に「乾杯」戌井君に「浅葉さんいるよ」と教えてもらったので、会いにいって握手してもらったら手が柔らかかった。Photo by Satomi Matsushima.
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2020年01月25日

議題

シンポジウムで何を話し合うのか?

舞踏について・・・舞踏の問題点とかどうか。そんなもの誰も聞きたくないか。

舞踏の最前線で闘う者の問題。評論や昔話や思い出話しではない、いまの舞踏家のリアルで切実な問題。

食べられない、仕事がない。何故か?・・・需要がない。何故か?・・・マイナーだから。では何故マイナーか?・・・メジャーになれない理由とは何か?

最初は俳句も落語もそれで食べさせてもらうなんて狂気の沙汰。どうやって社会的に存在意義を得たのか?

芭蕉のように教えをやめるとか。ワークショップをやめる。いっぽうで夏井さんのように教えをやりながら、俳句のタネをまくなんていう考え方もある。

小説家の誰だったか忘れたが講演会はやらないというひとがいた。安易な楽な方へと流れないように気をつけていると言っていた。

小説を書いて10万稼ぐのと講演会で10万稼ぐのでは労力や時間のかけかたがまったく違うのだな。

確かにワークショップで10万稼ぐのはすぐに出来てしまうが、公演で10万稼ぐのは至難のわざ。

何ヶ月も準備して時間をかけ労力をかけお金をかけて、数日間は朝から晩まで劇場につめて死に物狂いで作品を創るのは当たり前。

その上で手打ち公演だったらあらゆる手段を駆使してスタッフにギャラを渡して出演者にもギャラを渡して、それでもしも手元に10万円残ったら大・大成功。

麿さんはワークショップで食べていた室伏さんのことを、馬鹿にするほどではないが揶揄していた。ワークショップや教え、俳句でいうと添削で食べることを軽蔑する心というのはよくわかる。

いま日本で舞踏の活動だけで食べている人はいるのか?

天児さんは、フランスで食べているのでだいぶん違う。海外で活動して舞踏で食べている人はたくさんいるのです。

笠井叡さんは舞踏だけで食べているうちの一人なのか。

田中泯さんは舞踏出身だけど自分のことは舞踏家とは呼ばないとか。

“田中泯は「舞踏家」ではありません。人類発生から現代に至るまでの全ての『ダンス』に敬意の念を抱く当人の想いから『ダンサー』もしくは『舞踊家』と表示くださるようお願い申し上げます。” Min Tanaka Official Web Site より。

売れている人がこういう態度を取りたくなる現状が、まさに舞踏というものを象徴しているように思う。ことを難しくしたのは創始者の土方巽その人だな。

韜晦の人で意味から逃れ続け、人の目をくらませることに終始した。

そうして無自覚に舞踏という言葉をつかってしまう人々を馬鹿にするような風潮が生まれてしまった。

これでは舞踏というものがメジャーになるなんて、当分はむずかしいかもしれない・・・

なんてマイナーな世界でいくらがたがたやっていたって仕方ないな。

まったく関係なく自分は自分と活動をしていこう。

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舞踏家、向雲太郎(ぶとうか、むかいくもたろう)Photo by bozzo.
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2020年01月24日

舞踏のタネをまく

夏井いつきさんのドキュメンタリーを観ました。

テレビで偉そうに言っているおばはん。そんなイメージだった。

松尾芭蕉が人生のすべてを犠牲にして乞食にまでなって命をかけた、俳句のことをどう考えているのか。

とかこちらこそ偉そうに思っていたら、たいへんな方でした。

離婚して二人の子どもを俳句で育てたのだとか。そんなことが可能なのか。いや可能とかではなくてやるしかなかったのだな。

「わたしには俳句しかない」そんな切実で真剣で必死な思いが伝わってきた。

一時期、自分のやっていることと関係ない本を読もうとなぜか俳句に関する本ばかり読んでいた時期があった。

五七五というたった17文字の言葉の宇宙。

日本文学の中でも、もっともシンプルだからこそ、その17文字に込められた魂に胸を打たれたりする。削ぎ落とされて研ぎ澄まされ尽くした言葉。

芭蕉は教養のある趣味人のたんなる嗜み、遊びだった俳諧を芸術的な一分野にまで高めていった。

他の俳諧師と同じようにお金持ちの俳諧の添削をして糊口を得ていたが、ある時にそれをきっぱりとやめてしまう。

俳諧を詠むだけで食べさせて頂くという決心をするのだ。俳諧を創ることだけに専念する。プロ宣言だな。

夏井さんは教師をしていたが、家族の介護をする必要に迫られて教師の職を辞した時に「これから俳人になる」と当時の教え子に約束したとか。

俳句よりも舞踏のほうが要素としてははるかに多いのでプロになるのは、舞踏のほうが容易そうに思える。可能性としても色々とあるように感じる。

たった17文字に人生をかける。そんなことが可能なのは先逹である芭蕉が一生をかけて俳句というものを確立し、正岡子規が大成させたからというのは大きいと思う。

すでにメジャーな俳句といまだにマイナーな舞踏というもの。

ただそれは言い訳であり、自分こそが子規のように舞踏をメジャーにしていくのだという意識を持たねばならない。

一日中、舞踏のことばかり考えているけれどまだ足りないようにも思う。

夏井さんはドキュメンタリーで拝見したら、俳句教室での指導がとても上手だった。笑わせて和ませて添削して感心させる。

これらの活動はすべて“俳句のタネをまく”ための活動だとか。

元教師だから話術に長けているのかと思ったがもちろんそれもあるだろうけれど、教師を辞めてから次の仕事へつなげたいとの一心から話術を磨いたとか。

その話術はテレビでも立派に通用して芸能人をたじたじとさせるほど。

そしていまや教え子たちに約束したように、俳人として俳句一筋で生きていらっしゃる。

「俳句は生きるこころの杖」の言葉通りに、全国の人々のこころの支えとまでなっているのです。

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俳句ブームの火付け役か。テレビへの出演が大きいがそれも努力の賜物。あとはやはり運と縁を感じる。Photo by Google.
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2020年01月23日

彼は何に変身したのか

朝起きたら虫になっていた。

カフカの『変身』の有名なはじまりですが、一度読んだだけで覚えていなかったので調べたらだいぶん違ってた。

“ある朝、グレゴール・ザムザがなにか胸騒ぎのする夢からさめると、ベッドのなかの自分が一匹のばかでかい毒虫に変わってしまっているのに気がついた。”

この変身ですが、単なる悪夢ではなく、虫、毒虫とは、役に立たないもの。という風に考えるとまた違った読み方ができるとか。

“ある朝、グレゴール・ザムザがになか胸騒ぎのする夢からさめると、ベッドのなかの自分が一匹のばかでかい役に立たないものに変わってしまっているのに気がついた。”

寓話なのだな。自分の身に置き換えてみると・・・

“ある朝、わたしはなにか胸騒ぎのする夢からさめると、ベッドのなかの自分が一匹のばかでかい舞踏家に変わってしまっているのに気がついた。”

社会であんまり求められていない、役立たずで穀潰しの舞踏家に朝起きたらなっていた。

さあどうしようか・・・仕事もないしやることもない。

「まずわたしは下半身をベッドの外へ乗り出してみようと思った。まだ自分のからだの下半分を見ていなかったから、どんな格好をしているのやら見当もつかなかった。

さて、いびつにゆがんで引きつっているそれをうごかしてみる段になると骨が折れた。じつに動作がのろくさくゆっくりだったのだ。

まるで永遠のように、少しずつ少しずつゆっくりとうごく。

とうとうわたしは腹をたてて、力いっぱい前のほうへからだを投げ出した。

ところがうごかし方がまずかったとみえて、ベッドの脚へしたたかに打ちあたり、ひりひり焼け付くような痛みを感じた・・・」

滑稽だけど面白いぞ。作品のオープニングにできそうだ。

今度、新作のオープニングにしよう「そうしよう。」

舞踏家集団デュ社第5回公演『変身』

舞踏っぽいうごきでベッドからなんとか這いずり出て、そこから『舞踏?』の流れへつなげればいいか。

舞踏?では白塗りを落としてはじまったが、逆に白塗りをしていこう。ここは『アホとロマンの皮袋』を踏襲する。

部屋で密やかに白塗りをする男。それを覗き見る観客という図式。

白塗りしてたら宅配便がきて“舞踏家養成ギプス”が届く。舞踏家を養成するためのギプスを装着して部屋の掃除をする。

リモコンでテレビを点けてチャンネルをザッピングしてたらギプスの宣伝をやっている。

「いまなら51,600円がなんと2,000円引きで49,800円、49,800円のよんきゅっぱ。電話番号はフリーダイヤル0120、210210のブトーブトー」

テレビを消してギプスをゆっくりと外して呆然とソロを踊っていたら、白塗りの男と女が静かにあらわれる・・・

とかやるかどうかもわからない、作品のことなんて考えている場合ではないな。

2月11日の公演のことを考えねば。

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表紙に虫の絵を使いたいという出版社に、カフカは「虫そのものは描かないこと。遠くに見えているのもだめ」と回答したとか。初版:左。その後の版:右ではカフカの意思は無視されている。Photo by カラパイア

参照:『無知と知が出会う ビッグバン』朝日新聞 エンタメ 2020年1月1日 『文学にみる障害者像』佐々木正子 ノーマライゼーション 障害者の福祉 2007年6月号
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2020年01月22日

面白いことをやりたい

昨日は慶応大学アート・センター主催の佐藤信さんの講演を聞きに三田へ。

題材が『土方巽』なので、2月11日のアイデアを何かしら頂けるのではないかというスケベごころもありつつ。

森下隆さんに会って話しを聞くのも有益だろう。森下さんは慶應土方巽アーカイブの所長さんで舞踏についてとても詳しいのです。

ソロ公演『舞踏?』をやるにあたって一度訪れたけれど、土方巽についての印刷物や記事、その他あらゆるものが集まっていてアーカイブされています。

あの時は初期の土方の活動についての貴重な新聞記事のコピーを頂いた。

電車に乗って気が重く向かったが、途中で佐藤さんはお喋りが上手だろうしそんな人の話を聞いても自分のパフォーマンスの参考にはならないかもしれないぞ。と自分を説得。

ましてや、のなか悟空さんのドラムライブがあるので、その点でも参考ということでは全くならないかもしれない。と心で自分に言い訳。

だんだん嫌になってきて、降りる予定の駅をやり過ごしてそのまま終点までいく。

心の底から観たい行きたいと思うのではなくて、作品のためとか考えて嫌々いこうとするからこんなことになってしまうのだ。

少しうろうろしてから売店で戌井君が連載している週刊ポストを買って引き返します。

車内で週刊ポストを読みながら「どんなこと、どんなものからでもアイデアや閃きは得られるのだ」と自分を励ましつつも、行けばよかったと猛反省したり。

心が揺らめき続ける。

貴重な佐藤さんの話しを聞けば何かしらのアイデアは必ず得られたかもしれないのに・・・思いつく限りやれる限りのことをやって本番を面白くしようとする当たり前なのに。

どうして気が変わったのか。ほんのちょっとしたきっかけですべてが悪い方向へと進んでしまうこともある。とか急にどきどき不安感がよぎったり。

いまからでも向かうか・・・いや最初の雰囲気を見たかったので時すでに遅し。後悔さきに立たず。

意気消沈しつつ高田文夫さんの連載を読んでいたら、イッセー尾形さんのことが書いてあった。

新春に高田さんのラジオへと毎年ゲストでやってくる。

勝手にいろんな楽器を持ってきて自由に新春コンサートをやって、なにごともなかったかのように帰っていくとか。

そんな話を読んでいたら「そうだよなあ」と思い、気が少し楽になって元気が出る。

難しく考えずに楽しくなるようにやろう。おもちゃ箱をひっくり返したような楽しい時間になるといいなあ。

自由自在の舞踏の精神そのままに、決めつけずに自由に遊ぼう。架空のアンケートをたくさんつくってそれをもとに展開していこう。

そうか、こうなりたいと思う方向へと進めるようなアンケートをフィクションでつくればいいのか。演繹法でつくればいいのだな。

ノンフィクションとフィクションを織り交ぜて構成して、でも決めつけすぎずに即興の部分も大切にして。

最初はリラックスしてのんびりとはじまれるようにしたい。『あんま』の精神だ。

本番まであと3週間・・・まだまだこれからです。

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高田さんの連載で紹介されていた尾形さんと小日向さんと大泉さんの3人芝居『ART』。そういえば學ちゃんが「いまデザインしてる」言うてたな。Photo by エンタステージ
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2020年01月21日

踊りの中に踊りはない

先日、ALSを患っているかたの話を教育テレビ『バリバラ』で観ました。

取り上げられていた岡部宏生(ひろき)さんは、寝たきりで眼しかうごかせなくなっていた。

眼をうごかして人とコミュニケーションをとる。眼ですべての意思表示をする。

瞬きをすると「はい」眼をそらすと「いいえ」

とても時間がかかる常識はずれの対話方法。でも、そんなコミュニケーションの仕方もこの世界にはあるのだ。

一人では生きることのできない岡部さんは、24時間365日の介護を受けている。

通常は生きるために介護を受ける。だが「これでは介護を受けるために生きているようだ。」と岡部さんは苦しんだという。

そんな彼を見ていると「生きるとはどういうことなのだろう?」と考えさせられる。

泣くことも怒ることもできない?いや日々色々なことを考えているようなので、こころの中ではいろんな感情が渦巻いているのだ。

ただ言葉にできないだけ。表情にだせないだけ。

発病する前は会社を経営していたとか。

いまはNPOを立ち上げ、学生への啓発などヘルパー不足解消のための活動に取り組んでいる。

自身が立ち上げたヘルパー事業所の職員に加え学生アルバイトなどを活用し、24時間介護を受けられる体制を自ら維持している。

けれど当たり前のように深刻な人手不足。

たいへんな仕事だからな。それを誰かは“単純労働”と呼んだとか。一説には政府が外国人労働者を確保しやすくするために呼びはじめたとの噂もある。

全身の筋肉が徐々に衰えていく難病“筋萎縮性側索硬化症”『ALS』

最初は、箸が持ちにくい重いものを持てない手や足が上がらない、走りにくい疲れやすい手足のしびれ筋肉の痛みやつっぱりなどの自覚症状を感じるとか。

日常でも一般的に起こるようなことがはじまりなのだな。

そうしてだんだん、手や足の筋肉がやせ細ってくるのだって。

不朽の名作『幕末太陽傳』を撮った映画監督の川島雄三がそうだったとか。有名なのはスティーブ・ホーキンス博士。

発症から5年以内で亡くなると言われていたが、ホーキンスは発症から50年以上も生き続けて研究活動を続けた。

伊丹アイホールでプロデューサーをやっていた志賀玲子さんがいまは、ALSを患っている甲谷匡賛(こうたにまさあき)さんに寄り添いながらALS-Dコーディネーターという活動をされている。

「ALSというダンスを踊っているんだ。」は甲谷さんの言葉。

どんな“もの・こと”の中にも踊りは隠れていると考える舞踏家としては、興味深い言葉です。

「からだ、存在のインパクトという点で、私は多くのダンサーよりも甲谷さんの切実さにノックアウトされてしまったのでしょう。」そう志賀さんは言う。

切実なからだが生み出す踊り、うごかないうごかせないからだの存在感か・・・

踊るとはどういうことか?生きるとはどういうことか?

やはりALSという病は、根源的な問いを投げかけてくるのです。

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透明な文字盤の五十音表を使い、言いたいことを1文字ずつ目線で伝え読み取ってもらう対話方法。Photo by バリバラ Web site.

参照:NHK教育『バリバラ』2020年1月16日 夜8:00放送 『障害と身体表現をめぐる旅』STスポット横浜 2016年3月31日発行
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2020年01月20日

世代交代、戦国時代

大相撲がはじまっています。

1995年の初場所は阪神淡路大震災に配慮して優勝パレードが中止されたとか。場所中に地震がおこったのだな。

さて今年の初場所は、横綱の白鵬が2連敗し休場、鶴竜も2連敗して休場。

両横綱がいなくなって、誰が優勝するかまったくわからない状態になってきました。

白鵬も鶴竜も力が落ちてきているのだろうなあ。二人ともまだ引退できない理由と思いがあるようだけど。

白鵬は先場所、強烈なカチ上げで勝った遠藤に同じ手で臨んだが負けてしまった。

先場所、実際にその取り組みを観たけれど、遠藤は一瞬脳震盪のようになり思わず片膝をついてしまった。鼻血が出て、館内にはブーイングが鳴り響いた。

横綱のやる行為ではないと批判される。しかし凄まじい白鵬の気迫が伝わってきて、観ていても震えるほどだった。

今場所はカチ上げが不発、遠藤に仰向けに倒されてしまい無残に背中に土がついた。

いよいよ世代交代が本格的になってきたのか。

全勝だった正代が一昨日、カド番大関豪栄道に敗れて目の離せない戦国的な様相になってきています。

豪栄道を応援しているけれど、昨日は惜しくも土俵際で落ちて負けてしまった。大関はカド番で負け越すと陥落してしまう。

高安は今場所大関から陥落、すぐに10勝以上すれば大関に戻れるがすでに5敗して大ピンチ。怪我で満足な稽古が出来ていないのだとか。

栃ノ心も大関から陥落して負け続けている。彼も膝が悪いようでそろそろ引退かもしれない。稀勢の里も怪我が原因で結局は引退してしまった。

皆んな、ほぼどこかに怪我や故障を抱えている。

忙しすぎるのだろうなあ。年間に6場所15日間、毎日戦わなければならない。しかも6場所のあいだも日本全国での地方巡業、イベント相撲がある。

その昔、相撲は神事だった。力士は言ってみれば神様みたいなもの。

そんな浮世離れした存在が、江戸時代に勧進相撲がはじまりプロ化された。「一年を二十日で暮らすいい男」は江戸時代の川柳。一年に1場所で1場所10日間だったとか。

相撲は子どもの頃から好きでした。

時代は横綱、北の海と輪島の両雄が大活躍していた頃で“水入り”という、休憩が入るほどの大相撲になることが多かった。

北の海が若い千代の富士と戦い負けて、世代交代していくのを子ども心によく覚えている。「あんなに強かった北の湖が負けるなんて」

同じように無敵を誇った千代の富士が、若い貴乃花に負けたシーンも鮮明に覚えている。そのあとすぐに千代の富士は引退した。

今場所は誰が優勝してもおかしくない状況。貴景勝が大関としての意地を見せるのか。

朝乃山や遠藤、阿炎など男前でスタイルの良くてかっこいい力士も増えてきている。いっぽうで貴景勝や北勝富士、正代なんていう愛嬌のある可愛い顔の力士もいる。

次代の横綱候補は誰なのか・・・

まだまだ中日。力が均衡しているので、これから星の潰し合いがはじまる。

目が離せないぞ。

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平幕の貴花田が横綱、千代の富士を破った瞬間。土俵下の寺尾が呆然と見ているのが印象的。

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世代交代の時。この二日後に千代の富士は現役引退を表明した。
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