2022年04月03日

帰宅、飯塚

出稼ぎから淡路島に帰ってきました。

お世話になったかたがた、ほんとうにありがとうございました。

築山建一郎を筆頭にいろんなかたに生かして頂いて感謝しかありません。

帰宅したら脚立が倒れていて、都志の暴風の威力を感じる。庭の桜が満開になっていて春気分を盛り上げるが気温はまだまだ寒い。夜はひさしぶりにノンアルコール、ツアー中は飲みつづけていたので反省。

いまはからだ中が痛いのでわからないが内臓もたしかに疲れているはず。

人間は痛みをひとつしか感じられない。そしてたいへんなことにもひとつしか対処できない。あれほど騒いでいたウィルスのことはどこかにいってしまい、メディアの報道は戦争一辺倒になっている。

報道はどこかにいってしまったが状況はまったく変わっていなくて、あいかわらずみなさんマスクをしているし手の消毒もやめない。これは永遠にこのままで、これがあたりまえの世の中になってしまったかもしれない。とか感じる。

虎ノ穴に出演する飯塚友浩が都志へと下見に来訪。すこし余裕があるときで良かった。

夜行バスでやってきたとかで朝あらわれてびっくり。てっきり夜にくるのかと思っていた。

「観光してきます」とどかかへいったので新聞のつづきを読む。

教科書検定に政府の見解がはいり修正させられていると報道されていて考え込む。子どもが多面的、多角的にかんがえる芽を摘む行為。「異論をゆるさない態度では『侵攻』と表現させないロシアとおなじだぞ」とか思う。

お昼に飯塚と虎ノ穴の話しをしていて「1日70人以上入れないといけないのでどうしようかと暗い気分になっている」とぼやいたら「ツーステにするとかですね」と言っていてなるほど。

ひとと話すとこういう気づきがでてくるのでうれしい。

土曜日に14時と18時の2回公演をやる。それにしてもまだまだ騒いでいるのに、わざわざ密集をつくらざるを得ないようなルールを追加して、文化庁はなにを考えているのだろう。

夜は客席にて乾杯、お造りを頂きます。

次の日の朝に飯塚とはおわかれ。

また5月に会おう。

iizuka3.jpg
飯塚友浩 photo by 池上直
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:53| ブログ?

2022年04月02日

凸凹2022

4月2日は『世界自閉症啓発デー』です。

2007年の国連総会で決議されて、全世界でさまざまな取り組みがおこなわれている。

自閉症・・・発達障害のひとつで、先天的に脳のどこかが発達の標準から外れている。

最近、仕事で発達障害といわれる方々と触れ合う機会があるけれど、ひとことであらわしてひとくくりにしてしまうのは無理があると感じるほど皆さん、個性ゆたかです。

ひとりひとりに多様な性格があって、その内面は常識でははかり知れない。

いつもニコニコしているひと、真剣な表情で押し黙っているひと、面白いうごきをつづけるひと、まったくちがうイメージの世界にいるようなひと、深い思考の世界にあそんでいるようなひと、etc...etc...

自閉症は脳の機能の問題なので、早い段階での療育支援と出会うことで可能性は広がっていくとか。

自閉症のかたは他人の表情が読めなかったりコミュニケーションの取り方がひとと違っていたり、興味のあることが限られていてひとつのことに極端に強いこだわりを持ったりする。

ことばを適切につかうことが苦手で、感じたままに話したり行動してしまうことがある。だから仲間にいじめられたり先生に問題視されたりする。

少子化でクラスは減っているけれど、逆に特別支援学級は増えている。それぞれのコミュニケーションのやり方がある、ひとくくりにできない凸凹な子どもたちの性格や個性にあわせて教育をおこなっていく、素敵な特別支援学級。

ひとつの教室に閉じ込めて同じことをやらせる。

そんな理不尽で全体主義的な教育方法に無理があるのです。子どもを面白くなくしてしまう個性を殺す教育。

自閉症は正式には、自閉スペクトラム症というのだそうです。スペクトラムとは連続体という意味で境目がないということ。

どんな人間にも大なり小なり、その萌芽がある。

じぶんは中学から学校がまったく面白くなくなって、いくのが嫌でいやで結局はいかなくなってしまった。

はぐれてしまったこの身を最終的にすくってくれたのは、舞踏なのでした。

sakura.jpg
庭の桜が咲いた。

参照:2020年3月31日 東京新聞 “HEART&DESIGN FOR ALL” / コミックモーニング掲載、こどものこころ診療所『リエゾン』/ 2020年4月3日 朝日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:45| ブログ?

2022年03月31日

賞をとるというすばらしいごほうび

先日、拝見した映画『ドライブ・マイ・カー』がなんとアカデミー賞の国際長編映画賞を受賞。

新聞各紙も大騒ぎ、毎日新聞などは一面で報道。

映画はこういうことがあるから夢がある。

監督の濱口竜介さんは東京大学を卒業後に東京芸大大学院の映像研究科にすすんだという超エリート。作品も知的でむずかしかったけれど、あたまがいいのだな。いま先端の多言語演劇の手法を劇中劇でとりいれていたりと多様性にも目配りしていて、現代性と社会性も感じた。

映画をさいごまで観るのはひとのはなしを最後まで聞くのに似ているけれど、3時間近い地味な会話劇のアジア映画が白人至上主義でエンターテイメントの牙城、アカデミー賞を受賞するなんて時代は変化してきている。

しかしそれも運のうち。

「ほんとうに他人を見たいと望むなら、じぶん自身をふかくまっすぐに見つめるしかないんです」という原作者の村上春樹さんのことばを掘り下げていってひとつの作品にしたというだけあって、じぶんの内面を見つめつづける映画だった。

観ながらじぶんも「自身を見つめつづけている人生だなあ」としみじみ思う。順風満帆で忙しく生きていたらじぶん自身を見つめるひまなんてないのかもしれない。

時間をかけて準備できたのがよかったとのコメントを新聞で読んだけれど、映画はほんとうにつくるのに時間のかかる芸術。エンディングクレジットのスタッフの多さ、関係者の多さは舞台とくらべものにならない。

予算も桁ちがいで、それだけに賞を受賞するとかは最高の結果。それにより動員もまったくちがってくる。

最近、じぶんはそういう作品のつくりかたをしていないけれど、たしかに時間をかけてつくりこんだものは説得力がふかいものになる。

濱口監督はいちやくときのひと。「ここが到達点ではなく通過点であるといい」と口にして「とにかくいまは休みたい」だって。

いいなあ、大仕事をなしとげた人間の休息。

おめでとうございます。そして、おつかれさまでした。

shiho7.jpg
こちらもおつかれさまでした。またお会いしませう。三重県名張市『センサート・ギャラリー』にて。photo by Shiho

参照:2022年3月29日 毎日新聞、朝日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:09| ブログ?

2022年03月30日

喪失と再生のものがたり

今日はやすみにして都志ではできないことをしよう。

と、村上春樹さん原作の『ドライブ・マイ・カー』を観にいく。

いろんな賞を受賞していて各新聞が褒めちぎっている。どんな作品かじぶんの目で観てじぶんのこころで確かめるのです。

上映前にながれたソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ主演の『ひまわり』の予告が強烈で本編がはじまってからもしばらく引きずる。

ロシアの戦争のお話しであり有名な満開のひまわりのシーンはウクライナで撮影されたとかで予告編なのに感動して涙がでそうになる。

観たことがないので「いまこそ観るべき映画かもしれない」とか考える。

ドライブ・マイ・カーは序盤、「原作が村上さんで劇中劇がベケットにチェーホフってそれはずるいだろう」とか思う。

「よくてあたりまえの名作からことばをもってきているのだものな」とちょっといじわるな観かたをする。しかし映画も舞台とおんなじでなんでもあり、それでいい。

手話でキャストとして参加している耳の聞こえないひとのエピソードがとっても優しくてこころが洗われジーンとする。"ことばなんていつでもつたわらない”と手で話していて「そうだよな」と思う。

後半、広島から北海道へと車で移動しはじめロードムービーの様相を帯びてきて俄然かっこよくなる。

音が徹頭徹尾、丁寧につくられていて感心する。とか偉そうですみません。いちおうじぶんもつくり手なのでそんなことを感じたりする。

クライマックスで亡くなった妻のことを主人公が話している相当にシリアスなシーンを観ながら、じぶんに置き換えて想像してみたらどうしても喜劇になってしまうので可笑しくなる。

うしろで鼻をすすっているひとがいるのにちょっと笑えてきてごめんなさい。

細部までこだわり抜いた映画だった。

そして、いいものをつくりたいというつくり手の気合いがひしひしと伝わってきた。

「喪失と再生の物語り」と宣伝されているが、ふかく納得して帰宅したのでした。

shiho5.jpg
ライブペインティング中の廣海充南子さんを応援する向雲太郎 photo by Shiho
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:53| ブログ?

2022年03月29日

なかなかよかった

三重『センサート・ギャラリー』での本番は昼の2時からなのでそれまでのんびりする。

昼メシを食べながらかんたんな打ち合わせをしたら寒いのでからだをうごかす。

なにをやるかとかまったくきまっていないが大丈夫、なるようになる。じぶんが考えているほど観ているひとは退屈しない。ひとのからだをジロジロ観る機会はそんなにないのです。

おどろうとか考えなくていい。と思うが不安な気持ちはおさまらない。こういうときに振付や構成が決まっていると安心できる。

しかし決まっていないスリリングさのほうが好きなのでそちらを選びとる。その瞬間にできるいちばんおもしろいことをやりたいという思いもある。

観ているほうもそのほうがスリリングなのだという確信ももっていたりする。作品なのかどうかということも関係あって、今回は作品ではない。

本番間近になるとドキドキが止まらないけれどそれでいい。白塗りをしながらとにかく丁寧にやろう。と思う。

そろそろ時間かなと外へでると子どもたちがいて白塗りを見て大喜び。ちょっと追いかけたら叫びながらにげるのでライブははじまってるからやめておいて会場へ。

お客さんをよそおってゆっくり奥へ。築山建一郎の音を聴きながらからだをゆっくりとうごかしていく。

そこからやれるかぎりのことをやり思いつくかぎりのことをやる。

建一郎の演奏が激しくなってきたので、もうとことんまでいけとひさしぶりにめちゃめちゃにおどって首がもげるかと思った。五体投地も繰りかえしてすっかりむち打ちになり、からだじゅう怪我だらけ。

たまに子どもたちはどうしてるかなと観察すると集中して観ているのでよし。思いついたことをやったらはまってよし。

ひさしぶりに完全燃焼して控室に戻ってきたら子どもが「すごいダンスだった」と感想をのべていて良かった。

帰りはまた建一郎に大阪まで送ってもらって川西へ帰宅。

へとへとに疲れはてた。

shiho2.jpg
巨大曼荼羅からあらわれたという設定。演奏:築山建一郎 photo by Shiho
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:11| ブログ?

2022年03月28日

さらに移動、三重へ

三宮から電車で実家へ。

車内は座るところもないほど混雑している。

ひとは沢山いるのにみんなスマホのなかを見ていて話すひともいなくて、まるで外国にいるよう。

実家についたら父親はからだがちいさくなったように感じたが調子は良いようだった。母親はよちよちとしていたが、じぶんの足で歩くことに強い執念のようなものを感じた。

夜は最高級の日本酒を頂く。近頃、まったく余裕がなかったので買ってあった安焼酎ばかり飲んでいたのでとろけるほど旨かった。

次の日は築山建一郎との待ち合わせ場所の大阪駅へ。

土曜日なのに電車のなかは超満員、時差通勤とかいうのはいつのまにかなくなっている。電車のなかにマスクをしていないひとはいない。万がいち無症状とかいい出したひとがいたのでこんな変なことになっている。

本来は咳やくしゃみエチケットのためのマスク着用が、万がいちかかっていて、万がいち無症状だったらと喋るわけでもないのにずーっとマスクするはめになってしまった。とか考えていたら終点、梅田。電車から降りたら鬱陶しいマスクをはずしてせいせいする。

建一郎の車に乗せてもらって会場のある三重県名張市の『センサート・ギャラリー』へ。

会場はガラス張りのすてきなたてもので、NPO法人が管理しているとか聞いたがこんなことができるのだと感心。

個展をやっている廣海充南子(ひろみみなこ)さんは曼荼羅のような絵日記を1ミリのペンで描くひとで、その緻密さは驚異的で偏執的な線描はアウトサイダーアートそのもの。

写真を見せてもらったことがあったけれど、これはほんものを見ないとその素晴らしさは伝わらないと感じた。完成するまでに何ヶ月もかかるそうで、いちばん大きなものは1年かかったとか。

ギャラリーで踊るのはむずかしいのでいろいろと道具を準備してきたが、今回はからだひとつでやるのがいいように思う。

しかし1時間をからだだけでもたせるのは至難の業・・・

これはひさしぶりに熾烈な闘いになりそうな予感。

しかし真面目は禁物、そこにじぶんの持ち味はない。

shiho1.jpg
はじまった。photo by Shiho
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:34| ブログ?

2022年03月27日

移動したら、ひとひとひと

今日は都会へと移動。

3泊の予定なのでそんなに準備はいらない。

というかだいたい3泊の用意をしていけばあとは何日でも、それでこと足りる。

明日、雨との予報で舞台を養生していくか迷うがいろいろと面倒なのでやめておく。バスの乗車時間が迫ってきたので電気を止めて水道を止めてガスの栓をしめて、いってきます。

バス停につくと若い女性が何人かいて気分があかるくなる。しかし淡路島コーヒー牛乳の紙パックを缶のごみ箱に捨てていて、それはあかんやろ。

バスに乗ったら女の子たちが乗らなかったので「あれ?」

乗車したのは車体が青い淡路交通のバスで、彼女たちは車体がオレンジの神姫バスにのるのだと気づく。幸せのパンケーキ前で乗り降り自由なのは神姫バスだけなのか。チラシに載せるつもりなので調べねば。しかし車内で仕事はいやので夜にしよう。

イタリア料理のガープコスタオレンジ前はちょっとしたモールのようになっていて、さらになにかつくるようであちこちで工事をしていた。幸せのパンケーキはテラスで海を見ながらという絶景ロケーションにあいかわらずの大行列だった。

春やすみなので若者がおおい。新鮮な若いエネルギーを垣間見ながら「春だなあ」と実感する。

北淡インターチェンジで海とはお別れ、山道をひた走る。遠くに灰色の大都会がぼんやりと見えてきて嫌だなあ。明石大橋をわたると「よくもこんなに埋め尽くしたものだ」と呆れるほどのいちめん灰色のコンクリートとアスファルト。

見ているだけで息がつまる。こんなに密集しなければひとは生きていけないのか・・・

いやそんなことはない。これは完全に人為的に造られた空間。どれだけ人間を効率よく居住させるか追求した末の不自然な結果。

三宮はひとひとひとひと。

全員がマスクしている異常事態。

しかし、人間が多いからしかたない・・・のか?

radish1.jpg
女体のようなにんじん。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:40| ブログ?

2022年03月26日

はあーーーーーー!! まあいいか

文化庁から金額確定の連絡がある。

なんと20万も減額されていておどろいて理由を尋ねる。

しかしまったく連絡がなくて「メール届かんかったんかな」と疑問に思ったころに返信がある。

「えー、そんなことひとことも書いてなかったやん」てな理由で腹がたつが「一切不服を認めない」みたいな突き放した文言が書いてあってどうしようもない。

じぶんのぶんから差し引くしかないので、またほとんど無報酬になってしまう。はあ〜あ・・・なにをやってるんだろうなあ。報酬はすべて公演の立て替えている借金に充てるつもりだったのが、それがほとんどなくなってしまった。

「反応するのではなく、選択する」ことがいちばん大切であるということばをネットで知ったのでさっそく実行。くそーと思って怒りとあきらめのうち、まあいいかとあきらめを選択する。

気持ちをきりかえて大相撲でも観よう。からだをうごかしたりデザインをしながら、はだかの大男たちの神事を拝見する。相撲は大関正代が5敗から6連勝、勝ち越しまであと1勝とした。

連敗して最初はみんなにあきれられて、そうしてだんだん同情されていた。

弱い選手やチームを応援するのが好きなので応援していた。独立してから興行的には負けつづけているじぶんを重ねあわせて「よかったなあ」と我がごとのように感動してなみだがあふれる。

あきらめずにやっていればいつか興行的にも白星をあげることができるかもしれない。そうして赤字分をあたまをそろえて返すことができるかもしれない。

そんなふうに思う夕暮れ。そろそろ作業はやめてあしたの用意をしよう。あすは出稼ぎのための移動。

みどりいろの淡路島から灰色の大都会へとまいります。

白塗りをするので風呂に入るまえにひさしぶりにあたまを剃り上げる。最近はお坊さんすぎるし禁欲的すぎる感じがして剃髪するのをやめていた。

もっと俗っぽくていろんな煩悩にまみれた破戒僧のほうが好みなのです。

back_toranoana.jpg
ちらし裏面。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:18| ブログ?

2022年03月25日

首の皮いちまいでつながる

100兆円なんていうど派手な話しから目を離せば、毎日100円にも事欠くような現実が重くのしかかる。

とほほ。

ないだけならば、野菜は庭のもの、お米は隆夫さんに送ってもらったものがまだあるしお酒も大量の紹興酒があるが、借金というものがどこまでも追いかけてくる。

追いつめられていると、何のために生きてるのかと考えてしまう。けれどそれも思い込み。役にたつ人間じゃないと生きていてはいけないのか?

そんなことはない。

何のために生きているのかという問いがもう能力主義にやられている。とか考えるのはいいが現実としてお金は必要。借金取りからの連絡ばかりでこのままだと首をくくるか車に飛び込むか・・・

しかし、それらは逃げでしかないし、のこされた妻に迷惑でしかないのでやめておこう。

悪事でもはたらこうかとも考えるが、母親の教育のおかげで罪の意識に耐えられないこころになっているしすぐに捕まるだろうからそれもやめておこう。

しかしないものはない。最後は都志まで取り立てにきたら大したもの。そのときは「お金を返して欲しかったら仕事をください」とか開きなおろうと夢想する。

この3年間の大騒ぎで仕事がすべてキャンセルになってしまった。海外での仕事もすべてキャンセル。国内のイベントなどの実演産業は自粛がつづき完全に萎縮状態、新聞を見ているとテレビに出ているひとがちらほらと開催しているだけ。

食べていくには有名になるしかない。有名になるためには公演をやらねばならないがやると赤字になる。

次回『舞踏?虎ノ穴』も何回計算しても赤字になってしまう。1日60人以上入ればなんとかみんなにギャラを払えるけれどそんなことが可能なのか。

やるまえから暗い気分になる。ならばやめてしまえばいいが、それではやはり何のために生きてるのかわからなくなる。

野外舞台が泣いている・・・

とか悲観していたら急遽、踊ることになる。仕事をつくってくれた建一郎に感謝。

ありがとう、ほんまに助かります。

butoh_2022.jpg
チラシはほぼできているが折り込むところがない・・・
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:31| ブログ?

2022年03月24日

被災地と幽霊

東日本大震災の被災地と幽霊をテーマにした論文が注目を集めているそうです。

新聞を読んではじめて知る。

作者は東北学院大学の学生だった工藤優花さんで、宮城県石巻市と気仙沼市のタクシー運転手から聞きとった体験をもとに震災と死について考えている。

大学のゼミで学んだ工藤さんらの論考を収めた本の『呼び覚まされる霊性の震災学』は増刷を重ねているとか。

工藤さんらは高校3年の春に震災を経験する。被災や支援の様子を肌で感じながら学生生活を送ったので、その視線は被災者と重なっているそうです。

あるタクシー運転手は6月の真昼に分厚いコートを着た青年を乗せた。行く先をたずねると「彼女は元気だろうか」とつぶやいた。「はて、知り合いだったかな」と考えていたら青年は姿を消していて、座席にはリボンがついた小さな箱が残されていた・・・

幽霊は存在するとの前提に立っているのが印象的だそうで、タクシーの走行記録などがその証になっているという。

工藤さんは幽霊がなにを伝えたかったのかに思いを巡らせて「大切な誰かにたいする無念」と結論づける。

震災で生きのこった人間にとっても亡きひととどう向き合うのかは切実な問題。なにか言いのこしたことはないだろうか、なぜわたしだけが生きのこったのか・・・

神戸新聞論説委員の田中伸明さんは本を読みすすめるうちに、工藤さんたちが死者と生者の無念をくみ取り両者をつなごうとしていることに気づく。

証言をした東北のタクシー運転手たちがまた乗せたいと口を揃えることにも驚いている。「話して嘘だと言われたら彼ら幽霊を傷つけてしまうかもしれない」と、ある運転手は体験談をこころにしまっているという。

「にじむ死者への敬意。そのことばを引き出した取材力に感服する。」

そう田中さんは『日々小論』で書かれていた。

「幽霊は存在する」じぶんもそう思います。目に見えないもの、ことを信じなくなり人間は不自由になってしまった。

生と死はつながっていて分かちがたく人間の人生のなかに存在する。

死者はもういなくなったのではなく、わたしたちのこころのなかにいまも生きているのです。

IMG_5512.JPG
庭になんだかわからない紫の花がたくさん咲いててしらべたら"ムスカリ”という花だった。

参照・引用:2022年3月17日 神戸新聞『日々小論』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:25| ブログ?

2022年03月23日

デザインすること

5月20日から22日まで淡路島でおこなう『舞踏?虎ノ穴』のチラシデザインをつづけています。

前回『まゆみと暮せば』のチラシがよかったので、今回も手書きやイラストをと考えていたがどうもむずかしい。

アイデアはあるけれど実現しない、イメージはあるのだけどいい絵が描けないので、毎日うんうんうなっていた。

無から有をつくりだす作業はほんとうにたいへん。そんなときは前回のなぞりに頼りたくなるが、たいていはうまくいかない。ほとんどの場合、なぞりは前作を超えられない。

きっぱりと気持ちを入れかえてまいどあたらしいこころでのぞめたらいいのだが、楽したいというあまいこころがあったりする。二匹目のどじょうをという誘惑もあったりする。

しかしある朝に「今回は手書きではないな」と思い切って観念。気持ちを切りかえ、いちからあたらしく仕切りなおしデザインをはじめる。

「ありがちだなあ、おもしろくないなあ」と思っていた写真をつかったデザインをしてみたらいいかんじになってきてほっと胸をなでおろす。

入稿という締め切りがあるので早くせねばとあせる気持ちもあった。

できあがりがイメージできたのですこし余裕がうまれる。しかし古い写真ではなく新しいものを使ったほうが良いと助言をもらってなるほどとつくりなおす。そちらもいいかんじで、やはり古いものをなぞろうとするこころがまだ残っていたと反省。

おもて面のタイトル文字の位置を決めかねて比較をくりかえす。とにかくくらべてみる。どんなものことでもとにかく比較していいほう、おもしろいほうを選びとるのはあたりまえ。

デザインでもそれはおなじ、どちらがいいか?効果的か?自問自答をくり返す。

デザインができるのは18歳から2年間、大阪のデザインスタジオ『オフィスジョーク』で働いていたから。

上司だった森さんがデザインするのをはじめて目にしたときは、無から有がどんどんうまれて手品かと思った。

IMG_5505.JPG
えーと、だれ?
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 15:13| ブログ?

2022年03月22日

It takes a revolution to make a solution

戦争の原因である国家のはじまり。

それは格差と不平等のはじまりでもあった。

人類の歴史上で格差拡大、不平等を解消する働きをしたのは戦争、革命、崩壊、そして疫病の四つのみだという・・・

いまの人類の誕生が20万年前。

アフリカをでて東南アジア方面へむかったのが5万年前、そこからさらに人類は世界中に拡散する。1万年前にメソポタミアを皮切りに農耕文明がおこって同時に格差という不平等もおこりはじめる。

それまでの狩猟採集民社会は平等で、獲得した大型の獲物を公平に分ける価値観を持っていたという。獲物がとれることもあればとれないこともある、不確実性の高い社会における保険だった。

助けあうことが多いほど生き残る可能性も高まるため、平等性は社会的な知恵でもあった。

狩猟採集民がもとめた生きた食物とちがって農耕民がかかわって土地から生みだす穀物は、所有と保存ということができるようになってしまった。

さらにその穀物を生みだす土地というものは売買したり資本として価値をもつようになる。

農耕の周辺に遊牧がはじまり、そのあいだで交易と争いがはじまった。やがて戦争の元凶である国家というものが生まれてしまう。ここから格差と不平等にさらに拍車がかかる。

権力をもって支配するものと、労働力として支配されるものの誕生。

古代中国では格差をなくそうと政策がおこなわれたが失敗、腐敗してなにもかわらなかった。

それはいまもおなじ。共産主義の理想をこころざしてあたらしい国家が血の犠牲とともにはじまったが、結果はご覧のとおりの1党独裁の格差社会で完全なる不平等。

いろいろな国で権力者は手だてを講じようとしているのだろうけれど、権力を持つものはつねに富めるほうにいるので真剣にはなれない。

たしかに格差の是正や不平等の解消には、暴力的破壊以外の手だてはないのかもしれない。

そんなふうに思ってしまうのでした。

first_war.jpg
膨大な戦死者が出た第一次世界大戦だが、一方で貧富格差を是正した。コピーライトマークImperial War Museum (Q 5100) / Photographer:John Warwick. This image comes from the Google.

参照:2019年12月22日 毎日新聞 書評、三浦雅士『暴力と不平等の人類史』ウォルター・シャイデル著 | リクルートマネジメントソリューションズ連載コラム『食うために働き、働くために食って寝る』組織行動研究所所長:古野 庸一
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:53| ブログ?

2022年03月21日

Let's emulate the Jomom period

映画『縄文にハマる人々』に代表されるように若者に人気がある縄文時代への興味が尽きません。

1万年のあいだつづいたという縄文時代にはお金は存在しなかった。

その日に必要なものだけを採集し採取してそれでおわり。あとはじぶんたちの好きなことをしてのんびりと暮らしていた。

春には山菜、夏には海産物、秋には木の実や果物、冬にはシカやイノシシ、といったように日本のゆたかな四季の強みを最大限に利用していた。自然のめぐみが豊富で、必要な分だけをとれば良かったから現代のような貧富の格差もなく、国もないので大きな争いもなかった。

ワナや落としあなをしかけて、それを見にいくだけの日もあったかもしれない。たまに大がかりな狩りをして獲物をわけあう。

大陸のように外敵に攻せめられる心配がなかったことも大きいとか。

それぞれができることをやる。病気やケガしたひとを看病していた形跡もあるというし、みんなでささえ合って暮らしていたことが想像できる。

長老と呼ばれるリーダーがいるだけで、だれかに命令されることもなく自由にいきていて身分の差はゆるいものだった。

縄文時代の文化や技術は当時、世界の最先端だったといえるそうで、特に後期・晩期に発達し、人々はオシャレをたのしんでいた。

半島から渡来人がやってきて稲作がはいってきた弥生時代から、米をたくわえる人間があらわれる。地域のひとびとを働かせて米をつくるようになり、支配する人間と支配されるひとたちに分かれ、貧富の差もひらいていく。

弥生時代になるとこん棒ぼうでなぐられたひとや、ひたいにやじりが刺ささって殺された人間の骨が見つかっているそうです。

いやだなあ。

自然に対して謙虚な姿勢でいること、食べ物などの資源は自然からいただくもの。必要な分だけをとる。

売るほどつくることの異常さを知る。

やはり人類には「足るを知る」こころが大切なのだと思うのでした。

suzuran.jpg
庭のすずらんすいせんが咲いたので仏前にお供え。

参照・引用:HONDA KIDS WEB『なぜ1万年も平和が続いた? 今注目される「縄文時代」のナゾ』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:37| ブログ?

2022年03月20日

戦争はつづくし苦役もつづく

西村賢太さんの『苦役列車』が本棚のいちばん端からでてくる。

そういえばこのあいだ亡くなられたのだった。

こんどは読めそうな気がしてしたへもっていく。最初にチャレンジしたときは文体がなんだかだれかの口調をまねてるかんじがしてとまっていたのだった。

西村さん、1967年うまれで同い年だった。そのせいか時代背景というか主人公がいきている世界がとっても共感できて身に沁みた。ハードボイルドなのだけど軟弱さが同居してて私小説とよぶにふさわしい作品だった。

日雇いで糊口をしのぎ四苦八苦している主人公のカンタはケンタでありケンジでもあるのだった。

いまもつらくきびしい人生はつづいているが、あのころのことがまざまざと脳裏によみがえった。

東京にでてきた20歳から40歳までは、いろんな嫌なアルバイト、きつい非正規雇用を経験した。主人公とおなじく冷凍のくそおもい荷物を一日中コンテナに積み込む作業は、いっしょになったおじさんの人間性の悪さもあいまっていまだに覚えている。

いちばんながくつとめたのは運送会社だったが、ここはいいひとがおおくてはたらきやすかった。さいしょは荷物がおもくて物流がおおくて家にかえるとバタンきゅー、すぐにつぎの朝になっていて音をあげそうになった。

しかしすぐにやめるやつばかりと聞いていたし、それを承知で使い捨てのようにきついことをやらせることもわかっていたので根性で出勤しつづけた。

アルバイトの必要な繁忙期がおわるとおちついて、慣れてきたことも手伝ってそのまま居座ってしまった。10年ちかくはお世話になったのか。

非正規雇用だからやめるときも退職金とかなにもなかったけれど気にしていなかった。

西村さんは芥川賞を受賞し、そんな世界から脱出したがじぶんはいまだに底辺に沈んだまま。

とほほ・・・

この社会からつまはじきにあい、いじけてしまったどうしようもないおとこが主人公なので西村さんもとっつきにくいかたかと思ったら、じっさいは紳士だったとか。

2022年2月4日、西村賢太さんは帰宅途中のタクシーの中で意識をうしない帰らぬひととなったそうです。

合掌。

prum_flower.jpg
庭のプラムの花が咲いた。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:33| ブログ?

2022年03月19日

為政者はまちがう そして戦争はちがう顔であらわれる

戦争中に大日本帝国は何度も間違いを犯したという。

まずアメリカの軍事力を大きく見間違えていた。

開戦前に戦争の終わりかたをまったく考えていなかったという話しもある。

1944年、サイパンなどのマリアナ諸島の日本軍がアメリカ軍に敗北、占領される。これによりB29による日本本土空爆が可能になった。戦争は海の向こうでやるものではなく、日本でおこなわれるようになる。

これを聞き、近衛文麿元首相が最高司令官の昭和天皇に早期終戦を訴えた。

しかし、昭和天皇は「どこかで連合国軍を叩き、その戦果をバックにしてより有利な条件で講和するのだ」と近衛の上奏文を却下した。

歴史に「もしも」はないが、この時点で、もし昭和天皇が近衛の上奏文を採用し講和を内外に宣言していれば・・・

その後のB29による凄惨すぎる日本本土への空爆や、沖縄での悲惨すぎる市街戦、ヒロシマ、ナガサキへの無差別核兵器投下もなかった。

その後も大日本帝国の指導部は政略も戦略も戦術もまちがえて国を破滅に導いていく。

連合国との講和の橋渡し役として頼りにしていたソビエトは、すでにアメリカ・イギリスとのヤルタ会談でドイツ降伏後に対日参戦を密約していた。そんなソ連に泣きついて弱みをみせてしまう。

虎視眈々とねらう泥棒に家の鍵をわたしてしまうような大失敗。8月9日、ソ連は旧満州に侵攻しおおくのひとが虐殺される。その後も約60万人が拉致され強制労働に隷属させられて6万人が亡くなったといわれている。

日本人だけで300万人が亡くなり、100万人以上が行方不明のままのアジア・太平洋戦争。

為政者はときにとんでもない間違いをする。そのつけを払わされるのはいつでも民衆。いまもロシアの指導者が間違いをおかしつづけている。

そうならないために権力者たちを監視しどこへ向かおうとしているのか?

なにをしようとしているのか見極めて注視しつづけなければならないのです。

puramu.jpg
庭のプラムの花が咲きそう。

参照:2021年12月8日 毎日新聞、12月10日 東京新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:00| ブログ?

2022年03月18日

Happy birthday Shinichi Watabe

今日は渋さ知らズオーケストラ、鉄割アルバトロスケットのメンバー、渡部真一の誕生日・・・

渡部とはじめて会ったのは1998年の年末。

板橋の元大駱駝艦稽古場でおこなわれた風煉ダンス横浜公演の顔合わせのときだった。

なんだかくらい感じの若者たちと一緒のテーブルになって困っていたらひとり大声で喋っているおとこがいて完全にリーダーだと思っていたら、それが鉄割のフロントマン、渡部真一だった。

じぶんが30歳ぐらいで鉄割のめんめんは20代後半。はちゃめちゃな横浜公演でくたくたぼろぼろになりながらも一緒に酒を飲んだり語り明かしたりしながらだんだん仲良くなる。

横浜が終わったあとのイベントを観にいったら舞台にあげられて演目をいっしょにやって、そのあとの本公演まえに主宰の戌井昭人氏から出演依頼の電話があってふたつ返事でOKしてからはや20年以上。

その間、もちろん渡部とはがっつりと付き合い、つきあえばつきあうほど「たいしたやつだなあ」という印象はふかまるばかり。

ほんとうに適当でいいかげんで、しかし男気があってやさしい。やさしいがきびしくて喧嘩では負けたことがないとか。口が達者で声がでかいのでみょうに説得力がある。

おしばいがうまいかへたかは知らないが舞台上でも強烈な個性を発揮する。あたまがでかくてからだがちいさくて筋肉質という可笑しな肉体をもっていつつダンスも独特のうごきをする。

うたもとっても上手い。渋さ知らズのフロントマンをつとめるぐらいだから1流のエンターテイナーでもある。

プロレスが大好きでそれをなりわいにしている。

ゴルフが大好きでそれをなりわいにしている。

お姉さんが渡部に輪をかけて豪快なかたらしいが、やはりこのふたりをひとりで育てたお母さんがすごいひとだなあと思う。

ハードリカーが大好きな渡部だがおたがいもういいとし。

からだだけには気をつけてくださいませ。

IMG_1908.JPG
最近はラジオ出演もしている。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:30| ブログ?

2022年03月17日

神戸大空襲の日

1945年3月17日。

神戸はアメリカによる大空襲をうけた。

無数のナパーム弾が降りそそぐなか神戸の狭い路地は右往左往するおおぜいの人たちで大混乱、悲鳴と怒号が入り乱れていた。

たちまち炎はひろがり逃げるところはなくなり、立ち込めるけむりでまえが見えなくなる・・・

1944年7月にサイパンが陥落するとアメリカ軍は、日本本土空爆にむかう戦略爆撃機B29の基地をあっというまに整備。造船所や軍需工場をねらった爆撃だけではなくナパーム弾をつかった市街地への無差別爆撃も開始。

「もし負ければわれわれは戦争犯罪にとわれる」と空爆を指揮した将軍がくちにしたように市民を無差別にねらうのは戦争中といえどもやってはいけないこと。

しかしいっこうに降伏しない大日本帝国に打撃をあたえるためには市民を標的にした無差別爆撃こそ効果があった。

神戸港があり全国有数の大都市で戦時下におよそ100万人が暮らした神戸は、アメリカ軍による本土空爆の重点的な攻撃目標となっていた。本州の東西をむすぶ鉄道や幹線道路の輸送網を破壊することも目標とされた。

戦争終盤になると日本の本土には連日のようにB29が飛来するようになる。神戸は5月11日、6月5日にも空爆をうけて街は壊滅、かんぜんに焦土と化した。

2月4日の神戸へのはじめての無差別爆撃で26人が犠牲になる。3月17日の空爆で2598人が亡くなり5月11日の空爆で1093人が亡くなり、6月5日の空爆で3453人が亡くなり、犠牲者は8000人以上と言われるが正確な人数はわからないとか。

3月10日に東京、12日に名古屋、13日には大阪の都市がつぎつぎと大空襲によって甚大な被害をうけていた。しかし、まだまだ大日本帝国軍は戦いつづけ本土決戦をさけび「最後のひとりまで戦うのだ」とプロパガンダをつづけた。

そのあいだにもアメリカでは核兵器の開発が続行され実用化へむけて急ピッチで作業はすすんでいた。

広島、長崎への無差別での核兵器実戦投下への針は刻一刻とさらにすすんでいくのだった。

_123444863_putinmissiles.jpg
空爆で亡くなったひとのなかには、もちろん子どもや赤ちゃんもいた・・・合掌

参照:2022年3月16日 朝日新聞、2022年3月17日 神戸新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:32| ブログ?

2022年03月16日

はじまった、うれしい、けれど中止

大相撲春場所がはじまった。

うれしいなあ。

相撲ってのは、ほんとうにおもしろい競技です。

ながくて1分、みじかいとたった1秒で勝負がきまる。180センチ100キロを超える大男たちがほとんど全裸で1万人ちかいひとたちが見守るなかで命がけで闘う。

力士を観てると「かっこいいなあ」と思う。裸一貫、からだだけで金を稼ぐ。それだけに怪我ひとつで稼ぎをうしなってしまうことになりかねない。

危なすぎるのでラグビーでは、あたまから突っ込むことを禁止している。

あたまはからだのなかではいちばんの武器、手で殴るなんて比べものにならないぐらいに破壊力がある。相撲ではあたまから全力でぶつかっていく。テレビでも「ゴスン」とすさまじく痛そうな音がする。

アメフトをやっていた湯山が「あいつらおかしいですよ」と言っていたように、防具をつけずにあたまから突っ込んでいくなんて勇気がありすぎる。

神事であると言われるように観ていると所作すべてにきまりがあって、かしわ手を打ったり蹲踞したりとそれぞれがうつくしい。

元気に全力で戦う力士のすがたを観ているとパワーとエネルギーをもらえる。

これが国技だっていうんだから・・・と思っていたら国技館でやるから国技だと思われているだけで、正式なものではないそうですってなにが正式かは知りませんが。

今場所、いちばんの注目は新大関、御嶽海。「優勝してさっさと横綱になっちまえ」と思うくらいにずーっと強くて大関の次の地位、関脇に居座っていた。

あとは新関脇、阿炎。阿炎は謹慎で休むまえの最高位を更新、つぎは大関だ。

大相撲ははじまって東京マラソンなんていう大イベントもおこなわれたけれど五色町の神事、春のおまつりはなんと中止・・・

なんでなんだろうなあ。まったく残念無念。こんなやったりやらなかったりという混乱して矛盾した状態になるのはリーダーがしっかりしていないから。

いまどういう状態なのかはっきりと説明してください。

よろしくお願いします。

中止になっただんじり曳き回し。町民みんなが祭りがなくてさびしがっている。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:47| ブログ?

2022年03月15日

国際女性デーからはや1週間

13年連続『ジェンダーギャップ指数』により、世界で1番男女格差が少ないとされたアイスランド。

首相は女性で企業の役員や国会議員も半数近くが女性。

しかし、そのアイスランドも以前は男性中心社会だった。男女平等世界No1になれたのは『声を上げた女性たち』の存在があったから・・・

1975年10月24日。

大勢の女性たちがレイキャビック中心の広場にあつまった。目的は職場における男女の格差や性別による役割分担に抗議の声を上げること。

アイスランドの成人女性9割が仕事も家事も放棄したことから後に『女の休日』と呼ばれるようになる。

「私が18歳のころでした。姉や友達と一緒に学校をさぼっていきました。広場についたとき鳥肌が立ちました。まるで人の海のようで信じられない光景でした。」

「若いひとりの女性としてすごく影響をうけました。みんなで集まって努力をすれば、本当に世界を変えることができるのだ。いまでも鮮明に覚えています」とストライキに参加したエイグロさんは語る。

「女性がどれほど経済に貢献しているかを示すことが目的でした。女が仕事にいかなければ、社会は麻痺するのだと。企業の偉い人たちは、電話の使い方すら知らなかったし、子どもを職場へ連れていく羽目になりました。言葉通り、何もかもストップしたのです」運営に携わったエリザベータさんは当時のことをそう振り返る。

この日を境に、アイスランドの男女平等は大きく進展する。

5年後には初めて女性大統領が誕生。さらに女性だけの党が生まれ国会議員や首相も女性が担うようになるのだった。

もう一つの転換期は2008年。

この年、アイスランドではリーマンショックの余波を受け通貨が大暴落。マネーゲームに走った金融機関は次々と追い込まれていく。

そんななか女性が立ち上げた投資銀行が黒字経営を続行、無謀なリスクをとらない堅実な理念が評価され経済界でも女性の存在が注目されるようになった。

そして2010年、政府は企業役員の4割を女性にするクオータ法を導入。

その後も、性的少数者を含むジェンダー平等の政策を推し進めてきた結果の世界1位なのでした。

GettyImages-1171052833-625x417.jpg
アイスランドのカトリーン・ヤコブスドッティル首相 Photo by Stephanie Keith / Getty Images

参照・引用:2018年12月19日 NHK福祉情報サイト『ハートネット』特集 世界でもっとも男女平等な国(3)声をあげた女性たち ジェンダー平等への道のり
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:11| ブログ?

2022年03月14日

戦争がつづく

海からの帰りに自転車ではしっていたらカラス2羽とトンビ1羽の本気の戦いを発見、見物する。

カラス2羽がトンビを追いはらったすがたをみながらロシアとウクライナの戦争を思いだす。

動物のようにシンプルに戦えればいいのになあ、人間はややこしいというかひねくれてねじまがっているというかなんなんだろう。太古のむかしからある喧嘩だが武器をもつようになってからややこしくなった。

スタンリーキューブリック監督の大名作『2001年宇宙の旅』にゴリラが骨を手にして振り上げた瞬間にそれが宇宙船になるというカットアップ手法の名シーンがあるけれど、じっさい骨や石をもったときに人類は動物とは一線を画してしまったのでしょう。

むかしの武将はじぶんが先頭でたたかっていたからまだかっこいい。と思う。いまのリーダーは指示だけして家の中でぬくぬくとテレビでも観てやがるのか、大統領からどうぞだこのやろめ。

そういえば最近の新聞にプーチンの動向があまり書いてないがなにをしているのだろう、不気味すぎる。

暗殺を極度に怖れているというから要塞のような核シェルターのなかにいるのか。

将棋でいう穴熊のような感じですさまじい警備のなかにいそう。

そんなところでたったひとり核兵器のボタンをまえにして貧乏ゆすりをしているのかもしれない。部下が真実を告げなかったので粛清したとか報道されたが裸の王様だからしかたない。

アメリカがおもてだってうごくのはまずすぎるので、影でCIAが暗殺にむけてうごいているだろうけれどゲリラ組織のリーダーを狙うのとはわけがちがう。

超大国のリーダー、それも独裁者。これはほんとうに困ったことになったかもしれない。

冗談で言っていたら真剣にヒットラーがポーランドへ侵攻してはじまった前世界大戦のように、第3次世界大戦へむけてうごきだしているのかも。

はああ、いやだなあ。われら宇宙兄弟だろう。われら宇宙家族でもあるんだよ。

プーチンは核兵器のボタンを手に「ロシアのない地球なんていらない」とか駄々をこねてるらしい。

まったく。

800px-Vladimir_Putin_-_2006a.jpg
『プーチンの肖像』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:16| ブログ?