2020年04月15日

人類の奇跡

昨日は、娘の誕生日でした。

16歳になりました。あと4年で一緒にお酒が飲めるのか・・・あっという間だな。

生まれたのは夜中、自分は病院で出産に立ち会いました。

立ち会ったけれど、この世に出てくる瞬間は反対側にいて見ることができなかった。少し残念。回り込むのは憚れるような切迫した雰囲気があった。

産まれ出てきて持ち上げられたのは、紫色の物体でした。

産道を無呼吸で通って出てくるので酸欠状態なのです。子宮にいるときはどういう風に呼吸しているのだろう。

羊水の中にいるということは、えら呼吸か?へその緒から酸素が送られてくるのだろうか。

調べたら、胎盤から直接に心臓と脳に酸素が送られてくるそうです。肺はまだ使っていないのだとか。

肺は、水がひたひたに染み込んだスポンジみたいな状態・・・

陣痛のストレスで赤ん坊は肺呼吸の準備に入る。狭い産道を通ることで肺から水分が出ていく。

そして産まれた瞬間に水を吐き出して息を吸う。そうしたら紫色だった顔が一気に真っ赤になる。これは実際に見ましたが、劇的だった。

『阿吽』の“阿”は吐く息で“吽”は吸う息。

密教の真言で宇宙のはじまりと万物の根源をあらわす阿。宇宙が最終的に具現する智徳と到達する涅槃をあらわす吽。

人間も最初は息を吐くのだな。吐いて吸って泣いてはじまる。

最期は息を引きとるというけれど吸って終わる。ほんとうかな・・・

2004年4月14日1:28「けほけほ」と「おみゃーおみゃー」子猫みたいな鳴き声をあげて無事に誕生。

下の階で待つ、ワイフのお父さんとお母さんに報告にいったのを覚えている。なんだかふわふわとして足が地についていないような不思議な感じだった。

ワイフに聞いたところによると、産まれてからすぐ3時間おきに母乳を与えてたとか。

助産婦さんが赤ん坊を連れてくるのだけど「そんなにすぐ母乳なんか出るか?」と思ってたら、すぐに乳が張りだしてかちかちになってめっちゃ痛くなったとか。

人間のからだってのは、ほんとうに不思議。

だいたい人類の何億年もかけておこなった進化を、胎児は十月十日でやってしまうのだものな。これまた不思議です。

さらに着床に至るまでも凄まじいドラマがある。

人が人として生まれてくる確率はほぼ奇跡、400兆分の1とか年末ジャンボで1等に当たるよりも200億倍難しいとかいろいろと言われています。

箱の中に壊れた時計をいれて振ったらもとに戻っている確率・・・

この世に生まれたというだけでたいへんなことなのです。そんで何もしなくてもそのままで既にとんでもない作品なのです。そう舞踏では言います。

そんな奇跡に遭遇した日なのでした。

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こんな時ですが、いやこんな時だからこそできる限りでお祝いをした。
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2020年04月14日

夢じゃない

風呂から出たら兄貴が冷蔵庫から袋を取り出してなにか言っている。

食べたのを非難していて父親も怒っている。

もろみが入っていてスイカも入っているのに食べるわけがない。と憤慨する。反論しようとするけれどうまく喋れない。大声で怒鳴ったら「そんなわけないやろ」とじっさいに口にしていて目が覚めた。

アウトドアショップとカフェが一緒になったしゃれたお店に湯山とあと2人がいる。店内は総ガラス張りでかっこがいい。

タテ長の店内をとおってトイレへいくと、そこも総ガラス張りで外から丸見えで歩いている人たちが見える。トイレから戻ったらもう1人がチャイを出してくれる。美味いなあ。

なぜか覚えておこうと思う。

村松君や菊池君たちと稽古場にいる。

みんなはいつの間にかどこかへいってしまい1人で取り残されて淋しい。仕方なしに女性陣の手伝いをする。金物のでかい道具を机の上に置いたら傷がついてしまった。

小沢さんがやってきてその元気さに励まされる。

タラちゃんや大駱駝艦の面々が稽古場で飲んでいる。

戸をあけて隣へいくと稽古場で子どもたちが出しものの練習をしていた。カラフルな衣裳をつけてクルクルと器用に廻っている。揃っていて面白い。

部屋で横になっている。隣にボクシングの井上尚弥選手がいて話しをしている。ほかの選手の噂話しを聞く。

宝塚の祖母の家にいる。皆んなで座って話しをしてる。

自分が何かノートを見ながら喋ったら祖母が傷ついたようで、気まずい雰囲気になる。言い訳しようとノートを見たらどこを読んだかわからなくなって探すけれどわからない。

他のノートかと思い必死で探すけれど見つからない。仕方がないので祖母に謝ろうと部屋へと戻る。

奥村君の家で遊んでいる。だだっ広いリビングがあって、トイレへいったら奥にベッドルームがあって変わったつくり。

半野外のようなベンチのある休憩所にいたら、トルコ人が同じマンションに住んでいるようで遊びにくる。パーティーでもやっているのか、入れ替わり立ち替わりやってきて話しかけてくる。

皆さん気さくで明るい。

天狗のいる高い足場にいる。

天狗の面のかけらをお土産にしようと片手に持っているので高所なのに危なかっしい。一度落ちかけてヒヤッとする。危ないのでその天狗の面のかけらは捨ててしまう。天狗たちは軽々と移動している。

都志の祖母の家にいる。古いトイレへと入ったら照子さんと祖母が外を歩いていくのが窓から見えた。トイレは汲み取り式で、ちいさなウジ虫がぴょんぴょん飛び跳ねている。

かまわずに用を足したらズボンにカマキリやでかい幼虫がくっついて、払うけれどなかなか取れない。

鍵を閉めてうんこをしようとしたら目が覚めた。

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最近は目が覚めると、この現実が夢ではなかったことに茫然とする。
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2020年04月13日

花も実もある絵空事

志村けんさんが亡くなって、志村ロスともいうような現象が起こっています。

亡くなったら急に持ち上げ出すのは世の常ですが、色んな雑誌や新聞記事を読んであらためて志村さんの人柄を知りました。

とにかく優しい方だったようです。繊細で気遣いが凄まじい。

笑いに執念を燃やして何時間も会議で黙って考えていたとかいうのを知ると「へえ」と驚くが、自分に置き換えると「まあ、当たり前か」と思った。

30歳ぐらいの頃に笑いに行き詰まってガス自殺をしようとして失敗したという話しも週刊誌にのっていた。

ドリフターズでは荒井注さんが好きだったので、替わりに入った志村さんのことをあんまり好きになれなかった。加藤茶さんも好きだったので、志村さんが活躍しはじめてからドリフは観なくなってしまった。

なぜ好きになれなかったのかこの機会に考えてみると、笑いながら舞台に立っているのが子どもごころに嫌だったのだな。

回顧番組でお猿さんのパン君との絡みを観たけど、お猿さんってのは本当に面白い。動物や子どもを使うのはずるいけど、舞踏家としてはずるいと思われるような存在にならないといけないとあらためて思ったのでした。

4月3日、C・W・ニコルさんが亡くなられました。

小説は読んだことがないな。この機会に読んでみよう。環境保護活動の先駆者ともいうべき方で、日本人よりも日本の自然を愛していらっしゃった。

戌井君がラジオのニコルさんの番組を愛聴してたみたいで、鉄割の舞台で一度流していた。言い回しが独特で素敵に面白かった。

「きのうもきょうも あすも 旅」

4月10日、大林宣彦さんが亡くなられました。

テレビのコマーシャル制作から映画へと移っての第一作目『HOUSE』は映画制作のシステムを変える斬新なつくりかたをしたとか。それまでの縦割りの閉鎖的な映画界の常識を破ったのだな。

それ以来、自分のことは映画監督とは呼ばず映像作家と言い続けていたそうです。

尾道3部作はすべては観ていないのでこの機会に観てみるか。兄弟子の村松卓矢が好きで作品創りのときによく話しを出してきていた。

最後まで映画制作への情熱は衰えず、亡くなる前にクランクアップした遺作が上映される予定だったが延期になってしまった。騒ぎが収まったら観にいこう・・・いつ収まるのか。

そうして舞踏家集団デュ社副代表、湯山大一郎のお父さま、湯山哲守さんが亡くなられました。

昨日、4月12日の17時43分でした。

けっこう前から癌と闘ってらっしゃったようで、だいぶん弱ってきているとは聞いてたのですが・・・

自分は2年前の京都での金粉ショウのときにお会いして挨拶できたので良かった。

パリ在住の娘さん、湯山のお姉さんのことをこの騒ぎで最後まで気にかけていらっしゃったが、お姉さんはなんとか帰国して臨終に間に合いその3時間後に亡くなられたとか。安心したのかな。

騒ぎが収まったらお別れ会を開くそうです。

合掌。

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亡くなった人は「もうこの世にいない」のではない。わたしたちは「ふり返ればいつでも彼らがいる世界」に生きているのだ。by Genichiro Takahashi.
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2020年04月12日

新しく聞く

春の新聞週間がはじまっています。

4月6日から今日12日までです。ここのところ、コロナ一色の新聞紙面・・・

この『ブログ?』を記すようになってから新聞を毎日、読むようになりました。新聞を読まないと気持ち悪いというか損をしたような気持ちになったりします。

自分の好きな情報ばかりが出てくるし選んでしまうネットの情報と違って新聞の情報は、まったく知らない世界のものもあったりするので、へえと驚きがあって興味が尽きません。

そうして、さすがは言葉のプロたちが寄ってたかってつくるもの、とても面白いです。ジーンと感動させられることもしばしば。

読み捨ててしまうには惜しいような気合いの入った記事や名文が毎日毎日、のっているので切り取ってファイルしています。

今後『ブログ?』に記すときの参考にしようという魂胆もあったりします。

一度ブログ?に記したものは、これからも追いかけていこうという気持ちもあります。そんな記事の数々も見つけては切り取って収集。

なるべく偏りがないようにしたいので、ひとつの新聞だけ読むということは避けています。しかし何誌も読むというのは欲張りなのでやらないように自制。

情報は多ければ多いほどいいものに巡り合えるかといえば、そんなこともないのです。

情報との出会いは一期一会、一瞬の立ち読みで貴重な情報に出会うこともあるし素敵な言葉に出会うこともある。

よく読むのは朝日新聞で、そのつぎは毎日新聞です。

朝日は公平な立場はとりつつ、反政権的な見方で論調が少し過激なときがあります。毎日はもちろん公平で論調は比較的穏やか、でもたまにもの足りなかったりする。

反政権的な姿勢をつらぬく東京新聞もたまに読みます。

より公平を期したいときは政権よりの読売新聞や、もっと偏っている産経新聞も読みます。しかし芸術家として舞踏家として反体制派でありたいと思うので、御用新聞はすすんでは読まないです。

でもたまに読むと「へえ、この人は政権寄りなのか」とか発見があったりします。そうして当たり前だけれど「真剣につくっているのだな」と感心したりして偏見を反省。

新聞は白塗りを塗るときや金粉を塗るときの養生としても役に立ってくれるので、捨てずに置いておきます。

そんな古い新聞をたまに読んだりすると「あの頃はこんな騒ぎになるとは思わなかったなあ」とタイムスリップしたような気持ちになったりして面白いです。

紙に印刷された活字を読むという行為はいまや時代遅れ、新聞も売れなくなっているとか。

しかし新聞というメディアは当分はなくならないでしょう。

時代から遅れれば遅れるほどよしとするようなところも舞踏にはあるので、これからも新聞を読んでいこうと思うのでした。

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サイズがでかすぎるのが難点。開くと両手いっぱいになってしまう、半分のサイズにしたらどうかなとずーっと思っている。時代に合わせて変化していくことも大切。
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2020年04月11日

filter&echo

“フィルターバブル”というものがあるそうです。

検索エンジンやSNSなどが過去の閲覧データなどをもとにその人の趣味嗜好にあう記事や情報ばかりを選び、自分の見たくない情報は入ってこない現象。

その結果、自分の見たい記事や広告だけがまるで魔法のようにあらわれる。さらに似た考えのユーザーを表示したりするのでつながっていって擬似的なコミュニティーができあがる。

そこから起こるのが“エコーチェンバー”とよばれるもの。

似たかんがえのもの同士が共感しあううちに、意見や思想がより過激で極端にかたよってしまい特定の方向に先鋭化して、多様なかんがえかたを受けいれられなくなる現象。

いまネット世界で繁殖していて社会を分断させる“真犯人”ともくされている。

ネトウヨなんていうのが代表的で、SNSの友だち内での「いいね」というのがその象徴なのか。

実家の両親は政治に対して違うかんがえと思想を持っていて常にお互いで批判をしあう。はたで見ているとヒヤヒヤするが、よくかんがえてみるとあれは正しい民主主義の姿であるのだなあ。と思う。

もしも二人が同じ主義主張をもっていて「いいねいいね」と褒めあい、違うかんがえかたのひとたちを口汚く批判している姿を想像すると気持ち悪くてゾッとする。

右もあれば左もあって、その両翼がないと上手く飛ぶことは出来ないのです。

右だけだと戦中の大日本帝国のように、最後はゼロ戦で戦艦に突っ込むようなことになって滅ぼされてしまう。

左だけでも旧ソビエトのように独裁者が富を独り占めにして、お互いを見張らせて逆らうものは粛清したりするような怖ろしい国家が出来上がってしまう。

中国や北朝鮮はいまだに独裁国家が続いているけれど無理があるので、いつかは崩壊するのでしょう。

そうしてもちろんそのあいだ、中道や中庸と呼ばれる人々もいてこその社会なのです。

検索の自動配信アルゴリズムはその人の関心のありそうな情報ばかりを選んでくるので、冷静な視線が必要で要注意です。

知らないあいだに、どんどん片寄ってくるかんがえかた。

これは創作者の端くれとしても気をつけなくてはいけない。ありとあらゆる世界のことを知って体験していくのが大切だと思います。

Googleで検索して出てくるような情報ではないものを集める。という都築響一さんの言葉にうなずくように、大駱駝艦にいる頃は検索して出てきたらタイトルにするのをやめていた。

鉄割アルバトロスケット主宰で芥川賞候補作家、戌井昭人氏なんてあらゆることを経験してて、吉原の朝の景色なんてのも知っていたりするので感心する。

世界中を旅しているから色んな体験の逸話や様々な失敗談にもこと欠かない。小説執筆時や鉄割の演目創作時に生きてくるそういう経験の数々。

広い視野でものを見て感じていきたい。

そうして違う意見や考え方にも触れて時には対話し耳を傾けたりしたいものです。

と、外へと出られない状況のネットの中で考えてみました。

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こちらタバコの“エコー” 安いので懐がさびしい時によく吸っていた。ちなみにタバコのフィルターはプラスチックでバラバラになって海へとながれる。

参照:2020年2月28日 毎日新聞『論点』
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2020年04月10日

はなまつり

4月8日は仏教の日でした。

なぜ仏教の日なのかと思ったら、お釈迦さまの誕生日なのだな。

キリストの生まれた日は大々的にイベント化しているけれど、お釈迦さまが生まれた日はお寺で祝うだけです。せっかくだから商業と結びつけて盛り上げられたら・・・不謹慎だと怒られるのか。

精進料理を食べる日にするとかどうかな。それだったら信者も怒らないかも。動物性のものを口にしない日が一年に一回ぐらいあってもいいかもしれません。

さて釈迦は紀元前566年〜486年頃、今から約2600年前にルンビニー、いまのネパールで生まれました。

1896年に考古学者のフューラーは、アショーカ王が建てた石柱を発見。その碑文には、ここが釈迦生誕の地であることが記されていたのです。

アショーカ王は釈迦の死後、約100年あとにインド亜大陸をほぼ統一した大王だから確かだな。

生まれてすぐに東西南北に七歩ずつ歩いて、右手で天を、左手で大地を指さして「天上天下唯我独尊」と言ったとか。

そんなわけはないけれど伝説だからいいのです。なぜ七歩かというと六道すなわち地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天上界、この六つの地獄からさらに一歩踏み出すということだそうです。

「人間に生まれた目的は、この六道から出て真の幸福になることである」

天上天下唯我独尊は、おれが一番だぜという意味ではなく“我”というのは、わたしたちということで「ただわたしたち人間にのみ成し得る、たったひとつの尊い目的がある」との教え。

わたしたち人間の命に差別はなく、皆、平等に尊いということ。

説教くさい感じになってきましたが、もともと釈迦族の王子さまだったその子どもは、成人して29歳で出家してさまざまな修行をして6年後、煩悩を断ち切り覚醒し悟りをえて仏陀になった。

それから45年の長きにわたってインド中を歩き回って、人々に教えを説いてまわる。

最後はクシナガラの沙羅双樹の樹の下で涅槃のポーズで入滅。享年80歳。

死因は毒キノコ、マジックマッシュルームを食べたことと伝わるから、最後は素敵な幻覚を見ながら亡くなったのかな。

その後、インドでは仏教はヒンズー教に吸収されたが中国に伝わり日本へと渡った。さまざまな分派が進んでさまざまな宗派があらわれたけれど、つまるところの教義はやはりお釈迦さまの教えです。

真言宗徒である自分は毎朝、真言を唱えています。真言には仏の真理が記されています。

仏教はもともと世界平和や人々の健康などを願うものではないですが、そんな気持ちも込めつつ祈ります。

いまはたいへんな時ですが、べつに戦争が起こっているわけではなし。

そうやって考えると平和ではあるのだな。と思ったりするのです。

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「この世のすべては空である。」by Syaka.
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2020年04月09日

命ファースト?

緊急事態宣言が発令されて東京では混乱が起こっています。

スーパーでは相変わらず買い占めや買いだめが横行している。思いやりのかけらもない行為なので慎みましょう、ましょう。

実質的には外出自粛が強化された感じで、各会社でのオフィスの閉鎖も進んでいるようです。

よくお世話になっている折り込み会社のNEXTさんも会社を閉めて折り込みの業務を停止すると連絡があった。公演がないのだものな。

戌井君、奥村君が卒業した文学座も4月、5月の公演の中止を発表。「全公演を中止するのは前代未聞。これ以上続くと、どこも厳しい。」と企画事業部の白田さんが言うようにたいへんな状態になってきています。

映画館も休館が続々と決定している。素敵な映画館ユーロスペースも休館になった。「このままでは数ヶ月で経営が成り立たなくなる。閉館を検討する同業者もいる。」支配人はそう言い、今後はクラウドファンディングも実施するとか。

歌舞伎も宝塚も落語も漫才もコントもすべての舞台が中止になっている。音楽界は真っ先に打撃をうけていた。

テレビもピンチのようです。密閉空間を避けろと言われたらスタジオでは撮影できないし、人と会話するななんて言われたらほぼなにもできない。

夜に出歩くなと言われているから東京中の飲み屋がピンチ。フィットネスなんかも休業、飲食店は開いているけれどそもそも人がいない。

補償すると国も都も言っているけれど、国の補償申請は、10枚以上もの書類を詳細に書かされてとても難しいらしい。しかも補償金が支払われるのはだいぶんあとだとか。

給料や家賃、諸経費などは待ったなしなのです。国としては払いたくないからわざと難しくして遅くしてるのではないかと疑いたくなる。

学校も休校が続いている。とうとう学童も閉鎖になったとか。

ここまでやる必要があるのかと思うけれど、アメリカやイタリアやスペインの状況を遠くながめるとああいう風になる可能性もあるのかと観念するしかない。

観念するけれど、どこか腑に落ちない気持ちもある。なったらなったで仕方ないのではないか・・・

「ひとりひとりの命を守るため」とお題目のように口にする。確かに命は大事だし大切だしそんなこと当たり前のことだけれど、あまりにもそのせいで大騒ぎしすぎのような気がする。

医療崩壊を怖れると口を揃えるけれど、文化崩壊も教育崩壊も経済の崩壊も同じぐらい怖ろしいのではないのか・・・

人は死ぬもの。

原因はさまざまでありそれがいつくるかは誰にもわからない。明日来るかもしれないし、いま来るかもしれない。10年後かもしれないがわからない。

だからこそ、いまを大切にして生きる。

自分から死へと近づいたり死ぬとわかっていることをするのは愚かだが、死を必要以上に怖れるのはよくないのだと思います。

命を守るための自粛だけれど、そのために生きていくことが出来ない人が出てくるのならば本末転倒なのです。

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昨日は今年最大のスーパームーン、月は人間たちの大騒ぎなど関係なく大きく光り輝いていた。

参照:2020年4月8日 朝日新聞 2020年4月8日 毎日新聞
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2020年04月08日

ルネッサンス

安倍さんの非常事態宣言発令をうけて、娘の高校の入学式が延期になりました。

朝6時からから夜2時まで毎日毎日、必死で勉強してこころの底から入りたいと願っていた高校へと見事合格して、いよいよ入学と思ったらこの事態。

まあでもそんなこともある。そうしてなんとかなるでしょう、大丈夫。

この機会に本をたくさん読んで自分の内側を磨くのもいい。こんな時にしか考えられないこと、たとえば将来にどんなことをやりたいかを考えるのもいいかもしれない。

それは自分も同じ。仕事がすべてキャンセルになっているけれど、このぐらい仕事がないのはいままでにもよくあったこと。

さらに都志へも帰れないような状況ですが、じっくりと自分を見つめていろんなことを考えるいい機会です。

高く飛ぶためには、低くしゃがめ。

これからどう生きていくのか?明確に具体的にイメージしなければ。

ほかの仕事を探すとかの逃げではなく何かで一発当てようとかの反則でもなく、自分を見つめてさらに舞踏へと突っ込んでいく。

思考の翼をどんどん広げ、考えて考えて考え続けた先にかならず未来はひらける。

もっといい加減に、もっと適当に、どうでもいいなんでもいいと放り投げて、これでいいのだと開き直って、柔らかくふにゃふにゃに常識を超えていく。

何でもありの舞踏の魂そのままにこりず、こだわらず自分のやりたいことを考えていけばいいか。

舞踏の可能性を信じ、新たないまのその先へと進むのだ。

ペストの大流行は中世を終わらせルネッサンスを呼び起こしたといわれる。ニュートンは外出できないなか瞑想にふけっていて、閃いて万有引力の法則を思いついた。

俯瞰して見れば、世界が大きな変革期を迎えているのかもしれない。

政治、経済、産業、医療、教育、文化、芸術、etc...etc...いま、ありとあらゆることが現代のルネッサンスの時なのだ。

政治は常識では、はかりしれない事態を乗り越える政策を打ち出す力をつけ

経済は株価が上がれば良いというマネーゲーム的な考え方ではなく、実体経済をどう盛り上げるかのアイデアを試行錯誤し

産業は自国ファーストとかいうことではなく、いまのような非常時に他国に頼らずに自国で自給自足できるように体勢を整え

医療は今回のことの反省を踏まえて、あらゆる事態を想定して体勢をつくりなおし

教育はこのような状態のなかで、どう子どもたちに最高の学びを届けられるのかを考え

文化は新しい飛躍のための思考を繰り返し、芸術は自分を見つめ新しい夢を見続ける

“自粛”がけっして“萎縮”になってしまわないように・・・

糸井重里さんが言うように “考えること、学ぶこと、夢を持つこと” は、禁じられないのです。

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ルネッサンスはラテン語で再生を意味するらしい。
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2020年04月07日

Just an idea

こんないまだからこそ、しっかりと自分を見つめて考える時だな。

湯山から長文のメッセージが届きました。

先日のこの『ブログ?』の“さまざまなはざま”を読んで、いまのこの状況にて思ったこと感じたことだった。

湯山「今日の『ブログ?』を拝読して思うとろころがありまして。」

むかい「ほおほお・・・」

湯山「5月の作品ですが“社会的距離・ソーシャル・ディスタンス”はピカイチのテーマになるかと思います。

人がコロナと対話していくには、一重に人間同士が距離を取ることからしかはじまらないと、お上は言っています。

われわれ舞台人にとって、人を集めるなというのは余りに酷な現状だと痛感する日々を過ごしています。

個人的なことを想えば、フットボールをやってる頃から、バーテンだろうが大道具だろうが、大駱駝艦の踊り手だろうが、僕のここ30年は「空間に人が集まることの面白さだけで支えられてきたんだなぁ」と感じています。

それだけに、この2ヶ月で飛んだ仕事以上に「今、何が起こっているのか・・・」ということに、えも言われぬ感情が沸き起こってきました。

逆に言えば、この際において、われわれ舞台人は“距離感”のプロフェッショナルなんじゃないかと思う次第です。

今日の向さんのブログを拝読して、そんな一つの光明を見た気がしました。

そんなに距離を取れとお上がいい、それに追随する人達が「距離」を大合唱するのであれば、それを何とか逆手にとった作品を作れないかなと考えています。

例えば、6フィート“180センチ”。欧米の各政府は、人と常にこの距離を保てと宣言しています。

そこで失われるのはご存知の通りハグとかキスとか、彼らにとって何百年も大切にしてきた行為です。

彼らが現状に対して、今まで培ってきた距離感を否定しているって結構、オモロイって思ったわけです。

今まで、何千、何万フィートを求めて、果ては月まで行ったと威張ってきた彼らがです。

1月に京都でやったワークショップで、1コマだけ“距離感”だけでやった回がありました。

何をやったかというと、向さんがブログで記していたのと似てるかも知れませんが、ペアを組んで鼻先一ミリまで近づいてから、お互いにゆっくり後退していく・・・

“不快”が“安心”に変わり“不安”に変わるという距離感を遊んでみました。

あくまで凡例なので、どうなるかは判りませんが、今のこのご時世だからこそ“距離感”に対して観客は敏感になっているのは確かだと思います。

なんとかそれを逆手にとった、5〜10分くらいを二人で、もしかしたら観客の配置も含めて作れないかと思った次第です。

“Just an idea”ですが、思いついて忘れないうちにお伝えしておこうかと思い連絡しております。

長々とすみませんでした!」

むかい「ええでええで、ええアイデアやで。いまはまだ二人でキスをするぐらいしか思いつかんけど・・・客の観る位置というのも遊べそう。

観客も庭に点在するとかな。」

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「湯山も引き続き、このアイデアを深めていったらええな。」Photo: schloss bröllin e.V. / Peter van Heesen.
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2020年04月06日

バッタの脅威、マスク戦争

昨日は買いもののときにマスクを着用。

スーパーへといったら相変わらずインスタントラーメンは売り切れていた。パスタもなくなっていて、納豆も売り切れていた。免疫力を高めようという考えだな。

そうして今度は小麦粉が売り切れていた。

バッタの被害で小麦粉がなくなるという情報がながれたのかな。うちはグルテンオフを心がけているので買えなくてもいいか。

バッタが大発生してその被害がアフリカから中東、そして中国やインドまで迫っているらしい。畑の作物を食べ尽くし世界的な食糧危機が懸念されている。

国連の食糧農業機関は、1平方キロメートルに集まるサイズの比較的小さな群でも約4,000万匹がいて、1日に食べ尽くす食糧は人間35,000人分に匹敵すると試算している。

アフリカではすでに深刻な食糧不足が進んでいて、しかもこのウィルス騒ぎで各国からの支援がなくなり危機的状況にある。

バッタが大量発生している理由は地球温暖化による気候変動。旧約聖書の出エジプト記には、古代エジプトで病気の蔓延とバッタの大発生といった災禍が相次いだという記述があるとか。

神の怒りに触れたか・・・

いや、アジア的な考え方でいえば神とは八百万、森羅万象の自然のこと。自然の怒りに触れたと考えたほうがいいな。おごり高ぶった人類への大自然からの鉄槌。

スーパーからの帰りにまわりに誰もいないので、臭いし苦しいのでマスクを外しました。

そうしてよく考えてみたら別にせきをしてるわけではないし買いもので一度も誰とも会話しなかったし、馬鹿馬鹿しいのでこれからはするのをやめようかと思った。

たんなるポーズで意味のない行為

アメリカの疾病対策センターはいままで「健康なひとはマスクは必要ない」と強調してきた。

二週間ものあいだ無症状だという新型ウィルスの特性からマスクをすることは自分への感染を止めなくても、他人に拡げることを防ぐためには有用だという結論になったようです。

そんなアメリカとヨーロッパでマスクの横取り合戦が起きている。

タイのバンコクからドイツへと運ばれる予定だった医療用マスク20万枚がアメリカに奪われた。ドイツはもちろん抗議している。

中国からフランスに向かう予定だったマスクも、空港でアメリカに横取りされてしまったらしい。アメリカは否定。

いっぽうスウェーデンの医療機器メーカーからイタリア、スペインへと発送したマスク400万枚を中継地点のフランスが没収。メーカーが外交ルートで働きかけた結果、フランス政府は半分だけ発送を認めて残りは没収。

トランプ大統領はマスクの着用は「任意のガイドラインだ」と発言。「してもしなくてもいい。私はしないことを選ぶ。自分がしていることは想像できない」と述べた。

たしかにトランプさんがマスクをしているのを想像したらちょっと笑える。

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トランプさんがマスクをするのは時間の問題だけど、どんなマスクをするのか。安倍さんと同じ布マスク・・・んなわけないか。

参照:2020年2月5日 毎日新聞 2020年4月5日 朝日新聞
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2020年04月05日

大きな拡がり

どうやら東京で感染が拡がりはじめたようです。

いろんなテレビニュースや新聞で得た情報によると要するに、いまではないのだな。

重要なのは、いまから二週間後にどうなっているか?

「自分は発症をしていないだけで感染している」という気持ちで過ごさないと症状が出るのが二週間後だったりするので、気づいた時には感染を拡げてしまっているのです。

これからは外出時にマスクを着用します。家に一枚布マスクがあるのでそれを着けよう。マスクは感染を拡げることの防止には効果がある。

クルーズ船の感染者を引き受けた病院のニュースを観たけれど、たいへんな労力でした。

まるで宇宙かエベレストにいるかのような重装備と手間の数々・・・

まずは手の消毒。手袋をしてウィルスは目からも感染するので、かならずゴーグルもして全身防護服を着て作業が終わるたびに、この防護服の外側に触れないように注意して脱ぎ一回で廃棄する。

N95という非常に機密性の高いマスクをして、空気漏れがないかチェック。作業が終わったらマスクの外側には触らずに外してかならず一回で捨てる。

注意して手袋をはずして最後に手を入念に消毒する。

この作業を感染者と接触するたびにやるということか。

一週間皆んなでそういったことを研修して準備してそこまで徹底的にやって、はじめて従事した医師などの二次感染が防げたそうです。「もう一度やるかと言われたらそう簡単に手はあげられない」と院長の女性は話していた。

いま医療関係者の二次感染が増えているのは、そこまで徹底的にやらずに急場しのぎになっているからだな。

ちなみに医療関係者が使用するN95という機密性の高いマスクは、とても苦しくて普段の生活で使うなど無理らしいです。そんなマスクをつけて作業をしなければならないのか・・・

いま修羅場になっているニューヨークでは、三週間前はいまほどではなかったとか。

「どこか遠いところのお話しだった」と日々、戦場のように命の選別がおこなわれているニューヨークの病院に勤務する日本人のかたが言っていた。

もはや対岸の火事ではないのだな。これからどんどん増えてくる二週間前の感染者たち。

4月末に都志へ移動するつもりだったが、移動の自粛という意味もあるけれど東京という都市が今後どうなるのか?見届けたいという気持ちになってきています。

ニューヨークのような状態になるのか、どうなるのか・・・あと二、三週間もすればはっきりとしてくるか。

いますでに緊迫した状態になりつつある、医療関係者は「はやければはやいほどいい」と口を揃えるけれど、安倍さんから緊急事態宣言はいつまでたっても発令されない。

どうも自分のパフォーマンスの切り札だと思っている節があるようです。“伝家の宝刀”とか言ってたようだし。

国民の命のことではなく、自分のパフォーマンスのことを考えるリーダー・・・

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コロナビールが生産停止だと聞いて名前のせいかと心配したけれど違ってた。最近はテレビでも“コロナ”とだけ言ってたりするものな。「コロナの影響で・・・」
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2020年04月04日

猿は猿を殺さない

植松被告に対する死刑が確定しました。

ひとはなぜ、ひとを殺すのか・・・

仏教では不殺生といってまず殺すことを禁じます。

これはひとに限らずに生きもの全般のことをいっています。

徹底した仏教徒は動物を口にしません。精進料理は生きものを殺さない料理です。ジャイナ教では空気中の生きものを殺さないようにマスクをする。無駄な殺生をしない。無駄にいのちを奪わない。

ただこれには「では草木にいのちはないのか?」というツッコミも入れられる。

クジラを食べるなと主張する人たちがいる。理由はクジラには知性があるとか知能があって人に近いからとか主張する。

では牛はどうなのか?馬は?鹿は?犬は?猫は?勝手な人間の線引きというもの。

考えだすとキリがない、いのちの重さと軽さということ。

考えだすとキリがないのだけれど、人を殺してはいけないというのは万国共通の倫理観。しかし各宗教がそのことを禁じるのは人を殺すというのが、実は人間の本性であるから。

放っておくと人を殺してしまう生きものなので宗教で禁じ、法律で禁じる。道徳で戒めて、教育で叩き込む。

それでも人殺しはあとを絶たない。連日ニュースでやっているし毎日、世界中で殺し合いをしている。

なくならない人を殺すという行為。

なぜ、ひとはひとを殺すのか?

理由は、怒りや憎しみがいちばん多いのか・・・戦争も喧嘩の延長にある。自衛というのもあるか。

死刑はどうなのか?いのちをいのちで償わせるという考え方だけれど、19人ものいのちを奪って自分ひとりのいのちで償うことなど到底できるわけがない。

安易に死刑にしてしまわずに19人の痛みと苦しみと、その家族の痛みと苦しみを生涯にわたって考え感じて生き続けさせなければならないと思ったりします。悔い改めよ。か・・・

では、差別して殺すというのはどうか?

これも人類は太古からおこなってきました。違う種族だからと殺し、違う村だからと殺し、国が違うから殺し、考えかたが違うからと殺しあってきた。

そのひとつの究極がホロコースト。民族というくくりでその民族の絶滅根絶、撲滅を目論んだ。

ナチスドイツはユダヤ人以外にもロマ人、ポーランド人、セルビア人、ロシア人、スラブ人、身体障がい者、精神障がい者、同性愛者、黒人、共産主義者、無政府主義者、反ナチ運動家、etc...etc...

ありとあらゆる差別と選別と線引きをして、最大推定で約1100万人を殺戮したという。

殺す理由の次にくるのが何人殺したかという数の問題か。

これはもう奪ったいのちが多ければ多いほど罪は重いでしょう。ひとりひとりに人生があり、親兄弟がいて子どもがいて孫がいて友達がいる。猫もいたかもしれない。

そして永遠につながっていったかもしれなかった、未来のいのちをも奪ってしまう。

ひとがひとを殺すということ。

梅原猛さんは「人間とは殺す生きものだ」というけれど・・・

人類永遠の問題です。

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「猿は猿を殺さない」は映画『猿の惑星』の言葉だが、最近の研究でじつは「猿も猿を殺す」とわかってきた。
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2020年04月03日

凸凹

昨日、4月2日は世界自閉症啓発デーでした。

2007年の国連総会で決議されて、全世界でさまざまな取り組みがおこなわれているとか。

自閉症か・・・発達障害のひとつで、先天的に脳のどこかが発達の標準から外れている。

最近仕事で発達障害といわれる方々と触れ合う機会があるけれど、ひとことであらわしてひとくくりにしてしまうのは無理があると感じるほど皆さん、個性的で魅力的です。

ひとりひとりに多様な性格があって、その内面は常識でははかり知れない。

いつもニコニコしている人、真剣な表情で押し黙っている人、面白い動作を続ける人、まったく違うイメージの世界にいるような人、気が弱そうに控えめな人、深い思考の世界に遊んでいるような人、etc...etc...

自閉症は脳の機能の問題なので、早い段階での療育支援と出会うことで可能性は広がっていくのだそうです。

感覚が敏感だったり記憶力が抜群だったりするので、そういう才能を伸ばしていくのもいいでしょう。

自閉症のひとは他人の表情が読めなかったりコミュニケーションの取り方がひとと違っていたり、興味のあることが限られていてひとつのことに極端に強いこだわりを持ったりする。

言葉を適切につかうことが苦手で、感じたままに話したり行動してしまうことがある。だから仲間にいじめられたり先生に問題視されたりする。

少子化で学級は減っているけれど、特別支援学級は増えているとか。自閉症といわれる子どもたちもそこには多いのでしょう。

それぞれのコミュニケーションのやり方がある、ひとくくりにできない凸凹な子どもたちの性格や個性にあわせて教育をおこなっていく、特別支援学級という存在。

ひとつの部屋に閉じ込めて同じことをやらせる。そんな理不尽で全体主義的な教育方法に無理があるのです。

子どもを面白くなくしてしまういままでの日本の教育・・・個性を殺す教育方法か。機械をつくってるのではないぞ、コンニャロめ。

近代化のながれの中、さまざまなジャンルで取り入れられたオートメーションという方法が教育界にも影響しているのだな。画一化して均一化して流れ作業で社会の労働力をつくりだす。

管理する側からしたらすべて揃っていて個性なんてないほうがだんぜん便利。人間も動物も野菜もすべて揃っていて病気にもならずに社会の役に立ってくれればいいだけ。

そんな為政者たちの思惑がうまくいかなくなっている。

自閉症は正式には、自閉スペクトラム症というのだそうです。スペクトラムとは連続体という意味で境目がないということ。どんな人間にも大なり小なり、そのかけらがあるのです。

自分は中学ぐらいから学校がまったく面白くなくて、いくのが嫌で嫌で結局はいかなくなってしまった。

はやばやと社会のルールや決まりごとについていけずに、はぐれてしまった自分を最終的にすくってくれたのは舞踏なのでした。

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多様性の限界に挑戦し、コミュニケーションが取れなそうであればあるほど良しとする舞踏。村松卓矢、演出振付『穴』より。Photo by Junichi Matsuda.

参照:2020年3月31日 東京新聞 “HEART&DESIGN FOR ALL” / コミックモーニング掲載、こどものこころ診療所『リエゾン』/ 2020年4月3日 朝日新聞
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2020年04月02日

さ ま ざ ま な は ざ ま

この騒ぎでソーシャル・ディスタンスというのが流行しているとか。


人と人との距離を大きくとることで、世界中で流行ってきているそうです。アメリカでは180センチ離れることを勧めている。


いいことだと思います。


都会では人と人との距離が近すぎるのです。満員電車なんて酷かったものな。人間も動物なのだとしたら、あんなもの耐えられるわけがない。

もし、あのなかにゴリラがいたらたいへんだぞ。大騒ぎになってそこらじゅうで交尾をはじめたりして。でもそれが自然なこと、人間は理性で抑えるけれど、そちらのほうがゴリラからすれば異常です。


人には気持ちのいい距離間というものがあるのです。知らない人だったら5メートル以上は離れたいか。それより近寄ってきたら何か自分に用事があるな。


舞踏では“あいだ”をとても大切にします。物理的なあいだと時間的なあいだのどちらも大事にします。


物理的なあいだの場合は、ワークショップなどでは実際に満員電車ぐらい近くによったり可能な限り離れたりして、このからだのまわりの感覚を体感してもらいます。


丁寧にやると人間の気のようなものが感じられて面白いです。


“圏”といいますが、からだのまわりのどれぐらいの範囲でうごいているのかというエクセサイズもします。空間把握の妙味ですね。


この空間のつかいかたで魅力的なダンサーか、そうではないかが決まるかもしれません。


からだのまわりのオーラのつかいかた。


観客とのあいだをつかった押し引きということもあります。ここにはこころの押し引きということも入ってきます。観客に向かって大きな声で叫び続ければ、観ている方はどんどん気持ちが引いていきます。

逆に舞台側がどんどん引いて、自分の中へと埋没して小さくなっていけばいくほど観客は前のめりになって惹きつけられます。

この塩梅のセンスもいいダンサーであるかどうかの条件であるかもしれない。


いっぽう、時間の“あいだ”というのもある。


舞踏ではこの時間のあいだを引き伸ばしてつかいます。日常のスピードであっけなく過ぎてしまうのではなく、ましてやオリンピックのように速さを良しとするのではなくゆっくりとうごく。


のんびりと生きれば生きるほどその時間は豊かになる。


丁寧に生きるとも言えるかもしれない。ゆっくりといまが二度とない、かけがえのない瞬間なのだとその時間を楽しみ尽くすのです。


「はやくはやくもっと速く」という価値観の正反対といってもいいでしょう。


オリンピックに象徴されるいまの大多数の価値とは正反対の価値観をもつ舞踏。


いまのまま速度を上げて一気に人生を突き進むのか、ゆっくりとスピードを落として人生を楽しむのか。いつまでもレッドオーシャンで押し合いへし合いしながら生きるのか、ブルーオーシャンであいだをあけてゆったりと生きるのか。




どっちがいいか・・・

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世界のブランドがロゴのあいだをあけているのでデュ社もやってみた。行間もあけてみた。そんでタイトルも離してみた。
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2020年04月01日

おかねの祭典

東京オリンピックの1年延期が決定しました。

今回の五輪は、もめごとが続きまったく上手くことが運んでいない印象をうけます。

東京電力福島第一原発の汚染水について「アンダーコントロール、管理下にある」そう安倍さんが胸を張って獲得したオリンピック。

だが実際は汚染水問題は管理下にあるどころか、まったく解決できていない。

まずは出発点に嘘、偽りがあったのだな。

「被災地を元気に、ニッポンを元気に」

復興五輪なんていうスローガンも欺瞞に満ちていて、実際はオリンピック会場の建設によって労働力や資材がどんどん東京へ流れてしまい東北の復興工事は遅れ続けている。

新国立競技場の設計問題。

国際的なコンクールで決定した案を覆すという、前代未聞の巨大スタジアム設計の白紙撤回。

ゴタゴタゴタゴタやった挙句に、ザハさんからクマさんへと設計者が変わりました。この白紙撤回の騒動でなんと69億円が消えた。なにをやってるんだろうなあ。
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建築家、田根剛による新国立競技場案「古墳というピラミッドのような鎮魂の場を作ることが、21世紀の世界に対するメッセージになるのではないか」いいねえ、岡本太郎だったらこれを選んだでしょう。image courtesy of DGT.

五輪選出にかかわる賄賂問題の発覚。

1票10万ドルで20票が集められ、成功報酬は約2億3千万円だって・・・新聞でも連日報じられていたけれど、スッキリとしないうちにいつの間にかうやむやなまま闇に葬られようとしている。

オリンピックの公式エンブレムの盗用問題。

佐野研二郎氏のデザインした公式エンブレムが、ベルギーの劇場のロゴに酷似していて訴えられた。

佐野氏はもちろん否定し舛添も気にしないとか言ってたけれど、他にも盗用や無断使用が発覚。結局、組織委員会はエンブレム使用の中止を決めた。

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真似、模倣というのは創作の基本ではあるけれど・・・

さらに東京の海が汚いからとセーリングの会場が神奈川へと変更、東京の夏が暑いからとマラソンと競歩の会場が札幌へと変更・・・

そうして今回のウィルスによる史上はじめての会期延期。

中止はいままでに何回もあったけれど、五輪憲章を改正してまでの特例延期。延期するよりも中止にした方が経済的な損失は少ないという意見は、完全に無視されている。

東北の復興は遅々として進まず、福島第一原発の汚染水の問題はまったく解決していない。

都市型のコンパクトな五輪を目指しコスト削減を声高らかに提言していたのに、コストは異常なほどにどんどん膨らみ続けている。

国の威信をかけたオリンピックか・・・「もっと速く、もっと高く、もっと頑張れ、もっと!!」

「速くなくたっていい、遅くてもいいではないか。高くなくたっていい、低くてもいいではないか、頑張らなくてもいいじゃないか。」

そういい続けてきた舞踏とは、正反対の価値をもつ五輪なので自分はやらなくていいと思っています。

思っていますが、ここまで騒がれると気になってこの大騒動を興味深く拝見しているのです。

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誘致時の予算7000億円。とんでもない額ですがそれがなんと3兆円を超えるかもしれないだって・・・3兆円・・・か、かねかねかね、金じゃー。

参照:産経ニュース 2016年8月27日 AERA 2019年1月15日  神奈川新聞 2015年04月11日 読売新聞 2019年11月1日 共同通信社 2019年11月18日  朝日新聞 2020年3月28日 週刊新潮 2020年2月20日 Wikipedia  Google
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2020年03月31日

不足不足不足

平日は忙しいワイフにかわって、ひまな自分が買い物へと参ります。

スーパーへと行ったらあいかわらず、即席ラーメンが売り切れていた。東京中のスーパーで品薄になっているから供給が追いつかないのだな。

そうしてお酒売り場へといったらビールに酎ハイ、ハイボールが完全に売り切れていて驚愕した。どうしたのだろうか?お酒好きだった志村けんさんを弔う気持ちでも作用したのか・・・

そんな訳はないか。

自分は弔いのためにシムラ割りをつくろうと焼酎を買いました。

シムラ割りは焼酎に氷を入れてよくかき混ぜて、そのあとゆっくりと少しだけ水を入れて呑む飲みかたで志村さんから教わりました。

この飲み方だと最初は口当たり良く飲みやすくて、そのあと氷で薄まってしまわずにだんだん濃くなってくるのでいつまでも美味しいのです。

パックの焼酎もほとんど売り切れていたので、残っていた芋焼酎の黒霧島1.8リットルを買いました。

トイレットペーパーはだんだん平常にもどってきていますが、店によっては相かわらず売り切れている。そうしてキッチンペーパーが売り切れはじめました。

キッチンペーパーでマスクをつくるやり方をテレビで紹介していたからだな。いまは手作りマスクの材料も手に入らないとか。

マスクの品切れ状態はもう何ヶ月続いているのか・・・

花粉症のかたが気の毒です。

マスクはしぶきが飛ぶのを抑え、他人に感染させるのを防ぐことはできるが、ウィルスはマスクの隙間を通り抜け、自分を感染から守る予防にはむずかしいと考えられています。

コロナウィルスの大きさはマスクの繊維よりもはるかにはるかに、小さいのですね。

日本の厚労省は一般向けのQ&Aで「予防のためのマスク着用は混み合った場所、特に屋内や乗りものなど換気が不十分な場所では一つの感染予防策と考えられる」としている。

けれども「屋外などでは相当混み合っていない限り、マスクを着用することによる予防効果はあまり認められない」ともしている。

どないやねん、はっきりとせい。

世界保健機構、WHOはマスクの使用について頻繁な手洗いや手の消毒をした上で使わなければ、効果がないと強調している。

無症状の人がマスクを着用することについて「誤った安心感につながり手洗いなど、ほんとうに大切な予防策がおざなりにされる」とも指摘している。

まあなあ・・・

「マスクの着用は感染予防効果はない」と明確にしないから、高齢の方などがマスクをしたくなるのはわかります。

誰かがハッキリ言わないと、このまま医療関係者など本当に必要な人の手に渡らない状態が続く。

マスク製造大手の興和の社長は品薄の解消見通しを記者団に聞かれて「5月か6月くらいには供給が追いついてくるんじゃないか」と話したそうです。

5月か6月までこの騒動が続いていたら・・・

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都市のロックダウンというのは日本の法律上は、できないので都市が封鎖される心配はないそうです。

参照・引用:2020年3月26日、3月28日、3月29日 朝日新聞 厚生労働省HP
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2020年03月30日

自粛自粛自粛

雨は夜更けすぎに、雪へと変わりまして朝は一面の銀世界。

東京の灰色でみにくいコンクリートアスファルトジャングルを真っ白く化粧してくれました。

今朝はせっかくの雪が溶けてしまい、また元どおりになっていて残念。

さて先週は延々に続く自粛要請の打撃を受けてイベントが中止になったので家にて仕事し、週末は外出の自粛もしました。

昨日の朝は関口宏さんが司会をつとめるテレビ番組『サンデーモーニング』を観ながらいまのこの騒動について勉強。

グローバリゼーションのなかで起きたウィルス禍ですが、いき過ぎたグローバリゼーションを戒めるようにして起こったウィルスの流行とも考えられるとか。

各国で続々と外出禁止令が出て、鎖国のような状態が続いている。

世界中の指導者が自分の支持率のために鎖国政策をとっているようにも感じます。

インドでは感染者があまりいないのに外出禁止令がでて、外出している市民に警官が暴力を振るう映像が流れていた。市民の命を守るための命令なのにこれでは、何のための外出禁止令かわからない。

いっぽう日本では外出自粛要請で命令ではないけれど、ほぼそれに近い。日本らしいな。自主性、同調圧力にまかせる。

坂本龍一さんは経済的な支援をせずに公演を自粛させるのは「卑怯に感じる。見捨てるのかちゃんと国として支援するのか、文化の大切さをどう思っているのかが問われると思います。」と語っていた。

「危機は権力に利用される」は清志郎の言葉ですがこの先、権力がどう行使されるのかしっかりと見つめていきたいと思います。

なぜそこまでやるのか?

経済面では、過剰な金融政策でスタフグレーションの懸念がでてきているとか。スタフグレーションはお金が大量に供給され、物がなくなると起こるインフレだそうです。

いまは世界中で“株高”だけを演じているマネーゲームが過熱しているのです。

こういう時だからこその自給自足、産業を国のなかでやっていけるように見つめ直したほうがいい。との意見もあった。その通りだと思います。

そうして社会的な弱者が犠牲になるような社会ではなくしていきたいですね。老人、障がい者、非正規雇用者、フリーランス、低所得者、シングルマザー、LGBT、ヤングケアラー、etc...etc...

午後は部屋を暗くして行くことのできない映画館のようにして映画を観ました。上映作品は名作『風とともに去りぬ』

むかしの映画というのはつくりが良くいうと豪快、悪くいうと雑で荒いです。途中で眠くなってしまい最後まで観ませんでした・・・映画館のうごけない空間でないと気が散ってしまい集中ができない。

残念だけれど仕方がない・・・のか。

夜もやはりどこへも行けないので、大人しく家でからだの内側からアルコール消毒をしました。

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そんななか、昨日の夜に志村けんさんが亡くなったとか。合掌。

参照・引用:2020年3月29日 朝日新聞『文化・文芸』
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2020年03月29日

21世紀をつくるニッポン人名鑑

LUMINEの新聞全面広告に田中開君がのっていた。

開君は田中小実昌さんのお孫さんでして、戌井君が知り合いなのでいっとき鉄割アルバトロスケットに出演していた。

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浅草のかいば屋にて左から2人目、田中小実昌さん。いい写真。

いまはゴールデン街に本の貸し出しをするレモンサワー専門店『the OPEN BOOK』を開いていて、レモンサワーブームの火付け役となったとか。

噂には聞いていたけれど一度も行ったことがないので今度、行ってみよう。お祖父さんの大量の蔵書とこだわりのレモンサワーという付加価値をつけて、お店をはじめたらしい。

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“the OPEN BOOK” 直木賞作家である故・田中小実昌さんの豊富な蔵書を中心とした本のレンタルが出来る。

「素人がプロと肩を並べるには、誰もやっていなかったことをやるしかない。

どこにでもあるものを上位互換させて“日本一”と銘打てば、そこはもうブルーオーシャンですよね。」か。いいねえ。

自分も都志で活動をはじめるのに、舞踏ともうひとつなにかを上位互換させないとな。都志の地価は銀座の10000分の1で文字通りブルーオーシャン・・・

開君、いまは表参道でダイニングやショップなどがワンフロアで一体化する食空間『ジャイルフード』も運営している。

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1,000平方メートルの広さというジャイルフード。皆んなが集まる広場のようになって欲しいと空間デザインされた。

日本ではまだ珍しい“タップカクテル”を導入してバーで提供している。タップカクテルは生ビールのように注ぎ口からカクテルが出てくるものだとか。

ジャイルフードの空間全体のコンセプトを手がけるのは、総合ディレクターである平尾香世子さん。

平尾さんは、天職だというアタッシュ・ドゥ・プレスという新しいジャンルで、主にファッションブランドのPR戦略を手がけていらっしゃいます。

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平尾香世子さん、素敵な人です。今度、開君に頼んで鉄割に連れてきてもらおう。

開君と一緒にレストランフロアのコンセプトを考案したのは「人生とは食べる旅」の考えのもとに“食べる”ということを、さまざまに提案している料理人・野村友里さん。

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お母さまも料理家だとか。血はあらそえないのです。野村さんも素敵なかたです。撮影:石塚定人

レストランのフードディレクションは、パリで修行し銀座『エスキス』で副料理長として腕を磨いてきた信太竜馬さんが手がける。

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信太竜馬(しだりょうま)若いのに“日本を代表する料理人の1人として知られている”だって。

ジャイルの空間設計はヨーロッパを拠点に活躍する建築家・田根剛さんが担当したとか。

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中央のスタジアムを森が囲み、まるで古墳のようなかたちの新国立競技場案をコンペで出したとか。面白いなあ。

開君と一緒に新聞で紹介されていた田村かのこさんも面白そうなことをやっている人だった。アートトランスレーターという新しいなりわいをつくろうと頑張っておられる。

アートトランスレーターは、芸術に於けるさまざまな場所で、色んなひとにわかりやすくアートを伝える役目。アートばやりの昨今、これから必要とされる可能性のある新しい仕事なのだな。

芸術の可能性を広げる媒介者か。

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Photo by Kanoko Tamura Twitter.

ミュージシャンの青葉市子さん、ファッションデザイナーの井野将之さん、スケートボーダーの西村碧莉さん、舞台界からは市原佐都子さんが選ばれて新聞広告で紹介されていた。

皆さん、雑誌のAERAで半年間にわたって掲載されたLUMINEの広告に登場していたのです。

将来の日本文化を支える若者たちか・・・

前途洋々、若いってのはそれだけでいいなあ。とおじさん、いや、もうすぐおじいさんの舞踏家はしみじみと思ったのでした。

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ゴールデン街の店の屋上から街を眺める田中開君。いま飲食業はたいへんだろうけれど、柔らかな発想で切り抜けていくのでしょう。

参照・引用:2020年3月27日 朝日新聞 全面広告 ファッションプレス FASHIONSNAP.COM THEATER ONLINE FOOD PORT CINRA.NET
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2020年03月28日

Sumoh

朝乃山英樹関が大関に昇進しました。

188センチで177キロだって。これからの角界を背負う大器か。

地元富山の小学校の校庭にあった土俵『太刀山道場』で相撲を取りはじめたらしい。

富山市立呉羽中学の時に本格的に相撲を開始。中1の時はハンドボール部だったが相撲部顧問の先生にスカウトされたとか。

「こんなに走らなくてもいいぞ」からだが大きくて走るのが苦手だった朝乃山は、相撲部へと移ったというから運命だったのか。

呉羽中学の相撲部は全国大会2度優勝の名門、朝乃山も全国大会を目指したが中学3年生のときに左ヒジを骨折して涙をのんだ。

「もう相撲をやめよう」とこころが折れかけた時に、恩師で富山商高の相撲部監督だった浦山英樹さんに声をかけられたという。

ちなみにシコ名の英樹は恩師から頂いた。

近畿大学相撲部でこれまた恩師の伊東勝人さんに鍛えられ、同じ近畿大学出身の元大関朝潮の名門高砂部屋に入門。1年で十両になると、その1年後に幕内最高優勝を遂げる。

恵まれた体格の上に、才能があったのだな。

3場所での小結、関脇通過は大鵬とならぶ2番目のスピード昇進だって。やるな。

「もうひとつ上があるのでそこを目指します」と力強く大関昇進の伝達式で語った。

大相撲では組んだ相手を俵に寄せる『寄り切り』が長年決まり手の最多だった。それが最近は巨大化した体重で相手を押し出す『押し出し』が急増している。

大関貴景勝が押し相撲の代表格、いっぽう新大関の朝乃山は久々にあらわれた四つ相撲の力士。四つ相撲は好不調の波がないとされるので頼もしい。

相撲かあ・・・男の子なら一度は相撲をとったことがあるでしょう。

自分も子どもの頃は父親と相撲をしたものだった。兄貴ともやったな。「喧嘩するなら相撲をとれ」昔の親はそう言ったものだった。

朝の連続ドラマ『マッサン』で主人公がよく父親役の名優、前田吟と相撲を取っていた。泣きながら相撲をとるシーンをよく覚えている。

鉄割アルバトロスケットでは小林成男の経営していた浅草の『トライバルビレッヂ』にて本格的な相撲大会が開催された。

自分は怪我をするのが怖ろしかったので参加しなかったけれど、だいぶん盛り上がったようです。ちから水代わりに電気ブランを飲みながらやったとか。

優勝したのは誰だったのかな・・・

下北沢のいまはなき『立ち呑み』のマスター“やっちん”が、からだが小さいのに善戦したと噂で聞いた。

大駱駝艦の稽古場『壺中天』での湯山大一郎、振付演出作品『大正解』の打ち上げでは相撲大会になった。自分はからだの大きな相手に猫だましで勝利した。

パンツ一丁で相撲を取ったので肛門が丸見えになってたらしい。自分は見てませんが。

荻窪の小劇場『アールコリン』で兄弟子、村松卓矢が出演しているお芝居を観にいったら村松が「相撲とろうか」と相撲を取って笑いをとっていたな。

懐かしい。

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メキシコの壁の落書きを模写。ちなみにメキシコでは“Sumoh”と同じぐらいに“Butoh”はメジャー。

参照・引用:2020年3月26日 毎日新聞 2020年3月26日 朝日新聞
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2020年03月27日

買いダメ

東京都知事の突然の外出自粛要請の影響でスーパーが大変なことになっていました。

不要不急の外出自粛・・・必要な用事ではなくて急ぎではなかったら外へ出るな、か。了解です。

そろそろお昼、必要なので、材料を買いにスーパーへと向かいます。すれ違う人たちが大量の買い物袋を持っていて、外出自粛に向けて買いだめをしているのかと思う。

スーパーへといったら自転車置き場が溢れていて嫌な予感・・・

中に入ったら、先ずはインスタントラーメンが完全に売り切れて棚がからっぽになっていた。お昼はラーメンにしようかと思ってたけど残念、断念。

続いて米、パン、牛乳、缶詰やソバ、スパゲッティーの乾麺類、冷凍食品と肉がすべて売り切れて棚がガラガラになっていた。肉は何故だろう?

お酒売り場ではアサヒスーパードライが売り切れていて一本もなかった。あいかわらずの人気者だな。

そうしてレジへといったら見たこともないぐらいの大行列で驚愕「しまった」と思うけれど、カゴの中のものをすべて元に戻す手間を考えてあきらめて列に並ぶ。

「奪い合えば憎しみ合う 分け合えば安らぎ合う 奪い合えばまだ足りず 分け合えば少し余る」@Qnakasendo

買い占めか・・・嫌だなあ。思いやりのかけらもない自分だけがよければという行動なのです。

自分の前に並んでいる人はネギ一本とジュース一つだけ手に持って行列に並んでいて気の毒だった。ネギ一本とジュース一つを買うためにあんなに並ぶなんて。

いままで家で外出自粛をしていたおじいさんおばあさんが、この騒ぎで大挙して買いだめのためにあらわれたのだな。

都内のほかのスーパーでもまったく同じことが起こっているのでしょう。そうしてこの大混雑、大混乱でウィルスは確実に広まっていっている。

外出自粛なんてとっくにしているし、ずーっとなにもかも自粛している。これ以上どうやって自粛しろというのか?

まったく逆効果で、まと外れな外出自粛要請です。

咲き誇る桜の花を見ながら不思議なウィルスというものについて考えを巡らせながら自転車で帰ります。嫌われもののウィルス。でもウィルスは人間が大好き。

ウィルスは人間にどんどん交流をしてもらいたいし、色んなところへとうろうろと移動して濃厚接触をどんどんして欲しい。

母体が死ねば自分も死ぬのだからウィルスはそうはなって欲しくないはずだけれど、毒が強すぎて母体が耐えられずに滅んでしまうこともある。

ずれてしまうウィルスと人間の思惑。とか考えながらのんびりと帰宅。

多くの人が感染して免疫を獲得するか、ワクチンが完成するまで収束には向かわないかもしれないとか。

自粛して制限すれば収束するのならいいけれどそうではない。

感染するのは仕方がないと思う。死ぬときは死ぬ。なぜここまで騒ぐのだろう?ほんとうに謎なのです。

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嫌われ目の敵にされ絶滅根絶、撲滅されるウイルスちゃん。
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