2019年01月10日

お酒2

もう少しお酒の話を。

皆さん勘違いしていますが、日本人は、よっぽどからだが強くないとアルコール中毒にはなれません。

中毒になる前にからだが壊れて病気になってしまいます。日本人の多くはアルコール依存です。

アル中は禁酒してアルコールを抜けば治りますが、依存症は禁酒ができません。

死ぬまで飲むか、一切飲まないかのどちらかしかない。精神的なものなので自分ではどうしようもないのです。

ひとつの心の病。

俺は、お酒を愛しています。2度と会えないなんてのは絶対に嫌なので1週間に1度、頑張ってお酒を抜くようにしています。

抜く前の日から準備します。「明日は酒を飲まないぞ。」と気合いを入れます。

本を読みながら寝るとすぐに眠れるので、読みたい本を準備して心を盛り上げます。

いま読んでいるのは、星野道夫さんの『旅をする木』です。最近経験したことがないような寒さが続いていますが、「星野さんが15年住んでいたアラスカに比べればどうってことないなあ。」なんてぼんやりと思ったり。

深くて静かで詩的なアラスカの大自然の表現を読んでいると、まるで目の前にその風景が広がっているような錯覚を感じる。とか思ってたら眠くなってZzzz,...「おやすみなさい。」

アルコールを抜いた次の日は生まれ変わったように朝からリフレッシュ。「健康ってのはいいなあ。」と感じます。ぐっすりと眠れているからでしょう。お酒を飲んで寝てしまうのは気絶してるのだとか。

からだが健康でないと美味しく飲んだり食べたりできない。けれど健康であるためにお酒をやめるという選択はしたくない。

健康とお酒のどちらか選べといわれたら、迷わずにお酒を選ぶ。。かもしれない。

そんな或る日、背中が不自然に痛み不安に思って病院へ行ったら「膵臓炎かもしれません。」と言われてびっくり。お医者さんの話しではお酒でやられるのは、意外にも肝臓ではなく膵臓が一番多いのだとか。

血液を採取、精密検査することに。「一ヶ月後にまた来てください。」いわれて

恐る恐る「お酒は飲まないほうがいいですか。」と聞いたら

なんといわれたのか忘れてしまったが、とにかく一ヶ月間禁酒しました。

辛かったなあ。

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嬉しくなる風景。左から以前、メキシコシティで買って来て飲んでない虫入りテキーラ。パツクアロのセントロで買った量り売りのメスカル。パツクアロのドンチーチョの店で買ったメスカル。頂きものの高級焼酎。さいさいへのお土産の高級メスカル。
posted by Mukai Kumotaro at 13:23| 日記

2019年01月09日

お酒

昨日は、お酒を抜きました。

だいたい1週間に1度は抜くようにしています。しかし公演があったり人と会ったりイベントがあると抜けません。

年末から新年とお酒を楽しんで、そのまま惰性で飲み続けていました。しかしここらで1度リセットします。からだのために仕切り直します。

お酒を愛しています。お酒の何もかもが好きです。会えなくなったりしないように、あっ、間違えました。飲めなくなったりしないように、アルコールを抜きます。

どんな局面でもお酒は答えてくれます。飛行機の中の肩身の狭い空間でも機内サービスのビールを飲むとその極小の場が、極上のバーへと変化します。

少々気が滅入っていても、最初の一口で気分が上がります。最初の一口がまた美味い。ゆっくりと飲みたいときはここで三分ぐらい間を置きます。

そうするとアルコールを感知してからだがアルコールを受け入れる準備をはじめるらしいです。

「おーい、おっさんが酒を飲みはじめたぞ。準備しろ。」「イエッサー!」

今日は酔っ払うぞ。というときは間なんてあけません。グイグイ飲みます。そのうちに楽しくなってきます。

「飲んだら笑え、酔ったら歌え、話しは明日だ。」とばかりに笑って歌って踊ります。

もう何もかもが、どうでもよくなってきます。ここがポイントでアルコールが入ると老若男女どんな人でも意識がゆるゆるになってきます。

陽気になれればいいのですが、陰気になってしまう人もいます。何故だろう?もともと根暗なのか。

あと普段大人しくて真面目なんて人は要注意、普段おさえている本当の自分の心が敷居が低くなるので姿をあらわします。

それもやっぱり明るくあらわれてくれればいいのだけど、人に嫌われるようなことになってしまう人が大勢います。

一度の失敗はいいのです。しかし二度三度と、それが度重なると誰も相手にしてくれなくなる。

すべては自分次第。

そういう自分に一度酔ってしまって、しかもそれを怒ってくれる人や、止めてくれる人がいなかったりしたら悲劇です。

自分に酔っての暴言や絡みを許されてしまった成功体験として、からだとこころが覚えてしまう。

そして、次もその成功体験をなぞろうとする。

これはもう本当に、自分で気をつけるしかないのです。

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皆んなお酒が大好き。ワインに合わせるために嬉々としてチーズを切り分ける高樹プロデューサー。
posted by Mukai Kumotaro at 07:03| 日記

2019年01月08日

自分でやる

いつだったか。もう独立していたから2013年以降か。

北欧の妖精みたいなパフォーマー吉福敦子さんのフェイスブックで、萩原さんという人の公演を知る。

なんだか面白そうなので、千歳烏山の吉福さんの素敵な自宅兼スタジオまで観にいった。

前情報がまったくない状態でいってみると受付にラクダの松田君が好きそうな、頭の禿げた小太りのおじさんがいてお金を払って中に入る。

客が俺だけで少々緊張、

萩原さんと俺だけだったらどうしよう。

とか思ってたらお客さんがぱらぱらと来て。真っ白な空間に蛍光灯が煌々とついてて眩しいぐらい。

と、先ほど受付にいたハゲで小太りのおじさんがステージに登場、開演前の挨拶をはじめた。

と、思ったらなんだか落語家のように喋りはじめました。

台風が来ている時だったけど、その台風が「昨夜未明、紀伊半島から上陸しました。って生きものみたい。」とか何とか話しを面白おかしくしている。

そのうちにだんだんと喋りながら踊りはじめて、それがまた自然でかっこよくて「え?もしかしてこのハゲでデブのおじさんが萩原さんか?」と驚いてたらそこから、一気にラストまでぐいぐいと引き込まれて。

気づいたらラスト。

最後に「終わります。」

って挨拶した頃には完全にノックアウト、

感動してた。

1時間、「無音で蛍光灯の白けた明かりだけで、からだ一丁こんなことができるのか!」と衝撃を受けた。

『せぬまま』という世阿弥の言葉からインスパイアされて創ったソロ作品で、その「空虚に勝るものなし。」みたいな世阿弥の言葉そのままに、何の演出も作為もないのがとっても良かった。

お金をかけて高い音響を雇ったり照明家に頼んだりしなくても「たとえ受付を雇えなくて自分でやっても面白いことはできて感動もさせられるのだ。」ということを目撃できたのはいい勉強でした。

終演後、宴会になって萩原さんと話したらゴッドマザー黒沢美香さんのところで活動をしてると言ってた。

なるほどと腑に落ちたのだった。

大切なのは、お金ではない。コンセプトとアイデアなんだ。

ワークショップ生がたくさん来て、お客さんも喜んで感動してもらえる。しかも赤字にはならない。そんな企画になるようにします。

その第一歩、チラシ制作。

やります。。

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時間、空間、世間、人間。隙、遊びがないと苦しい。ダンスも芝居も噺もすべて、生きるも殺すも”間”なのです。
illustration by Kumotaro Mukai.
posted by Mukai Kumotaro at 07:46| 日記

2019年01月07日

松の内

今日は七日、関東では松の内は終わりです。うちは関西風なので15日まで松の内です。正確には15日までお正月です。

とか言いながら今日も朝から仕事です。禅問答の稽古をして、3月ワークショップのデザインをします。

やりたくないなあ。デザインするのが嫌で家出をしてきたようなところがあるのに、どこまでも追いかけてくる。大駱駝艦でもずーっとやっていた。お金を頂くので仕事なのだけどやりたくなかった。締め切りがあるのも辛かった。

「締め切りのある人生は短い。」という編集者の言葉があるぐらいで締め切りというのは「あっ。」という間にきてしまう。恐ろしい。戌井君が「締め切りぶっちゃってすみません。」て冗談で謝ってたけどたいへんそう。

さて、こちら締め切りは1月10日なのでもうすぐです。ラクダの頃は締め切り前は徹夜してましたが、今回は久しぶりに徹夜か。

表のビジュアルはなんとかでできるけれど、裏面は3月25日から31日まで実際にやることの情報をのせる。

ウェブ上だったら修正がきくけれど印刷は取り返しがつかないので怖い。日にちとか修正して貼ってあるチラシをたまに見かけるけれどかっこ悪い。

さて、3月の内容ですけれど儲けようと思ってはいけないけれど、赤字にならないようにせねば。

ラストに金粉ショウをやる予定だがお金がかかりすぎるか。ワークショップ生も何人くるか全くわからないので予算の見込みがつかない。困った。

前回は、助成金もないのにガリガリのベートーベン、天才:井上祐二 a.k.a Dillに全日ライブで音をつけてもらうというとんでもないことをして赤字になってしまいました。

その代わりと言っては何ですが、とてもいいワークショップになりました。その雰囲気に合わせてくれたり合わせなかったり、音を支配してくれる人がいるという贅沢な時間だった。

今回は残念だがカラオケでやります。音楽をかける人を雇わねばならない。人件費が、、うーむ自分でやるか。照明も頼まねば。人件費が、、自分でやるか。受付が要るのか。人件費が、、自分でやるか。

『ぴちがい裁判』の時に大失敗してるからな。人に頼んだほうが安心なのは当たり前。けれどすべてはお金、人件費の問題なのだ。赤字にはなりたくない。これ以上の借金は。。

まあでも麿さんといい、平田オリザさんといい黒田育代ちゃんといい借金には上がいる。俺の借金なんてまだまだ甘っちょろいか。

+81公演『ケ・セラセラ』の稽古でバレエのパートを俺のために、超スローで踊ってくれた黒田育代。ゆっくり踊ることほど難しいことはないのです。「ありがとう!!」
posted by Mukai Kumotaro at 20:12| 日記

2019年01月06日

new moon

新月です。新月は新しいことをはじめるのに良い日。とういうことで3月森下スタジオ"Spring Butoh? Camp"のチラシのデザインをはじめました。

助成金もない自主企画で予算が少ないので、わたくしがデザインします。デザインはもうやらないと大阪を出てきたのに「田井中さん、ごめんなさい。」

昔とった杵柄、なんとか格好をつけますが、一線を超えるのがなかなか難しい。プロの仕事を見てると惚れ惚れとする。何が違うのだろう?デザインはセンスがすべての世界、いまはアマチュアなので最前線の研ぎ澄まされた感覚が鈍いのか。

デザインはいわば外側です。内容が大切ですが「伝えたい。」という気持ちが強すぎると文字が多くなって説明的過ぎて手に取る気をなくしてしまいます。内容があってのデザインだけど、内容に沿い過ぎずにコンセプトをひと目でわからせることが肝要。

デザインを依頼するときは、最初にデータを渡さなければいけないので内容はその時までに決まっていないといけない。これが結構難しい。

変更はデザイナーの手を煩わせるのでないほうがベスト。だけど変えたくなることが出てくる。その都度、謝って変更してもらう。

その点、自分の企画でのデザインだとチラシを作りながら内容も考えられるので良いのです。デザインを進めることによって作品や企画の内容も進んでいく。

壺中天公演の時にデザインはしょっちゅうやっていましたが、自分の公演の時は力が入ります。デザインしながら発見や閃きがあったり、出演者の名前を見ながらアイデアを巡らしたり。キャッチコピーを考えながらイメージをふくらませたり。

独立してからは、新しい出会いを求めて外注していました。それでも半分ぐらいは自分でやったのか。

はじめての外注は『舞踏?』の時でデザイナーは坂本モッツ、写真が木伸俊。2バージョン作って贅沢だった。評判はいろいろだった。

『遊機体』のときは色々ともめて大変だったなあ。デザインでもめてお金でも、もめて。何だったんだろうか一体全体?

『ふたつの太陽』は、東學さん。維新派のデザイナーを永く勤め、大駱駝艦の本公演のデザインもやっている大デザイナーに依頼。思ってたのとは違う感じになったけれど評判は良かった。

ちなみに東さんは、禅問答のフィクサーで絵は誰がどう見てもとても上手。

高校生の時の卒制がニューヨークメトロポリタンにパーマネントコレクションされてる。お兄さんは、京都の有名なヒッピーで行方知れず、お父さんは京都の扇絵師というサラブレッド。

容姿は小太りで松田君の大好物ですが、絵を描くその姿は優雅で刷毛を持ってうごく姿はまるで舞っているよう。絵を描くためのうごきで嘘がない、自然な仕草で格好いいのです。東さんは作務衣ではなくて袈裟のほうが似合うと思う。

俺の演出だったらそうするのにな。

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プロフェッショナルさんたちの素敵な仕事を眺めながら刺激を受ける。
posted by Mukai Kumotaro at 15:46| 日記

2019年01月05日

絵を描くな

よく軽々しく演出とか口にする人がいますがわかっていなかったりするので、気をつけましょうましょう。

演出とは構成を考えることではありません。それは構成という別の仕事です。構成作家という人がいるぐらいですから。

演出という仕事は、一見格好いい。兄弟子、村松曰く社会的にとても信用のある仕事です。不動産屋で演出家だといったらすぐに信用してもらえたらしいです。

舞踏家と名乗ったら「はあ?」と言われて相手にしてもらえない。そんな理由で俺も演出家と一時期、身の程知らずにも名乗ってたことがあります。お恥ずかしい。

演出家ってのは大変な仕事。演出だけに特化して食べていくなんて並大抵ではありません。

舞踏作品は、ダンスと同じで演出と振付が混じり合っている。チラシなどにはわけて書きますが、言うことはほぼ同じだったりします。

言葉ではなくて、振付で作品が構成されて進んでいくからこういうことが起きるのですね。

しかし若い頃は演出ということがなんだかよくわからなくて、猛勉強しました。

作品を観て「こうなって欲しい。」という思いと気持ちとアイデアが出てきたら、それは演出の範疇なのだとわかってきたのは30歳過ぎてぐらいか。

作品を面白くするためのアイデアを考えるひと。

稽古をしながら「オープニングで雪が降ってたら面白いな。」とか、「あれっ、舞台が回ったら面白いのじゃないか。そんで舞台終わるまでずーっと回ってるとかな。」もっと面白くならないか?と寝ても覚めても考えている人。

作・構成・振付・演出・美術・主演とすべて同じ人だったりするのは、俺はワンマン過ぎて恥ずかしい。新しい血を注入して世界を広げて遊びたいと思っています。

ところでナルシストと、ユーモアは相入れない。と最近思います。舞踏は自己愛を許しません。

舞踏の祖・土方巽も、はしたないからやめろと言っています。でもわかっていない人は自分に酔ってしまう。

さて。

どう踊るかはどうでもいいのです。問題は何を踊るか。

これは絵も同じで、どう描くかなんてまったく問題ではない。何を描くか。

人前で絵を描くから絵を描く稽古をする。要らない。

人の振り見て我が振り直せ。人前で踊るからと踊りを踊る稽古を昔はしてた。どう見られるか。なんていう余計なことを考えていた。

「踊ろうとしてはいけない。」これはいつも言われることですが、同じように絵を描こうとしてはいけないのだと思います。

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壺中天で行ったライブペインティング『遊機体』。この時は麿さんの演出で「絵をかけ。」言うてたけど、禅問答では逆に「絵を描くな。」photo by Junichi Matsuda
posted by Mukai Kumotaro at 05:51| 日記

2019年01月04日

仕事はじめ?

仕事はじめだそうです。休まないですね、現代人。世間に倣って、俺も仕事をはじめました。2月禅問答の自主稽古です。1月16日には、大阪で稽古です。

禅問答は若い頃、勉強しました。いつも変なことばかり考えているので、気が狂ったりする危険な修行です。師に問われて、とっさに頭にわらじをのせて歩き去ったら悟ったといわれるような世界です。

舞踏家もいつも変なことばかり考えているので、興味津々です。

座禅のパイオニア、初代は釈迦で達磨は28代目です。先日のラジオで5代目とか言ってましたが間違いでした。中国禅宗の創始者でもある。その達磨さんですが有名な伝説が、面壁八年。

八年間壁を見つめて坐禅を組み続けて、足が腐ってなくなってしまった。足が腐ってなくなってしまうまで座るって、阿呆です。途中で痺れて感覚がなくなって。そのうち血が止まって肉が腐りはじめる。匂いも凄かっただろう。

排尿排便はどうしてたのか?お世話をする人がいたのか。いるよなそりゃあ。食事もすべて用意してもらって。本人は座っているだけ。すべて垂れ流し。除菌スプレーとかその頃はなかっただろうから、アンモニアの刺激臭が強烈だったろう。目が痛くてたいへんだ。

すべては修行のため。修行はなんのためか?仏の悟りを得るためか。

そんな達磨大師ですが、毎日入門させてくれとくる僧がいました。名前を慧可といいます。毎日きますが達磨は「だめだ。」の一点張り。毎日通ってたと思うけど、どれぐらいなのかな。落語家の弟子になるのとはわけが違うから何年も通ったのだろうか。それとも次の日だったりして。

その日、慧可が自分の左腕を切り落として達磨の前へあらわれた。捧げ出された左腕を見て達磨が「よし。」と頷いて入門を許された。この話をすると皆さん様々な反応を示します。

麿さんに夏合宿で話す機会がありこの逸話を説明したら「達磨は慧可の左腕に、自分の面壁八年間と同じものを見たんだろう。」と言っていた。なるほど。

俺はこの逸話が大好きです。師匠が壁に向かって座り続けて足がなくなったおじいさんで、その弟子が入門をしたいからって自分の腕を切り落としてって、完全にぴちがいです。カッコ良すぎる。

舞踏もこういう、ぴちがいすれすれの阿呆みたいなことをよしとする価値観を大切にしています。

さて禅問答です。完全に筋書きのないドラマ。構成なんてもちろんない世界。即興の極致。そんな禅問答という名前を拝借して公演をやります。禅問答の名前に恥じないものにしないと。

即興の極意は「100%の自由と100%の協調。」

本当か?本当にそうか?

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『慧可断臂図』京都の国宝展で本物を拝観しました。禅僧雪舟77歳の時の作。書き込むところと省略するところのメリハリがが際立っている。
posted by Mukai Kumotaro at 14:53| 日記

2019年01月03日

三箇日

正月から三日間は、昔から皆んな何もかもやめて休みます。何故なのか?知りません。宗教的な何かなのかな?

いまの東京は休みません。正月から働きます。儲かるので休みません。なんなら自分の国ではないところから人間を連れてきて、奴隷のようにこき使います。

うちの近所のコンビニは夜から朝にかけてはネパール人です。昼は中国人です。

昔、佐川でバイトしたときは俺以外、ペルー人でした。

幸平、勝司と地下鉄工事をしていたときは、他の業者は中国人を使っていました。

このあいだ京都に行ったら、コンビニの店員はすべてインド人でした。どこに居るのかわからない不思議な気分でした。

ところで、松の内ってのはいつまでなのか?七日までか?昔は15日までか。もっとのんびりすればいいのにな、東京。

俺はのんびりします。正月は朝から風呂に入ってビールを飲んでお酒を飲みます。そしてまた寝ます。起きたら風呂に入ってビール飲んで寝ます。そうこうしてたらお昼です。ビールを飲んで楽しみます。

二日も三日も同じです。しかし合間に仕事をしています。やっぱり休めないんだな。

でも休もう。舞踏家は本番ギリギリまで考える仕事なので、いつでも時間があると仕事をしてしまう。

休もう。これで終わります。

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今年は中吉でした。静かにしていろ。みたいなおみくじでした。いやです。
posted by Mukai Kumotaro at 20:53| 日記

2019年01月02日

正月プラスワン

ローソクを燃やしていたら消すときに煙が大量に出て、窓を開けて換気してる。そしたら消防署が来た。

上から見下ろしながらものすごく疑ってて、長くなりそうで嫌だなあ。

あっ、昨日見た初夢です。確か火事の夢は縁起がよかったと思うけれど微妙なライン。

さて、今年からフェイスブックやツイッターなどのSNSをやめようかと思っています。

宣伝のために続けてましたが、効果があるとはあまり思えない。宣伝を本気でやるならもっとお金をかけて、雑誌に広告を打つとか新聞に広告を出すとかテレビに出るとかしないといけない。

SNSは手軽で安上がりだが範囲が友達に限られてしまう。届いても友達の友達まで。なんだかマイナーなところで蠢いている感じ。

要するに知名度なんだな。大きく宣伝するためには、まずは有名にならなければならない。

有名になるためには活躍をしないと。活躍をするためには売れないと。売れるためには先ずは知名度を上げないといけないというパラドックス。

SNSをやめると、こちらから情報を発信できない代わりに、向こうからも情報が入ってこない。これは魅力的。

「他人のことはどうでもいいから、自分に集中することが大切だなあ。」といまは思います。

これからは、自分の中を刺激して耕すならば舞台とかではなくてもっと違う “こと” や “もの” から刺激を受けないと、独自性は出てこないのだと思ったり。

なんだか似たような舞台が多いのは、近いところで蠢いているから。まったく違う発想やアイデアは、関係ないところに存在してるのだと思う。

滅多に他人の活動を目にすることはなくそこから情報を受けとることはなくなるが、羨ましいとか目移りしたり惑わされることもなくなる。

ひとつ情報を遮断することで、違う新しい情報が入ってくるとも思ったり。

テレビはもともと好きではないので観ない。テレビってのは本当に暴力的な装置です。一瞬でお茶の間の団欒を奪い、一方的に情報を垂れ流し、ぼーっとしてると影響を受けてしまう。

影響力が半端ないので気をつけて付き合わないと、テレビの情報に知らず知らずのうちに振り回されることになる。というのは大袈裟か?

テレビやSNSの二次元のことではなく、大自然の中を散歩しながら360度の全方位的な感覚を研ぎ澄ます。そんなことのほうを優先したいと考える新年です。

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今年の初日の出。
posted by Mukai Kumotaro at 14:45| 日記

2019年01月01日

謹賀新年

明けましておめでとうございます?

めでたいかどうかはひとまずは置いておいて、世界平和を願います。

一年の計は元旦にあり。今年一年も大らかにのびのびと楽しんでいきましょう。いつ死んでもいいように、いまを生きる。悔いのないように惜しみなく生きよう。その第一日目。

ひとつひとつ一歩一歩、歩んでいくのだ。それがあの遥か遠くに見え隠れするビッグジャイアンツの頂へと、自分を運んでくれる唯一の近道です。

ヘリコプターで頂まで行くようなズルはいけません。そんなことをしても身につかないしすぐにボロが露呈する。

さて、今年の主題は”間”です。はざま。”はざまかんぺい”ってとってもいい名前だな。"HAZAMA"とローマ字で書くと急にダサい。格好をつけすぎな感じ。

間を揺らめく。平和と戦争の間。平和すぎるのも不気味だし、戦争は絶対に嫌だから。いつもお腹を空かせて、物も何も手に入らないしお酒も飲めないなんて絶対に嫌です。

さて本年、まずは毎年恒例の儀式めいてきましたが、禅問答ライブペイントが下北沢ザ・スズナリ劇場にておこなわれます。俺の出るのは今年で終わりですが。

1年間でどれ程、成長したのか?問われる舞台になると思われます。その結果を、そして過程を見届けて頂けたら幸いです。ご多忙の事とは存じますが、是非ご高覧賜りたく。ご来場を、心よりお待ち申し上げております。

新春のデュ社は、3月森下スタジオにて春の舞踏?合宿"Spring Butoh? Camp"です。今回は、最終日に公演をやります。金粉ショウです。乞うご期待!!

そして5月に、関西にて公演を打ちます。内容はまだ未定です。大丈夫なのか?大丈夫です。持ちネタは沢山ありますので。何をやるのか?ワクワクします。

8月は中旬までドイツでフェスティバルに参加、帰国後すぐに鉄割アルバトロスケット本公演です。楽しみだなあ。

あとは、11月の城崎国際アートセンターの新作に向けて全力を傾けます。そういえば7月にイギリスに行くといってたけどどうなったのかな。

合間にワークショップをいろんなところでやると思います。

スケジュールは、まだまだガラ空きです。お仕事どんどんお引き受けします。

それでは、本年も向雲太郎と舞踏家集団デュ社を、どうぞよろしくお願い致します。

2019年1月1日

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今年も初日の出を拝むぞ。
posted by Mukai Kumotaro at 00:38| 日記

2018年12月31日

晦日

大晦日といえば、ひと昔前は『紅白歌合戦』ではじまり『ゆく年くる年』で暮れていく。除夜の鐘の音が厳かに流れて子ども心に「あー、大晦日だなあ。」と静かに思ったものでした。

いまは『笑ってはいけない』ですね。風流のかけらもありませんが、毎年観ています。舞踏家がこんなものを観て馬鹿笑いしていてもいいのか。いいのです。笑い過ぎていつも疲れて寝てしまいますが。

ダウンタウンさんは、兵庫県出身の先輩です。いつかお会いして挨拶したい。「自分、川西なんです。昔から大ファンで『ヤングタウン』毎日聞いて録音までしてました。」本当です。俺の人格形成に多大なる影響を与えているダウンタウン。

松本さん、自民党から立候補しないかな。絶対に入れるのに。

笑いが大好きです。「舞踏に笑いはいらない。」とか馬鹿なことをほざくオジさんと議論になったことがありますが、そもそも師匠の麿赤兒が石川県出身の奈良育ちで笑いは結構意識してはる。

思い込みと決めつけのある人は放っておいて我が道を突き進みます。笑いという大切なもの。人生を豊かにしてくれるもの。笑いがなくなったらどうなるのか?アウシュビッツでは笑いはなかっただろう。

『戦争』をなくすためには、まずは国を無くさなければなりません。

戦争は、国に認められた正当な外交手段だからです。この世界から戦争を本気でなくしたいなら、まずは天下分け目の関ヶ原が必要。日本でいえば家康のような覇者が出てきて、西郷のような志士が出てこないと無理。

世界でいえば一番そこへと近づいたのはチンギス・カンか。

ユーラシア大陸のほとんどを制覇してた。ちなみに紙幣を発明したのは大ハーンだとこのあいだ機内で見たドキュメンタリーでやっていた。

それまで戦いの報酬を銀で払っていたのをモンゴル帝国発行の紙幣で支払ったとか。武将たちは大激怒。しかし覇者には逆らえず渋々ただの紙切れを受け取って。

市場に直行してものを買おうとしても商人に相手にされなかっただろう。浸透するまで混乱する経済。しかしいまでは常識。

さてトランプがどうしても戦争をしたいみたいですが、プーチンは受けて立つのか。それとも中東やアフリカでの代理戦争を続けるのか。超大国、中国も黙ってないぞ。

天下分け目の関ヶ原をやるか?それで国がなくなってこの世界から戦争というものがまったくなくなって、いまの日本のように平和になるのなら、未来の子どもたちのためにはいいのか?

国といういろんな意味で破綻をきたしているシステムを破壊しよう。無血開城できればなお最高です。

戦争がなくなって笑いだけが残る。そんな世界に来年はなって欲しいと心から願います。

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だいぶん片付いてきた舞踏家集団デュ社東京事務所。の入り口。
posted by Mukai Kumotaro at 04:47| 日記

2018年12月30日

大掃除

さて年末。昨日、今日と舞踏家集団デュ社、東京事務所の大掃除です。ゴミというのはいくらでも出てきます。捨てても捨ててもまた入ってくるので、根気が要ります。

分別というのがまた面倒臭い。

燃えるゴミと燃えないゴミが混在してる商品が沢山ある。鉄と紙が一緒になってるものとか。外すのに結構な時間がかかる。無駄な時間。

残り少ない人生、無駄なことをしている時間はない。けれど誰かがやらなければならない。

「要らないものが多すぎる。」

淡路本社の掃除は11月中に終わらせてきましたが大量のゴミが出ました。それでもまだまだ捨てきれないゴミが残っています。家の中は掃除し終わってきたので、春になったら庭を手入れしたい。

このあいだの淡路合宿の時、敷地外の気になっていた気持ちの悪いゴミを捨てました。

たぶん中国人か犯罪組織が偽造キャッシュカードを処分しようとしたのだろう、半分溶けててくっついて塊になった黒焦げの残骸。そのままゴミ袋へ in。

昔、キムさんのところで知り合った女の子の実家が、ゴミ清掃業者さんでいまだにバナナが嫌いだと言っていた。ゴミの中で一番臭いのがバナナだそう。

バナナといえばアジアでは禁断の果実です。だからか麿さんは舞台上でバナナをよく食べる。人間を象徴するバナナを食べるという行為。りんごだと西洋的すぎてつまらない。

人間が口にした禁断の果実、バナナ。そのバナナに人が触れるとゴミになってしまう不思議。

笠井さんは、ドイツで神秘学を学んでいるので西洋的。俺は真言宗なので完全にアジアです。だからバナナです。一度、わかっていない方の舞台でバナナを食べようとしたら真剣に怒ってた。無知ゆえの反応です。

あっ、ゴミの話し。最近、家の周りを担当しているごみ収集業者さんが、とっても格好いい。蔑まれる仕事だけどもっと評価されていいと思う。

蔑まされる理由はやっぱり匂いなんだな。自分が出した匂いなのにそれを棚に上げて臭いだのなんだのって「ぼーっと生きてんじゃねーぞ。」

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淡路に送るべきものがまだまだ沢山ある。その荷物が片付かない原因。
posted by Mukai Kumotaro at 20:34| 日記

2018年12月29日

さて

来年、2月のザ・スズナリ公演の稽古に入っています。からだの調整をだんだんと始めています。

最近、一ヶ月では足りなくなってきているので二ヶ月かけます。米、うどん、そば、パスタ、パンなど主食を控えます。餅はもちろんです。正月なのに辛い。だが仕事だから仕方ない。

仕事になっているのか?二ヶ月準備に費やして稽古しているのに数万しかもらえないのでは哀しくなってしまう。しかし仕方ないな。知名度が低いから。

舞踏家のギャラなんて言い値ですから、誰かが上げて実績をつくってなんとかしていかないと仕方がない。

高いギャラをもらって責任を持ってそれに見合う働きをする。それ以上の活躍をする。目にものを言わせる。

お金の話をするのはしたないですが、いまワンステージがだいたい値段が決まっています。もちろん予算があるでしょうから相談に乗ります。

「今回予算がなくて1万円しか出せないのです。」とか最初から言われると情けなくなります。

それなのに、打ち合わせに行ったら銀座の最高級ホテルのペントハウスで食事をしてて「予算は、どうなってるんだ?」と首を傾げたくなります。要するになめられている。

お金とは心意気である。相手が自分のことをどう思っているかのバロメーターです。言葉をどんなに費やすよりも、お金を用意することに労力を費やすのが大切です。

あと「食事を今度、奢るから。」というのも良くないです。どんなに小さな手伝いでも予算に組み込んで少しでもいいのでギャラを仕払うべきです。食事をご馳走するならそれとは別で。

これは俺も気をつけないと。人にしたことは自分に帰ってくるので。

有名な話ですが、大駱駝艦の大先輩・室伏鴻のギャラはワンステージ100万円でした。海外でのしかもフランスに限った話ですが。国内ではわかりません。

麿さんは幾らなんだろう?国内でも100は行ってると思いますが。劇団☆新感線とかの客演はものすごいもらってそう。知名度と実績。

一時期、プロデューサーの小沢康夫さんが麿さんのギャラを上げようと頑張っていた。あの頃で幾らだったのか。

有名にならないと。有名になるためには活躍をしないといけない。活躍をするためにはまずは売れないと。売れるためには売り込みをしなければならないけど、売り込みなんてこの5年間あまりしてこなかったから仕方がない。

さて、来年2月15日(金)は”禅問答”です。タイトルは『舞禅〜まいぜん』だそうです。新春ぽい。琴かなんか流れてそう。京風ですね。「舞禅セットご注文いただきました。」

一年ぶりです。この一年でどれぐらい成長しているか。自分自身も楽しみです。

今回もノルマが40枚ありますのでメールか何かで連絡していただけると幸いです。ご来場、心よりお待ちしております。

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また絵の具でぐちゃぐちゃになるのか。あっ、ノルマは冗談ですがご連絡お待ちしています。
posted by Mukai Kumotaro at 06:13| 日記

2018年12月28日

ありがとう

さてそんな山本良ですが、制作でなくてはならない存在となりバリバリと仕事をしていました。プライベートでも彼氏ができて順風満帆。ご馳走さま。

そんなある時、事務所へ行ったら彼氏のKさんがガンだと告白されて。

何を言ったらいいのか?どうすればいいのか?まったくうごけずにただ見守ることしかできなかった、不甲斐ない自分を覚えています。

Kさんはしばらくして亡くなられ、良は心労から激ヤセして見ているのも痛々しいほどでした。

人はいつかは亡くなります。これは自然の摂理です。しかし早すぎる死というのは周りを置き去りにしてしまいます。もし、それが最愛の人だったら。。

そういえばあの頃、色々とガンのことを彼女が調べていて「ガン細胞というのは、母体の人間が元気であればあるほど活発に活動をするんですって。」と言ってた。若い人がすぐに亡くなってしまうのはそれが原因。

歳をとって元気がないとガン細胞も元気がなくなり進行が遅いんです。しかし早い遅いはあるにしても、母体の人間が亡くなればガン細胞自身も死んでしまう。

「ガンは阿呆やなあ。頑張れば頑張るほど自分の死ぬのも早くなるのに。」良が戯けた口調で言ってたのを覚えています。

俺はお葬式にはいけなかったのだけど、行った若林淳が「もの凄く悔しそうな死に顔で見ていられなかった。」と言っていた。

ちなみに舞踏の稽古として若は死顔を観察することに務めているようですが、手を合わせてキョロキョロと死者の姿を観察する姿が先日、見かけた賽銭泥棒と瓜二つでした。手を合わせてキョロキョロと賽銭を物色する泥棒と。ちょっと無様。

それはさておき。激ヤセしていた良ちゃんですがすぐに体重も戻って生活も一見、元に戻ったように見えましたがやっぱりぽっかりと空いた穴は大きく。

そのことを忘れようとして仕事に励むみたいなところがあって、以前にもまして厳しさと激しさが増していったのか。

「かけがえのない者の死は、多くの場合残された者にあるパワーを与えてゆく。」

良とは独立してからはあまり会う機会もなくなり。公演を観にいって受付で言葉を交わすぐらいで。いろんな人からいろんな噂は聞くけれどそれは単なる噂であり。

大駱駝艦から離れるにあたり長文のメールが届いていましたが、心機一転。これからですね。

彼女にとっては人生の大きな節目。そして節目があってこそ大きくなっていけるのだと思います。お互いにのびのびとしなやかに行こう。

裏方として長く支えてもらい感謝の気持ちしかないです。「お疲れさまでした!」

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形見分けとして良にもらった、Kさんのジッポー。拳銃みたいにくるくる回せて格好いいのです。
posted by Mukai Kumotaro at 18:28| 日記

2018年12月27日

壺の中のリョウ

良とは、やはり壺中天での作品の創り手と制作者として二人三脚で歩んだ日々が1番の思い出です。

色々とあり過ぎてここには記しきれないですが、一緒に修羅場もくぐっていわば戦友です。

劇団というのは家族みたいなところがあります。甘えたりその甘えを許したり許さなかったり、言いたいことを言い合って喧嘩したり。もちろん笑って歌って踊って。

まだ戯族シリーズの頃だったか。チラシを作るときに「良が美大出身だから絵を描いて俺がデザインしたらええんちゃうか。」と二人で盛り上がって。

次の日だったか早速、家で良が絵を描いてきて新船さんに見せたのかな。そしたら「こいつら正気か。」みたいな感じで即却下。

良の才能を伸ばしてやろうみたいな親心が見え見えで恥ずかしかった。学園祭ノリでプロに徹し切れていない甘い心がありました。反省。

長女ゆえの気の強さがあり、決して引かないようなところもあった。女ゆえの気紛れさにたまに翻弄されたりして、だんだん俺の中で怖い存在になっていく。

常識人と非常識人なのでどうしても怒られるのは俺になってしまう。非は俺にあり。

警察官然り、嫌われ者の役というのは集団には必ず必要です。皆んなが遊び出してしまったらどうなるのか?裏方がしっかりすればするほど、表方が存分に遊ぶことができる。歌舞伎なんかでも常識とされていることです。

本公演のある時、パブリックシアターにて。

出番ではない時にトイレへといって楽屋に戻ろうとしたら良とばったり。彼女は、大駱駝艦の受付をしていますので、お化粧バッチリ、黒スーツでキメた超美人さんに化けております。

「あれ観ないんだ。」と言ったら、「私が座る席があるぐらいなら、一人でも多くのお客様に観て頂くために努力します。」みたいなことを言われた。

「あー、成長したなあ。」と感じました。公演を観てファンになってグループに憧れて入ってくるけれど、いつかはファンをやめなければならない。ここは結構大事で、表も裏もこれが出来ずに去っていく人が多いのです。

結局、20年近くいたのか。大駱駝艦は『滅私奉公、公私混同』がモットーですが長くいると自分が偉いような勘違いをしてくる。

偉そうにできるのは麿さんの虎の威があるからであり、一歩外に出て大切にしてもらえるのは、大駱駝艦という看板のお陰である。

これは離れてみて、はじめて分かることかもしれませんが。

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左から、11月いっぱいで大駱駝艦を離れた山本良、在籍最長記録を更新中の村松卓矢、デュ社へと移籍した湯山大一郎のスリーショット。
posted by Mukai Kumotaro at 22:04| 日記

2018年12月26日

歌2

大駱駝艦で歌が上手いといえばまずは、若林淳。若の『夢芝居』は、乾いた女性も一瞬でとろとろに濡れそぼると言われるほどの甘さです。

その次は、山本良かな。良の歌を聴いているとうますぎて嫌になってきます。

裏方の方は皆、上手いです。プロデューサーの新船洋子女史は、その立場から賞候補には上がりにくいですがとってもお上手です。

さて、そういえば良ちゃんが大駱駝艦を卒業したようです。

良は元々は塾生でした。卒業公演でぴっかりコニカを片手に持って客席を「パチリ。」写して笑いを誘ってました。

大駱駝艦に入艦してからは、明るい性格とお笑い好きだからか面白担当みたいなところがあって、皆んなにその才能を求められていました。

最終的に本公演で女戦士みたいなソロの役を与えられ”ずっこけ”の稽古を、麿さんと延々やってたのを覚えてます。

上手くいかなかったずっこけのダメージから。というわけではないでしょうが、その本公演のあとだったか表方をやめて裏方である制作部に入りました。

大駱駝艦の表方は常に常識を疑いながらどうやったら面白い存在になれるのか?と自問自答しながら日々不真面目に生きていたりします。

しかし、裏方は正反対というか当たり前ですが真面目に仕事することを求められます。

反社会的なことをする存在から社会的な世界の一員へ。最初は戸惑うことも多かったと思います。

そのぶん表方への愛は強かった。ある時、大豆鼓ファームに出ている時か、良が様子を見にきていて。俺がソロを踊るシーンで出来があんまりよくなくて。

「よくなかったなあ。」と思ってたら「いい加減にしてください。こんな向さんを観にきたわけではないです。」とか本気で怒られた。

それ以来、良くないなあ。と自分で思った時は怒られるようになって怖かった。

その後、だんだん麿さんと新船さんに鍛えられて、いい制作者になっていくのでした。

セゾン文化財団の助成金に応募しろと言ったのは彼女です。1回目に落ちてもうやめようと思っていたら「何回も出すことが大切です。」と言われて、「はい。」とそのあとも頑張って出し続けた。

シニアフェローは、2000字のエッセイを書くのだがそれが結構大変だった。しかしへこたれずに出し続けた。

そのへんが功を奏したのかわかりませんが、45歳迄という年齢制限のラストの年と独立が重なるという幸運にも恵まれ選ばれた。

「通ったら叙々苑に焼肉を食べに行きましょうよ。」と言ってたのにまだ行ってないな。今度行こう。

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まだ、ダンサーだった頃のプロマイド。フィリピン系の美人さんです。
posted by Mukai Kumotaro at 06:10| 日記

2018年12月25日

五月蝿い

さて先日、23日は、西東京市市議会議員の選挙でした。うるさかったなあ。街頭宣伝カー。完全に逆効果だからやめればいいのに。

自民党も公明党も共産党も無所属も街頭宣伝をやってるのを見かけると「お前だけには、入れねえ。」と心から呟きます。

誰も聞いていないし、うるさいだけ。騒音のレベルとしては相当なものです。イヤホンの音楽を最大にしてもまだ聞こえる。地下鉄に乗ってるときでも最大にはしないのに。

そんな西東京市議会議員選挙ですが、入れる人はもう決まっています。森てるおさんです。本当のことしか言わない人で、学生の頃は全共闘に参加して逮捕。大学を追われたらしいです。

すべて手作りで広報も自分でつくって自分でポスティングしているようです。もちろん街宣車など借りずにまったく違う発想で活動しているのだろうな。一度も見かけなかった。

選挙前に突然うるさく活動を始めるのではなく、普段から草の根運動的に活動をしているから慌ててない感じがする。思想や活動方針なんかも手作りの広報で届けているから浸透している。

何よりも人間が信用できる。議員なんてここが一番大事です。市長なんてなったらもっと。

党の力とか金持ちの支持を得てるとかその人たちの利権のために尽力してるとか、そんな理由で選ばれてはならないのです。

その人間が我々の税金の使い道を勝手に決めているのだから、生活が豊かになるわけがない。だんだん腹が立ってきたぞ。

だいたい長なんて、なってくれと言われて仕方なくなるものだろ。人格者で皆んなから信頼されてて。私利私欲がまったくなくて、そんな人だからこそ皆んなに慕われて。

同級生の弁護士、亀若くんは川西市の市長になってくれと言われてずーっと断っているようです。同じく同級生の某航空会社で重役を務める「三浦くんのほうがいい。」と推薦したりして断っているようです。格好いい。

ちなみにこの亀ちゃんは、お袋さんが車にはねられた時に弁護してくれました。そういえば、うちのお袋は川西市市議会議員でした。女の未来をひらく会。選出だったかな。

家出して5年ぶりぐらいに電話があって話してたら「そういえばお母ちゃんなあ。」「うん。」「市議会議員になったから。」言われてびっくりしました。

あっ、そろそろ終わりにしないと。

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料理が趣味の森てるおさん、当選しました。よかった。
posted by Mukai Kumotaro at 06:28| 日記

2018年12月24日

雲太郎ブルーズ

寒空ひとり 流れゆく 唄をうたえぬ 迷い鳥 おてんとさまに願かけりゃ 背なで 泣いてる 影法師 ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜 ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜

夕焼け小焼けの新宿に ポツポツともる 赤提灯 チューハイ 梅ハイ ウーロンハイ 二人で飲んだ レモンハイ ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜 ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜

19でクニを飛び出して いまだ彷徨うはぐれ鳥 流れ流れて どこへ行く 探し求めた 俺の空 ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜  ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜

そしてこうしてここで飲み おどりおどって歌うたう 羽を休めるひとり鳥 ここからどこまで飛べるのか ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜 ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜

肩に秘めた 青い龍 誰に見せるか 青い龍 どこへ飛ぶのか この思い 届け 届け〜

さて台湾から無事に帰ってきた雲太郎のブルーズを、中野の事務所で星野建一郎、徳久欣、村松卓矢、大友透、等と作詞作曲しました。

隣で当時のプロデューサー:小沢康夫さんが、次の本公演のための仕事をしてるのに馬鹿騒ぎしてました。

「うるさくして、ごめんなさい。」です。でも怒られなかったから不思議だな。小沢さんも実は聴きながら楽しんでいたりして。

皆んなで歌詞を書き直しては透がギターでメロディをつけて。そうだ、この時に名曲『ボリビア岬』も生まれたのだった。

ボリビアの夜は ずっと悲しい恋がある〜

とか、そんな歌詞だったか。メロディーはいまも覚えていて口ずさめるから不思議。

さて『雲太郎ブルーズ』は、透の弾き語りで板橋の稽古場の頃に紅白歌合戦で発表。多分、優勝したのではなかったか。その頃は賞金とかもなかったので、忘れてしまって覚えていない。

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歌といえばこの人。リー”スクラッチ”ペリー。
posted by Mukai Kumotaro at 06:35| 日記

2018年12月23日

さて。そろそろ年末。忘年会の季節ですね。大駱駝艦では、年末に皆んなで大掃除をして次の日に大忘年会です。

百人以上の人が集まってまずは餅つき。忘年会で餅つきをするところは結構あるようです。

ダンサーは一人ずつ挨拶して裸になってつきます。顔見世興行のような側面もあるので若いダンサーは顔を売るチャンスです。餅つきは長くいるダンサーのほうが上手いです。

一番上手なのは麿さんです。状況劇場の頃から入れると40年以上ついてるのか。杵を「くるっ。」と回したりして格好いいんだよな。ものすごい早くついたりとかバリエーションもある。

大駱駝艦メンバーのあとはスタッフがついて、そのあとお客さんを司会が紹介しながら進行します。そう。らくだの忘年会は司会がおります。俺も昔、やらされそうになって全力で断りました。

その場でついたお餅を丸もちにして、お雑煮やぜんざいやきな粉もちにしたりします。搗き立てだから本当に美味い。あと大根おろしのやつも美味かったなあ。いつもここでもらったお餅を二つ重ねて鏡餅にしてた。

さて、餅つきが終わったらいよいよ、恒例の紅白歌合戦が始まります。賞金がかかっているので皆んな目の色が違います。大賞は何万ももらえたりするので真剣です。

現役の頃は、毎年この歌合戦が嫌だった。「なぜ舞踏家なのに歌を歌わなければいけないのか?歌を歌うプロがいるのだからその人たちに任せて俺らは踊りを踊ってればいいのに。」いつも思ってた。

でも板橋の頃とか吉祥寺の初期は弾き語りとか工夫を凝らして面白かった。けれど、カラオケを誰かが使いはじめてつまらなくなったと思う。

舞踏家は歌が好きな人が結構いて、そもそも歌合戦みたいなのをはじめたのは土方さんだったと大鯨艦艦長、宮内さんが言ってた。麿さんの兄貴分・石井満隆さんも歌が大好きでソロ公演のあとリサイタルになったりしてた。

そもそも麿さんが歌が好きでギターを琵琶みたく縦に使っての「諸行無常の虫の声〜〜。」は、もうお金を取れるレベルです。当たり前か。舞台で歌もよく歌ってるもんな。

そうやって考えると、俺も鉄割でよく歌は歌わされています。お金を頂いて。

裏芸としての歌。それも修業のうちなのだ。わかります。けど嫌だったなあ。しかし死にものぐるいで練習して歌詞を覚えてやっていた。

大賞も取ったりしたな。麿赤兒賞なんてのももらった。年末のボーナスとしてとても嬉しかった思い出です。

メキシコのドーニャルルーのお店で歌を歌うように無茶振りされて、仕方なくボブマーリー&ウェイラーズの"One love"を熱唱する舞踏家、向雲太郎51歳。
posted by Mukai Kumotaro at 09:58| 日記

2018年12月22日

俳優

あー、まつもと演劇工場ワークショップ面白かったなあ。皆さん、表現者だから東洋大学とはまた違った面白さがあった。

しかし、俳優・別名:役者というのは大変な商売です。戌井昭人:作の台本に「役者なんて腐るほどいるんだ馬鹿野郎。」って言葉がありますが、まつもと市民芸術館の大量の置きチラシを見ていると気が遠くなります。

生まれ持った才能があっても、勘とセンスがなければ苦しいし、それらがあっても運と縁がなければ仕事としてつなげていくのは至難の技。

混雑してて自分が座る席がほとんど空いてない世界を、レッドオーシャンと言います。一方で誰もいなくて席が、がら空きの世界をブルーオーシャンと言います。

いま友人が原宿でクレープ屋をやるとか言い出したら、わざわざレッドオーシャンの中へと飛び込むようなもの。全力で止めましょう。淡路島でやったほうがまだいけるかも。

そうやって考えるとレッドの代表、役者・俳優という世界で食べると言うのは、完全ブルーである舞踏の世界で食べるよりもひょっとしたら難しいのかもしれない。

何を目指すのか?何をやりたいのか?ということもあるのだと思います。売れたいのか?テレビに出たいのか?演じることが好きなのか?

樹木希林さんの頃は、俳優の世界で一番重んじられ皆んなが目指してたのは文句なく舞台。

二番目が映画で三番がテレビ。CMってのは誰もやりたがらなかったらしいです。なんなら蔑まれる仕事。

文学座で「誰かCMの仕事があるのだけどやらないか?」と声がかかって誰もやりたがらないので、「じゃあ、私やります。」と新入りの希林さんが立候補した。とSWICHのインタビューに書いてありました。

いまはいろんな意味で逆。おいしい仕事順だと一にCM、二にテレビ、映画と舞台はそれぞれの好みかもしれないがギャラは安いことが多い。時代が変われば価値観もかわるもの。

しかしいま流行っている世界は、間違いなくレッドオーシャン。

希林さんのように誰もやりたがらないブルーオーシャンを目指すのが、結果的に売れる早道だったりするのかもしれないです。

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山田うんちゃんと串田和美さんの対談がのっていたまつもと市民芸術館の季刊誌『幕があがる。』
posted by Mukai Kumotaro at 06:02| 日記