2019年03月13日

直島から川西へ

大竹伸朗さんが直島でゼロからつくった銭湯『I青ハート湯』“あいらぶゆ”に感動して、余韻そのままにフェリーに乗って岡山の宇野港へと渡ります。

船の中でも余韻にひたります。

東京都現代美術館で、あの巨大な空間をものすごい量の作品で「これでもか。」と埋め尽くしてた大回顧・個展『全景』からもう10年たったのか。

美術館はじまって以来、初の全館三層まるごとつかった展覧会でした。凄かったなあ。

外にまで展示してあって、その宇和島駅のネオンの実物が見れると思って楽しみに駅に行ったらなかってがっかり。

伸朗さんに聞いたら駅を新しく建て直したときに、捨てるというので自分で撤去したんだとか。ひどいなJR。

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大竹さんの記事だけを残してあとはすべて切り捨てて装丁しなおした"STUDIO VOICE"。久しぶりに読んで刺激を受けてます。

それはさておき俺だったら、あそこが人生のクライマックスになるところ。

いま60歳らしいですが、このひとはまだまだこれから巨人になっていく。そんな予感がしました。

なにより気持ちが誰よりも若かった。初の著書『既にそこにあるもの』にも書いてたけれど、ずーっと変わらない“心”。たぶん死ぬまで変わらないのだろうな。

消えない不良の魂、永遠の反逆児。見習います。

「人と違うことをやってなんぼでしょ。」by 大竹伸朗。それは本当に自分のやりたいことか?嘘はないか?そこに嘘はないか?

自分を無理やり納得させていないか。大人しくなっていないか。色褪せていないか。

お金とか生活やらなにやらと、創作とは関係のないところで腐ってきたり疲れてきたりしがちです。

しかし、いつまでも変わらない芯の部分というか核の部分というか、魂の軸さえが揺れうごかなければ大丈夫なのだ。

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瀬戸内の夕陽をながめながら岡山へ。

宇野港から姫路へいき、電車をのりかえて神戸三ノ宮へ。車内でお弁当と日本酒で晩ご飯。うとうとしてたら川西へ到着です。

駆け足の旅でしたが、刺激に満ち満ち溢れていました。
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2019年03月12日

直島銭湯『I♡湯』

「アーティスト・大竹伸朗による実際に入浴できる美術施設。直島島民の活力源になること、また訪れる人々と島民との交流の場として愛される銭湯となることを目指しています。」なおしまエリアマップより。

フェリーがでるまであと30分。伸朗さんがつくった銭湯へとGO!

途中にいい感じのたこ焼き屋があって、あとであわよくば一杯。とか思いながらインフォメーションセンターで聞いた道を曲がります。

紛れもない大竹伸朗ワールドなたてものが。しかしこころが急いているので細部を観察するところではありません。

と、まるで高円寺の古着屋ってな塩梅で入り口にTシャツが売っています。どれも素敵。タオルも素敵、日本手拭いも。

物色しているとダイダイ染のかっこいいTシャツが。旅の記念に即買いです。

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まずは鑑賞料金650円を払って、中へ。

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洗面所の鏡。

すべてが伸朗さんのコラージュワールド。と、銭湯の中を見て眼を疑う。「えっ。」

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photo by stranger.

象の像が。まじか(笑)

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発想が、ものすげーな。

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桶も椅子も売ってます。欲しかったが、かさばるので断念。

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からん。

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細部に神が宿るのだ。

The 大竹な湯船で旅の疲れを癒します。

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あらゆるところに。

「いい湯だなあ。」と見ると、

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初の試みとなる絵付けタイルだって。

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反対側にも。

風呂から出てトイレへ行ったら。

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スクラップブックがプリントしてある。かっこよすぎる。

いちいち驚きに満ちているのだ。いいなあ。

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「昨日まで大竹さんと一緒にいたんです。」と、ご主人と記念撮影。

いま流行りのリノベーションというやつか。こんなに見事にできるものなんだな。と思っていたらなんと。。

「I♡湯は、最初は風呂絵を描くくらいかと思っていたのが、実は島民のための銭湯をゼロからつくる依頼だった。」by 大竹伸朗。

まじか。施主の福武総一郎さんすげーな。まあでも地中美術館もゼロからつくってるのだから当たり前なのか。。当たり前か?

福武さんも納得の出来の銭湯でした。安藤忠雄さんは入ったのかな。喜びそう。
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2019年03月11日

直島2

今日は3.11ですが、続きます。

お昼は、なんとなくたどり着いた地中レストランで頂きました。まずはビールで喉を潤して、数量限定であと3食しかないというガーリックと牛肉の叩きのピラフを食べてご馳走さま。

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眼の前に広がる風景が素晴らしい。

そのあと、レストランにあったクロード・モネの自伝の絵本を見て感動。

売れない画家という絵に描いたような極貧の中で、家族をたくさん失って。それでも自然を愛し、その美をキャンバスになんとか写そうとする努力と創意がとてつもない。

ちなみにモネは眼がとても近くて、代表作の睡蓮たちはべつに工夫をしてぼかしているのではなく、ああいう風に見えていたのです。ぼんやりとした世界。

薄暗い別世界の地中美術館から外へ出たら、気持ちよく晴れていて大自然が出迎えてくれます。

別棟の受付へと戻ってバスの発車までしばしのんびり。“地中ハンドブック”があったので購入。「めちゃめちゃ洒落てるなあ。」と思ってたらデザインは、祖父江慎さんでした。

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祖父江さんは、大駱駝艦の宣伝美術をここ20年ちかく担当されています。「格好いいなあ。」と思ってたら地中美術館のロゴも祖父江さんでした。さすが。

そうこうしてるとバスが到着、途中ベネッセハウスミュージアムを通過。

そのまた山の上のベネッセハウス“オーバル”というホテルも気になるけれど、今日は帰るので宮ノ浦へとバスで戻ります。

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砂浜から見える瀬戸内の島島が素敵です。

あそこから見える景色はとんでもなさそう。海に沈んでいく夕陽をパートナーと眺めるロマンチックな時間。

途中、バス乗り継ぎで砂浜を散歩、晴れてきて絶景。ここでしばし、湯山と電話打ち合わせ。ドイツの航空チケットの件です。どう捻出するか助成の申請時期の確認。

バスがきたので乗って宮ノ浦で下車、インフォメーションセンターへといって船の時間を聞いたらあと30分で出るとのこと。

大竹伸朗さんのつくったお風呂屋さん直島銭湯『Iハート湯』へと急ぎます。間に合うのか?
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2019年03月10日

コンクリート

芸術新潮の特集を読んでから、是非とも訪れてみたかった直島へと来ました。

高松から、草間彌生風な可愛いフェリーに乗って参ります。途中フェリーの後ろをカモメたちが追いかけてくるのが不思議で面白かった。


空気抵抗を受けないように、フェリーを風よけとして使ってるのか。風にうまく乗り飛ぶカモメたちは、まるでメーヴェに乗るナウシカのよう。

1時間足らずで到着、下船してバスに乗ります。半島の方々がたくさん観光できています。まじって一人バスに乗っていると変な感じ。

途中でバスを乗り換えます。満員で乗れなかったので待っていたら、半島のおばさんに流暢な日本語で「席が空いてますよ。」と言われて「カムサハムニダ!」とかえしたら爆笑されていい気分。

ベネッセアートサイト直島は、1980年代からはじまったとか。40年近いのか。ベネッセは、もと福武書店。だからなのか知性をビンビンと感じる。

まずは、李禹煥美術館へ。

禅的な世界で無駄なものを一切、排した空間は「きりり」としていて静逸。コンクリートなので音が響くのが楽しかった。

真っ白な空間に巨大な一筆だけの作品は、アップルショップのデザインを彷彿とさせる。どちらが先とかないだろうけれどやはり禅に影響をうけた世界観。

微に入り細に入り、気が利いていて感心。しかし創り手が客に合わせるのではなくて、客に合わせさせる。そんな気持ちも感じる。これはお茶の世界と似ている。

薄暗いコインロッカーとか。雰囲気は抜群、だけど不便。なんだけど「見えなければ自分で何とかしろ。」みたいな突き放した感じもお茶と似てる。足音が響くから静かに歩け。とか。

常識を捨てて、無心でただ空間と向き合う。

そこからのんびりと山道を歩いてメインイベントの地中美術館へ。

地中美術館は、その名の通りにほとんどが地中にあります。直島の景観を損ないたくない。という元プロボクサー、安藤忠雄さんの心意気を感じます。

直島の素晴らしい景観の中へとまさに溶け込む、その発想に感動。

階段を下りて中に足を踏み入れると、薄暗い闇と地下なのに外光が入り明るいところのコントラストがエッジが効いてて気持ちいい。天気によっても刻一刻と表情が変わっていく。それも魅力のひとつでした。

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まるで巨大なひとつのランドスケープアートのよう。

圧巻はモネの部屋。とにかくいって観てください。

戌井君は「コンクリートばっかりの、下品なおっさん。」と揶揄します。確かに冷たすぎて無機的すぎる感じはして、人が住むにはまったく向いていないと思います。

しかし今回、直島の建築物を見たらコンクリートというのは、大自然の中に人工物として置いたときに不思議に調和するのだ。と感じました。
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2019年03月09日

高知のきゅーり

さてSWITCHの皆さんとお別れして、宇和島から高知へと汽車で向かいます。

2時間の旅ですが、一両編成のワンマンカーなのが面白い。

途中の駅まで大友透が迎えにきてくれて、そこから軽で夜道を走ります。道中いろいろな話しで盛り上がり。

こちら家で飲む気でしたが“The 高知”な居酒屋へと入って乾杯、旧交を温めます。釣ってきたという魚に舌鼓。

話しは尽きませんが、あまり遅くなっては迷惑なのでそこそこで終えてお会計。

お酒を飲んだ透を、オメデタだという長女のはなちゃんと旦那さんに迎えにきてもらいます。車中、親娘で話してるのを見てなんだか不思議な感じ。

21歳だというはなちゃん、はじめてあった頃はまだ赤ちゃんでした。20年ぶりだということか。

買ったという、いい感じの一軒家に泊めてもらいます。まずは、奥さんの美波里ちゃんに挨拶。

まったく変わってなくてびっくり。農業でからだをつかってるからだな。ちょっと焼酎、お湯割を飲んで「おやすみなさい。」

次の日は、早起きして透に高知駅まで送ってもらって、道中もいろいろな話しをして楽しかった。晴れてて気持ちもいい。

「へんな話し、高知にきて帰ってきたという感じがしたんだよね。」

透は茅ヶ崎出身で、高知はもともと美波里ちゃんの実家だけど縁があったんだろうな。

移住してキューリ栽培で家を買って、奥さんと娘三人と息子一人を育てて大したもの。

朝焼けの中を山があって海がある、雄大で豪快な高知の海岸沿いの道を走っていると、都会はなにもかも距離が近すぎるのだ。と思った。

距離は近いのだけど、関係は疎遠で。

関係のない遠くの国のことはよく知っているけれど、隣に住んでいる人のことは何も知らない。

高知駅で再会を誓って、透とお別れしてからバス乗り場へ。ちょうど高松行きがでるところで飛び乗って、一路高松駅へ。

そこから船に乗って直島へと渡ります。

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20年前の透と。透は渋さ知らズの不破大輔が一目おく、ブルーズマンでもあります。一緒に重量物を運んでいるときに「もうだめだ。」と俺がへこたれそうになっていると「むかいさん、そこからの頑張りが見たいんじゃん。」と励まされた。
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2019年03月08日

宇和島から高知へ

大竹伸朗さんアトリエ訪問の続きです。

戌井君のインタビューの合間にうろうろとアトリエを観察します。どの部分を切り取っても、作品になってしまう感じは想像通りで。

失礼にならないように見学しながら、アシスタントとしても気を遣って働きます。

けれど新井さんの気遣いには、とても及ばなかった。さすがは、プロの仕事。

大竹さんにサインしてもらおうとしてもってきたポスターを、遠慮して出しそびれてたら「あれ持ってきなよ。」と腕をぽんと叩かれたりとかして。それが自然で。

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新井さんも3部しか手許にないという貴重なFREE PAPER。

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サインが入ってさらにお宝になった。

新井さん「こんど“MONKEY"の表紙を書いてよ。」
大竹さん「MONKEYは難しいんだよなあ。」
新井さん「こんど黒田さんと旅に行くので大竹さんも行かない?」
大竹さん「いまうごいてるUAEのプロジェクトがなあ。」

自分の面白いと思う人と仕事をする。面白いと思うことを仕事にする。

ただそれだけ。

雑談みたいに仕事を決めていく、新井さんと大竹さんをみているとそんな風に感じた。

そのあと移動して、大竹さんが原画を描いた新しい劇場の緞帳を拝見。

まだ非公開だとかで写真を見せられないのが惜しいですが、素晴らしかったです。西陣織の職人が何人もで、原画を忠実に再現したのだとか。

色紙で創った原画の紙のズレとか破れとか重なりの影とか、織物でこんなことが出来るのか。とびっくりして感動。

北九州へといく旅にも誘われますが、初志貫徹して高知へいって大友透にあってそのあと直島へいくのです。

皆んなは、もう一度麺処へいって夕食を食べると言ってて誘われます。名残惜しいですが、こちらも辞退して一路、高知へと向かいます。

すっかり遅くなってしまって、途中まで透が迎えに来てくれる。ありがとう!

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インタビューを終えて、大竹伸朗さんからとっても貴重で嬉しいプレゼントをもらって喜ぶ、戌井君。
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2019年03月07日

ロック魂

さて朝6時にフェリーを降りたら、バスで松山市駅まで行ってそこから宇和島行きのバスに乗り換えます。

11時に宇和島駅にて新井さん、戌井君、カメラマンの浅田政志君と合流。

まずは腹ごしらえ。おすすめの宇和島の名店、麺処菊屋へ。タンメンのようなチャンポンに舌鼓。

写真集『浅田家』をもとにした映画の話しで盛り上がる。浅田君の役を二宮君がやるそう。お兄さんの役を妻夫木君がやるとか。へえ。映画『浅田家(仮)』

その後、時間調節のためコメダ珈琲店へ。このかん新井さんとも結構話して密かに感激。目があって「ドキッ。」としたり。

しかしあまりはしゃがないように自重。控えめにします。

新井さんが、いろんなことに子どものように感動してるのを見て感動した。「コメダ珈琲の豆がうまい。」といってたら、戌井君からお土産でもらってておかしかった。

いろんなぶっ飛んだ話しに「ロックだねえ。」と喜んでる姿を見るのも嬉しかった。

そして、いよいよ大竹さんのアトリエへ。少し迷ってその道中も「わいわい。」といろいろと話しをして。

そうこうするうちに真っ黒い巨大なアトリエが見えてきて。倉庫も含めて3つあって、そのうちの一つでインタビューが行われた。

大竹伸朗さん、面白かったなあ。

いく前は、「嫌な人だったらどうしよう。」とか、「幻滅してしまったらどうしよう。」とか考えてたけど取り越し苦労。

こういうへんな人だから、ああいう面白い作品が創れるのだ。と思った。

反骨精神、ロック魂もビンビン感じて。

「石膏像を上手に模写できるとかまったく意味がないし退屈だしつまらなかった。そんなことより街中の看板を模写したほうが楽しいし面白い。」

いまだに先端を走っている大竹さんの言葉だからこそ重みがある。

普通とか当たり前とかまったく興味がない。「それでいいのか?そんなんでいいのか?」と若い頃から疑問を持って生きている。

そのぶん悩むのだけど、突き抜けた時に作品が飛躍して。

芭蕉が旅を経るごとに作品が深化していったように、旅をするたびに作品が一皮向けていく感じが興味深かった。

別海、ロンドン、香港、モロッコ、etc.,etc..

どん詰まりの若い頃の話しを聞きながら、この巨大なアトリエを持って世界の大竹になっているいまを比べて感慨深かかった。

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浅田君のアシスタントとして照明をもつ向雲太郎。明かり一つで仕上がりが違うので重要です。photo by Toshinori Arai.
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2019年03月06日

SWITCH vol.2

そういえば、SWITCHの糸井さんの号は感動したなあ。

ほぼ糸井重里。

表紙からラストまでコンセプトアートのように一貫性があって、まるでビートルズ全盛期のアルバムのようだった。

ほんとうに感動した。

まさかの戌井君のインタビューも糸井さん。

この世にやっていけないことなどないのだ。それを自分で範囲を決めて思い込んで、いつのまにか当たり前のように生きてしまっている。

裏表紙見返しの写真が、娘さんと別れる瞬間の手を振る糸井さんで。

娘さんが撮った写真なんだな。とってもいい写真なので遺影にするとか。

「また会おう。」と「もう二度と会えないかもしれない。」という気持ち、「元気でな。」「頑張ろう!」と「寂しい。」「幸せになれよ。」とかいろいろな感情が混ざりあった、なんとも言えない表情で。

自分にも娘がいるので重ね合わせたりして、おこがましい。

そんで、ちょっと涙したりして恥ずかしい。

そんなSWICHのインタビューになんと私が。

インタビューの日はもう足が地に着いた感じがしなかった。ほどではないか。

途中、西麻布あたりの最高級宝石店に見たこともないようなスーパーカーが止まってて中をジロジロ見学。

そしたら美人の店員さんがあらわれて「お客さまのお車なので。」とかいわれて見てるだけなのにと気分を害して。

腹が立ってそのまま立ち去る気にならなくて、どんなやつの車なのか確かめてやろうと最高級宝石店に入った。今度は、お客なので美人の店員さんも何も言うことができず。

いちばん奥の商談室みたいなところに哀川翔さんもどきなおっさんが、偉そうに大声で喋ってて下品きわまりない。

「あー。」と納得して気分良く店をあとにしてインタビューへと向かいました。

すこし迷ったのか。ちょうど昼過ぎでいつもは出さないという特製のサンドウィッチを頂いて、和やかにスタート。

戌井君は聞き上手だから、少年時代から大駱駝艦時代の話しまで結構長時間にわたって笑い話をした。

文字にできないような話しも沢山したのに、まるで鉄割の演目のような語り口で編集されてた。さすが。

そのあと渡部真一の二本どりだった。

渡部もいて終わったら飲みたい気持を抱えつつ、たいへんそうだから遠慮して家路に着いた。

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戌井君の書いているとおり、ほぼ馬鹿話に終始した。けれどそれが私の人生。
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2019年03月05日

たこフェリー

さて明日は、宇和島へといって大竹伸朗さんのアトリエへ。

「俺の弟子ということでいきましょう。」そう言って、このあいだ戌井君から電話がかかってきました。

「了解です。」すべて心得ております。まるでマネージャーのごとくテキパキと働きます。次に現場が必要としていることを察して先回りしてうごくのです。

さてバスで大阪まで移動、飛行機でいったらビジネスクラス並みのゆったり車内で『ブログ?』を記したり本を読んだりしながら大阪へ。

まずは川西に寄って親孝行です。このまえ朝っぱらから電話で怒られて以来でしたがそのことには触れられず「ほっ。」とひと息。

今日の夜10時に、大阪南港からフェリーで出発です。

子どもの頃は、淡路島へといくのは船でした。明石から船に乗って岩屋港へと入る。どれぐらい乗ってたのか?1時間ぐらいか。

明石でたこ焼きを食べてから船着場へといきます。

親父と一緒の時は、車なのでフェリーでした。この船の中の夢はいまでもしょっちゅう見ます。

ゆっくりと雄大な感じで入船してきて岸壁に停泊、屈強で悪そうな陽に焼けた船乗りたちがロープを投げたり荷物を忙しく運んでいる姿が格好がよくて、てきぱきとしてて気持ちがいい。

そしてわくわくする。ちょっとした旅気分、非日常。

板の下は地獄。というぐらぐら揺れるはしけを渡って乗船。

船の中ではうろうろといろんな所を観察します。座ってなどいられません。見たことのないものや風景ばかりなので興味津々です。

イルカが隣を泳いでたり、巨大なエイが船の下を通ったり。

いちばん前にいると風をうけながら進んでいき、まるでタイタニックってな塩梅で気持ちがいい。

いちばん後ろでも巨大なスクリューからかき出されてくる白い波が、どこまでも尾を引いていく様を見ているといつまでも飽きません。

一番興味があるのは、運転しているところですが客は入れません。なんと呼ぶのだろう?航海室?

うちの父親は本当は船乗りになりたかった。

しかし視力が規定に足らずに夢を断念。航海室を飽きもせずにずーっと見ている父親の背中はいまでも覚えています。

船酔いしたことは一回もありません。三半規管が強いのだな。

しかし船に乗っている時のあのふわふわと浮いているような、落ち着かない感じはなんなんだろう。丹田のあたりがこそばゆいような。

はっきり言って好きです。楽しみ。

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いまもまだ運行しているのか。瀬戸大橋ができて便利になったが、そのぶん風情がなくなり淡路島は本州から四国へのただの通り道になってしまった。photo by chaka.
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2019年03月04日

知的な不良

SWITCHは、創刊号から読んでいて大ファンです。

マツコデラックスは、「田舎の人が都会に憧れてるみたいな。」と言ってたけど“言いえて妙”だと思います。

田舎モノの俺にとってSWITCHは、格好のいい色々なことを指し示してくれる先生のような雑誌でした。

アレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズ、写真家のロバート・フランクもジョエル・ピーター・ウィトキンもSWITCHが教えてくれた。

Ko Murobushi said “Butoh is hyblid”. and, William Burroughs said “Hyblid is unlimited”.

繰上さんの写真がまた格好がいいんだよなあ。

モノクロで。

アレン・ギンズバーグとウィリアム・バロウズの二人が立っていて、あとはスウィッチのロゴだけの回があったけど見事だった。いま淡路にあるので見れないのが残念。

無駄なものを一切、排する。まるで禅の世界のよう。Simple is best.

一時期、特集される人があまり好きではなくなって、デザインもいまいちになって読まなくなった。

インタビューの時に編集長の新井敏記さんと会ってお話ししてたらあの頃、新井さんはSWITCHを離れていたそう。

「なるほど、そういうことだったのか。」心のなかで大きく頷いた。

だいぶん前に戌井君とお父さん“祐一さん”の親子迷人寄席が、SWITCH地下のRainy Day Bookstore & Cafeであって駆けつけた。

終演後、パーティーになって俺も当たり前のように残って参加させてもらい、いろんな人と話せて楽しかった。

新井さんと話したいけれど常に人に囲まれているのでなかなかチャンスがなくて。出待ちしている少年のように、ずーっとチャンスを伺ってた。

ほんとうに終わってもう帰るという時に、少しお話しできて嬉しかった。憧れだった雑誌の編集長。

俺の中での、知的で不良なファッションリーダーです。

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能書きや説明一切なし。ひたすら格好がいい。ふたりとも禅の印を結んでいる。
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2019年03月03日

三月三日

今日は、ひな祭りですが色気のない話しをもう少し。

俺は真言宗、仏教徒なので非暴力です。しかし、売られた喧嘩は必ず買います。

仏教も武装はするのか。密教の仏具、独鈷は武器でもあるものな。自衛のための武器。

いちばん喧嘩したのは、兄貴です。

子どもの頃は、毎日喧嘩していた。俺が兄貴に思いっきり本でしばかれているところが写真に残っています。

親父が変わった人で、兄弟が喧嘩してるのを面白がってた。親父は男、四人兄弟なので喧嘩はなれっこだったんだな。

兄貴には、喧嘩では勝てなかった。勉強もスポーツも身長も負けてましたが。創作的にも勝てなかった。

中学の図工で本棚をつくるのだけど、兄貴が伸縮自在のものをつくっててびっくりした。置くスペースによって幅を変えられる。

俺は、せいぜい斜めにするぐらいの発想だったので完敗。

東京にまだ来たての頃に、高円寺の風呂屋で刺青ものとファイトしたのはよく覚えています。

風呂屋の鏡の前でその男が髪を乾かしてたのか。俺がその前に立ったとか下らない理由で喧嘩を売られた。

即座に「なんやこら?」「あー?」となった。「じゃあ、外でやろうぜ。」ということになって駐車場に出て闘った。

たぶん、外に出た頃には頭が冷えててやる気がなくなってたと思う。闘争心不足。それでは勝てるはずがない。

一発食らって倒されてマウントをとられて。結構粘って笑かすぐらいのところまで行ったけど。まあ、負けか。

次の日の朝、からだ中の痛みに苦しみながら鼻をかんだら「ぼん!」ってなって鏡を観たら、右目の上が尋常じゃないぐらいに赤紫色に腫れてて、面白かった。

絵に描いたような敗者の顔。

そのあと何度か刺青ものを高円寺で見かけたので、復讐しようとずーっと目論んでた。そのへんは執念深い。結局、やめたけれど。

どちらかが引かないと永遠に戦いは続くのです。

大駱駝艦時代も喧嘩が多かった。若い奴が次々と喧嘩を売ってくるので怪我が絶えなかった。

らくだから独立してからは、あまり喧嘩は売られません。

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世界最強の格闘技“柔術”の名門グレイシー一家。右から二番目が父、エリオ。ひとり、気の位置が低い。そしてひとり笑ってるのが恐ろしい。手の組み方が独特だけどなんだろう。
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2019年03月02日

喧嘩

まだ豊玉伽藍があったころ、公演に内田裕也さんとボスがやってきた。

ボスは『横浜ケンタウロス』のリーダーで、守村大さんの漫画『あいしてる』に出てくる元祖不良です。

終演後の飲み会で内田さん、ボス、そして師匠の3人が一触即発の喧嘩になりそうになって。

内田さんはジャンボという、2メートルぐらいある用心棒を連れていて「ジャンボいけ。」

ボスは金洋一さんという、在日のスーパー不良を用心棒に連れていて「きんいけ。」

対する麿さんは桑原延亨という暴走族の総長が用心棒ですが、「わしがいく。」

そのあとどうなったか忘れましたが「このおっさん、かっこう良すぎるー!」いうて心酔した金さんは、いまは麿さんの用心棒です。

いっつもジッポをもっていて、麿さんが煙草をくわえた瞬間に「カチンッ、シュボッ。。。カチンッ」

ノブさんに直接聞いた話しもえげつなかった。

ノブさんが大駱駝艦から独立するときに、麿さんと喧嘩をした。

朝起きてきた麿さんが、いきなり「俺を殴ってからいけ。」

ノブさんは、まあ仕方ないから本気ではなかっただろうけれど殴った。

そしたら麿さんが「殺すー!」いうてかかってきたとか。のぶさんも殺されたらかなわないので応戦します。

だいたい「殴れ。」いうたのに、殴ったら「殺す。」ておかしいでしょ。

取っ組み合ってたら手に思いっきり噛みつかれて。このあいだ傷跡を見せてくれた。とうとうのぶさんも本気をだしたのかな。そしたら麿さんが目に指を入れてきたとか。

いわゆるサミングですね。格闘技なら反則ですが、喧嘩ならありです。それでノブさんがこれは本気で殺されるなとギブアップしたと言ってました。

ノブさんは、大駱駝艦をやめたあと山本政志監督の『闇のカーニバル』の主演をやって、いまもロックの道をひた走っておられます。

さて喧嘩はルール無用のバーリトゥード。まずは棒、そして鉄パイプ、刀もありだしピストルもオッケー、火炎放射器に戦車、ミサイルに最後は核兵器の登場です。

俺は、仏教徒なので非暴力ですが。

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観たことないな。むかし高円寺の"Aubis"というカルト映画レンタル屋さんにあった。
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2019年03月01日

宇和島

先日、映画を観終わったあとに名店『新宿うな鐡』で飲んでて戌井君と、とっても嬉しい約束をしました。

連載している某雑誌のインタビューの次回が、大竹伸朗さんでなんと宇和島へいくのです。羨ましい。日にちを聞いたら淡路島にいます。

あれいけるかも。伝えると「では、新井さんに言っときますよ。」

「やった。」

伸朗さんの『既にそこにあるもの』は、若いときに永く枕頭の書でした。創作でなにか困ったことがあると夜、寝る前に開いていました。そうだ、サインをしてもらおう。

もう呼ばれなくても絶対にいくのです。オレンジフェリーを予約しました。ちなみにうちの女房は伸朗さんの高校の後輩です。会ったら伝えよう。

アトリエの中を隅から隅まで、うろうろしたい。超一流の創作現場を、この全身に感じるチャンス。細部までじっくりと観察するのだ。

そのあと、高知の大友透に会って旧交をあたためてこよう。せっかくなのでベネッセアートサイト直島も寄ってきます。

芸のためです。これも仕事のようなものか。

インタビューは、その次が黒田征太郎さんだって。黒田さんといえば若い頃の武勇伝。

しかし、クリエイティブ系で喧嘩の伝説なら安藤忠雄さんにかなうものなどいません。いるか、映画監督のあのひと。名前がでてこない。全共闘の。とか、中上健次さんとか。崔洋一さんとか。

麿さんの親友だった荒戸源次郎さんも、凄まじく喧嘩が強かった。らしい。

そういえば喧嘩といえばクマさんです。とにかく強かった。らしい。

俺の聞いたのは、みんな伝説ですが。

あっ、大事な人を忘れていました。

師匠の麿赤兒です。

知っている中では、最強だと思います。何度も麿さんの喧嘩の現場には居合わせてますが、毎回こわくて泣きそうになります。The 修羅場です。

しかし麿さん自身は暴力反対です。普段はとっても穏やかな好々爺です。しかしひとたび怒らせたら包丁騒ぎです。それこそパトカー三台なんかですみません。

麿さんの逸話は、長くなるのでまた今度。

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”音楽一筋”Tシャツ デザイン:大竹伸朗 モデル:坂本龍一
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2019年02月28日

ざつじ

毎日、雑事に追われています。

飛行機のチケットの予約をしています。8月ですが、チケット代が高くなるとかで。向いていません。

呼ばれているはずなのに何故、俺が飛行機のチケットを自分でとっているのだろう?疑問が頭をよぎってだんだん腹が立ってきたり。

自分たちの自主企画だったら当たり前ですが。

「このチケットできてください。」そう言われれば話しは早い。フレックスなので折角だから早く入ってとか色気が出てきて、そうすると選択肢が増えてきて決められなくなって。

予算がまだないとかで「チケット代を立て替えて欲しい。」といわれておかしくなった。しかも1名分しかチケット代は出ない。

最初から断れば良かったのです。8月は淡路島で合宿をやる予定だったのに。「人の尻馬にのりやがって。」麿さんならそう言って怒るだろうな。

学園祭に出るといったら怒られたもんな。「なんでお前らは自分で企画してやろうとしないんだ!」

とにかく人さまの力に頼らずに自分たちでやる。そして金を稼ぐ。自分の手でお金を掴みとる努力をすることの大切さ。しかし、このへんになってくると才能は別なのですが。

お金のことが大好きな人たちがいる。こちらお金よりもやりがいを優先したりするので危険です。好きなことを好きなようにやることの面白さを追求したりするのも危険です。

自由と安全は、相容れないのです。

それはさておき、雑事です。

8月航空チケット、湯山のは予約できたけど俺のぶんは取り直しです。キャンセルしてもう一度、取り直し。くそう、手こずってる。

あとは5月、淡路公演の準備です。まずは都志へいって色んなひとに相談して、実地に根回しして内容を決めてチラシを印刷、宣伝。

会場を公演ができるように準備して、まずは受け皿をつくってから稽古です。ここが乗り打ちと違うところ。

しかしこちら、たいへんだけど楽しい雑事です。

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演目はやはり金粉か。誰が観ても面白い。おじいさんやおばあさんでも楽しめるのです。
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2019年02月27日

ふしぎ

からだが弱っています。

先日のスズナリ公演で、体重を絞りすぎたか。冬場は動物として脂肪をつけておかないと、いざという時に死を招くことになりかねません。本番前は54キロまで落としました。

最近ではいちばん絞った。しかし本番が終わって三日でもとに戻りました。三ヶ月かけて3キロ落としたけど三日で3キロ戻ってしまう。

人間のからだって面白い。

今回は、陰部の毛を剃ったのも免疫力低下の原因。陰部の毛は大切なところを守っているので、なくなると無防備になります。わかっててやったのだけど。

後遺症がまだ残っています。足首もまだ完治していない。歳を重ねると治りが遅くなります。

歯茎が腫れてたので、抗生物質を飲んでいましたがあの後遺症も忘れた頃にやってきます。抗生物質は腸内の良い菌も殺してしまいますので。

口内炎とかからだの不調としてあらわれます。不思議だなあ。

からだとは何か?たんなる物質?魂の乗りもののようなもの?水袋?

麿さんは「からだが痛いなんて、素晴らしいこと。」だとよく言ってました。からだを感じる貴重な機会だと。

「からだの痛みがシンフォニーだ。」と『シンフォニーM』という作品まで創りました。からだが奏でる痛みという交響曲。

転んでもただでは起きない。つかえるものはからだの痛みさえネタにする。なんでもありの極致。

さすがの執念です。しかし新作を創らなければならない。という俺からしたら贅沢な恵まれた悩みだなあ。と思います。

新作をどんどん創りたいという気持ちは強くある。けれど状況が強く許さない。本当か?ほんとうにそうか?いろんなことを言い訳にしてるだけではないのか。

何も考えずにとにかくやる。そうすれば、拓けていく未来もあるのかもしれない。

若い頃の向こう見ずなこころまでが弱くなっている。歳をとったのか。

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うーむ。やっていることばかり。治るのを待つしかないな。
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2019年02月26日

キーン

ドナルド・キーンさんが亡くなられました。96歳!

いま、新聞をみていたら日本国籍を取得してたんですね。

「日本から外国人が逃げ出し、腹立たしかった。私は日本人とともに生き、ともに死にたい。」と東日本大震災をきっかけに日本人に。身も心も日本人になったのか。

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漢字の通称名は『鬼怒鳴門』だって。

「外国人のときはお客さんなので遠慮したが、日本人なのだから言いたいことを言う。」文楽を知らずに「面白くない。」と決めつけて補助金を削除しようとした、橋下徹市長に「文楽は日本が世界に誇る文化」とたしなめたんだと。

日本人よりも日本人文化をとてもよく知るひと。日本文化の最良の理解者。

戦後、古臭いとみなされて”第二芸術”と呼ばれた俳諧を英訳して海外に紹介した。川端康成がノーベル賞を取ったのもキーンさんと故エドワード・G・サイデンステッカーさんの尽力によるところが極めて大きいだって。

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三島由紀夫とは、自決する三ヶ月前に”最後の晩餐”を楽しんで。

原点は戦争体験。米海軍の語学士官だったキーンさんは、北太平洋のアッツ島で日本軍の玉砕に直面した。いま問題になっている沖縄への上陸作戦にも通訳として参加。

18歳の時に偶然手にした英訳本「源氏物語」。その繊細な美の世界とはまったく相容れない理解不能な戦争体験。

生涯をかけての日本文化の研究は、その疑問の答えを求める旅でもあった。

終戦の8年後、京都大学大学院に留学。「飾ろうとしないので、それが一層、親近感や安心感を抱かせる。」と、日本での初の著作『碧い眼の太郎冠者』に文豪、谷崎潤一郎は序文を寄せた。

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太郎冠者を演じるドナルド・キーン。

司馬遼太郎は、生前「キーンさんほど、少年時代を想像しやすい人はいない。今と同じだ。」と話した。

両親の離婚で貧困に苦しんだが、学業優秀で飛び級を重ね、16歳で奨学生としてコロンビア大学に入学。小柄でスポーツは苦手だが、好奇心旺盛。

権威や権力を嫌って少し挑戦的。そして、情熱的な教育者、コロンビア大学では、何も持ち込まずに即興で講義をしてたとか。いいなあ。

日本をこころから愛し、多くの日本人に愛されたキーンさん。

キーンさんは、舞踏にももちろん造詣がふかくて土方さんや大野さんとも仕事を一緒にやられていました。

一度お会いして話しを聞いてみたかった。ご冥福をお祈りします。

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英訳された日本文学の6割はキーンさんとその教え子たちによる。
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2019年02月25日

GAFA

さてわたくし、Facebookから脱会してはや一ヶ月、なんの問題もありません。ついでにインスタグラムもやめました。インスタは、Facebookが所有者です。

インスタをやっているときは、渡辺直美のフォロワーが800万人とか聞いたあとに、自分のいいねが80人とか比べるとバカバカしくなってきてた。

大切なのは、数ではないのだ。ということはわかりつつ。

一部のお金持ちに憧れて同じことをやる。こんなに盛り上がっている人と同じことをやれている喜び。有名人とつながっているような錯覚。

Google, Apple, Facebook, Amazon、いわゆるGAFAの四社+中国のB(バイドゥ)A(アリババ)T(テンセント)の三社を加えた七社で合計130億人のユーザーになるとか。

世界の人口より多いのだそう。国を越えた何かになりつつあるのか。フェイスブックでひとつの国が倒れる時代だものな。国も口出しできない力を持ちつつあるようです。

従来の独占禁止法では、取り締まれない”新独占”

辞書よりも便利なGoogle。なんでもかんでも調べることができる。あらゆる疑問になんでも答えてくれる新しい神さまのような存在。

実際に聖職者のバイブル離れが問題になっているとか。聖書を開くよりもググったほうが早い。

新しい宗教ともいわれている。Google教の信者。そこに書いてあることを信じてしまう。

実は、いまYahoo!とか他の検索エンジンもGoogleの検索システムをつかっていたりする。シェア92%だって。これも新独占。

Appleのアプリ配信サービスは、10年で10億人が使うようになった。

LINEがそのアプリを使わずに自社で開発してゲームを配信したら、Appleの逆鱗に触れてつぶされそうなのだとか。くわばらくわばら。

競合と争うより、自らつくった市場を強力に支配するのが新独占。

Facebookは、やはりやめることができないので問題になっている。あと個人の位置情報や人間関係まで調べ尽くされている。

精度が異常に高くて、子どもといるときに限って近所の親子料理教室の情報が出てきたりする。気持ち悪い。

Amazon.comは、アメリカ政府の公聴会呼び出しを即座に拒否。

「任意なら出ない。」

170人以上の経済学者を社内に抱えてるんだと。国家ですら力が及ばない力を持ちはじめた、データや富、頭脳を集中して一手に掌握する、新しい支配者たち"GAFA"

人類は、新しい地平線に立っている。

戦争の原因である、国というシステムを越えていく契機になるのなら大歓迎なのですが。

あっ、日本経済新聞をはじめて読んでの日記でした。

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昔つかってたgoo。googleに比べるとがちゃがちゃしてて情報がうるさい。

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検索ということに特化して、それだけを指し示すシンプルさは圧倒的。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 18:26| ブログ?

2019年02月24日

無念

今日は、村上君と池間さんのライブにいく予定でしたが、歯が腫れてて痛いので家で静養することにしました。

残念。

場所は、神保町の”試聴室”でした。行ったことないのでどんなところか見てみたかった。

池間さんは、3時からと夜の8時にもライブをやるのだとか。売れてるなあ。テレビに出るとかそういう売れ方ではなくて知る人ぞ知る。

渋さ知らズのバンマス、不破さんは池間さんの大ファンでライブのときに贔屓してたいへんだったと渡部が言ってた。

うたがいいもの。声もいいし。そしてチャーミング。

鉄割のとき、テニスコーツの上野君に「女性の声っていいね。」みたいなことを言ったら「いや、女性の声は難しいです。」

専門家の意見でした。そうか難しいのか。歌いかたのくせが問題ともいってた。

なるほど。なるべく、くせなくシンプルに歌う。という難しいこと。

踊りと同じ。くせは使いこなせば武器になるが、そうではないと弱点になるのだ。

村上君は、バックドロップスというバンドのメンバーでしたがバンドが解散、いまは『夜霧』というバンドを組んでいます。

基本はブルーズなのか、独特の音楽性で注目です。池間さんとのコンビ、美女と野獣ってな趣きでよさそう。残念。

最近、晴れてて気持ちがいいけれど、歯さえ痛くなければなあ。今日もライブ、気持ちがいいだろうなあ。

春か。

もう半年以上痛い。「はあ。」ためいきが出ます。死ぬことはないとおもいますが、このままどうなるのか不安。

いろんな人に歯医者を変えろとやいのやいの言われます。他の歯医者へ行っても「腫れてますね。」と抗生物質をもらって初診料とられて終わりだと思う。

自分のからだのことは、自分でなんとかするしかない。

免疫力を上げる食べ方とかをどこかで見かけたけど、どこだっけ。

テニスコーツの名曲『光輪』を池間さんも歌ってる。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 14:42| ブログ?

2019年02月23日

女王陛下

怪物に出会ったときはどうすればいい?

闘う?

違う。歌え。

『ボヘミアンラプソディー』を観にいきました。

仕事柄、映画を観るのも芸のためですが、ただただ楽しんでしまいました。天才の苦悩なんていう紋切りの言葉がぴったりの物語り。

最後のライブエイドのシーンが話題でしたが、忠実に再現してたからですね。しかし、ラストのホンモノの映像が当たり前だけど、一番格好良かった。

あと、フレディ役の役者さんがほんものに似せようとしてだろうけど入れ歯を入れてて、その違和感が半端ではなかった。「そこまで出てないやろう。」と一緒に観にいった女房と話しました。

口元が気になって仕方がなかった。役者さんが隠そうとして、口を閉じようとすればするほど変な感じで。

小男みたいにも描かれてたけど実物は、もっとスタイルが良くて格好がいいです。

クイーンは、子どもの頃に大好きでレコードも持っていました。でも子どもごころに「へんな格好だなあ。」と思ってた。ゲイとかまだ知らない頃。

映画では、ゲイだったからどうこうみたいな風に描かれているけれど関係ないと思います。後輩の松っちゃんみたいに、人生をこころから楽しんでいる人もいるし。

性的嗜好とか性別とか関係なく、にんげん性を問題にしよう。

最初のレコーディングのシーンが、創意と工夫と遊びに満ち溢れていて観ていてワクワクした。

決まりごととか社会の常識とかまったく関係ない、行儀よくとか当たり前とか本当にもうどうでもいい。

そんな世界。

変であればあるほど、はみ出ていればいるほど求められるところで、人気が出るところ“芸能界”。

映画の中で誰かが言うように、スーパースターになったのは、ジャクソンファイブではなくてマイケルジャクソン。

もっと長生きしていたら、クイーンではなくてフレディーマーキュリーとしてやっていったのか。

モンスターバンド・イーグルスも解散して、グレンフライとドンヘンリーとで売れていたけど小粒になった印象だったから一概にはいえない。

どちらにしてももっと長生きして、ファンキーなお爺さんであって欲しかった。残念。

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持ってます!
上段左、ドラムス:ロジャー・テイラー 右、ギター:ブライアン・メイ 下左、フレディー・マーキュリー:ボーカル 右、ベース:ジョン・ディーコン
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:24| ブログ?

2019年02月22日

日本の絵とからだ

ひとつ前のBRUTUSの特集は、会田誠さんの『死ぬまでにこの目で見たい日本の絵100』です。

スズナリ公演で忙しかったので途中でとまって読んでなかったのを、見はじめました。

それぞれの絵へのコメントがいちいち、ふざけてて最高です。芸大出身だからこその、アカデミックなものへの厳しい眼差しがある。

教科書なんかには決して書かれない、いま先端を走る会田さんだからこそいえるコメントもあります。ときに謙虚であって。

あたまが良いんだな。センスも抜群、天邪鬼もダントツ。

国とプロジェクトをやるような大林組のギャラリーで個展していたけど、安倍さん批判て。

「西洋で定義された芸術”FINE ART"のある意味居心地の悪い末席に座らされた者として、それを疑い客観視するために無理やり召喚されたのがそれらであり。。」

ダミアン・ハーストがいうように、やはり対象との距離感なのだと思う。大切なのは自分とまわりへの批評精神と批判できる冷静さ。

そして、疑いを持つこころ。

関係あるようなないような話しですが、娘が最近、名言をよく口にします。

朝ドラを観ながら「なんか薄っぺらいんだよね。」手厳しい。けれど仕方ない。公共放送の番組だから、反応はいろいろだし誰に何をいわれても仕方ないのです。

先日は「からだが濁ってる。」といいだして「なんだろう?」と思ってたら、お菓子を食べ過ぎてるとか。

自分のからだの状態を、的確にいいあらわす力を感じます。

さて俺のからだは、いま腐っています。

本番の前の日に熱が出たのですが、歯茎にばい菌が入ったようでからだが菌とたたかっています。

ずーっと痛かった右上奥です。本番が終わってからもずーっと痛い。そんでとうとう頬っぺたまで腫れてきたので歯医者へ行きました。

去年の9月ぐらいから痛くて、かれこれ半年ぐらい右側でものを噛んでいない。右脳をつかう仕事なので構いませんが。左で噛むと右脳が刺激されます。

歯医者へいったけど、炎症は自分で治すしかありません。「厳しいですね。いよいよ抜けるかも。」いわれて帰ってきました。

疲れているので、とにかく休みます。抗生物質を飲んで絶対安静、からだを休めました。

公演のときは、からだをめちゃめちゃに酷使するのでだいたい寝込みます。大駱駝艦の頃も、終わるとどっと疲れが出て寝込んでいました。

歳をとってちょっとしたことでからだがダメージをうける。そんで回復力が落ちているのでなかなか治らない。

50歳を超えて、からだのつかいかたを考え直さないといけない時期にきている。

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表紙は、長沢芦雪の『虎図』。ダミアン・ハーストは英国の現代美術家で、サメやヒツジを真っ二つにしてホルマリン漬けにした作品で有名。俺は骸骨の作品が好き。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:33| ブログ?