2019年11月05日

舞踏?と金粉ショウ

夢に土方さんが出てきて、稽古をつけてくれて面白かった。お面を顔につけて幕から出てくるのだけど、表情が色々と変化して驚きに満ちていた。

昨日の稽古で土方さんの話しをしたからだな。

はじまりから順に追っていく感じで建一郎が音をつけてくれて稽古をしたけれど、どこへ向かうのかがまだはっきりとしないので、話し合いが多かった。

一人で「ああでもない、こうでもない。」と考えていても堂堂巡りでまた同じところへと戻ってきたりして一歩も先へと進まなくなったりする。

しかし人と話していると「なるほどなあ。」と思ったり「そうだよなあ。」と考えたりと脳が刺激を受けて活性化するので嬉しいし楽しい。

だいたいのやることは出揃って来ているので、構成を決めて踊りをつくっていくだけだな。あとは喋ることを決めてと・・・

会議室でやるので長机があって椅子があって蛍光灯の明かりの下でやるようなイメージだったけど、別に机は片付けてもいいのだと気が付いた。

思い込んでいる自分がいる。決めつけてしまっている自分がいる。頭を柔らかく心を自由自在にして疑う。

そう舞踏家集団デュ社のコンセプトをひと言でいうと『疑う』。

そして舞踏の大切な要素のひとつがやはりこの“疑う”ということなのです。師匠の麿赤兒もそのまた師匠の土方巽から教わったのがこの疑うということだった。

土方「どうして頭があって手があって足があるんだ?」

麿「いや先生、そんなことを言ったってそれが当たり前じゃないですか。」

土方「当たり前って何なんだ?どういうことなんだ?」

麿「・・・」

どうしてか?何故か?

『舞踏』ではなくて『舞踏?』

湯山がスーパーモデル冨永愛さんの話しをしてくれた。モデル養成のテレビ番組があって冨永さんがウォーキングのレッスンをした。

まず冨永さんが歩いたのだけど鳥肌が立つぐらいに格好が良かったとか。

最後にモデルの卵が「歩いている時に何を考えているのですか?」と聞いたら「私の最前線はいまここなんだ。と思って歩いています。」と答えた。

最前線を歩いているという確信と自信。

前衛という言葉は手垢がついてしまってもう古いという感じがするが、最前線というのはいい響き。

麿さんに前衛について聞いたことがあるが「前衛ってのは折れやすいんだ。」と言ってたのを覚えている。けれど、その前衛や最前線がないと次へと進んでいかないのも事実。

誰かが先頭に立って立ち向かわないとどんどん古くなって朽ち果てていく。その自覚が自分にはあるのか?

ドイツで出会った最前線を歩く男、フェリックスは「なぜ皆んな過去ばかり振り返るんだ?」と言っていた。

過去といまをつなぐ便宜上“Butoh"というものが必要なだけで、その先へいくためには何もかもまっさらなまだ名付けられていない未知の世界へと勇気をもって足を踏み出さなければならない。

いまここ。この瞬間。それこそがすべて。

という所にまで最後は至れるように心を遊ばせ続けよう。頭を遊ばせ続けよう。

さて『舞踏?レクチャーパフォーマンス』の音をつけてくれる築山建一郎が大阪へと帰ったので、今日からは金粉ショウの稽古です。

金粉は難しいことは考えずに、エンターテイメントに徹するだけなので気が楽だな。

客寄せで立ち止まらせて、面白い踊りで楽しませて火吹きで驚かせてエネルギーとパッションで心を掴んで、そうして最後は肉体という神秘で感動にまで至って財布の口を大きく開かせる。

劇場だと3,000円とか当たり前だけど、大道芸で1,000円頂こうと思ったら相当に頑張らないといけません。

一度、一万円が入ったことがあったけれど嬉しかったなあ。頑張ろう。

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股下1メートルか。選ばれた人間だな。Photo by Google.
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2019年11月04日

ブラック、ブラウン、ホワイト、イエロー

ワールドカップラグビーが終わりました。

南アフリカがイングランドを破って優勝。湯山とラインしたら「俺はイングランド派です!」いうて返事がきたけれど、こちらいい試合になって面白ければどちらでも結構。

なので大概、負けている方を応援します。一昨日はイングランドが終始、押されていたので応援しました。

ラグビーを観ているとその多様性がまた興味深く国ってなんなんだろう?と考えさせられた。黒い人や白い人や茶色い人が混ざって、何がなんだかよくわからない。

でもそれでいい。

実況が「南アフリカではじめての黒人キャプテンです。」いうてうるさく連呼してたけど、そんなの関係ないのになあ。と思った。

けれども南アフリカはいまだにアメリカよりも人種差別と人種間の格差が激しいみたいで、キャプテンのシヤ・コリシも子どもの頃は貧しかったとか。

彼はラグビーとの出会いがあったからよかったけれど。

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優勝トロフィーを持つコリシ。「我々の強みは色々な人種がいること。」コピーライトマーク CHARLY TRIBALLEAU / AFP. Photo by Google.

成績優秀で、そこの国でプレーをしていればなに人だろうが出場をすることができる。ただし、一度その国の代表になると二度と他の国の代表にはなれない。

助っ人ではないし、傭兵でもない。リーチ・マイケルの言うように国というよりもチームという意識が強いのだな。

いいね、同じチームという考え方。同じ国とかいうと突然、ナショナリズムや差別とかに発展してくる。

愛国という危うい代物。自分も確かに日本が敗れて急に興味をなくした。なぜか?それほど自分の中にナショナリズムはないはずなのに。国民意識という不思議なもの。

国というより人種のほうがつながり的には強いと思う。

いまもし日本が国を失ったらと想像したら、日本人という意識が拠り所になるような気がする。

国を持っていなかったユダヤ人がイスラエルを建国したけれどいまだにもめてる。まあこれは場所が聖地だっただけに仕方がないか。

ユダヤ人が国をもって世界最大の国をもたない民族になったクルド人だけど、いまももめ続けてる。差別するこころが人にはあるので難しいのか。私とは違う民族という意識。

人類はアフリカからはじまったから、ルーツをたどればいま生きている人はすべて同じ民族のはずなのに時間がたつとそんな当たり前のことがわからなくなってしまう。

民族の集合体、国という厄介なもの。

戦争の原因は国にある。国をなくしてしまえば戦争も起こらない。

しかし戦争は儲かるのでやりたい人が沢山いる。

兵器というのはとんでもなく高価だけれど、破壊したり破壊されるのが宿命なので儲かるのです。買って破壊されたら、また買わなければならない。

いまや人類になくてはならないものにまで浸透した便利なインターネットも、もともとは軍事目的で開発された。

戦争のさまざまな恩恵を受けている人類。

そのいっぽう泥沼化した戦いの連鎖の中で死んでいく子どもたち。その犠牲の上にたって繁栄を謳歌する人々・・・

さて核保有国の緊張が高まっています。もしも核戦争が起こったら自分も死んでしまうということがわかっているのか。

駆け引きの道具として使っているうちはいいけれど、持っているものは使いたくなるのが人心です。

「自国は自らで守れ。」というトランプの圧力や安倍さんの個人的な思いで、憲法9条を壊して軍隊を持ちたいみたいですが、絶対に阻止しないといけません。

子どもたちのために、生まれてくる未来の命のためにも。

そして、国を越えた“ひとつのチームなんだ。”という大きな意識を持ちたいものです。

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防衛省は2019年度の防衛費について、過去最高の5兆2986億円を要求することを決定した。5兆円あれば台風被害の対処も簡単そうなのになあ。
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2019年11月03日

合宿 in progress

さて今日から都志にて合宿開始です。

舞踏家集団デュ社、副代表湯山大一郎と助っ人の今井さんと今日明日は、音楽を担当してくれる築山建一郎も訪れます。

先日の母親の傘寿祝いで人が泊まっていたので、布団の用意や部屋の準備は万端です。

金粉ショウのほうはだいたいいい感じ。けれど湯山も決まってることだけやるのはつまらないだろうし、稽古の中で考えていける余地をつくり決め過ぎないようにします。

それはいいけれど『舞踏?レクチャーパフォーマンス』の内容がまだまだはっきりしません。

舞踊批評家の國吉和子先生から「もっと舞踏を冒瀆して。」とリクエストされていますが、今回は初心者向けなのであんまり意識しないでいいか。

ただし先鋭性というか前衛性は舞踏の大切な要素なので、必要不可欠。危険な瞬間が創り出せればいいなあ。いや創り出します。

オープニングは横浜でやった『舞踏?プレゼンテーションショウ』やドイツでやったデモンストレーションみたいな感じで、俺が舞踏のことを喋ってはじまろう。

作品を観せるというよりも、レクチャーのはじまりっぽくするか・・・レクチャーのはじまりがどんなのかはよく知りませんが、リラックスした雰囲気ではじめたい。

まずは挨拶して自己紹介、舞踏の歴史からはじまってその成り立ちについて喋ります。そこから具体的な舞踏のことについて喋って、海外の方がいたら湯山が翻訳して。

そこから、だんだん建一郎の音楽が入ってきて20分のパフォーマンスをする。

レクチャーにもどり少し喋って20分のパフォーマンスに入る。

レクチャーのようなパフォーマンスに入って少しブレークしてラスト20分ぐらいのパフフォーマンス、締め。とか。

20分のパフォーマンスを三回か。

ワンシーンは『土方巽について』20分。

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若い頃にこの写真を見て、一発でノックアウトされた。「なんなんだこれは?!」Photo by Eikoh Hosoe.

今回作品について考えていて、自分は舞踏が好きというよりも土方さんが好きなんだ。と気が付いた。入り口も大野一雄ではなく麿赤兒でもなく大駱駝艦でもなく土方巽だった。

ソロ作品『舞踏?』もほとんど土方さんがモチーフだったし。土方さんのトレースを振付にして三人でやるか。

室伏さんのトレースもあるな。こちらも群舞にしたら面白いかもしれない。

大野さんについては即興のシーンにしよう。これは20分はしんどいだろうから10分、もちろん大駱駝艦的なシーンも10分ぐらい創って。

ソロも10分、最初のレクチャーは10分ぐらいやるか。合間のレクチャーを入れてしめて1時間10分ぐらい。だいたい70分が人が同じところに座っていられる平均的な限界。

と机上の空論、今日から具体的に稽古して創っていきます。ワークインプログレスをけっして言い訳にはしないように、その時にできる最高の瞬間を創りだせるようにする。

ただ、いい作品を創りたい。面白い作品を創りたい。その思いを胸にして合宿に臨むのだ。

都志で四泊五日、城崎国際芸術センターに入って十泊の滞在制作。

過程こそがすべて、愉しみ尽くすのです。

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2013年に森下スタジオでやった『ワークインプログレス』Photo by Junichi Matsuda.
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2019年11月02日

終日稽古

昨日はノンアルコールデーでした。頑張ってお酒を我慢した。

最近、朝が起きられなくて寝坊している。昨日も朝起きてから庭の植木をまとめてゴミに出そうと思っていたのに、起きたら7時過ぎていて慌てる。

大急ぎで植木をまずはガラ袋に入れてそれからゴミ袋に入れる。そのまま入れると枝が袋を突き破ってズタズタになってしまう。

7時半にはゴミ収集車がくるのでそれまでに出して、朝の勤行をする。秋も過ぎ去ろうとしている昨今、庭の花がないので仏前にお供えする花が難しい。

いまはススキとニラの花となんだかわからない可愛い花をお供えしています。

勤行を終えるとこの『ブログ?』を記します。

最近、朝飯前で終わらなくなって午前中いっぱいかかったりする。画像の選定と加工に時間がかかる。コントラストを上げて彩度を上げて美しくします。

たまに多少の悪意を込めてコントラストを下げて、彩度を下げて色褪せさせたりします。

その後、メールをチェック。城崎国際アートセンターの吉田さんからメールが来ていたので読みます。

このメールですが必ずその場でチェックするように心懸けています。後回しにしてるとどんどん時間が経って忘れてしまったりするので要注意。

「明日できることは今日するな。」という西洋の格言があるらしいけれど、こういう場合は「今日のことを明日へ回すな。」という日本の格言が当てはまる。

『舞踏?レクチャーパフォーマンス』が11月9日にあるものと思ってそこへと向けていたが、スケジュールを見たら入っていなかった。

そういえば最初の週は城崎の人たちへの顔見せの意味も込めて金粉ショウだけやりましょう。と電話で話したか。

「やった。」5日間猶予ができた。5日間か・・・1日伸びただけで得した気分になったけれどこれは大きいぞ。よーし金粉ショウに専念しよう。

音源が見つかったので、通し稽古をやってみる。20分間踊ってみたけれどこれはヤバイ、体力が続かないかもしれない。

一昨日、湯山に電話したら「いま走ってました。」いうてて優雅な奴やなと思ってたけれどそうか、稽古も兼ねていたのだな。

こちらも走るか・・・いや自転車で走ろう。山を越えて洲本までいくのがいちばんトレーニングになるけれど片道2時間半、往復で5時間だもんな。

どうするか。9時に出れば昼ごろイオンに着いて買い物して昼ごはん休憩をとって、それから戻ったら3時過ぎには帰ってこれるか。

庭仕事はまだまだ残ってるけれど、どうするか。イオンへいくと都志にはないものがたくさん売ってるので興奮する。そして安い。

とか考えながら、夜は『まつもと市民芸術館・演劇工場NEXT』のワークショップの内容を考えます。

城崎が終わったらその足で、松本でワークショップです。頼りにしていた音楽家の井上祐二がスケジュールが合わなくなってしまったので考え直しです。

先へと進もうと思っていたけど、立ち止まって後ろを振り返るか。復習も兼ねて、もう一度舞踏の基本からやってみよう。

まずは「疑う」なにもかも疑う。うごくということを疑う。時間を疑って“ゆっくり”とうごいてみる。空間を疑ってからだの“内側と外側”を意識してみる。

そうして空っぽになる。

からだの中を空っぽにして力を抜いて、あたまの中も空っぽにする。何もかも忘れる。

空っぽなからだを手でうごかしあったりオノマトペでうごかしたりうごかされたり、目に見えない何かでうごかしたりうごかされたり。

顔の鋳型もやって、休憩後に“瞬間について”をやるか。第一回目にやって「気持ち悪い。」との感想があって「そうなんだよなあ。」

言葉によって引っ張られるのでどういう世界へと入っていくかに気をつけないと精神病院みたくなってしまう。暗いこころを病んでいるような世界へといかないようにしたい。

どんな時でもユーモアが大切、笑いは不可欠。笑いはすべてをすくってくれるのです。

日常から違うところへいきたいけれど非日常ではなくて超日常、決して非常識ではなくて超常識へと至りたい。日常や常識を軽々と超えていくのです。

今回は三回目だから起、承、転、結の転だな。ちょうどいいか。

お酒を飲まないので、ぎりぎり寝るまで考えて「おやすみなさい。」

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なんていう花だろう。雑草らしいけれど可愛らしい。
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2019年11月01日

朝から晩まで

昨日は朝っぱらから得した気分ですべり出し好調だったが、不愉快になる話しを聞いて嫌な気分になって昼まで引きずる。

そのあと湯山と電話で城崎の打ち合わせをしてたら、必要なものの話しになって金粉がどこにあるか?「むむ、そういえば確認してないぞ。」

確認したら都志になかった。「なんと。」京都で使ったあと、神戸で使ってそのあとは都志に戻したはずだけども・・・

東京に電話して仕事中のワイフに調べてもらったら田無事務所から出て来た。

「なんでや?」東京に持っていったスーツケースの中に入ってたのか。都志に戻そうとしててそのまま忘れてきたんか。

仕方ないなあ。都志と田無にものが分けて置いてあるのでこんなことが起こるのです。今後は、すべてを都志に集中させないといけない。

ワイフに送ってもらう段取りでお手数をおかけします。しかし量が足りるか微妙、これからも使うものなので注文。

朝からなんだか「バタバタ」として慌ててたがなんとかなってよかった。「ほっ」とひと息。

海を観にいっていったんリフレッシュします。

見渡す限りの青い水平線と広大な青い空を観ていると、心が洗われて色んなことがどうでもよくなります。

庭に敷く平たい石を拾って帰ります。

途中の自動販売機で合宿用のビールを購入。ここ都志ではなぜか自動販売機がいちばん値段が安い。210円だからコンビニより50円ぐらい安いのか。理由がわからない。

帰ってきて昼ごはんは残りものの味噌汁にうどんを入れて、あとは残りもののレタスをサラダにして食べます。味噌汁が魚のアラで出汁をとってるので美味かった。

天気がいいので大量のタオルを干して、つかった布団も全部干してあと片付けも続けます。

植木の枝を切ったのはいいけれど大量の枝を処分するのがたいへん、まずはハサミで小枝を落として太い幹はノコギリで切断。

バラバラにしてゴミ袋に入るようにするけれどきりがない。握力がなくなってきてちょっと休憩。庭仕事ってのは重労働です。

照子さんに植木の剪定の仕方を教えてもらった。とにかく丸く刈り込んでいく。聞かないとわからないが注意して観ると確かにボサボサなのがわかってくる。

髪の毛と同じだな。巨大な自然の髪の毛。

最近、庭に五輪塔を石で積んでいます。石塔をつくることは、仏さまをつくることと同じ功徳をもつといわれています。

なるほど、近頃浜へいくと神聖な感じがしてゴミが減ったのは皆んなが積んでいる石塔の功徳のおかげなのだな。

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都志海水浴場の積み石。

それにしても石などの自然の造形物に比べて人工物ってのは、ほんとうにブサイクだと思う。

海へ行っても自然のものたちに比べると、人工物のなんと醜いことか。人の手が加われば加わるほど醜くなってしまう不思議。

コンクリートやアスファルトやプラスティックというのは自然の中にあると見ていても嫌な気分にしかならない。

そんなものばかりに囲まれている大都会というところはやっぱり不自然。

夕方の勤行をサボろうかと「ちらっ」と思うがやろう。毎日朝と夕方の二回、真言宗の勤行を行います。

冗談ではなく、世界平和のために祈ります。「願くは、この功徳をもってあまねく一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に佛道を成せん。」

戦争になるとテレビは1チャンネルになって、新聞も読売だけになって情報規制でフェイスブックもツイッターもインスタグラムも何も出来なくなる。猫や犬などのペットも毛皮として供出させられて、etc..etc...

「戦争は私たちの夢をはぎとっていきました。聖書も、ガリ版ずりの讃美歌集も、戸棚の奥にしまい込まれ、そして最後は戦災にあった我が家と一緒に焼かれてしまいました。」〜八千草薫

「戦争っていうものはね、犯罪だ。殺人、傷害、強盗、放火、あらゆる犯罪を網羅したのが戦争だ。これは覚えておきなさい。」〜豊田藤四郎

夜は飲みながら作品のことを「あーでもない、こーでもない。」と考えました。

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こちら庭の石塔。下から地、水、火、風、空。
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2019年10月31日

慧眼

今日は金曜日、燃えるゴミの日なので出して朝の勤行をやります。

いつまでたってもゴミ収集車が来ないからおかしいなあ。と気になりつつ真言を唱えます。

11月1日なので明後日にデュ社副代表、湯山大一郎と助っ人で土佐派の今井さんと音楽を担当してくれる築山建一郎が都志に来るので本格的に構成を決めるぞ。

ワイフからラインで首里城が燃えてると連絡が入っていたので電話します。

そしてなんと今日は木曜日で10月31日だった。

1日、得した気分で嬉しいなあ。そういうことなら、先日の傘寿祝いのまだまだ残っている家の片付けと庭の木を切り刻んで片付けよう。雑草もゴミ袋に入れて明日出してしまおう。

その合間に新作と金粉ショウの内容、構成を考えて。

金粉ショウは、まずは口上。

「淡路舞踏社と申します。海を渡ってやって参りました。以降お見知りおきのほど、よろしくお願いいたします。

さて、これよりお観せいたしますのは金粉ショウでございます。からだに金の粉を塗りまして踊ります。俗に皮膚呼吸が出来なくなるという大変に危険な芸でございますが、

俗に皮膚呼吸が出来なくなるという大変に危険な芸でございますが、見事最後まで踊りきりましたならば盛大なる拍手とそして盛大なる投げ銭のほうを、お気持ちで結構でございます。

お気持ちで結構でございますので、折り畳んで、どうぞ折り畳んで投げ銭のほうをよろしくお願いいたします。」

湯山、翻訳。と音楽スタート。人が立って集中して観る限界が20分、たった20分だが濃密な20分間にして投げ銭をがっぽり頂くぞ。若者が多いのでそこへのアピールも入れよう。

今後、金粉ショウは『淡路舞踏社』名義でやっていきます。金粉ショウは舞踏家の裏芸的な要素があるので裏と表の顔をつかい分けるのです。

表の顔は『舞踏家集団デュ社』

新聞を読もうと買いにいったら近頃、お気に入りの『毎日新聞』が売り切れてなかった。

朝日よりも毎日のほうが内容が濃いので、最近は毎日を買うのだけど人気があるのだな。よく売り切れている。

仕方なしに『朝日新聞』を買う。

朝日は論調が少し過激、感情的で冷静ではない感じがしてしかも全体の内容の厚みが毎日と比べると足りない印象がする。

新聞を読んで知りましたが24日に八千草薫さんが亡くなられたとか。88歳か、長生きです。歳をとってもいつまでも美しくあり続けた。気持ちが美しかったからだろう。

見習いたい。外側へと滲み出てくるその人の本性。

外側を磨くためにはまずは内側を磨かないといけない。いつまでも格好よくありたいのならば、こころを格好よくし続けねばならないのです。

同じように面白い作品を創りたいと思ったら面白い人間にならなくてはならない。常に面白いことを探し続け、面白いことを考え想像し創造する。

それはさておき八千草薫さん、宝塚歌劇団出身だったのか。知らなかった。男役ではなくて清楚で可愛い娘役だったとか。

宝塚を卒業してから色々な映画やテレビに出られたけれど代表作は『岸辺のアルバム』。子どもの時に観たのか・・・覚えてない。

可憐で清楚な八千草さんのイメージを脚本家の山田太一が逆手にとって書きあげ、期待に応えて不倫する主婦の役を見事に演じたとか。

「その意外性とリアリティーがお茶の間に衝撃を与え、40年以上たった現在も日本ドラマの最高峰と言われている。」by 朝日新聞。

最高峰か・・・いいなあ。

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ほんとうに美人だ。ご冥福をお祈りします。Photo by Google.
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2019年10月30日

そして五姉妹

先日傘寿を迎えた今回の主役、長女の陽子さんが都志へと到着しました。

到着早々、主役を置き去りにして皆さん温泉へといきました。陽子さんは移動するのが大変だし、あまりお風呂に入らなくても結構なようなので大丈夫。

一人でテレビを観ています。こちら植木を整えたりしながら様子を伺います。

鈍翁のテレビを熱心に観ていた。鈍翁は本名、益田孝といって三井物産を設立して三井財閥の最高経営者、CEOだった人物。

「千利休以来の大茶人」と称された。

“佐竹本三十六歌仙絵巻”という鎌倉時代の佐竹家の家宝が売りに出された。相談を受けた益田鈍翁だったが流石に一人で引き受けることは出来ず、各歌ごとに切断して36に分けるアイデアを出した。

切断した36枚の歌仙の価格は3千万円からで、女性の歌仙絵入手を望む参加者が多かった。益田鈍翁は、三十六歌仙の中でも最も人気が高く、最高値の4億円が付けられていた『斎宮女御』を入手したとか・・・

われわれ庶民には関係のない話です。

テレビが終わったので仏壇に手を合わせるように薦めたら嫌々ではないが、乗り気ではなかった。仏教とかあんまり好きではないし信じていないのだな。

皆さん帰ってきたので入れ替わりで温泉へと自転車で向かいます。自転車に乗りながら仏教徒として仏教について考えます。

仏教というのは日本人には必要不可欠なものなのだと思います。いや世界中でいま、必要なのだと思います。

十戒の一番目が『不殺生』。キリスト教やイスラム教の元であるユダヤ教では「汝、殺すなかれ」は六番目です。

それほど仏教では人の本性を“殺生”に見出して重きを置いている。毎日毎日殺人のニュースを観ているとやっぱり仏教の教えが足りないのだなあ。と思ったり。

そういえば、昨日の毎日新聞にネットで知り合った若者を何人も何人も殺害した、白石被告に記者面会した記事がのっていた。

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殺人鬼か・・・怖いけれど一眼、観てみたい。公判へいけば観れるのか。

状況証拠が揃っているので観念しているようだが殺害した被害者に謝罪の意思は、まったくないと断言していた。

「謝ったら僕の状況がなにか変わるのですか?」

成果主義というのだとか。成果がないと何もしない。いま社会で流行ってきているのか。無味乾燥の世界で自分の成果や利益やそんなことにしか興味がない人々。

新聞を読んでいてカミュの『異邦人』を思い出した。殺人を犯して死刑を宣告されるけれど読んでいてイライラするぐらいに、なんの関心も感動もない主人公。

小説のラスト、無反応で無感情だった男が神父の説教を聞いていて突然激怒しはじめる。大好きなシーンだけどあの犯人は、最期はどうなるのだろう。

インターネットという蜘蛛の巣に潜む、蜘蛛のような存在はまだまだいる。餌食にしようと獲物がかかるのを待ち構えている。怖いねえ。

いっぽう朝日新聞は、羽生田さんの失言を大々的に扱っていました。こんな人がこの国の教育のトップにいるのだものなあ。

「身の丈に合わせて頑張って。」か。

日本中のこころある教育者ががっくりと来ただろう。子どもの未来を何だと思っているのだろう?子どもの無限の可能性をどう考えているのだろう?

さてさてそんなこととは関係なく、五姉妹+妹が嵐のように過ぎ去っていきました。

次は都志合宿、その過程を愉しむのだ。

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こちら五姉妹、上段右が長女陽子、左が四女衣子、前列左から次女照子、三女春子、五女恒子。
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2019年10月29日

まずは四姉妹

さて都志にまずは四姉妹の到着です。

14時に皆さんお見えになるので、掃除洗濯片付けを続行します。枕カバーを大量に洗った。

都志の家は食器が合宿できるぐらいに大量に揃っていますが、今回調べたら布団も沢山あってびっくり。「何人泊まれんねん。」っていうぐらいに大量にでてきました。

来年の夏は8月11日から16日まで鉄割スズナリ公演らしいので、そのあとに合宿をやろう。今度、湯山が来たら相談するか。

14時のバスで四人が到着、出迎えます。

自分もそうだけど、皆んな歳をとったなあ。としみじみと思ってしまった。そういえば長女の陽子さんは傘寿でした。80歳。米寿は88歳。

着くなり皆さん思い思いの行動をはじめて、次女の照子さんはさっそく庭仕事に入ってどんどんツツジの枝を落としていって仕事が速かった。

四女の衣子さんは、近所の魚屋に買い物へ行くというのでお供する。

ここの魚屋は愛想が悪いことで有名で、衣子さんが最初にいった時は「何しに来たん?」てな感じだったとか。

しかしいきなり1万円ぐらい買い物をしたら途端に愛想が良くなったとか。現金なおばはんです。

大きなカサゴを五匹買って、ベラをお刺身にしてもらってあとタコを買っても東京では信じられないぐらいに安い。しかもまだ生きていた。

そういえばここ淡路島も魚が獲れなくなっているそうです。

森林破壊が原因の地球温暖化の影響で海流が変わって来ている。そして十川英二さんの話しでは獲り過ぎなのだそうです。

網の目を大きくして小さな若い魚は逃げられるようにしなければならないのを、そんなことをせずに根こそぎ獲ってしまった結果魚がいなくなってしまったのだとか。

さんまも同じで要は獲り過ぎてしまった。人間というのは馬鹿だなあ。環境破壊も同じだけれど自分で自分の首を絞めてしまう。

帰ったら五女の恒子さんも庭仕事を手伝っていた。三女の春子さんと衣子さんで料理をはじめたのでよろしくお願いします。

こちら昨日は新月だったのでスケジュール帳を新しくしました。まだまだ予定がガラガラなので幾らでも仕事、お引き受けします。

東洋大学の岩崎君からメールがきて、東洋大学国際哲学研究センターでワークショップをやってもらいたいとの依頼。

「ありがとう。」自分のやっていることで人から必要としてもらえるのは本当に嬉しいです。

東洋大学でのワークショップは三回目、とにかく河本先生にお会いできるのが楽しみ。

高校一年生の時に全国で100番以内に入ったから、もう東京大学に入れると二年三年は学校を休んで家の農業の手伝いをして東大に入ったという神童です。

四人でお墓まいりに行ってくるというので「行ってらっしゃいませ。」

『舞踏?レクチャーパフォーマンス』のはじまり方も決めて、今月の新月はこんなところで終了か。

お墓から帰ってきてお隣の住吉堂さんへと挨拶にいってなかなか帰ってこなかった。ずーっと話しをしてる。とにかく喋り続けてる。

お刺身も届いて、新幹線の中で食べた残りという照子さんがつくった煮物と並べたら結構なご馳走で「頂きます。」

英二さんがみかんと柿を持ってきてくれてしばし歓談。奥さまのみっちゃんも野菜を沢山持ってきてくれて「ありがとうございます。」

ご馳走を頂いていたらもう一度、みっちゃんがきて魚を大量に持ってきてくれて感謝です。

今日の陽子さんの傘寿お祝いの会も盛大になりそうです。

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若い頃の四姉妹、左から次女照子さん、五女恒子さん、四女衣子さん、三女春子さん。皆さんチャーミング。Photo by Shinsuke Kidani.
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2019年10月28日

いろいろなこと

昨日は掃除、片付け、布団干し、雑草抜きに終始しました。

だいぶん片付いてきた。けれどまだまだゴミが出て来る。

一階和室の押入れを片付けてたら、書けないマジックや大量の古いハガキと一緒にアフリカの仮面とどこかアジアの仮面が出てきて「ぎょっ」とした。

きれいに洗って干してあげた。ちょっと気味が悪いので片付けてあったのだな。今度どこかに飾ろう。

昼からは気持ちのいい秋晴れで布団を干し続ける。枕も干してシーツと枕カバーは明日洗おう。

二階に散乱していた新聞を整理しつつ片付けて、襖絵を描いていた絵の具類も整理整頓して片付けてきれいになって気持ちがいい。

新聞は放っておくとどんどん溜まるので、すぐに必要な記事や興味深い記事や面白い記事は切り取って保管します。

いま追いかけているのは移民差別の記事、なかなか差別はなくならないなあ。

いじめの記事、人間は差別やいじめがほんとうに大好きだからなあ。困ったものです。

NHKとかんぽの記事、これはなんなのかもう一発よくわからない。

フェイスブックが独自発行しようとしている仮想通貨“リブラ”の記事、仮想王国“フェイスブック”が仮想通貨を発行しようとして世界各国から反対されてる。

けれど中国も発行しようとしてて仮想国王ザッカーバーグはそのことでアメリカ政府を脅迫してるとか。「中国が先に発行するけれど先行されていいのですか?」よくわからない。

新型出生前診断の記事、妊婦の不安をあおりそのこころを食い物にする輩がいるとか。「このビジネスでどうやれば赤字になるんですか。」不安をあおり命を選別しようとしている。

TPPの記事、アメリカのご機嫌取りよりも日本の農業を守って欲しいものです。

トルコとシリアの記事、ユダヤ人がイスラエルを建国してから世界最大の国を持たない民族になったクルド人。

森林破壊の記事、台風の被害がまた出たようです。一刻も早く世界中で取り組まないとたいへんだぞ。

関電汚職の記事、これはどこの原子力発電でもやっていることでしょう。はやくどんどん明るみに出ないかな。わくわく。

香港と中国の記事、暴力はいけません。

中国の記事、独裁国家中華人民共和国は恐ろしい。やりたいようにやっている。核兵器も大量に持っているし世界中にその支配を広げている。眠れる獅子がとうとう目醒めるのか。

核の記事、これは一生追い続けるぞ。あとは量子コンピューターの記事に、etc..etc...

それぞれの記事を切り抜いて集めて資料として置いておきます。

1日ほとんど新作のことを考えなかった。考えたくなかった。逃げだな。しかし人類は逃げ続けたからこそいまも生きているのです。

夜、湯山と作品の話しでもしようと電話したら、酒を飲みながらラグビーを観ていた。にゃろう、気楽でええな。

「二人で話しながら進めていく感じやと思ってました。」なるほどドイツでやったデモンストレーションみたいな感じか、評判良かったもんな。

しかしあの時は10分、今回は1時間はやりたい。導入はドイツでやった感じにして・・・

そういえば、戌井君のお母さまに一緒に習いはじめた鉄割、山内が日本舞踊の初舞台を踏みました。

「おつかれさん。」

長唄『松の緑』のお手本を踊って見せて下さる尾上菊雍師匠。さすがは名取。
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2019年10月27日

大丈夫じゃない 大丈夫だよ

昨日は作業重視で稽古はサボり気味だった。

作品的に停滞気味で足踏み状態か。同じところをぐるぐると回っている感じ。そろそろ構成を決めた方がいいのだろうけれど、決めつけたくない気持ちがあってまとまらない。

そもそも城崎は滞在制作の場で期間中やるのもワークインプログレスなので、まだまだ決めつけなくてもいいのだけれど。

ワークインプログレスとは試演会のことで、観た人に感想や意見を聞きながらそれを取り入れたり参考にしたりしながら手直しする制作過程の会。

しかし内容がよく出来ていればいるほど、滞在制作中の作品の更なる内容の掘り下げが可能になるのだろう。わかっているのだけれども・・・

なんでもいい、どうでもいい、面白ければいい。本当か?面白いだけでいいのか。

まず言葉ありきでなくても別にいい。「あー脳みそが邪魔だ。」

最もレクチャーっぽくないはじまり方を考える。想像できる程度の作品になったらつまらないのです。

いまこれが「舞踏だ。」と言える瞬間へと向かう。その時点の最高到達点を目指す。

そうして淡路都志合宿まであと一週間、そこでも稽古して内容を深めていけるだろうから焦らなくてもいいような。

城崎では、まず初日に金粉ショウの本番をやるのでそちらのほうを先に決めた方がいいのか。

こちらは本番なので出来ていなければそれで終わり。収入に影響するので湯山たちが来る前に決めないとな。

決めます。京都と神戸の作品をミックスすればいいか。京都の音源がどこかに・・・京都に忘れてきたか?最近見ないな。どうしよう。

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金粉ショウと舞踏?レクチャーパフォーマンスのノート。

さて明日から木谷家の五姉妹が都志に集結します。

先日、長女の陽子さんが80歳の誕生日を迎えられたので、その傘寿のお祝いで久しぶりに五姉妹が集まるのです。女性が5人、賑やかだぞ。

妹も来るので6人分の布団を干したりして準備をしているので稽古が休みがちになっているのです。とか言い訳したりして。

敷布団を6枚干して、掛け布団を6枚干してという作業が結構重労働で大変です。都志は庭があるからいいけれど干す場所の問題もある。

いまは豪勢に二階の部屋を独占してるので、片付けて泊まれるようにしないと。

家中の大掃除をして迎える準備を整えています。

庭の雑草はまだまだ生い茂っているけれど、もうどうしていいかわからないので明日、次女の照子さんに相談しよう。

都志の家に住むようになる前は、照子さんが庭の手入れをしていた。どれが雑草でどれが果実をつける木だとか綺麗な花をつける草だとか、めちゃめちゃに混在しているので聞いてみよう。

大きな杉の木があるけれど隣へとはみ出しはじめてて、あれも切らないと隣のいじわるばあさんに怒られるかもな。

しかし喧嘩上等、怒鳴られたら怒鳴り返してやるぞ。

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二階より。昨日は敷布団、今日は掛け布団を干している。
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2019年10月26日

No music no life, No dance no life

城崎の『舞踏?レクチャーパフォーマンス』は築山建一郎に音楽をお願いできたので毎日、建一郎のCDを聞いてイメージをふくらませています。

大駱駝艦の本拠地『壺中天』での若者の作品はほとんどと言っても過言ではないぐらいに建一郎が音楽を担当しています。

その才能が認められてラクダカンの本公演にも楽曲を提供している。

本公演の音楽といえば鬼才・千野秀一が長く音楽を担当してきましたが、その前は坂本龍一さんその後はジェフミルズと大物が楽曲を提供している。

その中に混じっての楽曲提供、まだ若いのにたいへんなことです。そんな人に音楽を担当してもらえるなんて幸せ。

いままで過去の7作品で音楽を担当してもらい、何度もライブで一緒に共演しています。

独立してからはラクダカンに配慮して距離を取ってましたが、関西へ拠点を移したのでもう遠慮は要らない。もともとラクダに呼んできたのは俺だしな。

今回も当日はライブで演奏してもらう予定なので心強い、とにかく踊らせてくれるその実力は計り知れないのです。

そうやって考えるといつも音楽家は頼もしい人たちにお願いしている。

次回まつもとで音を出してもらう井上祐二、通称“ディル”には独立してから音楽を担当してもらってきた。

ディルは多くのダンサーと一緒に仕事をしている。おもにコンテンポラリーダンサーとの仕事が多いのかな。

音楽的才能はとんでもなくて現代の“ガリガリベートーベン”で、ギターをバイオリンの弓で弾く音が強烈で好きです。

そのほかにも叙情溢れるピアノを弾いたり、音を録音してそれをその場で加工して出したりと技は多彩です。

音楽的な特質でいうと、建一郎が“陽”ならばディルは“陰”なのか。

あとはアメリカの音楽家、エリック・サントスです。

ミシガン大学音楽教授でありながらバンドを組んで活動してたりする不良で、担当はヴォーカルとベースです。ちなみにミシガン大学の音楽学科はニューヨークの有名なジュリアード学院より上だそうです。

音楽的な才能は超一流でコンポーザーとして有名です。歌声も素晴らしくてオペラの歌を一度、聞いたことがありますが惚れ惚れとしました。

ラクダにいる頃に何回か音楽を創ってもらっていて、一度ミシガンに滞在して作品を一緒に創作した。

独立してからメキシコでやる作品用に創ってもらった曲は名作です。

また一緒にやりたいなあ。日本に呼んで一緒に作品を創りたいと願っていますが、お金がかかるのでなかなか実現しません。

そして今年の12月22日(日)にミュージシャンの潮田雄一君と一緒にやるのですがチラシが出来上がってきました。

センスがいいのだな。音楽もつまるところはセンス。麿さんも最後は“勘”と“センス”だといっている。

12月どうなるか。楽しみだな。このあいだのダンストラックが中止だったので東京では約一年ぶりに踊ります。

ミュージシャンの松本じろといい感じで稽古してたので残念だった。しかし2020年にリベンジします。

そういえばじろちゃんにもらったCDを聞いているけれどとっても素敵です。昼間っから酒を飲んだりして不良のふりをしているけれど、こころは少年なんだな。

こんにゃく座の大石さんからもらったCDを聞いても思うけれど歌というのは人柄をあらわす。その人がどんな人なのかが一瞬でわかってしまう。

歌を磨くためにはまずは内側を磨かねばならない。

大石さんの歌を聴いていると感動するものなあ。

踊りも一緒、人を感動させようと思ったら内側を磨き続けるしかないのです。

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可愛くて格好いいフライヤー。“ヤバンナイト”か。和田君のドラムはヤバンだからなあ・・・激しい夜になりそう。
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2019年10月25日

庭の雑草と人類の問題

昨日は朝起きて、玄関のドアを開けようと外へ出たら何故か雑草を抜きはじめてて朝っぱらから汗だくになりました。

玄関のドアが壊れていて外からじゃないと開かない。古い家なので急にドアノブが取れたりトイレが壊れたり色々と仕方がない。

さて雑草ですが、一番の強敵は野太いつるの根っこでまったくビクともしなかった。渾身の力をふり絞って小一時間格闘したけれど抜けなかった。

「あの時、なぜ根絶やしにしておかなかったのだ。」いうて韓国ドラマ『チャングム』でよく言ってるように根っこが残っているとまた必ず生えてくる。

午後、雨の中もう一度トライしようとするけれどやめて他の雑草を抜く。

そういえば台風21号が近づいてきてるのか・・・テレビがなくて情報をシャットダウンしているので知らなかった。なんだか風が強くて雨が激しいと思っていたら。

被災地の方がたは大変すぎるな。明日は我が身だけど。

一刻も早く森林破壊をなんとかしないと。しかし小麦や木材やパーム油や森林破壊の原因となるものを日本人も消費し続けているからどうしようもないかもしれない。

そういう商品を買わないしかないけれど、どうもそれだけでは更なる森林破壊が起こる可能性があるとか。

世界中で意識を変えるしかないけれど、とうの南米の国々やアジアの国々の意識が低いからそこから時間をかけて変えていくしかない。

自分たちで自分の首を絞めているのがなぜわからないのだろう。とか記しながら小麦製品を食べています。ビールも飲みます。

あとはパーム油か。パーム油は世界で一番多く使われている植物油。こちらもどんどん口の中に入ってくる。

とっても便利で使いやすいし健康にもいいので、スーパーの半分の商品に入っているとか。

しかしその生産方法が大問題で南米と同じくアジアの熱帯雨林を切り拓いて燃やしてCO2を大量に排出して、パーム油の原料のアブラヤシ畑をつくっていて森林を破壊し続けている。

東南アジアの島々では森林がどんどんなくなっている。

いま調べていたらこのパーム油問題は、人類の未来の鍵を握っているかもしれない。


やめられないとまらない、森林破壊。

困ったなあ。

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スマトラ島は日本よりも1.25倍大きな島。30年前と比較すると、森は半分以下に減少、低地の森はほぼなくなっている。WWFジャパンホームページより

そんな中、グーグルが“量子コンピューター”の開発に成功したかもしれないぞ。

現時点で最高のスーパーコンピューターで“1万年”かかる計算を“3分”で解くことができただって。1万年を3分に短縮!これはたいへんなことだ。

いままでの「0」と「1」のどちらかというデジタルではなくて、0と1の状態の両方をファジーにとれるとか。より脳ミソに近づいたのか。

その存在は予見されていた夢の量子コンピューター。E=mc2を思いついた人間の脳にまた一歩近づいたのか。

ちなみにいま一般にいう“AI”というのは単なる“AI技術”のことであって人工知能を指すのではないとか。

いまの人類の力では真の人工知能で“シンギュラリティー”を生み出すことは不可能だった。0と1だけでは森羅万象を測りきれなかったから。デジタルの限界がそこにあった。

しかしこれから量子コンピューターの力を借りれば真の人工知能を生み出すのも可能になるかもしれない。

いい加減で適当な脳に近づけることができる、柔らかくて有機的なコンピューターの登場。

そうして、このままいけば絶滅必至の人類を救う英知を人工知能が与えてくれたりして。

まあその頃、俺はこの世界にはいないかもしれないけれど。

どちらにしても地球誕生のときには人類はいなくて、地球滅亡の時には人類はいないでしょう。

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シンギュラリティ・Singularity:技術的特異点・・・技術的特異点?
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2019年10月24日

仕事?

最近、朝はだいたい6時に起きます。

まずは歯を磨きます。前の日に飲んで食べてそのまま寝るので多分臭い。なのでよく磨きます。歯間ブラシで念入りに磨いて歯ブラシで念入りに磨きます。

口が臭くなくなったら、座禅を組んであたまを空っぽにします。7つのチャクラに下からひとつずつ意識をもっていく。

こころを柔らかくし、あたまを自由にする。

そのあと朝の勤行をします。仏壇を掃除して花を庭から摘んできてお供えして、ついでに雑草を抜きます。まず雑草に認定されたのはこの花。

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手はじめにこの花をつける雑草を徹底的に抜いている。

小さいと可愛いですがでかくなってくると手に負えなくなる。しかしすぐに根っこごと抜けるので気持ちがいい。花が枯れるとばらばらの種になって服にくっつくので厄介。

花を供えたら、線香を立てる香炉を掃除して整え、お茶を淹れて仏前に供えます。水ではなくてお茶です。仏さまは香りを楽しまれるのだと教わりました。

ロウソクを立てて、線香に着火。伽羅というとってもいい香りの線香で高価なので半分ずつつかいます。

朝の勤行が終わるとこの『ブログ?』を記します。

そういえば原稿執筆の依頼がきました。ありがたい。文章を書いてはじめてお金を頂きます。1200文字。

このブログ?が毎日だいたい1200文字ぐらいなので朝飯前か。でも気軽に記すエッセイではないのでまた違うかな。

さて朝飯前にブログ?を記して、そのあとは諸々の作業をしたりしながら「ずーっ」と作品のことを考えます。

昨日は、お酒も飲まずに夜遅くまで新作のことを考え続けました。

なにせ考えるのが仕事、一日中考え続けます。雑草の草抜きをしながら考え、海に石を拾いに行くため自転車に乗りながら考え・・・

久しぶりに浜へと行きましたが、石を積むのが流行っているのだな。石を積んでスマホで撮影してインスタグラムにアップして「いいね」

積み石が要所要所にあって、神聖な感じが漂っていて不思議ですがゴミがひとつもなくなっていた。

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自然との遊びだな。誰でもできるし、ついでに功徳もあるなんてとってもいい遊び。Photo by GAHAG.

真言宗では“五輪塔”といって石を積んだりします。五輪とは五大、下から地・水・火・風・空を示し、仏教の宇宙観を形象化し、これによって真理をあらわす。

山で石を積むのは“ケルン”といって道しるべの意味がある。人が亡くなったところに積む場合もあるようです。こちらは慰霊のため。

賽の河原で子どもたちが積むのも石です。

「ひとつ積んでは母のため、ふたつ積んでは父のため。」しかしせっかく積んだ石は鬼たちによって蹴り壊されます。酷いことです。

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こちらはロックバランシング。これも遊び。Photo by Google.

舞踏でも卵を立てるエクササイズがありますが、集中力を養えます。

昼飯を食べて1時間ほど休んでリフレッシュ午後も考えます。うろうろしながら考えます。掃除をしたりしながら考えます。メールをしたりetc..etc...

大切なのは突っ込みと掘り下げ、そうして閃き。

あたまを柔らかくしてこころを柔らかくして、こころとからだを遊ばせて自由自在に考える。

真面目は禁物、クソ真面目なんてクソ。常識を疑って疑って。

「ほんとうか。ほんとうにそれでいいのか?」

疑い続けるのです。

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木製の卒塔婆というのもこの五輪をあらわしている。
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2019年10月23日

令和が平和でありますように

正殿の儀、興味深かったです。

のろのろゆっくりと雅やかな儀式でした。

高御座が開いて天皇があらわれる演出は流石でした。

高御座から国民の代表である安倍首相を見下ろす格好になるのが、国民主権に反しているという指摘があるけれど論議は深まらず平成の儀式を踏襲したとか。

昭和天皇の即位の際はもう一段低い前庭へと首相が下りて挨拶をしたらしい。

それが君主と家臣の関係を思わせると平成の代替わりの際に同じ松の間に立つことになったが、天皇を仰ぎ見る構図は変わらなかった。

確かに同じレベルでも良かったかもしれないが、象徴としての威厳を保つ意味でも多少の高低差があるのは結構なのではないか。

どうなんだろう。

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安倍晋三首相の万歳三唱を受ける天皇陛下(22日午後1時24分、宮殿・松の間)=撮影:日本経済新聞

安倍さんと一緒に「天皇陛下、万歳。」と思わず言いそうになったけれど言わなかった。言えなかったのか。

原爆の犠牲になった祖父のことを思うと心の底からは祝えなかった。

古式ゆかしき儀式として眺めるぶんにはいいが、それとこれとは別。「ご即位を祝して」といくら趣旨を明確にしても天皇礼讃であることは変わりない。

天皇も首相も“平和”という言葉を口にしていたが、ほんとうに平和がいちばん。子どもたちのためにも孫たちのためにもこれから生まれ来る命のためにも平和の維持が大人の義務だと思います。

アメリカの言いなりで兵器を買ったり、アメリカに付き合ってホルムス海峡に自衛隊を派遣するのも問題だけど、どうぞ戦争に巻き込まれないようにして欲しいです。

日本は太平洋戦争の敗戦により戦争を放棄しています。

独立主権国家に正当に与えられた外交手段“戦争”。その手段を永久に放棄する。

そのことは憲法にしっかりと記載されています。安倍さんが必死で変えたがっている憲法9条です。

ちなみに南米コスタリカは軍隊を持っていません。

いざとなったらどうするのか?徹底的に話し合いで決着をつけるのだそうです。

もしもナチスドイツや大日本帝国のように侵略してきたら・・・いまはネット社会、世界中がインターネットで観ているので他国が放っておかない。

中国が香港に下手なことができないのも世界中が見ているからです。

『日本国憲法第9条』

“日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。”

太平洋戦争は軍部の独走によってはじまったと言われているが、開戦早々は大日本帝国の独裁者、昭和天皇が先頭に立って指揮していた。

軍部に押し切られての渋々の宣戦布告ではあったかもしれないが、決して嫌々ではなかった。

そこには喜ぶとまでは言わないが、前向きな姿勢で戦争に向かっている天皇の姿がある。

最終的には、負けが続き嫌になってさじを投げてしまったのだが。

最高権力者であった昭和天皇の罪はいまでも重い。

合計310万人以上(1963年厚生省発表)の国民を犠牲にした戦争の後遺症や問題は、いまだに世界中のあちらこちらに残っているのですから。

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それにしても雅子さん良かったなあ。いままで嫌がらせやいじめを受けてた女官たちに仕返しを・・・ということをしてはいけない。目には目をではキリがないのです。
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2019年10月22日

即位の礼と城崎と

今日は即位の礼か、テレビで観よう。

安倍さんの政治利用だとか政教分離に反しているとか新聞には書いてあります。

一番の問題は、象徴天皇になってからの儀式ではなくて神話に基づくような儀式をそのままやろうとすること。

前回の即位の礼では、細心の気を使って憲法に抵触しないようにあまりにも宗教色の強い儀式はやらなかったとか。

確かに天皇が人間だと宣言したのに神さまだった頃の儀式をやるのは、ずれているし矛盾がある。

まあでも難しく考えないで、伝統行事として皆んなで鑑賞して楽しめばいいのではないのかとも思います。

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確かにすべて税金と考えたら贅沢すぎるやろ。とも思う。Photo by Google.

さて城崎の『舞踏?レクチャーパフォーマンス』まであと二週間とちょっとなので長考に入りました。

毎日うんうん唸ります。

11月7日から17日までの滞在制作のあいだの滞在費を稼ぐためと宣伝のために金粉ショウを七回やります。金粉の稽古もしないとなあ。たいへんだぞ。

合間に子どものワークショップを二回、大人向けワークショップを一回、そうして本来の目的のレクチャーパフォーマンスを三回行います。

すべて無料です。あっ、金粉ショウは投げ銭を頂きますが。

レクチャーパフォーマンスは、2020年に東京でやるのですが会議室でやるそうです。なので城崎も会議室でやろう。

パフォーマンスを最もやりにくい場所のひとつが会議室。殺伐としてて芸術とか最も関係のない場所。殺風景でなんの雰囲気もなくて無機質で事務的で退屈な会議をする場所というイメージ。

稽古で会議室を借りたりするけどやりにくいもんなあ。そしてやる気が出ない。

そういう場所をわざわざ選んでパフォーマンスするのはそういう場所のほうが来やすい人たちがいるから。会議室がホームグラウンドな人たちに舞踏って何だろうとレクチャーをするため。

普段、劇場になんて来ない人へ向けて出張で舞踏をレクチャーをするのが目的。

ラグビーは難しいほうへ逆へ逆へと切り込んでいくことでチャンスを切り開く。

ラグビーと同じでやりにくいほうへやりにくいほうへと突っ込んでいくことで、舞踏の新しい可能性も開けてくるかもしれない。

そんなことも考えながら内容も考えます。

「舞踏ってなんだろう?」喋る言葉を決めないといけないな。

「舞踏は1959年に日本で生まれた舞台芸術です。能狂言や歌舞伎と同じようなものですね。

しかし生まれてまだ60年しか経っていない。能狂言が約600年、歌舞伎が約400年と言われていますがそれ等と比べるとまだまだ生まれたばかり・・・」

お喋りよりも踊りのほうが得意なので、説明はそこそこに実演に入っていきます。合間合間にお喋りを入れて休憩しよう。

大切なのは緊張と脱力、集中と緩和です。

音楽を築山建一郎に頼みたいけれどまだ言ってない。そんなに謝礼が渡せないので頼みづらいのです。

無機質な会議室をどう非日常の空間にするか。

杉山至さんにも相談してみようか。とんでもないアイデアを言ってくれそう。舞台美術で入ってもらえば面白いけれど予算がないに等しいから無理だな。

いや自分の頼みを自分で断るのが一番いけないのです。当たって砕けろだ。

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兵庫県川西市のギャラリーでやったレクチャーパフォーマンス。音楽:築山建一郎
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2019年10月21日

サクラエビ負けた

昨日は日曜日だし、夕方からビールを飲みながらラグビーを観戦。フランス対ウェールズ。

ウェールズはラグビー大好きで、ラグビーが国技だそうです。

フランスはスクラムが大好きで、全日本のスクラムコーチがフランスへ留学して勉強してきたからオールジャパンはスクラムが強くなったとか。

しかしラグビーというのは見れば観るほど面白い。もともとルールには詳しかったけれど、知ってる以外にもたくさんルールがあります。

モールと言いますが倒れたらすぐにボールを離さなければならないのは知っていたけれど、そこに参加するにはいちばん後ろから突入していかないと反則。確かに列に並んでても横入りはダメ。

首から上を狙ったタックルはダメ。腰から下へタックルをしないといけない。首から上への危険タックルはペナルティー。悪質だと退場です。

昨日も最初はフランスが天才的若者の活躍があって優勢だったけれど、一人反則で退場になってしまって惜しくも敗退。

首へのタックルの後、ヒジで顔を殴ってレッドカード、一発退場。

バレないかなと思い切ってヒジを入れてたけれど、いまは映像をあらゆる角度から撮っていて巻き戻してスローで観たりするのでバレないようにするのは難しい。

フランスの選手は皆んなに手を合わせて謝ってたけれど思慮が足らなかった。闘志をむきだしでぶつかり合うのでどうしても荒っぽくなるのは仕方がない。小競り合いはしょっちゅうだもんな。

けれど退場で一人少ないのはもったいない。あきらかに不利。

ちなみに突き飛ばしたり服を引っ張るのは反則ではない。ハンドオフといって手のひらで殴るのはOK。投げ技や足をかけたりして、ほぼ格闘技だな。

昨日も怪我、流血は当たりまえ脱臼や骨折も多そう。皆んな鼻が曲がってる。耳も無くなってる。けどそんなことは御構いなし。

すべてはトライを奪うため。

そのためだけにからだを犠牲にして死力を尽くす。

ボールが楕円である。というのもラグビーの一つの大きな特徴。偶然や時の運が関係してくる。運命の女神のいたずらなんてのも多そう。

勝負の行方と同じで、どちらへ転ぶかわからない面白さがあるのです。

そういえばアナウンサーが「ここで負けたら即帰国。」いうてて笑ってしまった。その言い方やと帰国するのが嫌やから頑張ってるみたいやんけ(笑)

さて続いて日本は南アフリカと対戦、一回もトライを取れずに敗退。ぼろ負けではないけれど歯が立たなかった。

前回は南アフリカに油断があったかもしれない。舐めてて負けてしまった。今回は本気を出してきた感じだった。

それにしてもうちのワイフが日本代表のジャージを「エビにそっくり。」と言いはじめてそうとしか見えなくなってしまった。

桜だからサクラエビか。

あとキックオフのときのへんな「よーーー」ていう歌舞伎みたいな掛け声やめて欲しい。

せっかくのホイッスルが台無し。余計な演出です。

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これはしかし・・・ほんとうにエビがモチーフではないのか。Photo by Google.
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2019年10月20日

テレビで半グレ

都志ではテレビを観ないことにしてるので、普段は外して片付けています。

昨日は、ニュージーランド対ウェールズ戦を観たかったので久しぶりに取り付けました。

付けた途端にNHKスペシャル『半グレ〜反社会的勢力の実像』が流れてきたので釘付けになった。

テレビの吸引力というか注意の惹きつけ方は暴力的ですらあります。一気に情報が流れ込んでくる。

半グレは1991年の暴対法によって誕生、暴力団が暴対法で身動きができなくなったその隙をついて勢力を拡大してきたという。

”東京の『関東連合』がそうした“半グレ集団”の典型とされている。

ほか、中国残留孤児の2世ならびに3世を中核構成員とする『怒羅権』や、大阪ミナミで傷害事件などを繰り返しているアマチュア格闘技団体『強者・つわもの』などが“半グレ集団”の例に挙げられてきた。”by Wikipedia.

ドラゴンのリーダーが番組に出てたけれど、いまは更生して刑務所に本を送るNPO法人の代表をしてた。

「暴力団の陰で新興の組織犯罪集団が勃興している。彼らに対する公的な呼称はまだなく、本書では“半グレ集団”と呼ぶことにする。

“半グレ”とは彼らが堅気とヤクザとの中間的な存在であること、また“グレ”はぐれている、愚連隊のグレであり、黒でも白でもない中間的な灰色のグレーでもあり、グレーゾーンのグレーでもある。」溝口敦(2011年『ヤクザ崩壊 侵食される六代目山口組』)

やっていることの内容はヤクザとほぼ同じで利益は何百億。その金を元手に投資をしたりして汚れた金を洗浄し安全なカタギの仕事へと移っていく者もいる。

ヤクザに比べて組織が曖昧で命令系統もよくわからないのが特徴なのだとか。組織が複雑化してて、末端が逮捕されてもその末端を切ることによって捜査が中枢には至らないのだという。

盃を交わして親と子と明確にするヤクザとはまったく違う組織構成なのだ。そうやって考えるとヤクザというのは良く言えば格式があって由緒正しい。悪く言うと古臭いのだな。

ヤクザとは違いリスクが少なく付き合えるというので、政治家や企業が利用しているとか。

半グレは友達感覚で気軽に入れるというのが勢力拡大の要因になっている。SNSで知り合った若者をどんどん吸収して利用して犯罪に巻き込んでいく。

映像の中に登場した男は、インスタグラムのフォロワーが六万人だった。

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番組に出ていた通称“テポドン”。もともとは『つわもの』のメンバーだったとか。

一攫千金を夢見て犯罪に手を染める若者たち。

しかしその実情は弱肉強食の権化であるトップが利益のほとんどを独占するヤクザの世界とまったく同じで、末端の若者にはその危険に見合った金額など当然ながら払われない。

番組に出てきた沖縄の若者も、振り込め詐欺のお金を受け取るいちばん危険な末端の仕事“受け子”をたった二万円で引き受けて現行犯逮捕され、服役して出てきたばかりだった。

沖縄は失業率が一番であり、若年層の失業率もワーストワンなのだとか。

低賃金長時間労働による離職が問題で、せっかく就職しても条件がまったく違ってる“ミスマッチ”が多いのだ。

そういうことも半グレに関係するようになる原因のひとつなのだろうなあ。

沖縄の政治家に期待したいところだけど、基地問題でもめてるしそれどころではないか・・・大切なことなのだけど。

この番組は再放送だったが、調べたら最初の放送を警察庁長官が観て、激怒して大阪府警に抗議の電話をかけたと知った。

半グレを美化してるようにはまったく見えなかったけれど、長官はどこを観て何で激怒したのかな。

ちなみにラグビーはニュージーランドが圧勝。今日は日本対南アフリカ。

どうなるかな。

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W杯で南アフリカ代表との試合前、伝統の踊り『ハカ』を披露するニュージーランド代表、横浜市日産スタジアム。撮影・松永渉平
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2019年10月19日

Hybrid is unlimited

「舞踏はハイブリッドだ。」舞踏家、室伏鴻は言いました。

「ハイブリッドは無限の可能性を持つ。」と小説家、ウィリアム・バロウズは言っています。

オバマ前大統領はハイブリッド、ボブ・マーリーもハイブリッド。

テニスの大坂なおみさんもそうだし、バスケの八村塁選手もそうだし陸上は言わずもがな。

純血とか血統書とかほんとうにもう、どうでもいいのだ。

人類は、どんどん混ざってお好み焼きみたいになればいいのに。どこの国も、もっともっと移民を受け入れてブラジルみたいな国になればいいのに。

そうすれば人間本来の多様性を受け入れるしかなくなるし、心が狭くレベルの低い差別もなくなるでしょう。

国技とかいわれる大相撲も国を越えて皆さん活躍をしている。

ラグビー日本代表なんていったって色々な国の人と色々な人種の人が入り混じって、何が日本国で何が日本人なのかとかどうでもよく思えてくる。

そんななか「ラグビーは日本人だけのチームではないから応援に力が入らない。」なんていう人がいるとか。

ヘイトスピーチも相変わらずなくならない。

日本は島国で鎖国なんていう政策をやってたぐらいでただでさえ排他的な民族。単一民族幻想のようなものがいまだにあるのです。

結局は教育だな。学校にも差別的な考えの先生はいるだろうし、父親が差別主義者なら子もまた影響を受けてそうなるでしょう。

うちの父親が差別発言をしているのは子どもの頃によく聞いた。そういうことがあるのだと子ども心に思ったのをよく覚えている。

最近、街で我がもの顔の韓国人や爆買いしている中国人を見ると腹がたつのはそれが原因かもしれないと思ったり。言葉がわからないのも腹がたつ大きな原因か。

西欧人を見るとカッコいいと思うのはコンプレックスがあるから。英語だとわからなくてもこちらが悪いような気になるのはグローバル化の影響。

西洋人は上品なように感じるのもコンプレックスが原因か。どうもアジア人というのは下品な感じがする。自分に似ているから嫌いなのか。

自分の中にある了見の狭い差別意識を冷静に見つめて何故だろう?と真剣に考える。

舞踏家として恥ずかしい。

人間というのは究極は自分のことしか考えないから仕方がないことだけれど、人類の特質である多様性を受け容れられないことは大問題である。

ドイツではネオナチが再燃、アメリカでもトランプが煽るから移民差別や黒人差別が再燃してきているとか。アメリカなんて移民の国だからトランプ自身のルーツも移民にあるのに。

世界中でナショナリズムが台頭してきている。それを自分の都合のいいように利用する政治家がいる。第二、第三のヒットラーがもう既にあらわれているかもしれない。

多様性をどうやって受け容れるか。人類の永遠のテーマかもしれない。

そのためにはやっぱり教育が重要。

日本代表キャプテンのリーチ・マイケルが言うように“ひとつのチーム”として考えることができればいいのになあ。

環境破壊も核や原発も人類共通の問題。

自分一人では生きられないし、自分一人が生き残っても仕方がないのです。

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“純血”で検索したらでてきた。ペット業界の黒い噂は絶えませんが喰い物にする人はどこにでもいる。
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2019年10月18日

偽物にはどこか嘘がある

さあ都志に帰ってきました。

神戸三宮から明石大橋を渡ると景色が一変します。

途端に緑が豊かになって人の気配が減ってきます。自然とともに暮らしている感じがします。

逆に淡路島から神戸へ橋を渡るときは、そのびっしりと灰色の人工物に埋め尽くされた都会の景色を眺めて異常だなあと「ぞっ」とします。

淡路島は、戦時中も疎開場所だったぐらいでアメリカも標的にはしなかった。それぐらいもともと人が少ない。

でもそれぐらいがいいのだと思います。

そうして食料自給率が120パーセント。誰かが言ってましたがいざとなったら独立できる。

都志ですがさすがに三ヶ月留守にしていたので、雑草がもの凄いです。

自然に呑み込まれかけてた。立派な蜘蛛の巣がたくさんあったけれど、破壊して「ごめんな」人が住んでるねん。

そういえば、庭を散策してたらお祀りしてる“アロハ像”が倒れて左目が粉々に砕けて片目になっていてびっくり。それはそれでまた一興、唯一無二のアロハ像になった感じ。

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庭のアロハ像。片目になったのか、片目が開眼したのかどっちだろう。

夜はのんびり、司馬遼太郎さんの若ものへのメッセージを読んで感動したり、井上ひさしさんの戯曲『父と暮らせば』を読んで涙したり。

レコードを聴いたりしながら日本酒を一献。秋の夜長を愉しみました。

今日は雨が降ったり止んだりなので、天候を見ながら雑草を抜こう。

そんでもって、今日から城崎の稽古です。

新作だから真っさらなあたまとこころで臨みます。決めつけや思い込みに用心。

人間というのは保守的なので、放っておくとすぐに守りに入って同じことをやろうとするのです。一般の生活者ならそれで結構ですが、作家さんは要注意。

舞台でしか出来ないことを考え続ける。井上さん言うところの“舞台の機知”です。小説でもなく映画でもなく舞台上でしか起こり得ないこと・・・

柔らかあたまで自分のそして社会の常識を疑い続けるのです。

新しい、舞台でしか出来ないことを思いつくまで。

とか真面目になるな。真面目は禁物、クソ真面目なんてクソ。「遊び遊び」

「人が生きるということの本質は遊びであり、文化は遊びとして成立し発展した。」by ホイジンガ

ホイジンガは、現代社会が利益追及主義に覆われて遊びという余裕がなくなっていく現象を文明の衰退であると警告している。

ぎちぎちに詰め込んで、そんなに急いで何処へいく?

急いで真っ直ぐに駆け抜けても一生、のんびりと道草を食って寄り道して遊び倒しても一生。

そのためにも自給自足できるように急がねば。

世界が万が一、戦争になっても生きていけるように・・・まずは庭の雑草抜きからです。

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こちら高野山の自然に呑み込まれていく弘法大師像。苔むしてまるで漫画『ナウシカ』に出てくる仏のよう。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:36| ブログ?

2019年10月17日

偽物と本物と信仰と

昨日は川西にもう一日いることになったので、用事のある高野山へ行きました。

リュックに数珠とノートブックをぶち込んでバスで川西能勢口へ。

阪急電車で大阪梅田まで出て、サンドイッチを買ってJRで新今宮までいきそこから南海電車で高野山へ。

電車の中で『ブログ?』を記します。川西で記しかけたがまとまらず、空いてる車内でパソコンを開いて続きを打ち込もうとするけれどうまくいかない。

買ってきた朝日新聞を読んだりするけれど「うーん。」スラスラとうまくまとまる時もあれば、いっこうにまとまらないこともある。

文章の羅列のようになってくるといまいちで、起承転結を導き出せなかったりする。新聞の文章を読んでいると「さすがはプロだなあ。」とその上手さに感心する。

そろそろ高野山の入り口、極楽橋という辺りでなんとか強引にまとめて写真を貼り付けます。

ラグビーカナダ代表の写真を朝日新聞デジタル版から持ってきて貼り付けたら“無断転載を禁じます”という文字を見つけたのでやめて、ラグビー協会のツイッターの写真にする。

SNSはコンテンツフリー、安心して写真を使えます。「ほっと一息。」外の絶景を眺める。

極楽橋からケーブルカーで一気に800メートル上がります。5センチぐらいのワイヤーでグイグイ引っ張って5分で終点、高野山駅です。

駅からバスに乗り換えて高野山内へ。峻烈な紀伊山脈の海抜900メートルの山の中に、奇跡のように広がる大盆地に真言密教の根本道場があります。

まずはこの旅の目的、総本山『金剛峯寺』へとお参りして弘法大師“空海”の御真影を頂きます。田無にお祀りするためです。

真言宗では左に不動明王、真ん中に大日如来、右に弘法大師の御影をお祀りするのです。

さて旅の目的は果たしたので、安心して宝物殿『霊宝館』へと向かいます。入り口にありがたい感じの弘法大師の像があったので浄財してお経を上げます。

祈り終えて顔を上げたら“複製”と書いてあって「ガクッ」いきなり騙された気分で「なんやねん。」

この霊宝館ですが、運慶快慶作の仏像以外は複製でした。空海の書が並んでいたけれど、どれもこれもコピー。

しかし一点だけ弘法大師の真筆が特別公開されていた。その横にいままで公開されていた複製が並べられていて、本物と偽物について深く考えさせられました。

本物は和紙の柔らかい質感と毛羽立ちがあって、墨の色も陰影が豊かで惚れ惚れとする雰囲気があった。弘法大師ではない僧侶があとから書き入れた文字も一目瞭然だった。

いっぽうコピーのほうは一見しただけだとまるで本物なのだけれど、よく見ると質感も雰囲気もなくてのっぺりとして色も潰れててあきらかに違っていて興味深かった。

似て非なるもの“えせもの”。姿形はそっくりなのだけど内容がなくて本質的な価値が違う。

でも弘法大師の像のように複製と書いてなかったら騙されたかもしれない。

この世の中には本物と偽物と似非物が有象無象に玉石混淆しているので、それらを見抜く落ち着いた心眼が必要です。

あとその労力と手間を想像して驚愕したのが“八万四千宝塔”というもの。

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宗教専門紙『文化時報』最新情報より。

10センチほどの木製の五輪塔に梵字が記してあって、底にはお経と誰が誓願したかが書いてあって中には紙に書いた経文が入っている。それが一万五千個以上あるという。

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おなじく宗教専門紙『文化時報』最新情報より。展示では未完成のもの、梵字をまだ書いていないものもあった。

同じく木製の箱、16個の中にびっしりと五輪塔が入っていて、その思いの密度に圧倒されてやっぱり内容なんだな。と納得。

そういうものがあるという噂はあったけれど、三ヶ月前に発見されたばかりでこれから色々と研究が進むらしい。

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高野山『霊宝館』ホームページより。

余韻に浸りながら歩いて奥の院へ。

奥の院に最も近い『清浄心院』の前を通りかかったら、炎がチラチラ見えて太鼓の音が聞こえてきたので「なんだろう?」と立ち寄ります。

お堂の中で火を焚きながらお経をあげています。少し一緒に不動明王の真言を唱えましたが、キリがないので失礼。

いまGoogleで清浄心院を調べていたら、どんどん日本の裏社会へと迷い込んでしまい危ない危ない。宗教とお金は切っても切れない関係。

しかしそれは宗教の一面であり、お釈迦さまお大師さまの教えとは本来無関係で、宗教を利用する人たちが問題なのです。

帰りは人身事故で阪急電車が全面ストップしていたので、仕方なしに遠回りしてJRで帰りました。

人の命よりも高価なホームドアなり。

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清浄心院住職、池口恵観氏。永田町の怪僧だって。面白そうな人。Photo by Google.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:35| ブログ?