2020年03月26日

対岸の火事

東京都知事から外出自粛要請がでました。

東京の都心はわかりませんが、西東京市などはあまり危機感がないので皆さんウロウロしてる。

ウィルスの感染は日本ではよく言えばゆるやかに、わるく言えばだらだらと続いています。

いっぽうヨーロッパがたいへんなことになってきています。自由民主主義だから中国と違ってここまで広がっているのか。

最初の感染源が1党独裁の中国で起こったというのが、このいまの流れをつくりだしてしまっている。武漢という1都市を閉鎖するという強引で乱暴な対策を各国が模範としてしまったことに、この世界的な大混乱の原因があるのだな。

「感染症に国境はない。自国だけ考えていては解決はない」と世界エイズ・結核・マラリア対策基金、グローバルファンドの國井修さんは言う。

オリンピックの延期というのはその象徴ですね。

國井さんのつとめるのは、元国連事務総長コフィ・アナン、ビル・ゲイツ、U2のボノ等から絶大な支援を受けてきた国際基金グローバルファンド。世界で最も多くの人命を救っている世界最強と称される国際機関。

各国政府や企業などから資金を調達し、感染症対策をするちからが十分でない約130カ国にたいして医薬品や検査機器の提供をしているそうです。

これまでに3千万人以上の死亡を防ぎ、数億人の感染を予防してきたとか・・・

先日、惜しくも亡くなられた中村哲さんもそうですが、世の中には人のために尽力しておられるかたが大勢いるのだなあ。

國井さんの経歴を見ると若い頃から凄まじい活躍をされている。

自分を省みると、お恥ずかしいです・・・いや恥ずかしがっていてもしかたない、自分にできることを精一杯やろう。

それはさておき。いままで途上国では新型コロナウイルス以上の威力をもつ病原菌が多く流行してきたが、世界はそれほど真剣に対策に取り組んでこなかったという。

エイズ、結核、マラリアの世界三大感染症というたった三つの病気で1日約7000人、年間約300万人が亡くなっているのです。

患者はマラリアだけでも年に2億人以上、大半がアジア・アフリカなどの底所得、中所得国なのでそれほど騒がれないのだとか。

たしかにこういったニュースは、新聞やテレビのそれもNHKだけで見るぐらいでかんぜんに対岸の火事だった。

それが今回は人口の多い先進国の都市部で流行しているので、世界中が大騒ぎをしている。

鎖国並みの対策がほんとうに必要でほんとうに有効だったのか?その効果をきちんと分析し社会的な損失と経済的な損失とを比較して評価し検討しないといけない。

そう國井さんは言う。

そうして、やはり人類と微生物との共存を模索することも大事だと言っていた。

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國井修さん。内科医で学生時代にNGOを立ち上げるところからはじまって、国立国際医療センター、外務省、長崎大学、ユニセフなどを経て2013年から現職についたそうです。

参照・引用:2020年3月25日 朝日新聞 オピニオン『鎖国で解決する?』世界エイズ・結核・マラリア対策基金、グローバルファンド戦略投資効果局長 國井修インタビュー 國井修公式HP
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2020年03月25日

遠くはなれて

今日は新月、新しいことをはじめます。

まずは4月28日にやるかもしれない、ソロ公演『舞踏?』のことを考えはじめます。

こちらは東京での開催。オリンピックも延期が決定したいま、感染症の影響で実施されるかどうかはまだわかりません。わかりませんが舞踏?のことを考えはじめます。

はやくではなくゆっくり、たかくではなくひくく・・・オリンピックと正反対の価値観をもつ舞踏というもの。生きるということと同時にある死を見つめる芸術・・・

あと1ヶ月、内容を散らかして決めつけずにいこう。あたまを遊ばせて、からだを整えていくのです。

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舞踏家養成ギプスが都志にあるな・・・新しくつくるか。Photo by bozzo.

先日、2020年の公示地価が発表になりました。

今年は全国的に値上がりしたとニュースで喜んでいた。土地が上がって喜ぶことは、土地を持っていない自分には関係ありません。

1位はダントツの銀座4丁目で、なんと1平方メートルあたりで5770万円だとか。

腹がたつなあ・・・

土地なんてもともとは誰のものでもなかった。それを大昔にご先祖さまが勝手に住みはじめただけ。終戦のどさくさで、ここからここは俺のものだなんてやったところもあるのでしょう。

淡路島を見たら庁舎のある洲本市本町で4万8千円。銀座の約1000分の1の値打ちしかないという異常なほどの価値の格差がある。

そんなに銀座が偉いのか?頭にくる。まったく、革命が起こらないかな。いや起こらないかなとか言っていてはダメだな、革命を起こしてあらゆる価値をひっくり返すのです。

オリンピックに象徴される速い方が良いという価値、高い方が良いいう価値、多い方が良いという価値。右にならえの価値観は真っ平ごめん、クソ喰らえだ。

誰かが独り占めして、誰かだけが大儲けしている。格差が広がり続ける、そんな世界で本当にいいのか?

オリンピックから遠くなはれて、オリンピックの価値観から遠くはなれて、東京から遠くはなれて。

銀座から遠くはなれた、淡路島の都志にて公演をやります。

東京から見たら価値が1000分の1かもしれないけれど、そういったことをひっくり返すぐらいに面白いことをやるぞ。

オリンピックの価値観から遠くはなれた勝ち負けではないところで、仕方がないとあきらめてしまわずに、仕様がないとやめてしまわずにやりますよ。

ピンチはチャンスだ。

こんな事態だからこそ、こんな状況だからこそ、世界はエンターテイメントを求めている。そして世界がやれないのなら自分たちがやる。

そんなふうに昨日の夜、舞踏家集団デュ社副代表の湯山大一郎と電話会議であつく打ち合わせをしました。

都会ではない都志だからこそやれるのだとも話しました。

都志から世界へ、世界から都志へ・・・

夏合宿への、その第一歩でもあるのです。

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音楽を建一郎にお願いしよう。Photo by Masami Mori.
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2020年03月24日

桜の頃

東京では、そろそろ桜の見頃です。

西から東へと桜前線が移っていくということは、関西は見頃を過ぎたのか・・・

都志ではどうなっているのだろうか。気にかかるなあ。帰りたい・・・帰れない。

先日、娘の卒業祝いに久しぶりに外食をしたけれど店は混雑していた。身近に感染した人がいれば気をつけるだろうけれど、いないのだものな。仕方がない。

けれど、東京でも感染者がじわじわと増えてきています。

このままダラダラと続くようだとたいへん。中国はピークアウトしたというから、自然な流れで感染していかないと収束しないのかもしれない。

公園を通ったらお花見へといく人たちで混雑していました。東京は街にも人が溢れていて、騒動もどこ吹く風だから感染が増えていくのは自然なことです。

さて自分の身の回りには、お花見が好きな人はあまりいません。

麿さんは花見が大嫌いだった。理由は酔っ払いにからまれるから。戌井君も好きではないようで、軽蔑をしているような感じでもあった。理由は聞いたことはありませんが。

自分も花見はあんまり好きではありません。ビールはぬるいしコップはペコペコするし、用意周到でいかないとあれがないこれがない、あれがあれば良かった。となってしまう。

暗くなってくると何を食べてて、何を飲んでるのかもわからなくなってくるし、だいいち花なんて誰も見てないし関係ないもんな。寒くてがたがた震えた記憶も数知れず。

暖かい部屋の中で何不自由なく飲むのがいちばんです。

ところでソメイヨシノというのは寿命が短くて、戦後植えられた樹がそろそろ寿命なのだそうです。

画一的で揃っていて、すべて同じなのが好きな日本人に好まれるソメイヨシノ。ですが、桜というのは実は多様で600以上もの種類があるそうです。

枝垂れ桜に八重桜、山桜、あとはえーと・・・

ある春の日に桜吹雪を見ながら『2001年壺中の旅』のシーンアイデアを思いついた。そのアイデアをもったいつけずにオープニングでやればいいと冗談交じりに言ったのは兄弟子の村松卓矢だった。

それを真に受けてほんとうにやる、若さと勢いがあの頃はあった。

懐かしいな・・・

制作していたのはちょうど桜が満開から舞い散る頃だった。2001年の春は制作に必死でお花見などやらなかった。

その後、毎年4月から5月に新作を大駱駝艦壺中天にて制作させてもらったが、いつもうまくいかずに春頃は憂鬱だった。稽古場にいくのが嫌で公園でひとり桜を見上げていた。

たいへんだったけれど、あの頃の経験が自分を支えてくれているのは事実です。

貴重な経験であり財産でもあるのです。

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公園からの帰りに道端に桜が風に飛ばされて落ちていたので、拾って帰り花瓶に活けた。
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2020年03月23日

神事

15日間の大相撲春場所が感染者も出ずに無事終了。

いろんなイベントが中止や自粛になるなかの注目の場所を見事にやりきりました。

ながい大相撲の歴史の中でも異例の観客なしの場所。

結果は35歳の横綱、白鵬がふた場所ぶりの幕内最高優勝。44回目だって・・・ダントツの優勝回数、白鵬が強すぎるのか他が弱すぎるのか。

34歳の横綱、鶴竜との相星決戦だったけれど完勝だった。鶴竜は同世代に白鵬がいなければもっと優勝できたのだろうけれどそれも星回り、運命の巡り合わせです。

モチベーションをどうたもつかと白鵬が口にしていたけれど、皆んながいつもとは違う場所にとまどい、力を発揮できずに終わった力士もいたことでしょう。声援は最後のひと息をあと押ししてくれる。

そういう意味では舞台は観客の声援がないから、ちからが出しにくいのか・・・

ちからは入らないほうが、いいおどりが出来るので声援はないほうがいいか。わかりやすい笑いがあると調子にのることは・・・ないな。

関脇、朝乃山は千秋楽に大関、貴景勝に勝利して11勝4敗で終えました。まだ26歳、これからです。

そうして審判部が八角理事長に臨時理事会の招集を要請して受理されたとか。朝乃山は大関昇進確実となりました。良かった。

「前途洋々、将来に期待しての昇進」そう解説のかっこいい真っ赤なジャンバーを着た元横綱、北の富士親方が言っていた。

「これでやっとヒゲが剃れる」ともつぶやいていた。ゲンをかついでいたのだな。弟子がいまは理事長になっているから自分も気がきではなかったのでしょう。

23歳の大関、貴景勝は朝乃山に敗れて負け越し、来場所はカド番です。カド番は負け越すと大関から陥落してしまうのでどうなるか。

「若手もっと頑張れ、いつまでもおっさんに負けててはダメだよ。」そう北の富士さんがハッパをかけていた。

さて取り組み終了後は、はじめての全幕内力士が出てきての協会、ご挨拶という最後まですべてが異例の場所でした。

「この三月場所を開催することにあたっては、ひとつの信念がありました。元来、相撲は世の中の平安を祈願するために行われて参りました・・・」

言葉に詰まる感動的な協会理事長、八角親方の挨拶のあとは、力士たちがどうしていいかわからない感じで可笑しかった。

全力士が見守る中で優勝賜杯を手にする白鵬。

ここまでで通常の場所は放送が終わりですが、今場所は出世力士の手打ち式という珍しいものも放送された。

来場所番付に名前がのるまげのない初々しい力士たちが土俵に勢揃いして柏手を打った。次代の大相撲を担っていく力士たち、あの中から将来の横綱、大関があらわれるのだな。

神送りという行司を天高く胴上げする儀式にて、神さまを天に帰して滞りなくすべてが終了。

最後のNHKの演出も良かったぞ。

春の巡業は中止ということなので、ゆっくりとからだを休めて下さいませ。

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大相撲協会御挨拶。いつもは十両の取組の途中にやるそうです。
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2020年03月22日

朝乃山の大関昇進はおあずけか

大相撲春場所14日目、無観客という異例の場所も残すところあと2日です。

ときどき過去の取り組みをビデオで振り返ると超満員の観客の声援で盛り上がっていて、いまの会場の静けさがよりいっそう際立ちます。

けれども元大関琴風の尾車親方が解説していたように、頭と頭でぶちかます音、からだを叩く音、呼び出しさんの呼び声、行司の「待ったなし」「手をついて」などなどの声、etc...etc...

普段は歓声に消されてしまう音の数々がよく聞こえます。

もしかしたら二度とないかもしれない貴重な場所。そう思ってこの状況を楽しみ尽くすのです。

直径15尺、約5メートルの土俵にすべてをかける力士たち。「土俵には金が埋まっている」そう言われるように、努力次第でチャンスがつかめるかもしれない。

土俵の高さは55センチ。観ていたら危ないなあと思うけれど、ちょうど怪我をしないような高さだとか。また怪我をするようでは稽古不足といわれる厳しい世界。

体格に恵まれて素晴らしい運動神経をもち、格闘技としての気合の才能と相撲のカンとセンスとがあって、その上で怪我をするしないの運とか人生においてのさまざまな運があって、さらに勝負は時の運でもある。

いい師匠と出会う縁、いいライバルと出会う縁があって、そして横綱になるというのはもうひとつ選ばれたなにかが必要なのだそうです。

目の前に見上げるばかりに高くて、遥か彼方まで延々と続く壁がある。

その壁をどこまでも歩いて壁がなくなるところまで行こうとするのが十両、高い壁を無理やりによじ登って越えようとするのが幕内。

いっぽう迷うことなく、ぶちかまして一気に崩して向こう側へといってしまうのが横綱だとか。

鶴竜もいるけれど、いまはやはり白鵬か・・・嫌になるぐらいに強くて、相撲を観なくなったのは白鵬ばかりが優勝していた時期からでした。

けれども昔のような安定感はなくなっているので、観ていてスリリングです。それでも、若手との取り組みを観ていると流石だなあと憎らしいけれど思ってしまう。

いっぽう若手が実力をどんどんつけてきていて、誰が先に大関になるか注目です。

地位と立場がその人を育てていくので、はやくなったもの勝ちというところもあるぞ。

そんななかでも、いまは朝乃山が一歩リードしていたが14日目に惜しくも鶴竜に破れてしまった。物言いがついた一番だったが仕方ない。スローで見るとかばって手をつこうとした朝乃山がその手を引っ込める姿が映されていた。

凄まじい勝利への執念だったがわずかにはやくついてしまった。しかもそのせいで怪我をしたかもしれない。

これも運か・・・

横綱稀勢の里もたった一度の怪我であっというまに引退してしまったので、怪我というのは本当におそろしい。

朝乃山の大関昇進は来場所へと持ち越しか。応援していたのでショックを受けて、しばらく呆然としてしまったのでした。

くっそー、残念。

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娘が親友のななちゃんにもらったお相撲さんマグカップ。ななちゃんは鉄割、小林成男のいとこの娘。不思議な縁です。
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2020年03月21日

世界最先端の教育をこの国にも

11月のアメリカ大統領選に向けて、民主党の候補者選びがはじまりました。

候補が二人に絞られたようですが、二人ともおじいさん。

トランプも結構なおじいさんだけど、それよりも年齢が上まわってる。日本もそうだけれど若くて溌剌としたリーダーがあらわれないかなあ・・・

アメリカはこれから、どうなるのだろうか。

トランプなんていう下品きわまりなくて、知性のかけらも感じられない男をリーダーに選ばざるをえない現状。

人の悪口ばかりで自分のことしか考えていない人間を半数以上の人が支持してしまう悲惨な状態。日本もこのままだと、アメリカの二の舞か。

なぜこんな人が国家のリーダーなんだという状況で、嘘つきで隠蔽やごまかしばかりで自分のまわりの人間の利益のためだけに尽力するような人がリーダーに選ばれる時代・・・

先日、テレビで演説しているのを観たけれど周りにいるのが、トランプの言葉にいちいちうなずく完全なイエスマンたちで観ているこちらが恥ずかしいぐらいだった。

1人の独裁者が数人の取り巻きを重用し、恩恵を与える。

取り巻きは恩恵を失うまいと独裁者の権力維持に加担する。取り巻きはまた自らの取り巻きに恩恵を与えて、権力のおこぼれを求めて自発的に隷従するものが鎖のようにつながっていく・・・

エティエンヌ・ド・ラ・ポエシの『自発的隷従論』に書かれた権力の構造ですが、そのままアメリカの現在の政権に置き換えられるのだろう。日本は・・・

そんなアメリカのホームレス問題が深刻なようです。

IT企業は利益をどんどん上げるけれど西海岸などでは、そのために家賃が上がり家を追い出される人が急増しているとか。

職業的な格差が広がっているのだな。巨大企業ボーイングがピンチだともNHKでやっていた。

拡がり続ける貧富の格差。分断していくアメリカ。

アメリカの自国中心主義とは要するに、衰退をしている自国をもう一度盛り上げたいということで、すでに衰退をしているということを前提にしているのです。盛者必衰のことわりあり。

いっぽう日本はどうなのか。

まだそこまで衰退はしていないけれど栄枯盛衰は世の常、時間の問題です。いまのことだけを考えるのではなくて、100年先を見据えて政治をおこなわなければならない。

そんな政治家はいまはいないのか。

アメリカなんていう衰退していく国を真似せずに経済成長なんていう時代遅れのことを目指すのではなく、もっと違う視点で北欧の国々をモデルにしていったほうがいいぞ。

日本の教育者の一部の最先端はそのことにとっくに気づいていて、北欧の教育のありかたを取り入れています。

日本全国でもそういうことができれば良いのだけれど、取り仕切っている人たちが遅れ過ぎているからまだまだこれからだな。

いま世界最先端の北欧の教育を受けている子どもたちに期待です。

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万が一、トランプさんのこと大好きな人がいたらごめんなさい。

参照:2020年3月11日 朝日新聞『多事奏論』
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2020年03月20日

国技とはなにか

異様な静寂に包まれている大相撲春場所。

土俵を彩る懸賞金が、今場所は半分以下らしい。好取組で懸賞の旗が土俵をぐるぐるまわると会場が盛り上がっていた。

観客がいないから宣伝効果がないと取り下げるのかな。自粛もあるとか・・・けれども懸賞が少ないと知って急遽、名乗りをあげた企業も複数あるというから嬉しいし有り難い。

こんな時だからこその応援、やるものにとっては励みになるのです。

さあ、いよいよ後半戦。ここからは星のつぶしあいがはじまります。

大関候補の朝乃山は今日から大関、横綱戦。すべて勝って文句なしの大関への昇進を果たして欲しいなあ。応援しているので毎日、観ていてどきどき緊張する。

大人しくて気が優しそうなので、大丈夫かと心配になります。

今日は横綱、白鵬との取り組みです。勝てば優勝争いも俄然、面白くなってきます。けれども、朝乃山は、いままで一度も白鵬に勝っていない。どれだけちからがついているか真価が問われる大一番、見ものです。

まるで稽古場のような緊張感と静けさをみせる2020年、春場所。

「今場所は稽古場で強いやつが勝つぞ」平幕、隆の勝の親方がそう言っていたとか。

その言葉通りに碧山が一敗でトップを走ります。

碧山は稽古場では無敵の強さを誇るけれど、本場所になると悩んだり感情的になったりではたいてしまったり、会場の雰囲気に飲まれてしまうことがしばしばあった。

部屋の先輩、栃ノ心も「稽古場通りだったら誰も勝てない、あんなのに突っ張られたらさ」と惜しんでいた。

同じブルガリア出身の元大関琴欧州、鳴門親方の部屋なのだな。鳴門親方の熱心なスカウトで来日したとか。白鵬と優勝争いをしたこともあるそうだから、今場所も台風の目になるか。

「何もかんがえていない」と稽古場の相撲をつらぬくつもりの碧山・・どうなるか。

昨日、勝ち越した魁聖も鳴門親方の部屋なのか。魁聖のインタビュー、語り口が面白かった。

金髪のちょんまげで愛嬌がある魁聖のインタビューを観ながら「大相撲も、ラグビーみたいにもっといろんな国の人がいたら面白いのに。」と思った。

大坂なおみさんや八村塁選手みたいにダブルの人もあらわれて活躍したらいいな。

黒人のひととかもいたらいいのに。身体能力が凄まじいので横綱になったりして。

多様な人類のそのままのありようが、日本という閉鎖的で差別的な島国の国技で起こったら愉快です。

こうやって違う国の人たちが活躍できるのも、パイオニア高見山のお陰。高見山は凄まじい差別を受けたと聞いている。結局、横綱になれなかった。

そうして、大相撲自体に女性が土俵に上がってはいけないとか時代錯誤な考え方がある。

ラグビーみたいに素敵なことになるのはまだまだ先か。あと5年、10年・・・

どうかな。

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肌の色というのはわかりやすいので差別がされやすいのだな。

参照:2020年3月18日 3月19日 朝日新聞『スポーツ』
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2020年03月19日

こんなときだからこそ

ウイルスが原因の混乱と騒動がおさまる気配をみせません。

中国はピークアウトしつつあるようですが、ヨーロッパへと騒ぎの中心は移ったのか。

各国が鎖国のような状態になって自国中心主義になっている。アメリカと中国は罵りあっていがみあっている。

アメリカでは銃の弾薬が売れているとか・・・皆んな疑心暗鬼になってギスギスしてしまっている。

マスクを買い占めるひとはもういないのか。

そもそもマスク自体がないのだからな。なくなった理由は買い占めです。自分のことしか考えない恥ずべき行為。

いっぽう、中学生の女の子が手作りしたマスク600枚を老人ホームに寄付したとニュースで紹介していた。かかった8万円の制作費は貯めていたお年玉を使ったとか。偉いなあ。

自分のことしか考えないこころない大人が多い中で、思いやりにみちた優しい若者のこころに胸をうたれた。朝からテレビを観ながら感動しました。

そうして騒動の中、高校野球が中止になってしまった。

選ばれていた球児たちは残念無念、朝から晩まで猛練習をして汗と涙にまみれながらせっかくつかんだ甲子園の切符。

憧れの甲子園の土を踏めるはずだったのに・・・なんとか開催できないかと高野連はギリギリまで検討を続けていたけれど中止を決定。

色んな意見があるけれど、たしかに高校野球もクラブ活動の一環だとしたら全国の学校が休校してクラブ活動も自粛しているのに、高校野球だけが開催されるというのはおかしいのだな。

そしてまだ夏にチャンスがある。3年生にとっては夏の高校野球が本番みたいなものでしょう。

そんななか毎日新聞の一般投稿のページに高校野球は中止になってしまったけれど、残念だったなあとこれで終わってしまわずにと、いろいろ提案している人がいた。

騒動がおさまったら代表に選ばれていたチームを甲子園に招いて、キャッチボールや記念写真を撮らせてあげたらどうか。とあって「なるほどなあ」と思った。

校歌を歌うのも良い思い出になるかもしれない。甲子園の土も記念やお土産に持って帰る。

朝日新聞の一般の人からの投稿ページには、イベントが中止になっても、チケットを払い戻さないというアイデアがのっていてこれも「いいなあ」と思った。

たいへんな時だからこそ大好きなミュージシャンやアーティスト、劇団を応援するつもりでたとえそのライブやコンサートや公演が中止になってもチケットを払い戻さずに寄付してしまうのです。

これは主催者にとってはとても嬉しいことです。いま流行りの寄付行為、クラウドファンディングに似ている。

クラウドファンディングと同じように、払い戻さずにいてくれた人にはお礼のなにかを送る。

音楽や演劇の制作者でつくるコンサートプロモーターズ協会は中止、延期になった公演数は1550、損害額は約450億と推計している。

自分も富山のイベントが中止になって打撃をうけています。このままだと4月に予定されている上野のイベントも中止になりそうです。

こんなたいへんな時だからこそ、思いやりに満ちたおこないやアイデアが有り難いのです。

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キッチン窓辺の百合が咲いた。

参照:2020年3月18日 毎日新聞『みんなの広場』2020年3月19日 朝日新聞『声』
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2020年03月18日

観客が、いるかいないか、いないかいるか

富山のイベントが中止になりました。

ただでさえ少ない仕事がなくなってしまった・・・残念だなあ。久しぶりに湯山と踊れるので楽しみにしてたのですが。

4月の誕生日に都志にて顔見せ興行をやろうと思っていたけれど、そちらも延期にしました。5月にやれるか・・・

というわけで、川西へとよって都志に帰ろうかと思っていたけれど、不要不急の移動になってしまったので自粛することにして、とうぶんは東京にとどまります。

川西市と隣接した伊丹市と宝塚市で感染した人が出ているし、移動は感染のリスクが高いようです。自分はいいけれど高齢の両親にうつしたらたいへんだものな。

世界中が大混乱していますが、そんななか大相撲春場所が無観客ではじまっています。

いろんなことが中止や自粛になっているなか。テレビの向こうの学校がやすみの子どもたちにも、ちから強い相撲が元気を与えているでしょう。

観客がいなくてたしかに淋しいけれど、緊張感に満ち溢れていて自分は好きです。

無駄がないというか勝負だけがすべての、大相撲の本質を観ているような気分です。

音もよく聞こえて面白いです。いつもは大歓声でかき消される、力士の息遣いまで聞こえてくる。声援で盛り上がるけれど悪くいうと雑音というかうるさかったとも言える。

自分の好きな北の富士さんの解説もよく聞こえるので嬉しい。北の富士さんの解説は人情味に溢れていてユーモアがあって愉快なのです。

人前でアガるなんていう力士は、今場所は有利かもしれない。逆に応援がないと燃えないなんていう力士は不利なのか。

観ていいるともう少し演出をするというか、ガラガラの客席をそのまま観せるのではなくて何かで覆うとか照明で見えなくする工夫があっても良いのにな。と思う。

あとはせっかくだから普段は撮れないような場所から撮影するとか、オリンピックみたいにカメラをうごかしながら撮るとか、いろいろと遊べそうです。

小兵力士で人気者の炎鵬などは「なんのために相撲を取るのかわからない」とか口にしているようですが、この機会に自問自答して考えてみたらいいでしょう。

これは自分にもあてはまることで「なんのために踊るのか?」という問いかけは、すべてのダンサーが考えるべきこと。

先日、惜しくも亡くなられた大野慶人さんの口癖は「誰に観せているのか?考えなさい」というものだったらしいけれど、大切なことだと思います。

「お客様は神様です」という言葉は三波春夫が使って「わたしは客なんだ神なんだ」という風に使われてしまっているけれど、もともとは神様が客なのだ「神に観せているのだ」という意味なのです。

ガラガラの客席には神様たちがいる。そう考えればいいのか。

春場所の10日目までの状況は、全勝だった白鵬が敗れてがぜん面白くなってきました。

大関を狙う朝乃山も2敗なのでまだまだ優勝の可能性がある。

1人でも感染したら中止になるようですが、なんとか千秋楽までやれるといいな。

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村上君が驚いていたように最近のお相撲さんはカッコがいい人が多い。
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2020年03月17日

子どもへの道

先日、ワークショップをおこなった特別支援学級の子どもたちからお礼の手紙をもらいました。

ありがたいなあ。

担任の岡田先生にいわれて書いたのだろうけれど、読みながらニヤニヤしてしまった。

皆んなでおどりをつくったのが楽しかったみたいでいちばん多い、5人が感想を書いてくれていた。何かを創るというのは、時間がかかるしたいへんだったけれどやって良かった。

新聞で遊んだのもやっぱり人気だったようで4人が楽しかった。と書いてくれていた。まさか、あそこまで展開するとは思っていなかったので、自分自身にとっても大発見だった。

いつもは想像の範疇のなかで遊ぶだけなので自分の想像をはるかに超えていったのは、色んなことがまだまだ可能性があるのだということを教えてくれた。

自分の想像の範囲で止めてしまわないことと、遊ばせて見守ることが重要なのだな。

ことあるごとに手をつなぎ円になって気を合わせるようなことをしていたけれど、2人が面白かったと書いてくれていた。そんな些細なことでも子どもにとっては興味深いのだな。可愛い。

音楽にあわせて踊ったこと、太鼓に合わせて踊ったこと、最初にやった動物になるやつ、真似をするやつ、じゃんけんも楽しかったと書かれていた。

あとは「雲さんになりたい。かっこよかった」なんていう嬉しい感想もあった。

何かお返しをしないと。と思い、ひとりひとり丁寧に手書きして手紙を返しました。岡田先生に読んでもらえるといいな。と思っていますが、自分たちでも読めるように読み仮名も書いておきました。

必ずまた、会おう・・・

子どもってのは、ほんとうにパワーに溢れている。

そうして、気まぐれで行動に嘘がない。嫌なことは嫌だとはっきりしている。

自分にもあんな時があったなんて信じられない。

触れるもの見るものすべてがもの珍しくて、毎日目覚めるのが嬉しくて朝早くから絵を描いたり。虫や小動物や魚を追い回してヘトヘトになるまで遊んで、でも夜寝るのは嫌でいつまででも起きていたい。

人生ということを、ワクワクドキドキしながら生きていたあの頃のように、いまも楽しまねばな。つまらない大人にならないように・・・

こころをいつも好奇心に満ち溢れさせて、子どものような目で世界を見つめ続ける。

いま『0ベース思考』という本を読んでいますが、やはり子どものような気持ちで日々生きることが大切だと書いてあった。

思い込みや決めつけがない、まっさらな子どものようなこころで世界を見る。

一年に数度しか舞台に立てないいま。そして、そんな数度の舞台すら中止になってしまったいま。

腐ることなく、その何回かのためにからだとこころをぴかぴかに研ぎ澄まし、はじめて舞台に立つようにその瞬間を楽しみ尽くせるようにするのです。

まるで、生まれたての子どものようにね。

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おどりにはうまいもへたもない。絵にも。とか思って描いたらミロ風になってしまった。
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2020年03月16日

ひっこしとつっこみ

昨日は鉄割アルバトロスケット座長、戌井昭人と奥さまの愛可さんの家の引越しでした。

若い頃は、というか大駱駝艦にいる頃は「座長の引越しを手伝っているようなグループでは駄目なんだ」と自らにツッコミを入れていました。

けれども歳をとって、文字どおりいまだにお互いの引越しを手伝いあったりしているのは「良いものだな」と思えるのでした。

いつまでも専門家になれない素人魂とでも言いますか、上手くなろうとしてない感じがある。歳をとればとるほどこれからどんどん味が出てくる、経年良化の可能性があるような気がする。

麿赤兒や渋さ知らズと同じかんがえなのだな。いつまでも赤ん坊でありたいとかんがえていて、渋くなんてなりたくないという、こころざしなのです。

戌井君、相変わらず面白かった。

いつもすべてを馬鹿にしてるというか、すべてはそんなに大したことではないのだという諦めというか、達観というかふざけてるような適当なような、ちからが抜けてるような・・・

一緒にいるとそんなふうに感じて、あらゆることが馬鹿馬鹿しくなってきて、こちらもちからが抜けてくるのです。でもそれでいいのだ。いや、それがいいのだ。

常に常人とは違う回路でものを考えているし、ものを見ているのである。それがやはり血筋なのだろうけれど、上品で嫌味ではなくてDNAレベルで身についている感じがする。

常に面白いことを探しててだからこそ面白い人を見つけるのも上手で、人生を独特に楽しんでいるのである。

自分でも確か書いていたが「生きているのが恥ずかしい」のだな。とも思う。

これは全人類が見習うべき感覚だと思います。

対極にあるのはトランプみたいな人だな。傲慢で自信満々で自分のことしか考えてなくて、人や自然やあらゆることをないがしろにしてる。謙虚さのかけらもない。

人類という恥ずかしい生きもの。という自覚を持って、もっと謙虚にならないと“おごる平家は久しからず”だぞ、トランプ君。

「生きててごめんなさい」だよ。

さて、そんな戌井君が大ファンである深沢七郎の『書かなかればよかったのに日記』をいま読んでいます。

深沢さんの書く文章は独特の語り口で言い回しがへんてこなのだ。それがまた独特のペーソスを生みだして、読んでいると小気味がよいのだな。

いやらしい感傷が皆無でべたべたとしてなくて乾燥してるというか、でも人情味に溢れている。

下町の風情があるのだな。昭和の匂いがする。

そんなふうに深沢さんに対して記していたが、最後の戌井君の解説を読むとまた違った、もっと深いなにかを秘めているのだとわかってくる。

「真剣に生きることを拒否し、人間賛歌の真逆のことをやっている感じ。」by Akito Inui

けれども色々と解説している戌井君もやっぱり深沢七郎から影響を受けてるのだなあ。と思って「あなたもですよ」とツッコミを入れたくなるのでした。

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宇和島にある大竹伸朗さんのアトリエにて。戌井君が大竹さんから何かをもらって喜んでたけれど、何だったっけかな。
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2020年03月15日

うーん、うーん

大駱駝艦稽古。

前のダンサーの踊りが終わったら、次は自分の出番だけどきっかけがわからない。もうハケているのか見えないのでよくわからない。

舞台を観ていると、すでに皆んなハケているようで舞台が空いていて「しまった」

慌てて出ようとするけれど、上手から出たほうが良さそうなので上手へいそいでまわっていく。

袖からゆっくりとうねりながら出ていく。「大きくゆっくりとオドレよ」と自分に言い聞かせる。丁寧に慌てないでオドレ。

ふらふらしないように気をつけながら、センターまでいって思い切って「バタン」と倒れる。そこから、そのまま奥へいってハケる。

舞台奥でくつろいでいたら「まだ出てるぞ」と麿さんにいわれて慌てて舞台へ。

楽屋で灰皿に得体のしれないものがあるので、手にとってしげしげと見てみる。そして少し燃やしてみる。穴があったので線香をさして燃やしたら強烈な匂いだったので、楽屋ではまずいと消す。

一行がやってきて灰皿から得体のしれないものを手にとって「あれ、ちょっと燃えてません」と不思議そうに自分を見てくる。

しまった、一行の小道具だったのか・・・「ごめん、ちょっと燃やしてしまった・・・」

一行が愕然とした顔で「最低」と言い残して去っていった。「しまったなあ」気まずい雰囲気で軽口を口にしようかと思うけれど、もちろんやめる。

そのまま車で皆んなで劇場へと出発、車の外に勝二がつかまって立っていて「大丈夫か」

心配になるけれど目が覚めて「夢で良かった」

父親の家へいくと玄関に3つの彫刻がおいてある。

すべて同じ素材でできていて良いなあと思う。中へ入ると大きくて広い作業机があって、将来はここで自分も仕事をするのかと感じる。

袋の中に人形がたくさん入っていて、その中のひとつを取り出したらうごきだして怖ろしい。

三階建てのたてもの。上から下へといったりきたりする。屋根から下へ降りようとしたら、高くて怖ろしい。

鉄割ではめずらしい野外劇場での練習、戌井君に「むかいさん」と言われて舞台へと出ていく。裏で渡部、村上君が衣裳を着てうろうろしてる。

奥村君はいないので出ていないのか。と思う。

本番は、お客さんがたくさん入っててガヤガヤと賑やかで流石だなあ。

客席で観てたらどんどん面白く進んでいく。客席から出るよりも舞台から出たほうがいい。と気づいて楽屋へ。白塗りもしないほうが良かったか。と反省。

どんどん進んでいくけれど、さっきは戌井君に「ここだ」と言われたので出番がわかったけれど覚えてなくてしまった。

忙しそうにうろうろして皆んなにいろいろと指示している戌井君をつかまえて出番を聞くけれど、申し訳ない気持ちになる。

覚えていない自分が悪い。ごめんなさいと思いながら目が覚めて「夢でよかった」

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世界中の多くの人の夢に現れる男『THIS MAN』だって。
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2020年03月14日

ウィルスとともに生きる

昨日、WHO・世界保健機構から『パンデミック』の状態だと発表がありました。

発表があったからといって、なにがどうなるわけでもないようです。

前回、パンデミック状態になったのは2009年の新型インフルエンザ流行のときだとか。まったく覚えていないのは、当時は壺中天にどっぷりと潜り込んでいて新聞を読んだり世間の動向にまったく無関心だったからか。

しかし娘がそのインフルエンザにかかっていたというから、身近なことだったのだな。あの頃は創作に夢中で家庭を省みることもなかったのです。「申しわけない」

今回は、身近に感染している人がひとりもいない。これからなのかな・・・

やはり「そこまでのことなのか?」と思ってしまう。インフルエンザでも命を落とす人はいるのでしょう。へんなの。

マスコミが騒ぎすぎている。メディアが取り上げすぎている。報道が加熱しすぎている印象です。

飯のタネだから仕方ないのだろうけれど、騒ぎを大きくしているという自覚を持っていただきたい。

感染拡大していく情報。

「従来の感染症は多くの犠牲を出すことで、望むと望まざるとに関わらず社会に変化をうながしたが、新型コロナウィルスは被害それ自体よりも『感染が広がっている』という情報自体が政治経済や日常生活に大きな影響を与えている。」

そう長崎大学熱帯医学研究所教授の山本太郎さんは語る。

感染した人でも亡くなる人よりも完治して退院する人の方がはるかに多いし、症状がないままウィルスが排除される人も多い。とも語っていた。

冷静で正確な報道をよろしくお願いします。

ウィルスは、決して母体である人を滅ぼそうとするわけではない。母体が死ねば、自分も滅んでしまうからだ。病原体のほうでも、人間との共生を目指す方向に進化していくのです。

これは、人類が地球を滅ぼそうとしているわけではないのと似ている。地球がなくなったら人類なんて生きていけるわけがない。

ウィルスというのは、ここまで恐れるようなものではないのです。

人類と地球の腐れ縁のようにこのまま、ずーっと続いたらどうするつもりなのか。いや、そうなるのか。今後は新型ではなくお馴染みのコロナウィルスとなって、毎年流行するようになるのかもしれない。

人類は天然痘を撲滅したけれど、それによって人が持っていた天然痘の免疫力も失ってしまった。そのせいで将来、天然痘やそれに似た病原体があらわれたときに対処できないかもしれないのだとか。

よく知られた事実ですが、抗生物質で菌を殺すといかなる抗生物質もきかない耐性菌へと進化することがあるのです。人為的に生み出されてしまった病原体・・・

根絶や撲滅、絶滅させようとか考えずに共存していくほうが自然なのだな。

ウィルスもヒトも共に一緒に生きていく。そのほうがいいのです。

そう、こころから思います。

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コロナウイルスの大きさは直径100ナノメートル、1mmの100万分の1だって。

参照:2020年3月11日 朝日新聞 文化『感染症と社会』3月13日 朝日新聞 総合
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2020年03月13日

自由とは、生きるとは

ヴィクトール・E・フランクル著『夜と霧』を読了。

強制収容所に送られると最初に持っている僅かなものをすべて奪われ、最後に名前さえ奪われ番号で呼ばれる。

そこから生きるための壮絶なサバイバルがはじまる。

“カポー”と呼ばれる収容者の中のもっとも残酷なものが任命されて、徹底的に理不尽な嫌がらせやいじめをおこなう。

理由も原因も何もなく気分で殴る蹴る。止めるものなど一人もいない、抑圧するものと抑圧されるものしかいない。カポーは親衛隊員よりも圧倒的な暴力を振るう。

そんな収容所暮らしが長く続くと生存競争の中で良心を失って、暴力も仲間からものを盗むことも平気になってしまう。

けれどもそういう人間だけが生き延びることができたという。

「とにかく生きて帰ったわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。良い人は帰ってこなかった、と。」

極寒の夜に一枚の毛布に何人もが身を寄せ合って眠るので常に寝不足、わずかなパンと水のようなスープで常に空腹で一日中、飢えている。

雪の中、一晩中立たされるなんていつものこと。からだは濡れてガタガタ震えても放置される。

一年に一回シャワーを浴びられるか浴びれないか。何年も服は替えられず、まるでボロ雑巾のようなものを身につける。

生き延びるために少しでもましな服を死体から剥ぎ取る。

あるとき著者のビクトールは皆んなにむけて語る・・・

いま、希望を捨ててあきらめてしまう必要はない。 なぜなら、未来のことは誰にもわからないから。 

大きなチャンスは前触れもなくやってくることを、わたしたちはよく知っている。飛び上がって喜ぶようなことは、いつも突然おこるのだ。 

わたしたちは未来について、未来は未定だということについてよく知っている。いまは苦しくて厳しい状況だが、楽しかった過去について思い出してみよう。 

未来の不安といまこの困難なときを、いまなお照らしてくれる過去からのひかり。 

“あなたが経験したことは、この世のどんなちからも奪えない” 

そして人が生きることには、つねにどんな時にでも意味があるのだ。

この生きるということ、存在することの無限の意味はたぶん、苦しむこと、死ぬこと、苦と死をもふくむのだ。

わたしたちの闘いが楽観を許さないことは、闘いの意味や尊さをいささかもおとしめるものではない。

そのことをしっかりと意識して、勇気を持ち続けて生きていこう・・・

ある朝に突然の解放、よろめきながらおどおどと門から外へと出る。

自由になりいのちからがら収容所から生還する人々だが、夢にまでみた世界に失望する。愛する人や家族はすでにいないのだ。

これ以上はもうないと思うぐらいのどん底を味わったのに、まだその底があるのだと。

読み終わってふと思う。

この世界もいってみれば、もっと大きくてゆるやかな収容所なのかもしれない・・・いやそんなことない。自由というのはやっぱり素晴らしいと思う。

自由を奪われるというのは、人間にとっていちばん辛いことなのだ。

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600万人といわれるホロコーストの犠牲者。憎悪政策か・・・嫌だなあ。
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2020年03月12日

畏怖すべきちから

2013年に福島にいった。

あの時は、川口隆夫さんの付き添いのような感じでついていっただけなので、物見遊山的な気楽さがありました。

それだけにまだまだ復興途上にある現地のさまざまを見るたびに、なんにも貢献できないのが申し訳なかった。

津波でなにもかも流されてしまったところは瓦礫こそ片付けられていたが、まだ砂浜に骨が転がっていた。

もともとの住民のかたと避難してきた仮設住宅のひとが、別々にお祭りをやったりで複雑な雰囲気だった。

人間にはいろいろと事情があってそうそう簡単に仲良くするとか、ラブ&ピースとかってなわけにはいかないのだな。

2017年に宮城にいった時は仕事だったので、ツーリスト的な気楽さはなかった。

海岸では巨大な防潮堤の工事が続いているのを目撃して、復興はまだまだという印象だった。

皆さん、口々に「海が見えなくなるのが嫌だ」と言っていたが、どうしようもないのも現実だという諦めも感じた。完成している防潮堤は凄まじい圧迫感で、見ていてなんとかならないものかと思った。

実際に海が見えないのは不安だし不気味だったなあ。

そこは5メートルの防潮堤だったが、話しを聞いていると場所によっては10メートルを超えるなんていうところもあるようで、びっくり。そんなものがあったら景観が損なわれるというのも事実です。

長さ2.4キロ、高さ10メートルの巨大な二重の防潮堤で守られていた岩手県宮子市田老地区では、その壁を津波が乗り越えて200人近い犠牲者が出たとか。

本当にいのちを守るために、巨大なみにくい壁で自分たちを囲まざるをえないのか?

「議論は震災直後。どうしても“津波に流されたくない。高い方がいい”という気持ちが働き、単純な結論に至ってしまった。」と岩手県大槌町の方が後悔する。

「今なら“高い防潮堤より山を開いて高台を”と言えるが、当時は行政からそんな提案もなかった」と宮城県気仙沼市の吉田三喜男さんも語る。

宮城へは石巻でおこなわれたアートフェスティバルの講師でいったのでした。

美術鑑賞ツアーで見て回っていたら、砂浜に木を立てるというインスタレーションをおこなっているアーティストがいた。

砂浜に木を立てるという作為とそんな人間の小賢しい営為などものともしない大自然の雄大さが、残酷なコントラストを描きだしていた。

すべてを押し流してしまう大自然の畏怖すべきちから。

どれだけ人間が巨大な防潮堤を造ったところで、時として軽々とそんなものは超越してしまう大自然のちから。

コントロールするとか制圧するとかではなくて「人間なんてどうせ地球というものに寄生させてもらっているようなもの」としなやかにやわらかく共存、共生をさせて頂く。

そんな謙虚な気持ちがないと、人類はこのままだとほんとうに淘汰されて滅んでしまうのだろうなあ。

そうして、そんなことは大自然にとってはどうでもいいこと。

地球が生まれたときに人類はいなかった。地球が滅びるときにも人類はいないのでしょう。

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村上春樹さんの小説で高い壁に囲まれた街のお話があった。

参照・引用:2020年3月10日 毎日新聞
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2020年03月11日

踊りとは祈り

今日で2011年から9年の歳月がながれました。

10年ひと昔というけれど、昨日のように感じるのはそれだけ起こったことが強烈だったからでしょう。

9年前の3月11日は世田谷パブリックシアターにて大駱駝艦本公演『灰の人』の稽古だった。地下三階のスタジオでの通し稽古中、兄弟子村松卓矢と二人のシーン。

いつもは何気なくやる何でもないシーンで、それまではなかったような失敗が起こった。二人でもつ大皿にのったバラの花が落ちてしまったのだった。

落ちるはずのないバラ・・・

「なにやってんだ」師匠の麿赤兒があきれたように怒っていた。仕切り直して、もう一度やったらなんとまた落ちてしまった。

地面が大きく波打って立っていられなくなったのは、次の瞬間だった。あれは虫の知らせだったのか。

悲鳴がおこってスタジオ内は大混乱、緊急ベルがなって避難を勧告するアナウンスが入って稽古は中断、どうやって地上へ避難したのだろう?エレベータはうごいていたのか?忘れてしまった。

地上へ出たら三軒茶屋駅前の広場に無数の人が避難していた。大きな余震がおこって27階建てのキャロットタワーが左右にゆっくりと大きく揺れて、どよめきがおこって皆んな後ずさりした。

あれはまるで巨大な怪獣がうごいているようで凄まじい迫力があった。

誘導されて避難先の大きな公園へといって、用を足そうと隣接の施設へと入ったら巨大なモニターがあってそこに信じられないような光景が映っていた。

街が次々と海に呑み込まれていくのだった。それが宮城県の映像だとわかって、宮城出身の我妻恵美子の顔から血の気がなくなって呆然としていたのをいまだに覚えている。

ちなみにその後、我妻の宮城の家族とは連絡がとれて無事が確認されてよかった。

稽古は中止になって散会したけれど、電車がすべて止まっていてどうしよう。

いまは亡き関克郎さんと村松と3人で下北沢まで歩いて「どうせ電車はうごかねえんだから、じたばたしてもはじまらねえ」と駅前の居酒屋に入って腰をおちつけた。

その頃、ワイフは荻窪の会社から歩いて西東京市まで帰ってきて娘を保育園に迎えにいってくれていた。「ありがとう」

なんとかかんとか家まで帰ったら、テレビのCMがすべてACジャパンになっていて驚いた。

いちはやくChim↑Pomがうごいて渋谷の岡本太郎の壁画にフクシマの絵を追加して話題になっていて「やられた」と嫉妬した。

あれはほんとうに冴えてたなあ。あの世で岡本太郎さんも手を叩いて喜んでいたでしょう。

それから連日、被害をうけた東北の映像と福島第一原発の映像が垂れ流されていたが、無力なイチ舞踏家にはなにもできず「踊りとはなんなんだろう?」と日々、悶々と自問自答していた。

現地へいくこともできず、あの頃を思い出すとどこかうしろめたい気持ちになる。けれども明日は我が身なのです。

次々と公演が自粛中止になるなか、麿さんはそんなことをもろともせずに本番を決行。

「いい踊りをするしかない。それが祈りにつながるのだ。」

そう自分に言い聞かせながら『灰の人』本番に臨んだのでした。

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『ありがとウサギ』海外で「日本は終わった」となって、慌てて通常のCMをはじめたと湯山が言ってた。
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2020年03月10日

失われたいのち

今日、3月10日は東京大空襲があった日です。

3.11は皆んな覚えているが、では3.10は・・・

もう皆んな忘れてしまっている人が多くて、メディアでも取り上げられることはほとんどない。今日の新聞にも小さな記事がひとつずつのっているだけだった。

そうやって1.17を忘れ、3.11を忘れていくのかもしれない。けれど忘れるというのは人間にとって必要で自然なことだと思います。

辛いことをいつまでも覚えているのはたいへん。いつまでも悲しみを抱えているのもしんどい。“日にち薬”というように時が悲しみを癒してくれるのは本当でしょう。

けれども戦争の記憶だけは風化させてはいけないのだと思います。天災ではなく人災である戦争というもの・・・

1945年3月10日0時7分、米軍は279機のB-29で江東区、墨田区、台東区、中央区への無差別爆撃を開始した。

東京への空襲は1944年11月からはじまっていたが、3月10日の爆撃は最大規模だった。

38万1300発の焼夷弾が落とされた。ナパーム弾というほうが馴染みがある人も多いでしょう。ベトナム戦争で米軍がつかったガソリンを主体にした爆弾。

ゼリー状のガソリンが一度、木材などに飛び散ってついてしまうと何をしても火が消えなくなるとか。

目標が煙で見えなくなるのを避けるため、風下の東側の街から順に攻撃する指示が出されていた。

0時20分には港区への爆撃も開始、その他、下谷、足立、神田、麹町、日本橋、本郷、荒川、向島、牛込、小石川、京橋、麻布、赤坂、葛飾、世田谷、豊島、渋谷、板橋、江戸川、深川、大森が次々と爆撃された。

木と紙と草でできた日本家屋はナパーム弾によって次々と燃え上がり、東京はたちまち火の海になっていく。

爆撃と並行して機銃掃射もおこなわれ、非戦闘員、民間人の多くが殺された。

大空襲によって発生した大火災によってB-29の搭乗員は真夜中にもかかわらず、機内で腕時計の針が読めたという。人が燃える匂いはB-29の機内にも充満した。

「炎が燃え移って、人は火だるまになった」「燃えている赤ちゃんをおんぶしたまま走っているお母さんもいた」当時8歳で生き残った二瓶治代(にへいはるよ)さんは証言する。

空っ風により燃えに燃え、火は10日の夜まで続いた。

罹災者100万人、焼死、窒息死、水死など死者約10万5000人といわれるが混乱を極めた戦時中のため、いまも正確な死者の数はわかっていない。

永遠に失われた10万のいのちと、そのいのちにつながるはずだった未来の生命・・・

それでも大日本帝国は降参しなかった。

「通常の爆撃だけでこれほどの被害を与えられたのだから、原子爆弾を落とすことは必要ないのではないか。」

アメリカではそんな意見が科学者や良識ある軍人から出されたが、莫大な経費をかけて進行する計画を止めることはもう誰にもできなかった。

そうして8月6日、8日の無警告での無差別原爆実戦投下へと時計の針は刻一刻と進んでいくのであった。

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ヒロシマ、ナガサキは公的な追悼式典があるが、東京大空襲は大規模なものはないようです。合掌。Photo Illustration/ Getty, U.S. Air Force, Japan Air Raids.org

参照:東京大空襲・戦災資料センター Wikipedia   2020年3月10日 東京新聞 毎日新聞  2020年3月10日11日 朝日新聞 Cable News Network.
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2020年03月09日

9年目、ふるさと、怒り、遅れ

もうすぐ9年目の3月11日です。

復興は進んでいるのかな。

新聞やテレビで見るぐらいだからはっきりとしたことは記せない。生きていくためのさまざまな問題は山積みのようだけれど、実際に現地にいって見て聞いてこないといけないな。

「東日本大震災の被災地は、復興理念にある“日本のあるべき姿”になっていない

まちの基盤は整っても、新たななりわいを創出しなければ、ぴかぴかの過疎になるだけだ」by 東野真和 朝日新聞編集委員

1万8000人以上のかたが犠牲となった東日本大震災。

行方がわからない人は宮城県で1217人、岩手県1112人、福島県196人。身元がわからない遺体が宮城県警に8体、岩手県警に49体、まだあるのだとか。

行方不明の身内がいる家族にとっては、オリンピックなんてほんとうにもう、どうでもいい他人ごとの大騒ぎでしょう。

津波や福島第一原発事故などで最大、11万人を超える人たちがふるさとを追われた。いまだにふるさとに帰れない人が4万7737人いる。

ふくしまの花も実もある平凡なふるさとともう誰も笑えず 駒田晶子

東京五輪の聖火リレーは被災地も走るとか。

けれども沿岸部にできた最新施設の近くをわずかに走るだけだったりする。復興した場所だけを見せて、置き去りの地域は見て見ぬふりのような感じ。

「新しくつくったとこばっかり走って何がいい?悪いところも発信しろっていうの。自由に帰れない、除染もまだの場所だって多い。人の生活を戻すことが最優先でしょ、順番が逆。」

福島県大熊町の帰還困難区域に自宅がある元農家の男性は憤る。

「五輪の放送がはじまったら、テレビのプラグを抜くつもりだ。」という福島県飯館村の人の言葉も新聞で読んだ。そこには福島の原発でつくられた電力を消費していた東京都民への怒りも語られていた。

前回のオリンピックではこころから祝福しない人は、一人もいなかったかもしれない。今回は残念だが最初からつまずいている。

そうして原発の問題も、いまだにまったく解決していない。

廃炉作業に立ちはだかるのが、放射性物質。作業員の被曝の危険性も相変わらず。

2年半後には保管不能となる汚染処理水の処分もまだ決まっていない。

処理しきれない放射性物質が残るのに、国は「海に流すか大気中に放出するしかない」とか言ってるようだけれど、地元の人たちが許すわけがない。

核燃料と比べるとはるかに扱いやすい使用済み核燃料の取り出しは遅れ続け、廃炉作業はスタートライン上か、まだスタートラインにも立てていないのが現状だとか。

2021年だった目標は、10年遅れて2031年にずれ込んだ。ただこれもあくまで目標、溶け落ちた核燃料の状態は不明で廃炉の最難関、核燃料の取り出し時期は未定だって。

廃炉完了予定は40年後、50年後?このままだと冗談ではなく、あと100年はかかるのかも・・・

困ったなあ。

人類は自分たちでは制御不能のたいへんな怪物を生み出してしまったのです。そしてその恩恵を受けていた自分たち。

ああ春の向こうからどっと駆けてきてふくしまの子らがわれの手を引く 齋藤芳生

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Chim↑Pomが渋谷の岡本太郎の壁画にフクシマの絵をゲリラ的に追加したのは、2011年3月11日だったけど冴えてた。

参照、引用:2020年2月3日 3月7日 3月8日 3月9日 毎日新聞 2020年3月4日 3月6日 3月9日 朝日新聞
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2020年03月08日

ガラスの天井を突き破ろう

今日は国際女性デーです。

世界経済フォーラムによって2019年12月に発表された“ジェンダーギャップ指数”『男女間の格差を測った指数』において、日本は153カ国中121位だって。遅れ過ぎてる。

先進国首脳会議(G7)の中では最下位という結果となった。

フランス12位 ドイツ14位 イギリス15位 カナダ16位 アメリカ51位 イタリア70位か・・・ぶっちぎりで遅れてる。

男女格差のない国の1位はアイスランド。そして2位はノルウェー、3位はフィンランド。

日本が大きく順位を下げている理由は、相も変わらない女性の政治参加の低さと経済分野での女性の地位の低さです。

世界各国の議会で構成する『列国議会同盟』が、3月8日の国際女性デーをまえに女性の議会進出に関するレポートの2019年版を公表した。

それによると、日本の女性国会議員比率は9.9%で、193カ国中165位だった。政党の自主性に任せても無理なのだから“クオータ制”などの法制度で更なる改善を促すしかないぞ。

1985年に制定された男女雇用機会均等法は、職場における男女の差別を禁止し、昇進・昇給などにおいても平等に扱うことを定めた法律ですが、不平等はまったくと言っていいほど是正されていない。

企業で女性がしめる部長職の割合は6.6%(2018年6月 内閣府)だって・・・一割もいない。

そうして働く女性の半数を超える人が非正規雇用だという。男たちにいいように搾取されてる。

パートである理由は、子どもを生んで職場復帰できなかった、子育てと両立できない、収入を抑えたい、etc...etc...ほとんどは男性優位の社会システムが原因です。

「日本死ね!!!」と女性に言わしてしまう国だから仕方がないのか・・・

女性の政治家がたくさんいれば、女性に「死ね」なんて口にさせてしまうような子育てしにくい社会にはならない。

なんとかして女性が社会を変えていくしかない。社会を本気で変えたいなら政治から変えなければならない。

なんとしでも女性が政治に参画するしかないのです。

さて男性が育休をとるのが議論になっていますが、遅れてる。当たり前のことが当たり前ではない国家。

元衆議院議員の宮崎謙介さんが4年前に国会議員としてはじめて育休宣言した時は「一生、休んでろ」と自民党のベテラン議員に言われたとか。

酷いことを言うなあ・・・そんな男たちがこの国の根幹を担っているのだものな。

液体ミルクの件といい、社会に女性を出したくない男性がほんとうに多いのです。

けれどやはり原因は思い込みか・・・頭が固い人が多い。子どもの面倒は女性が見るべきだ。根深い社会の思い込みが女性の社会進出をいまだに拒んでいる。

ジェンダーに関する女子高校生調査報告書2019によると「家では誰が家事をしているか」という質問で、80%近くが「ほとんど女性」と答えている。

教育からも変えていくしかないな。社会を変えたいならば教育も変えなければならない。

教育は国の根幹を成すのです。

『あしたをひらく女性の会』元代表で市会議員であった母親の影響で、骨の髄からフェミニストな舞踏家からでした。

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日本女性も立ち上がれ。Photo by Google.

参照:2020年2月14日 朝日新聞  happywoman.online (公)国際協力NGOジョイセフ  gooddo マガジン  2020年3月8日 朝日新聞 毎日新聞 PROJECT DESIGN ONLINE
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2020年03月07日

影響拡大

安易に“感染拡大”という言葉をつかうのをやめなければならない。

自分の身のまわりに一人でも感染者がいるのならば理解できるけれど、まったくいないのにもう少し丁寧に表現をつかわなければならないです。

ほんとうに拡大しているのか。感染者はそんなに増えているのか。

メディアは冷静に正確に言葉を選ばなければならない。

インフルエンザの致死率が1%で新型肺炎の致死率が2%、たった1%の違いなのにテレビで致死率がインフルエンザと比べて“断然に高い”と表現していて首をひねってしまった。

表現の仕方が間違っている。

エボラ出血熱の致死率が約50%、MERSの致死率が約34%、SARSの致死率が約9%でそれらに比べても断然に低いのがわかる。

メディア関係者は、言葉を使う前に本当か?本当にそうなのか?疑って考えて冷静に判断をしなければならない。

さて自分の生活にも多大な影響を与えている安倍首相の自粛要請と休校要請。

娘はもうすぐ高校生だけれど、そろそろ家でじっとしているのが苦痛になってきている。どこかへ遊びにいければいいのだが、そうもいかない。これがもっと小さな子どもだったらたいへんだぞ。

最近、公園を通りかかると夥しい子どもたちが遊んでいるが仕方がない。行くところがないのだものな。

大駱駝艦の公演自粛に続いて、セゾン文化財団の懇親会が自粛になりました。毎年、若い才能あるクリエイターと会って話すのを楽しみにしていて、刺激を受けていたのですが・・・

今年は懇親会の前にジュニアフェローの村川拓也君が座長で自己紹介の会のようなものを開催すると案内をもらっていたので、参加して舞踏?レクチャーパフォーマンスをやろうかと考えていた。

若いクリエイターに向けて「舞踏?」を自由自在に縦横無尽に融通無碍に紹介しようと思っていたけれど、残念。

村川君は関西を中心にドキュメンタリー演劇ともいうべき手法で活動をしていて、噂だけを聞いているので本人に会うのも楽しみにしていた。

湯山が公演を観て感動したと言っていた。

ドキュメンタリーか・・・作為があまりなくて自然な展開に任せるということか。台本がないのかな。舞踏でいえば即興が強めという感じか。

しかしインプロビゼーションという言葉よりは、ドキュメンタリーという言葉のほうがより自然なイメージが湧いてきてしかも新しい感じがするので不思議。

即興というと踊ろうとしている感じがするし古臭いし、まだ作為を感じる。

言葉の選び方か・・・こころして気をつけないとな。

自分も安易に“感染拡大”という言葉を記してしまっていた。けれども「ほんとうに感染は拡大しているのか?」と自問自答して、すぐに思い直して訂正しました。

あとから訂正はできるけれど、その瞬間にはすでに流れてしまっているので怖ろしい。

もしかしたら、この騒動の一端を担ってしまっているかもしれないのです。

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土方さんの『慈悲心鳥がバサバサと・・・』のトレースも披露しようかと思っていた。Photo by bozzo.

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