2020年06月12日

マスクで打ち合わせ

昨日は、神奈川県にあるオペラシアターこんにゃく座へ。

9月8日〜13日まで六本木俳優座でおこなわれる、源氏物語が題材の新作オペラ『末摘花〜すえつむはな』のスタッフ打ち合わせでした。

わたくしは振り付けでの参加です。

立山ひろみさんの演出作品ではじめて呼んでもらって、その後も、しままなぶさんの演出作品でも振り付けのお手伝いをしたりと、たびたび通っているのでもうお馴染みの場所です。

川崎は宿河原というところに1階に事務所、巨大な倉庫と作業場と2階に衣装小道具倉庫、3階に巨大な第1スタジオと中ぐらいの第2スタジオと広い食堂とキッチンと男女別の広いトイレ、4階に男女更衣室があるという舞台人にとっては憧れの空間なのです。

打ち合わせでは、全スタッフがマスク着用で異様な雰囲気でした。

水を飲むときだけはずしてすぐに着用。席が180センチはなれているからマスクはいらないように思うけれど、飛沫は10分ちかく漂うという話しもあるのですぐにマスクします。

念には念をいれたほうがいいのか・・・こんなときPCR検査というのがすぐにできれば、過剰な対策は必要ないのかな。

マスクをしているので表情が読み取れないのが難点、笑い声が聴こえてもだれが笑っているのかわからなかった。

美術担当の杉山至さんは兵庫県の豊岡からオンライン参加していたけれど、それでじゅうぶんな感じでした。

打ち合わせでは、今回の演出の大石哲史さんからいろんな話しを聞いて、イメージをふくらませます。

そうして制作の方々からは、世間では第2波、第3波なんてことが言われて、こんごどうなるかわからないところはありつつも、絶対にやるのだという意気込みを感じました。

いまのところ通常300席のところ、なんと3席ずつあけて80席弱にして公演するかもしれないそうです。

俳優座のほうの要請だという話しですが、政府か都の指導でもあるのか。80席弱だからそのぶんの費用でいいかというと、それはまた別でこれから交渉するとか。

ただでさえ俳優座は六本木駅前という立地と客席数の少なさで、儲けがべらぼうに少ないのです。

すでに赤字は決定しているみたいだったのでたいへん。

全体ミーティング終了後は有志にて久地駅まえのインドカレー屋さんに場所をうつして、しっかりと感染対策をとりつつ打ち合わせを続行。

カレー屋さんはガラガラで気の毒な感じだった。

帰りは満員電車で、しかたなく密集しながら帰りました。

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安倍さんから届いたマスクをした自画像。安倍さんありがとう。
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2020年06月11日

舞踏やってても知っていること

国会議員とは国民の代理人です。

日々生きることに忙しい、国民の代わりに“税金のつかい道”を決めるプロフェッショナルです。

大工さんや農家のかたや小説家さんや清掃業従事者や医療従事者、俳優や古物商やデザイナーやウェブプログラマーの代わりなのです。

投票で選んだ議員がじぶんたちの税金のつかいみちを、じぶんたちの代わりにじぶんたちのために決めてくれます。

全国民を代表して税金の配分を決めるひと。それが議員さん。

だから税金の不正、不明な使用には文句をいう権利があるのです。

勝手に税金を私物化して、じぶんやじぶんのおともだちのために私的に利用していないか?

途中にじぶんたちの息のかかった幽霊会社をはさんで、不公平に20億円の利益をあげていないか?

外注さきに依託費と称して3095億円も丸投げして、選ばれた企業が不当に利益をあげていないか。

いろんな責任を追求されることから逃れるために、10兆円ものお金を使途不明のまま計上しているのではないか?

常に監視をして不正があった場合には、こえを上げて糾弾する権利がどんな有権者にもあります。

歌手だからとかいって政治に口をだすなというのは、根本的に間違っているのです。

主権は国民にある。国民が主役である。権力は国民のために行使されなければならない。

これは日本国憲法にさだめられた事実です。だから孫正義さんは国会に入るときにガードマンから「よこの通用口へまわれ」と言われて激怒した。

「議員の通るところを、主役の国民が通ったらダメとはどういうことか!」

そんな議員がこのエピソードのごとく、赤い絨毯の上をえらそうに我がもの顔で・・・

あるひとが、とにかく議員の世襲制をやめさせなければならないと言っていた。

日本では2世3世議員が親と同じ地盤から出ることを許しています。努力をせずとも、出馬して当選できてしまう。

議員さんの子どもとしてちやほやされ育ち子どもの頃から苦労知らずで、食べる心配などしたことがない2世3世さんにわたしたちの気持ちなど到底わかるわけがない。

調べれば、調べるほどいまの日本において世襲制の弊害が大きいことがわかってきます。若くて優秀な議員がいないことも、女性が政治の世界でまったく活躍できない大きな原因もここにあるようです。

じぶんたちのことを考えたシステムではなく、国民のことを考えた制度にして欲しいものです。

以上、たかが舞踏家風情からでした。

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世襲の権化、安倍晋三議員。
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2020年06月10日

「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ

友人の写真家、長島有里枝の名言で「男は売れるのが遅ければ遅いほど良い。」というのがあります。

彼女自身は20歳でメジャーデビューしている。

若くして売れた人だからこそ口にできることです。じぶんが言ってもたんなる負け惜しみ。

彼女は2017年に東京都写真美術館で、大がかりな展覧会をやっていました。

パンクロックな人柄そのままのとっても素敵で男前な展覧会で、初期からいまにつながるいろんな写真を観て感動したのでした。

そんな有里枝ちゃんが『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』という本を出版しました。

1990年代に若い女性アーティストを中心にうまれた潮流をふりかえり、徹底的に資料をあげながら再検討をおこなう本なのだそうです。

2001年にHIROMIX、蜷川実花とともに女性3人で木村伊兵衛写真賞を受賞したこともあって、若手女性写真家として、ひとくくりにされ不当に扱われてきたのか。

「有里枝ちゃんはほかの女性写真家と違うよ。」と言われていたけれど「わたしも違うけど、みんな違うだろ!と思っていた。」

ロックな有里枝ちゃんらしいな。

社会人になってから入学した大学の卒業論文でもあるので、告発調ではなくて“プチプチをひとつずつつぶすように”男性目線のブームが、いかに誤ったじじつのうえになりたっていたかを確かめていく内容。

たとえば、コンパクトカメラの普及が女性写真家の誕生をあと押ししたと言われてきた。扱いやすいカメラが技術的な稚拙さをカバーして、表現に結びついたという論調。

しかし彼女たちが、そのようなカメラをつかっていたのはごくわずかだった。

彼女たちの登場とカメラ付き携帯の普及を結びつける論調にも「若手登場のピークが1997年、98年であるが、カメラ付き携帯の開発・発売は1999年〜2000年であった。」と反論。

それは若手の女性写真家が“いかに技術をともなっていないか”ということを広めるための、差別評論であった。

“自己中心的”“わがままで自分勝手”“能天気”などといかにも女性を活写しているようなことばが使われたが、それも男性優位による上から目線のマウンティングに過ぎない評論。

他人によって名付けられたじぶんの表現を、どうやってみずからの手に取り戻すか・・・

「いつかまともな評論家が出て、反論してくれると思っていた。だけど『白馬の王子さま』はいないとわかった。これはわたしの問題だ。」

と自らで書いたのがこの本なのです。

「女の子写真」と軽んじられてきた風潮を、アメリカで生まれた『ガーリーフォト』というフェミニズムのことばを肯定的につかい語りなおす行為でもあるとか。

「声をもたない集団について語るひとは、慎重に振る舞わなければならないと思う。」

「これがわたしにとっての“ガーリーフォト”です。」

読みます。

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『Tank Girl』

参照・引用:2020年3月8日 毎日新聞 2020年3月28日 朝日新聞
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2020年06月09日

文化芸術をクラウドファンディングで救う

2016年、デュ社第三回公演『ぴちがい裁判』のときにお世話になった『モーションギャラリー』の代表、大高健志さんが新聞で紹介されていました。

このコロナウィルス騒動の影響で休業させられているミニシアターを助けたいと『ミニシアター・エイド基金』を仲間の映画監督たちと立ち上げたそうです。

3万人から国内のクラウドファンディングとしては、史上最高額の3億3千万円が集まったとか。やるなあ。

ミニシアターの再開をこころ待ちにするファンのひとたちが、それだけ大勢いるということだな。

モーションギャラリーは文化芸術に特化したクラウドファンディングを展開しているそうです。

お世話になったのにいままで知らなかった。ダンス評論家の乗越たかおさんが、海外のフェスティバルへの渡航費を募っていてそれで知ったのでした。

そう言われてみたら同じころにやっていた人たちも、ダンサーや演劇や映画界の方たちだったか。あのころはそんなものかなと思っていたけれど、なるほど。

モーションギャラリーは、大高さんが大学院で映画製作を学んでいるときに映画業界や同窓生に優れた創作者がいるのに、お金を出す人がいないことに着目して2011年に設立された。

「国際的に認知される才能があるのに、竹やりで戦っている。」

海外ではクラウドファンディングが盛んなことを知り、民間での助成金の仕組みをつくったそうです。

無名の映画監督と俳優らによる自主映画『カメラを止めるな!』の支援金集めもモーションギャラリーが手がけ、興行収入31億円のヒットをとばした。

映画自体は賛否両論ありますが・・・映画なんて賛否両論あってなんぼのもの、ええじゃないか。

今回のコロナウィルスによる休業要請では、本屋やライブハウスや小劇場を支援するクラウドファンディングもつぎつぎに立ち上がっています。

いろんなクラウドファンディング企画を目にするたびに支援したいという気持ちはもちろんありつつ、そんな立場にないな。とじぶんをいましめて申しわけない気持ちになっています。

そうして大高さんのようなかたの活躍を知るたびに偉いなあと尊敬の念を抱きつつ、まったく活躍できないじぶんのいまをかえりみてしまうのでした。

今月から支援をうけた多くのミニシアターが再スタートを切るようです。

素晴らしい。

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『大高健志さん』

参照・引用:2020年6月9日 朝日新聞『ひと』
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2020年06月08日

むずかしい作業

デュ社のホームページをつくっています。

まったく進んでいかない。

ここ2ヶ月ぐらい、おなじところでずーっと足踏みをしている感じ。いっこうに外れない知恵の輪を「かちゃかちゃかちゃかちゃ」やっているような状態。

つまらないから、まったく進まない。

“デュ社舞踏家集団”というのを“舞踏家集団デュ社”とならび変えるのができない。ロゴの大きさを変えたいと思うのだけれどできない。

めちゃめちゃ忙しそうなワイフをたまにつかまえて聞きますが、聞くとすぐにわかって少しまえへ進む。

ブログと同じだとワイフは言うのだけれど、勝手がまったく違う。根本的ななにかが違うのだけれど、そこがわからない。ちょっとした糸口が見つかればいいのだけれど、まったく見つからないので嫌になってしまう。

いまブログを記してて思ったけれど、どこか決定的ななにか・・・スタイルのような部分が合わないのだな。このブログは最初からすいすい進んだものな・・・

やはり仕組みがむずかしすぎるのか。テンプレートという枠組みが決まっていてその中でしかデザインが変えられない。それ以上にデザインを変えようと思うと、凄まじく専門的な技術が必要になってくる。

じぶんのやりたいことは専門的な技術がいるようです。

とかつべこべいわずにやれることからやろう。

まずはつくるページを考えててと。最初はアーカイブページを増やしていこう。デュ社のサイトなので旗揚げ公演の『ふたつの太陽』のページからつくってと。

出演者やスタッフのクレジットとbozzoのかっこいい写真と作品のイメージが伝わる解説をいれて、ダンス批評家木村覺君の素敵な評論もリンクしよう。

つぎは第2回公演『春の祭典』のページを制作して、そのつぎは第3回公演『ぴちがい裁判』のページをつくって、こちらはクラウドファンディングをやったのでその記録ものせよう。

あとは第4回公演『舞踏レクチャーパフォーマンス』のページをつくっておなじようにクレジット写真を入れて、旗上げ前の公演とソロ公演はメンバーページの雲太郎からリンクさせればいいな。

ドイツでの合宿はワークショップページにリンクして、そのほかのワークショップもリンクしよう。

翻訳のできるところはじぶんでやっていきます。むずかしい文章などは湯山におくって、いそがしい作業のあいまに翻訳をしてもらおう。

むずかしいデザイン作業もやっていれば、そのうち慣れてくるでしょう。

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駐輪場のあじさいが咲いた。
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2020年06月07日

テレワークとか

テレワークの“テレ”とは遠いとか遠距離という意味があるそうです。

テレフォンにテレビジョンにテレワークか・・・遠く離れていてもできる仕事ってなんだろう。

そうやって考えると出来ない職種のほうが多い。

いちばん実施率が低いのはヘルパーなど福祉系の専門職で2.2%だった。けれどもこれは、おそらくパソコンで管理などしているひとも入っているだろうから実質は0%でしょう。

医療系の専門職や保育士も実施率は低い。

からだをつかう職業はテレワークなんてまず出来ない。

米や野菜、くだものを育てる農業に従事している方はテレワークとかわけのわからないカタカナをメディアが口にしているあいだも、からだをつかって労働をしている。

漁業も畜産もおなじだな。

それらの野菜や魚や肉をはこぶ仕事の方は、いまもどこかをトラックで走っている。市場では取引がおこなわれ、スーパーは営業をつづける。

毎日毎日、ゴミを収集してくれているゴミ処理や清掃に関する仕事の方々もテレワークなんて不可能だな。建築業界も同様か。

電気・ガス・水道などのライフラインに従事する人たちも、現場で働く人たちはテレワークなんて無理。林業ってのも無理だな。

鉄鋼炭鉱にあらゆる製造業も人間がからだをつかってやるしかない。でもこのへんになってくると将来は、完全自動化なんてのもありうるのか。

ヘルパーなどの介護の仕事もいまは無理だけど、将来的には遠隔操作のロボットがおこなうなんてことに・・・なったらどうなるのか。へたに人間がやるよりうまくいったりして。

ロボットに八つ当たりして、ロボットになだめられてむなしくなったりして。

警察官もテレワークは無理だけど、SF的な近未来にはロボットがやるようになるのかな。ひとはロボットの管理だけする。

遠くはなれて話す、遠くはなれて指示する。遠くはなれて操作する・・・遠隔作業でいちばんすすんでいるのは軍事か。

いまの爆撃は遠く離れた場所からやるそうです。爆撃を終えたら、すぐ家に帰って家族とくつろぐ。

いちばんテレワーク率が高い職業はウェブクリエイティブ職で64.1%だそうです。それでも6割強なのか。

どこかでかならず人間がその場所へいって作業することが必要になってくるのだな。

舞台は映像も使うけど、やはりひとがやらないと成立しない。そしてライブでしかありえないからテレワークはむずかしいです。

いまはみなさなんネット映像へと移行していっているけれど、それだとテレビや映画とおなじ土俵に立つことになってしまう。

そうではない舞台の存在価値ということで考えれば、いまは映像へとはしることなくじっと耐え忍ぶほうが価値は高まるのかもしれない。

そんなふうに思ったりもします。

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『テレフォン』

参照:2020年5月18日 読売新聞
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2020年06月06日

はてな

舞踏家集団『デュ社』のコンセプトをひとことで言うと『?』

「ブトウ?」であって「ブログ?」である。

こんなときだから、じぶんたちのコンセプトを思いだしてあらためて指針とするのです。

社会のおおきなうねりに飲み込まれることなく、冷静につねにうたがいのまなざしで世のなかを見つめつづけたい。大切なのは距離感をとること。

漫然と同調圧力にながされていないか。

「ほんとうか?ほんとうにそうか?」

そうしてこの先、必要とされたときにぴかぴかのアイデアと斬新な物語りをひっさげて登場するのです。

斬新なおどりのほうがいいか・・・

矛盾して不公平で不正や嘘ばかりのこの世界。

自粛警察なんていうわけのわからないものたちが、跋扈する世界。

ネットの中では悪意が広まり、差別と憎悪が世界を分断する。

みんなが不安を抱えて、生きる、そして生きるに値しないかもしれない世界。

何が本当かなんてわからない。世界はもうシッチャカメッチャカなのだから・・・

理由なき反抗のニコラスレイの歩きかたを真似しているすがたを鏡にうつして、そのまま鏡の中へと入っていく。

真似して歩いていたら、犬のぬいぐるみが畑で柿の収穫を手伝っていたのでその手伝いをする。

手伝いをしながら、いろんなひとのキャッチフレーズを考えてみる。最後のレフェリー ヴェッカムの剃刀 リグ・ヴェーダよりの使者 サブライムフェニックス 紀伊半島のルサンチマン 北海のイナズマヘッド・・・なかなかいいぞ。

犬のぬいぐるみがやすみ時間に絵を描いてるので聞いてみる「なに描いてんの?」なんでもいいでしょ、目鼻口いらないでしょ。

もっと子どもになろうでしょ。もっと赤子になってもいいでしょ。

なにを描くか?そこにおもきを置かなくてもいいでしょ。

絵を描くという根っこのところの意味はわからないけど、なにかを伝えるとか、記号であるとか、あとづけの説明の部分を捨てていこうとか考えなくていいでしょ。

そうすると絵の絵としての赤裸々な存在感があらわれてくるのだなんてどうでもいいでしょ。

大人になってだれもが失ってしまったかもしれない、あの頃のキラキラが、愉しさが、自由ということすら意識していなかった自由さが?

意味とか、なにを描くとか、うまいとかへたとか、うつくしいとか、みにくいとかかちんかちんとかなんにもないからだっぽなせんとちひろのどれみたとらぴろ

「みじかびの きゃぷりきとればすぎちゃびれ すぎかきすらの タマタマわれた マナマナあーあ」

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『?』
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2020年06月05日

We are all human

アメリカの人種差別への抗議運動が世界中へと拡がってきています。

差別か・・・

奴隷制度の頃からの問題が、いまだに解消されない。

差別は無知からくるという話しもありますが、相手もじぶんとおなじ人間であるということに思いが至らない想像力の欠如もあるのでしょう。

人種差別に女性差別にマイノリティー差別に障害者差別、etc...etc...

学校でいくら教えつづけてもなくならない差別というもの。いろんな小説で描かれ、いろんなドラマや映画が描き、いけないことなのだといくら訴えてもなくならない。

みんながいくら頑張っても、なかなか抜けない差別の根っこ。

暴動の原因は差別殺人でしたが、いまはそれはひとつのきっかけで国民の不平不満が爆発した感じです。不正がまかりとおるこのよのなかだものなあ。

ふだんならばこういった不満はフェスなどのお祭りで発散するけれど、コロナの影響で自由に発散できないのも原因か。

アメリカのミシガン州に3ヶ月滞在しているとき、親友のエリック・サントスがテレビ番組を観せてくれた。

黒人コメディアン、デイヴ・シャペルの番組で、“KKK”という白人至上主義者のコントをやっていた。有名な白い三角頭巾をかぶったひとたちですね。

そのKKKにひとりの指導者がいて、演説がとってもじょうずで黒人のことをいつも口汚くののしってメンバーや聴衆を非常に熱狂させて大人気だった。

かれは演説のときも白い頭巾をかぶっていて、側近以外は素顔を見たことがない神秘的な存在。

ある日、指導者が演説で興奮しすぎて白い頭巾をむしり取ったら黒人だった。ショックで気絶する聴衆たちのあたまが破裂してつぎつぎと飛び散る。

かれはじつは目が見えなくて、じぶんの肌が黒いと知らなかった。側近は黒人と知りながら、かれのカリスマ性を利用して黒人差別の指導者にしていたのでした。

肌のいろがちがうというたったそれだけのことへの差別。にんげんなんてひと皮むけば、みんな同じなのに。

黒人奴隷のものがたりを描いた大河ドラマ『ルーツ』に感動して涙をながしたあとに、KKKの集会に出かける。

そんな矛盾にみちているのが人間といういきもののすがた。

矛盾を理解しつつ、なんとかしてこの世界をよりよく変えていけたら・・・

人類はまだまだ、多くのことを学ばなければならないのです。

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『The Stars and Stripes and Skull』
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2020年06月04日

I'm sorry

先日、高機能の3次元マスクのフィルターの大きさは0.0001mmと記しました。

今日の新聞を見たら、ウィルスをふくんだ飛沫の大きさは0.005mmぐらいと書いてあった。

高機能の不織布のマスクなら捉えられるのですね。

いっぽう、布マスクは生地によって繊維の大きさに違いがあると思うのでいちがいには言えませんが、0.5mmぐらいだったりするそうです。

ふだん、マナーやルールといったかたちだけのなんちゃってで装着するときは、オシャレでかっこいい布マスクでいいと思います。

けれども、ほんとうに具合がわるくてくしゃみや、せきが出るときは布マスクではだめですね。あと病院なんかへいくときも布マスクではこころもとないのか。

お気をつけください。

とか思っていたら布マスクのしたに、ティッシュやキッチンペーパーをはさむと市販のマスクと同じぐらいの効果がでるとか。

真剣なときはお試しあれ。

そうして安倍さんから布マスクが届きました。

届いたマスクを装着してみたらそんなに小さくはなかった。けれど猛烈に臭い。ので洗濯しました。

糸がピヨンととび出ていて縫製があらい。中国や東南アジアのかたがたに「とにかく急いでくれ」と検品もせずにつくらせたようなのでしかたがないですね。

ん、国内で8億円かけて検品しなおしたとか新聞に書いてなかったっけ。まあいいか。いいのか?

装着したすがたをアップしてみようかと自撮りしてみたら、白いマスクのせいかオジイさんにしか見えなくてがっくり。二度とつかわないだろうなあ。

娘が学校で「市販のものがないときは、これをつけなさい」と布マスクを配られたそうなので彼女がつけるかな。

しかしこの布マスクも本気のウィルス対策には効果がないのか・・・

いったい、なんのために配ったのだろう。自分の人気とりのため?いやいや人気はかえって下がっているのだからちがうな。国民の健康を心配して?効果がないのだからこれもちがうのか。

うーん、なんなんだろう。

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『自撮りマスクおっさん2』

参照:2020年6月4日 朝日新聞
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2020年06月03日

F1と固定種

娘が学校の課題をすすめています。

生物の課題で植物の観察をえらびました。

小松菜をタネから育てて固定種とF1という品種で比較、その生育のちがいを観察する。

小松菜のタネというのをはじめて見ましたが、おどろくほど小さかった。けし粒ほどのあんな小さなタネが、大きな小松菜になるのか。自然の神秘です。

F1というのは、1代かぎりの品種でスーパーの野菜はほとんどがF1。育つのをはやく改良していて、固定種の3倍くらいはやい。人間による交配によってつくられるのだって。

雑種のほうが強いという法則を利用している。

近親者同士で結婚をしていると生命力がおとろえてきて貧弱になってくる。対して人種がちがうとか遺伝的に遠い組合せで結婚すると、両親より大きく丈夫な子が生まれる。

家庭から父親や男兄弟を取りのぞき、かわりに外国の男性を送り込んで妻や娘とのあいだに子を持つことが許されない一代限りの人間を毎年、生ませつづけようとするようなことだって。

すげーことを考えるなあ。

寒さにつよく、暑さにつよく、病いにつよく、四季をつうじて安定した大量生産ができる。農家のかたがF1をつかいたくなるのは仕方ないのか。

けれども反面「F1野菜は味がない」という声があるのも事実です。固定種のにんじんなんて味が濃いものなあ。

いっぽう固定種というのは、むかしから栽培されてきた自家採種したタネを蒔いて育てた野菜。良いものを選んで、できたタネを翌年また蒔く。

F1はタネがとれないのでタネを買いつづけるしかない。いまやタネは巨大ビジネス、いま世界のタネの75%を5つの多国籍企業が独占している。

そして多国籍企業の独占のために、世界中の野菜種子がこの100年でなんと94%失われたのだって。

永遠に失われてしまった94%の野菜たち。

これらの多国籍企業の多くは、戦争中は化学兵器を製造し、戦争が終わると化学肥料や農薬を開発してきた企業です。いちばん有名なのが、悪名高いアメリカの旧モンサント社です。

ベトナム戦争のときは枯葉剤をつくっていた。

このモンサント社は、毒性のつよい農薬とその農薬に耐えることのできるタネを開発してセットにして売るという戦略で莫大な利益をあげ・・・やめましょう、調べればしらべるほど嫌な気分になってくるので。

いのちを金儲けのために利用するのはいけません。

「いまや世界中の人々が、子孫を残せなくなった野菜を食べています。それは自然界から見れば不自然なこと。F1の種しか残らなくなってしまってからでは、もうあと戻りできない。」

そう語る、固定種のタネを販売しつづける野口種苗店の野口勲さん。

遺伝子組み換えほどではないけれど、やはり自然に手を加えることではあるのだな。

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ちなみに植物観察の結果は、F1と固定種での生育差はほとんどなし。なんでや。味はどうかな。

参照:Tanet 野口種苗研究所 | 生協パルシステム情報メディア KOKOKARA | ビジネス+IT | 映画『シード〜生命の糧〜』
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2020年06月02日

マニュアルなし

滅多にだれとも会わないので髪の毛が伸びてきています。

ひさしぶりにスキンヘッドにするかと新聞を洗面所に広げます。

最近は、なぜあたまを剃っているのか疑問に思う。伸ばそうかと思うこともあります。いま伸ばすと白髪のまだらハゲになります。

鉄割的にはそのほうが面白いのではないかと思ったりするが、すでに村上君というカッコいいハゲキャラクターがいるので、とてもかなわないとやっぱり剃るのです。

とか思いながらバリカンで刈っていると、目のまえに独自の老人介護の施設を経営しているひとの記事があったのでついでに読みます。

結局、捨ててしまったのでいつのなに新聞だったかわからないのですが・・・

そのかたは福祉の大学を卒業後に老人ホームに就職。そこで老人介護の現状にショックをうけて退職し、自分で老人介護の施設を立ち上げたとか。

すごい行動力だな。

立ち上げた施設では入居者も出来る限りのことを自分でやると書いてあって「いいなあ」と思った。家事をやったりするのは頭をつかうからボケ防止にもいいのです。

自分でやれることは自分でやるというルールなので、誰が入居者で誰がスタッフなのかわからないような生活環境だとも書いてあった。

その施設にはマニュアルがないのだそうです。

いいですねえ。マニュアルなんて好きではない舞踏家からすると最高です。

人生はいつでも即興、答えなんてないんです。人生においてマニュアルなんて存在しないし、臨機応変にやわらかく生きていかないとなりません。

入居している人は、職員の都合で決められた利便性とか合理性とかで管理なんてされたくないでしょう。

それはどんな施設でも同じかもしれない。

管理する側に都合のいいようにおこなわれる生活のさまざま。

ヒドイところでは、怪我を防止するという目的でベッドに縛りつけたりするという記事を新聞で読んだ。夜、呼び出されないように、うごけなくなるぐらいに強い薬を飲まされたりするとも読んだな。

それもこれも責任を取りたくないという管理する側の都合と、深刻な人出不足からくるのでしょう。

そんな人手不足の対策としても、やれることは自分でやってもらうというのはいいアイデアです。

どんなひとでも1箇所に閉じ込めるのではなくて、地域でいっしょに暮らすというふうにもヨーロッパでは変化してきているといいます。

先進国の風潮に逆行していく日本が、そうなれる日はまだまだ遠そうです。

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『mother6』
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2020年06月01日

あたらしい習慣

日本がこれだけ感染者数が少ないのは、日頃からマスクをする習慣があったからではないか。

そんな話しもあります。

そうだよな、このウィルスの特徴は感染しても無症状がつづくこと。知らないあいだに感染をひろげてしまっていることがあったかもしれない。

そんなときにマスクをする習慣があったら、もし感染していても飛沫感染は防止していたということ。

マスクをする習慣のあった民族か、かわった民族だな。日本固有の文化とか風習みたいなものなのか。

マスクは依存性があるのでそれも原因だったのか。

最近は、そとにいてもマスクをしている人が多い。

飛沫防止ということでは効果があるのか?「はあはあ、ぜえぜえ」いいながらランナーがマスクなしでそばを通ったら・・・えーい、過剰に怖れるな。

最近はコンビニに入るのにもマスク着用がマナーではなくて、ルールになってきています。

「メガネは 顔の 一部です」というCMソングがあったけど、メガネよりもマスクは存在感がある。顔のほとんどを覆うものだものな。

マスク着用があたらしい習慣となるならば、それがぺらぺらの安っぽい使い捨てのものなのはおかしい。

使い捨てのぺらぺらのTシャツを着ているようなものか。使い捨てのぺらぺらの白い帽子をかぶっているそんな感じか。

原因は、もともと医療的なところから出発しているからだな。けれどもマスクでは今回のウィルスの感染を予防できないことはわかっています。高機能の3次元マスクでもフィルターの大きさは0.0001mm。

いっぽう、コロナウイルスの大きさは直径0.000001mmだって。

高機能マスクフィルターの100分の1の大きさか・・・ほぼざるだな。

予防ではなく、飛沫防止のためにマスクを着用するのならば布マスクで十分です。医療用の安っぽいマスクではなく、洗ってなんどもつかえるオシャレな布マスクのほうがいいに決まっています。

ゴミ削減という意味でも、使い捨てではないほうがいいでしょう。

ヨーロッパではマスクショップなるものが誕生しているそうです。かっこいい、おしゃれな布マスクがカラフルに陳列されて販売されていた。

日本にもできるのは時間の問題だな。

老舗の手ぬぐい屋さん『戸田屋商店』もマスクをつくって販売したら好評を博しているそうです。

じぶんもあたらしく手ぬぐいでマスクを手づくりしました。

そんななか、政府がすすめる布マスクをあらたに5社に発注したことがわかった。契約金額は36億円だそうです。経済がうるおうからいいのか・・・いいのか?

みなさまの大事な血税をじぶんの人気とりのために、ばらまいているだけではないのか?

アベノマスクとか揶揄されて、人気はかえって下がっているのになあ。

と手づくりマスクをしながら思う舞踏家からでした。

追記ーウィルスをふくんだ飛沫の大きさは0.005mmぐらい、高機能の不織布のマスクなら捉えられるそうです。

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『自撮りマスクおっさん』

参照・引用:2020年5月24日 毎日新聞 / 2020年5月30日、6月4日 朝日新聞 / 北里大学Web
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2020年05月31日

パロディーについて

特派員協会が東京オリンピックのエンブレムをパロディーにしたと抗議されました。

あれをみて不快に思うひとはいるのか・・・

組織委員会のだれかが許さなかったのだな。べつに尻の穴の小さいことをいわずに笑ってすませればいいのです。

日本ではパロディーという文化があんまりないのが原因か。風刺をゆるさない民族とかんがえるといやだな。寛容さにかけるクソ真面目な大衆性。

フランスの著作権法にはパロディーを認める規定があって、アメリカにも公正な使用なら許可をうけずに認められる規定があるとか。

風刺というのは知的行為だから、一部のひとの遊びみたいなものなのかな。朝日新聞には風刺画がまいにちのっているけれど、読売新聞にはのっていない。反権力的な行為でもあるのだな。

パロディーの上手なひとはじぶんの身の回りには・・・まずは兄弟子、村松卓矢か。

じぶん以外はほとんど馬鹿だという考えかたのひとなので、馬鹿にしている部分のほうが多い。そのことが観ているひとに伝わるようで、踊りや作品を好きではない人も少なくない。女性に多いのか。そのぶん男には人気があったりするのですが。

いちばん多用している人は、鉄割アルバトロスケット主宰で作家の戌井昭人です。

鉄割はけっこうパロディーが多いです。愛があるときもないときもあるけれど、笑いにもっていくから許されているところはあるのでしょう。

ゆらゆら帝国のパロディーの演目を観たゆらゆらのファンのワイフは怒ってはいなかったけれど、なかばあきれていました。「かんぜんに馬鹿にしてるやろ」とはいってたか。

馬鹿舞伎も「あれ歌舞伎のひとが観たら怒るんちゃう」とかいっていた。けれどあの演目は芸能のはじまりのようなところがあるので、亡くなられた中村勘三郎さんなんかが観たら大喜びしてたと思うけどなあ。

じぶんでいうと、そんなつもりはなかったのにパロディーにして馬鹿にしていると誤解されて、たいへんにもめたことが二度あります。

一度目は『ジャーオデッセイV』という作品を創ったときで、本公演の振付を悪気なくパロディーにするつもりもなく一瞬、取り入れたら師匠の逆鱗に触れてあやうく息の根をとめられかけた。

いろんなことが重なったとは思うけれど、一瞬のボタンのかけ違いで98%ひっくり返ってしまった。

二度目は『舞踏?プレゼンテーションショウ』というソロ公演をやったとき。けっきょく誤解はとけたけれど、その作品が再演されることはなかった。

どちらも苦い思い出です。

表現の自由ということでいうとなんでもありなのですが、観るひとを不快にしかさせないものというのは作品的に失敗しているのでしょう。

けれども風刺精神というのはいつの世のどんなときでも必要です。

忘れないようにしたい。

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『エンブレム』
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2020年05月30日

芸術は不要か

舞踏は必要ではないか?

必要ではないとは誰も言っていない。こういう非常事態だから、生きていくのにほんとうに必要なことだけに絞ろうと言っている。

芸術は生きていくために、ほんとうに必要なことではないのか?

いまは・・・芸術は贅沢品なのだそうです。

芸術は贅沢なこと。こころの贅沢のためのもの・・・いまは非常時だからみんなで我慢してこころ貧しく生きるしかない。そういうこと・・・

それではそれをなりわいにしていた芸術家たちにとって、それは生きるためにほんとうに必要なことではなかったといえるのか?

あるプロの音楽家が休職して家賃が払えなくなったので、役所に住宅確保給付金の申請にいったら「他の仕事を探せばいいでしょう。」と断られたとか。ひどいなあ。

政府の休業要請に協力してプロの仕事を休止しているにもかかわらずです。真っ先に自粛を強要されたのは文化イベントのかずかずでした。

日本では芸術・文化への補償があとのほうになります。

その国が芸術・文化をどうおもっているかがこういう非常事態によくわかる。

日本では文化庁長官が「文化芸術の灯を消してはならない」とあたりまえのコメントを出しただけで、なんの具体的な支援策も示さないので「ポエムだ」と失望の声があふれた。

ヨーロッパでは・・・「では、では」言ってると最近は“ではのかみ”とネットでかげ口を言われるようなので気をつけるようにしていますが、やはり国での違いは顕著です。

先日ベルリン在住のアーティスト、古谷の話しを記しましたが、ドイツは芸術への補償が手あつい。

「文化は時代が好調なときにだけ許される贅沢品ではない。それを欠く生活がいかに味気ないかを、わたしたちはいま、目のあたりにしている。」モニカ・グリュッタース、ドイツ文化メディア担当相

ドイツはナチス時代の全体主義への反省から、芸術をとおしてじぶんと違うものの見方に接し、想像力をめぐらすことで平和や民主主義が築かれるという考えかたが根付いているそうです。

芸術をとおして想像力を養う・・・SNSで他者を追いつめて死においやるひとに決定的に欠けていることかもしれません。

フランス政府は芸術分野で働くひとへの救済策を発表。ある劇団員は1日約6,000円の手当を来年の夏まで受け取れることになったとか。

文化的レベルか・・・

芸術・文化というひとにとって必要不可欠なもの。

ひとのこころを豊かにするもの。

ただ生きているだけでは余ってしまうなにかを発散させるもの。または、ただ生きているだけでは足りなくなってくるものを埋めてくれるもの。

うたったり、おどったり、お芝居したり、冗談を言ったり、ひとを笑わせたりという大切ないとなみのかずかずを、はやくひとが許せる状況に戻ってくれることをせつに願います。

とか思っていたら劇場と映画館が再開されるようです。

ひとまず良かった。

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"Untitled2"

参照・引用:2020年3月27日、4月15日、5月27日 朝日新聞 / 2020年4月24日 東京新聞
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2020年05月29日

舞踏のこと

舞踏というものをなりわいにしようと奮闘してきました。

「ぶとうってなんだろう?」

日本で生まれたコンテンポラリーダンス? 時代の先端を走りセンセーショナルで前衛的だった舞踊? まだまだ一部のひとしか知らないアンダーグラウンドな舞台芸術?

伝説の大舞踏家、大野一雄が世界へと広めたButoh。

麿赤兒主宰の大駱駝艦は毎年のように海外に招聘され、フランスでは山海塾主宰の天児牛大に勲章があたえられ、カルロッタ池田や室伏鴻がたねをまいたメキシコやブラジルでは、若いアーティストが舞踏にこそ未来があるといわんばかりである。

「それはなぜか? 」

“上へ上へ、もっと高く”という古代から連綿とつづく人間の上昇志向。それを追いもとめつづけた結果、人類が月へといっていたとき。

舞踏は逆に、がに股で低く地を這うようにうごいていた。舞踏は時代のアンチとして生まれたのでした。

“はやい”ということが絶対的に良いとされていた時代に、逆に“ゆっくりとうごく”ことを良しとした舞踏。

それは結果ではなくそこへむかう過程こそを大切にしようとするこころであり、いまこの瞬間をうごく。そして「このかけがえのない一瞬を味わいつくそう」という考えなのだと思います。

人類が光を追いもとめ、明るく明るくもっとあかるくと世界を照らしつづけようとしているとき、創始者である土方巽はじぶんのやっていることを“暗黒舞踏”と名乗っていました。

それから約60年たって、光をつくるための究極のシステム“原子力”が破綻してしまった。

消費者である人間を増やすことにしか未来を見出せない現在の消費社会は、人間が死なないように死なないようにと叡智を結集し工夫する。

しかし死は自然の摂理である。

生が光ならば、死は闇である。光あるところには、暗黒がある。

死と闇はけっして忌み嫌うものではなく、逆に大切にして敬うべきものなのだと思います。

一部の人たちは、世界が限界を迎え、人類は宇宙へ向かうのではなく大地へと帰り、早く速くと先を競いあうのではなく、ゆっくりとスローテンポでその人生を愉しんだほうがいいと気づきはじめている。

そうして光ばかりではなく闇を、暗黒の中に灯るひとつの小さな灯火を大切にするべきだと・・・

時代が舞踏に追いつきはじめている。

世界がやっと舞踏の思想に歩調をあわせてきているのかもしれない。

と、舞踏のことについてひさしぶりに記してみました。

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『舞って踏む』
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2020年05月28日

新型コロナウィルスの感染拡大により

娘が2回めの登校をしました。

じっしつ、今日が入学式みたいなものか。

けれども分散登校というやつで、まだクラスの全員と会えないそうです。

西東京市の小中学校でも分散登校がはじまったのかな。ようやく日々の生活がそろりそろりと戻りはじめている感じなのか。

そうして9月入学案は見送られました。学校が再開しているのだから必要ないことだものな。

大日本帝国が徴兵をしやすいように、それまでの9月入学から4月へとかえてしまった始業時期。戦争もとっくに終わっているいま、その始業時期をもとにもどす千載一遇のチャンスを逃してしまった。

ガタガタ言わずにパッとズラしちまえばよかったのに。まるで手品のように気づいたら9月入学にかわっていた。

公園の遊具もつかえるようになったようです。

近所のタコ公園の巨大なタコのすべり台も立ち入り禁止の黄色いテープがはずされていた。黄色いテープでぐるぐる巻きにされたすがたは、巨大なタコが捕らえられているようでした。

解放されたタコ。

「従来の感染症は多くの犠牲を出すことで、望むと望まざるとに関わらず社会に変化をうながしたが、新型コロナウィルスは被害それ自体よりも『感染が広がっている』という情報自体が政治経済や日常生活に大きな影響を与えている。」

ほんとうに長崎大学熱帯医学研究所教授の山本太郎さんが言うようになっていました。

加熱する情報にあおられて「あれよあれよ」というまに社会の状況が変化していった。いろんなひとが警鐘をならして危機を訴えていたけれど結局、ニューヨークのような医療崩壊というのはおこったのか?

よくわからない。

いままで途上国では新型コロナウイルス以上の威力をもつ病原菌が多く流行してきたが、世界はそれほど真剣に対策に取り組んでこなかった。

エイズ、結核、マラリアの世界三大感染症というたった三つの病気で1日約7000人、年間約300万人が亡くなっているのです。患者はマラリアだけでも年に2億人以上。

国内でのインフルエンザの例年の感染者総数は、推定1,000万人、死者数は去年、3,000人以上です。

いま、現在の新型肺炎の感染者総数は、1万7,362人、死者数は、883人なのです。

メディアはスペイン風邪をよく引き合いに出したけれど、スペイン風邪での日本の感染者数は2,380万人、死者は約38万8,000人にのぼったとされる。

ことの重大さは数ではないのは当たりまえですが、大騒ぎしすぎました。

「鎖国並みの対策がほんとうに必要でほんとうに有効だったのか?

その効果をきちんと分析し社会的な損失と経済的な損失とを比較して評価し検討しないといけない。」by 世界エイズ・結核・マラリア対策基金局長、國井修

國井さんの言うように、これからいろんなことを反省を踏まえながら検証していかないといけないのでしょうね。

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『公園のタコ』

参照・引用:2月19日 読売新聞 / 2020年3月7日、5月28日 毎日新聞 / 2020年3月17日、3月25日、4月24日、5月8日、5月21日、5月28日 朝日新聞 / 厚生労働省HP
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2020年05月27日

いましめ

毎朝、起きたら口が臭いのでまずは歯を磨きます。

そのあとは、花のみずをかえロウソクに火をともし線香に火をつけて真言を唱えます。

真言は別名、マントラともいいますがオーム真理教のためにすっかりうさん臭い呼び名になってしまいました。

マントラはサンスクリット語で、中国に渡ったときに真言と訳されたそうです。

お釈迦さまはマントラをつかうことに積極的ではなかったらしいが、中国へと仏教が伝わってからだんだんと広まったようです。

いちばん有名な真言は般若心経の“ギャーテイギャーテイ ハラギャーテイ ハラソウギャーテイ ボウジソワカ”です。

真言とは、仏さまのことばだそうです。

本来ならば真言のあいまに十善戒というお経も唱えます。しかし高尚でじぶんの身をかえりみると、はずかしくなるので滅多には唱えません。

おもにからだのおこないとことばのおこないとこころのおこないを戒めるお経です。

まずは『不殺生』

これは人間だけではなく、いきものを殺してはいけないという戒めです。第1ばんめに殺してはいけないがくるのは、仏教がそこにひとの本性を見ているからです。

つぎが『不偸盗』

ものを盗んではいけない。これもひとがどうぶつである以上、むずかしいことなので2ばんめに禁じています。猿なんてへいきでものを盗んでいく。

ひとごろしはしたことはありませんが、ものを盗んだことはあります。たしか幼稚園に入るまえだったか・・・どうしても欲しいものがあってそれを盗んだのでした。

もちろんそのときは盗むということばも知らなかったけれど、母親に激烈に怒られたことを覚えています。たぶんなぜ怒られているのかもわからなかった。それがいけないことだと覚えた瞬間だな。罪へのめざめ。

3ばんめが『不邪婬』

男女のまじわりについての戒めです。このへんになってくるとだんだんむずかしくなってきます。いつでも清廉潔白であれればいいのですが、ひとは生ぐさいところも魅力であったりします。

ドラマを生むのは、いつもそういうひとの生ぐさいぶぶんなのです。

つぎは『不妄語』

嘘をつかない。うそにはいい嘘もありますが、うそにうそをかさねるということもありますので気をつけましょう。

『不綺語』無意味なことをいわない。

『不悪口』汚いことばをつかわない。

悪口にかげ口に汚いことば。

みんなこころに闇を抱えているのですが、そのじぶんの闇とどう付き合うか。じぶんの悪意を他者へとむけずにどう向きあうか・・・

と、まじめな感じで終えようと思っていたら“不悪口”の「発音と意味がミスマッチだ」というサイトがあって、なるほどと思った。

これ“ふあっく”と読みますが、カタカナにすると“フアック”となり欧米では怒られることばになってしまいます。

たしかに。

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『大日如来』

参照・引用:真言宗智山派 総本山智積院 Web | FUNDO
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2020年05月26日

from Michiyasu Furutani

美術手帖のサイトで「芸術支援は最優先事項」というメルケル首相の演説を読みました。

ドイツはこの騒動の初期に芸術家への支援策をうちだしていました。

しかし言葉ではなんとでもいえる。じっさいにはどうなのか?

去年8月のドイツ合宿でお世話になりまくったベルリン在住のアーティスト、古谷充康にメールして聞いてみました。

「こちらベルリンも基本的にはイベントはすべて吹っ飛びました。」

8月31日まで500人以上の観衆が集まるイベントは開催できない。それ以下でも、主催者が客の情報をすべて保存して、行政から要請があったら提出しないといけないので、小さいイベントもやっていないそうです。

日本とおなじくイベントは全部オンラインに移行しようと試みている。しかし円滑な移行は現時点ではなかなか難しそう。

チェコ人のアーティストと共同で作品をつくっているそうで、古谷はライブストリーミングをしないという条件で参加する。

逆に映像に頼らないというのは斬新。いまだからこそ、こんなときだからこそライブ配信せずにテレワークなんてしない。あえてつながりを切ることでつながる。

そうだよな、江戸時代なんて遠くの人とは滅多に会えない。その会えないという気持ちが大切なのだと思う。 そこからいまの状況を逆手にとった、なにか新しいものが生まれてくるのかもしれない。

古谷のまわりでは、いまは自分の研究時期にあてるという人が多い。 だからこそ、ロックダウンがはじまった際に、フリーのアーティストに対して助成金が出たのは大きい助けになったそうです。

むずかしい手続き一切なし、所要時間15分の申請をオンラインでしたら5000ユーロ、日本円でだいたい60万円ぐらいが36時間で支給されたのだって。素晴らしい。

「非常に驚きました。そして猛烈に感動しました。」

この状況でひとに猛烈に感動をあたえられる国家か。

今年のGDPはドイツでは7%?下がるという予測が出ていて、しかし来年は6%アップだそうです。2022年にはもとの社会状態に持ち直すんじゃないかと言われている。

政治でいうと、メルケル首相の所属する与党の支持率が上がった。メルケルさんのコロナに対する姿勢が評価されているのだな。

ベルリンの文化対策は、今後どうやっていくか、市と各芸術団体が折衝している。それに応じた署名がメールで回ってきたり、シンポジウムがオンライン上で開催されているのだそうです。

「僕たちは一人一人異なる人間、いや存在だ。それは認める。しかし僕たち一人一人は脆弱で果敢ない存在だ。問題があるいま、一緒に乗り越えよう。そんな空気が感じられます。

メルケル首相もメッセージを発しています。

“Solidarität=連帯”

知識を共有する。相互扶助する。 ポストコロナは確実に訪れます。良い時代にするため何が出来るかいまから考えていきます。」

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『Michiyasu Furutani』

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2020年05月25日

9月にはじめる

9月始業案がもめつづけています。

いいアイデアだと思うけどなあ・・・みんな、なんだかむずかしく考えてしまっている。

文部科学省は5年かけて9月始業に移行するとか、わけのわからないことを言いだしているものな。

そうではなくていま。

いまのこの状況をなんとかしようというアイデアだったのに。

ウィルスの感染が多いところと少ないところの、教育のすすみぐあいの格差をなくすためのアイデア。

この4月から学校がはじまっているような、はじまってないような状態がつづいているから、今年の9月始業で仕切りなおしたらいいのではないか。

待機児童が大量に出ると心配している人たちがいるけれどそうではなくて、いまほぼ待機みたいになっている子どもたちのことを考えたアイデア。

「ただでさえ入試のことでゴタゴタしているのにもうこれ以上わずらわせないで欲しい」という高校生の投書があったけれど、そうではないのになあ。

今年の9月始業にするということは、ゴタゴタしている文部科学省の試験の準備期間が来年の9月まで伸びるということ。高校3年生は今年の9月からはじまって、来年の9月が大学入試になるということです。

残念だった夏の全国高校野球も来年の夏にやり直せたかもしれない。いまの高校3年生は来年の8月が卒業ですからね。

受験と重なるからもう少し早めたほうがいいか。そうすれば熱中症の心配もなくなる。7月にすればいいのか。

娘は結局、高校にまだ1回しかいっていません。

入学式もおこなっていないようないまの状態だから、今年の9月に式をもう一度やり直しても良いかもしれない。

失われたようなこの4月からの約2ヶ月を、そしてまだまだどうなるかわからない、これから失われるかもしれない時間を取り戻そうというアイデアだった。

もちろんいますぐにウイルスが終息すればこのままでいいのです。

就職がむずかしくなるという人がいたけれど、就職活動もままならないという話しも聞くし、就職時期が来年の4月から9月になったら皆さん嬉しいのではないのかな。

日本全体で「いっせいのせい」で今年の9月からもう一度はじめる。

全国一斉での休校宣言みたいに安倍さんが9月始業宣言を出したらいいんじゃないのか。「え、全国一斉での今年9月の始業を宣言します。」

無理か・・・だいたいからして感染者ゼロの岩手県なんかは、ずーっと今までどおりに授業してるのだものな。

「いまごろなにいってんだべ。」

そうしてどんどん広がる授業の進みぐあいの格差か・・・

進んでいるところはちょっと立ち止まって待ってあげる。そんな感じなのか。それぐらいの思いやりがあっても良いのではないのかと思います。

誰かが言っていたように4月にも9月にもこだわらずにやるのもいいでしょう。

いずれにしても、子どものことだけを考えてあげたい。

1人の娘をもつ父親としてそう思うのでした。

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『おっさんと子どもたち』
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2020年05月24日

来年か

鉄割アルバトロスケット、ザ・スズナリ公演『うぬん』正式に中止となりました。

8月12日から16日までの予定でした。

ゴールデンウィーク後に座長の戌井昭人と演出の牛島みさをが、スズナリのスタッフの方たちと話して最終決定。

残念だけどしかたがないな。

スズナリは天井が高いので密閉空間ではないけれど、鉄割はひとを密集させて座らせるからなあ。

本拠地は下町根津の宮永会館ですが、なかなか借りれなかったりキャパの問題で出張しています。

むかしは幕があいたら客席がガラガラでお客さんが寝転がって観ているなんてこともあったけれど、いまはスズナリがパンパンになるほどの人気です。

そうして戌井君のことばのかずかずが観客を爆笑につぐ爆笑をさせる。小松政夫さん言うところのコントのギャグがこれでもかと連発されるのです。あんなにくだらないことをよく思いつく。

ほんとうにたいした才能です。

けれどもどれだけ笑ってもマスクをしていれば飛沫感染のおそれはないから、そこは問題ではないな。

観客は喋るわけではないのでいいけれど、役者が密接に会話する。テレビでマスクをして舞台をやるようになるとか言っていたけれど、冗談ではない。マスクをして公演をするぐらいならば、やめたほうがいいのです・・・

鉄割のめんめんとはじめて出会ったのは、1998年の風煉ダンス公演『悪漢』の顔合わせのときでした。

なんだか暗い雰囲気の若ものたちと同じ席になって「なんなんだろうこの人たちは」と思っていた。ひとり大声で喋っている男がいて完全にリーダーだと思っていたら、それはフロントマンの渡部真一だった。

じぶんが30歳でみんなはまだ20代だったのか。

その後、だんだん親しくなって風煉ダンスの横浜での公演中に抜け出して一緒にお酒をのんだり、夜通し映画の話しをしたりして仲良くなった。

鉄割とらくだかんの何人かでシーンのアイデアをかんがえて座長の笠原さんにやってみせたら、あきれられてボツにされたこともあったな。

中央大学であったイベントを観にいったらきゅうに舞台に引き出された。いまでもあのなんでもありというかノリのいい姿勢は変わっていないから素敵です。

ある日、戌井君から電話がかかってきて一緒にやるようになって、それが1999年だったのか。

それから約20年、いろんなことがあったけれど、どんなに売れようが人気がでようが年をとろうがやっていることは変わらない・・・素晴らしいなあ。

いつまでたっても阿呆なことをやりつづける。

ヨボヨボのおじいさんになってもふざけて、いい加減に適当に馬鹿をやりつづけたい。

そんなことを考えながら来年をたのしみに待つのです。

あー、みんなに会いたいなあ・・・

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『ロケットとアホウドリ』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:08| ブログ?