2019年12月30日

この一年

明日で一年も終わります。

今年は2月5日にフェイスブックから脱会しました。会員制インターネットサイト“フェイスブック”をやめてスッキリ。これも人間関係の断捨離の一環です。

2月15日はライブペインティング『舞禅』の本番でした。会場は下北沢ザ・スズナリ劇場。

共演は旧友の鉄秀と関西デザイン界の巨匠、東學さん。音楽は大駱駝艦の音を担当している築山建一郎。

はじめてこの四人でライブペインティングをやったのは2004年。

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2004年の公演チラシ。Design by Gaku Azuma.

それから15年間、何度もライブを重ねたけれど「もういいかな。」と今回でラストにすることにした。

このスズナリ公演ですが「ずーっ」と“まいぜん”だと思ってて関西弁のイントネーションなら弁当の名前、関東だとカツサンドの旨い店みたいだなと思っていたら“ぶぜん”だった。

ラストステージは自分的には、なんだか不完全燃焼に終わった感じ。ライブペイントはリハーサルをやらないのでこんなことが起こる。

先日の『夜晩ナイト』もそうだったけれど、一発勝負の完全即興はほんとうに難しい。

15年間のあいだにはもちろん最高の瞬間を創り出せたこともあったけれど、次にはそれをどうしてもなぞろうとしてしまう。

最高のライヴの時にやめられればいいのだけど、しばらくすると「むずむず」とまた成功体験をしたくなってくるのです。

3月は戌井君のお供で宇和島へ大竹伸朗さんに会いに。大竹さん格好よかった。そこから大友透に会って旧交を温めた。

その足で直島へいって地中美術館を拝見、そのスケールに度肝を抜かれて大竹さんの創った風呂屋にびっくり仰天して淡路島へと帰りました。

そのあとセゾン文化財団の新年会へいって、山下残君にタニノクロウ君、神里雄大と「乾杯」興味深い話しを色々聞いて刺激を受けてから城崎国際アートセンターに下見へ。

4月は鉄割との共同企画の場所取りに挑戦したけれど、惜しくも取れずに断念。そして52歳に。

5月は都志で過ごし金沢へいき、そのあと奥村君の引越しをお手伝い。

6月は東京で過ごし古巣の壺中天へ高桑晶子の公演を拝見しにいき師匠に挨拶して、都志へ帰宅。

7月都志から東京へと戻ってドイツツアーの準備、7月22日から8月19日までポーランドからドイツにて振付フェスティバル招聘。

ここでの様々な体験によってワークショップの手法が劇的に変化した。

日本に戻って来て鉄割アルバトロスケット、ザ・スズナリ公演『うぬ』からの9月ダンストラック、渋大祭「お疲れさまでした。」そして山形で恒例の稲刈り、気持ち良かった。

10月松本演劇工場WS、都志合宿からの11月7日から17日まで城崎国際アートセンター滞在制作、『舞踏?レクチャーパフォーマンス』の本番。

「実り多き滞在制作となりました。ありがとうございました。」

すぐに松本演劇工場WSへ「楽しかったなあ」

12月都志へ戻って大掃除をしてから、子どもたちと遊んで東洋大学ワークショップも「面白かった」

『夜晩ナイト』不完全燃焼でリベンジを誓って、明日は大晦日です。

こうやって駆け足で振り返ってみると、早かったようなそうでもないような一年でした。

明日はおせちをつくろう。

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今年の年賀状です。
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2019年12月29日

If you can dream it. You can do it.

娘が完全受験体制に入りました。

志望高校に入るために不断の努力を続けています。

朝6時から夜1時まで勉強し続けています。学校から帰ってきたらすぐに塾へ。塾のない日はすぐに机に向かっています。

大好きなテレビを絶って、大好きな読書も晩ご飯を食べている時とトイレに入っている時だけ自らに許しているようです。

常に寝不足でいつも眠そうです。頑張りすぎではないのか?けれど、勉強はやればやるほど不安になるそうです。

こちらはそんな娘を全力でサポートします。部屋を「ピカピカ」にして星野リゾートみたいにします。行ったことはありませんが。まあ、でも綺麗なんでしょう。

どんなに豪華な施設でも薄汚れていたり散らかっていては台無し、掃除がいき届いていればいいのです。気を隅々までいきわたらせる。

イベントも盛り上げます。

このあいだはクリスマスだったので飾り付けや照明で盛り上げました。一応、イベントのプロなので得意技です。

次は正月か。門松をたてて正月飾りを吊るしてお餅を飾って、お屠蘇をつくろう。

さて娘がこのあいだまで読んでいた本は『ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー』

人間の多様さについて、差別について、貧富格差について毎日考える親子の成長物語だとか。

扉を開いたら言葉が書いてあって、最初は「なるほど」と思ったけれど「待てよ」と、よく考えてみる。

“老人はすべてを信じる”

うちの母親は結構、疑ってかかりますので必ずしもそうとは言えない。

“中年はすべてを疑う”

うちの父親は中年の頃は、恐らくすべてを信じて生きていたような気がするので、これもそうとばかりは言えないかもしれない。

“若者はすべてを知っている”

これは自分のことを振り返ったらまったく違います。

そして最近、よく若者と接するけれど“ものごと”を知らなくてびっくりする。好奇心があるのか?とも思ってしまう。二次元の情報ではなくて三次元のリアルなことのほうが面白いぞ。

「スマホを捨てよ、街に出よう」

けれど、若者にしかわからない感性というのは必ずあって、本質を見抜く力は若者のほうが持っているかもしれない。

自分は自分に嘘をつけなくて、いまの貧乏な状況に陥っています。

娘と同じ年の頃は、勉強なんて1ミリもやりたいと思わなかった。思えなかったのか。

“子どもはすべてにぶち当たる”

これはその通りか。「ずーっ」と遊んでるみたいに生きていければ良いのだけど、それを決して許さない社会がある。

そしてやはり人間も生きものである以上、無力なものは生きられない・・・本当か?これは難しい問題か。

著者はブレディみかこさん。本屋大賞2019だって。

『はじめに』を読んだら老人、中年、若者のことはオスカー・ワイルドで子どもについてだけは、みかこさんの言葉だった。だからしっくりときたのか。実感が込もっている。

ワイルドはたぶん頭で考えた言葉なんだな。多少の老人と中年への揶揄も入っている気がする。

本との出会いは一期一会。

そして、そんな素晴らしい本と出会えるかどうかは運と縁。

この先もかけがえのない運と縁で、いい本との出会いを大切にして欲しいものです。

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自分も読みはじめました。Photo by Google.
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2019年12月28日

歌について

巷では昨日が仕事納めか。

古巣、大駱駝艦では大忘年会がおこなわれる頃だな。有名人なんかがやってきて先ずは餅つきをする。

そして毎年恒例の歌合戦もおこなわれる。皆んなたいへんだなあ。

自分もラクダカンにいた頃は歌っていたので毎年、年末が憂鬱だった。

「歌が得意だったら舞踏家になんてなってはいないわけだし、なんで歌なんかうたわなければならないんだ。」と憤ってた。

板橋稽古場の頃はアカペラだったので、いい加減で適当で牧歌的でまだ楽しかった。

吉祥寺に移ってからだんだんとカラオケを導入する輩があらわれて、カラオケ大会みたくなってますます嫌になった。

いま思えばそれも修業のうち、硬く考えずに楽しめば良かったのだけど楽しめなかったなあ。嫌で嫌でたまらなかった。

歌は裏芸みたいなところがあるので歌うのも大切なこと。なので、ダンサーはそれぞれ趣向を凝らして稽古をして満を持して発表をする。

そして賞金が出たりするので若手は、目の色を変えて準備に励むのです。自分をアピールするのにいい機会でもあったりする。

そもそも舞踏家は歌が好きな人が多くて、石井満隆さんはソロ公演の最後に歌をうたってリサイタルみたいになっていた。

歌合戦をはじめたのは、土方さんだという噂だけれど歌好きだったのか。

らくだは麿さんではなくて、裏方でつくる大鯨艦の艦長宮内さんの影響で歌合戦がはじまったのだと思う。

師匠は状況劇場で歌をうたったりしていたから得意で、何度か歌っているのを聴いたけれど流石の名人芸だった。

室伏さんは一回、忘年会に来たことがあったけれど絶対にうたわなかった。あれはポリシーだな。代わりに踊ってたけどカッコよかった「増やん、ドスもってこーいや」

歌が上手いといえば兄弟子若林淳、『夢芝居』は玄人裸足だった。「男と女ーあーやつりつらーれー」

制作の山本良ちゃんも上手だった。鉄割の皆さんは歌がお上手、役者さんは芸達者で歌が得意な人が多いのだな。

歌は才能、上手い下手は一目瞭然でわかりやすいのです。

けれど荒木経惟さんはそんなこと関係なくスナックのカラオケで、自分流の『リンゴ追分』を歌ってて格好がよかった。

歌も踊りや絵と同じで上手い下手とか関係なく自分なりに楽しめばいいのだ。

昔は「カラオケは好きじゃない」とか言ってたけれど、最近はカラオケで歌うようにしています。お東陽先生のおスナックで楽しんで歌ったりしております。

歳をとったのか・・・

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2005年に最優秀歌唱賞をとった時だな。素面で歌うかどうかも大きかった。Photo by Google.

さて今日明日で東京事務所の大掃除、新年を迎える準備をはじめよう。

来年は1月に子どもたちと遊ぶことから仕事はじめです。

人数が多いのでチームを二つに分けて進めていこう。観るのも勉強だけどじっとして観るのが難しかったりするのでどうしようか。注意したり強制するのは嫌だから分けなくてもいいのか。

何かをしなければいけないという常識を忘れる。何かをさせなければいけないという常識を捨てる。だな。

しかし、それも決めつけずに参ろう。

鉄割アルバトロスケット忘年会、片岡東陽先生のおスナック『秋田ぶるーす』にて。
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2019年12月27日

新しく考える

昨日は新月でした。

新月は新しいことをはじめるのに良い時。ということで先ずは、来年2月の公演のチラシにのせる文章を考えます。今日が締め切りだけど間に合うか。

公演タイトルは『舞踏という何か』

大駱駝艦から独立してから「舞踏とは何か?」と考えたり、プレゼンしたりレクチャーしたりという活動を続けています。

舞踏のタブーに果敢に挑戦し、観客に靴を投げ込まれた2013年発表の『舞踏?』を皮切りに、2015年に横浜BankART studio NYKに滞在して舞踏とは何か?と問いかけた『Butoh? in progress』

2016年に同じくBankART studio NYKにてプレゼンテーションしたソロ公演『舞踏?プレゼンテーション・ショウ』

今年の11月に発表した、デュ社第四回公演『舞踏?レクチャーパフォーマンス』於:城崎国際アートセンター

そして来年の舞踏?シンポジウムパフォーマンス『舞踏という何か』

舞踏という何だか得体の知れないものを、シンポジウムという形態をつかって考えていきたいと思います。

ではシンポジウムとは何なのか?

“シンポジウムの意味は討論会” by ビズキャリonline

“シンポジウムとは『複数で行う討論会』のこと” by コンセプト特化型メディア『CHEWY』

“議題について、異なる意見を持った専門家を招いて公開討論を行うものです。各人の講演のあとに、専門家同士による質疑応答や、聴講者との間の質疑応答が行われます。

進行役は、話をまとめたり参加者への呼びかけを行ったりするなど、重要な役割を果たします。” by『会議HACK!』会議室.COM

討論会か。まあ決めつけずに柔軟に考えよう。討論というより対話になったほうがいいと思う。

企画者の溝端俊夫さんが主宰するNPO法人『ダンスアーカイブ構想』の舞踏についてのアンケートをお借りします。

舞踏アーカイブプロジェクトのために集めたアンケートで、なかなか面白い答えがあるとか。

それをもとにパフォーマンスとシンポジウムを進めます。

これから毎日、頭を抱えて「うんうん」唸る日々がはじまります。どれだけ「うんうん」唸っても本番が面白くなければ「はい、それまでよ」

なんでこんな変なことをするのだろう。もっと普通に作品をつくればいいのに・・・では普通の作品ってなんだろう?普通の作品、普通の踊り、普通の舞踏。

そんなんでいいわけがない。そんなんで面白いわけがない。

もっとエッジを効かせて、いい加減に適当にふざけて下さい。と自分を叱咤激励したりして。

舞踏についての公演は最近では、チョイ・カファイ『存在の耐えられない暗黒』が結構、面白そうなことをやっている感じだった。麿さんもゲストで出ていたし。

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ドイツで一緒だったリアントもカファイと一緒にやっている。チョイ・カファイ『SoftMachine: Rianto』より。photo by Choy Ka Fai.

観てないのでわからないけれど、検索したら力が入っていてお金もかかっていてハイテクでプロジェクトも大きくて興味深かった。

しかし比べても仕方がないのでこちらは、ローテクのからだとことば、のみの勝負でいこう。

限られた時間のなかでどこまで突っ込めるか。どこまで変なことを考えられるか。

あとは距離感だな。どこまで対象と距離をとれるか。突き放して醒めた眼で見つめるという大切なこと。

とか真面目になるな。

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存在の耐えられない暗黒(ワーク・イン・プログレス)Image by Choy Ka Fai and Bradon Tay.
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2019年12月26日

シンポジウムパフォーマンス?

来年2月11日にやる公演会場の下見をしてきました。

場所は日比谷図書文化館の小ホール、いわゆる会議室です。

雰囲気はあるけれど、照明がLEDなのでどうだろう。

照明で誤魔化すのはよくないけれど、やりにくいのも事実。蛍光灯でやっている、いい踊りを観たことはあるのでそんなことは関係ないのか。

下見のあとは打ち合わせ。

城崎でやった作品の延長線上に位置するけれど、今回は東京なのでレクチャーという少し高みからものをいうのではないほうがいいと思う。

城崎でさえ「舞踏の歴史は要らない」というアンケートがあったぐらい。説明よりも踊りが観たいというのは観客の心情でしょう。

今回の企画者の溝端俊夫さんに「世界中の方からもらった“舞踏”についてのアンケートがあるのでそれを使うのはどうでしょう。」

一つのアイデアを頂いてイメージが広がる。もちろん匿名でフィクション、ノンフィクションを交えながら進めていく。

そういうことならあと一ヶ月あるので、いままでの流れを踏襲するところもありつつ、まったく新しく考え直しましょう。

構成的にはパフォーマンスが1時間、シンポジウムが1時間半あるというので考え込みます。

シンポジウムが1時間半かあ・・・長い。

パフォーマンスを1時間やったら、たぶんお腹いっぱいになると思うし必ず満足をさせると思うのでどうかなあ。

そのあとシンポジウムに残る人があんまりいないかもしれない。パフォーマンスを30分ぐらいにしてシンポジウムをメインにするのはどうだろう。

いっそのことパフォーマンスとシンポジウムをシームレスにしてしまえばいいのではないか。思いついて溝端さんに言ってみます。

「それいいかもしれませんね。」

まずはパフォーマンスではじまる。と参加者とシンポジウムしてその内容からパフォーマンスへ入ってまたシンポジウムに戻る。その繰り返しでどこへ至れるかはその時次第。

「今日はここまでにしましょう。」雰囲気を観ながら、そんな感じで終わる。

打ち合わせが終わったら公演で玄米おにぎりを頂いて「ごちそうさま」図書館へ戻ります。

日比谷図書文化館、趣があって上品な感じ。装幀家の菊地信義さんの特集をやっていた。いま映画が公開中なのだな。

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空前のベストセラーとなった俵万智『サラダ記念日』の装幀も菊地さん。Photo by Google.

1万5千冊を装幀し“読者が思わず手に取る美しい本”を創る男。ユリイカの菊地信義特集を持って窓際の席へ。

伊藤弘美さんが寄稿しているので読みます。詩人なのか作家なのか悩む伊藤さん。そんな伊藤さんに時に優しく時に厳しく言葉をかけたりかけなかったりする。

「タイトルが弱い」と菊地さんに何度も言われたエピソードが興味深かった。仕事をする時に菊地さんは原稿を何度も読み込むそうです。

上野千鶴子さんはこの世には力の入った装幀と力の入っていない装幀があって、菊地さんの仕事はそのすべてに力が込もっているというようなことを書いておられた。

力を込められるか込められないかは、センスだったりするのですが。

センスがすべての感覚的な世界。

窓際の席で少しウトウトしてから、次の仕事場へと向かいました。

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本の装幀って素敵。そして活字って素敵。デジタルでは表現できない質感や手触りがそこには確かにある。
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2019年12月25日

夜晩なよる

先日のライヴの余韻がじわじわと効いてきています。

これほど過程が面白かったのは久しぶりではないのか。終わってしまうのが残念だった。

しかし本番は・・・

ライヴ前に和田君が頭を抱えてて「どうしたん?」と聞いたら「考えがまとまらないんですわ。」と言ってたのが印象的だった。

考えがまとまらないか。自分に当てはめるとあんまり思ったことはないな。

しばらくしたら微笑み出したので「どうしたん?」と聞いたら「いや、だんだんわかってきたんで。」

だんだんわかってきて笑みがこぼれるってええな。

ライヴ前は、二人ともかぎりなくのんびりしてた。

自分は誰が来ているとかなるべく知りたくないほう。本番中にその人の反応とか気になってしまう。喜んでいるかなとか考えてしまったり。

なので、本当だったら隠れていたいのだが隠れる場所もないので仕方なく姿をさらす。

いい加減なのか、適当なのかミュージシャンというのはほんとうに自由です。でも副業は真っ当な商売だったりする。潮田君は介護の仕事をしていると言ってた。

「そうか」それでじじいだったのか。

なぜ二人がじじいなのか、さっぱりわからなかったのだが・・・

ライヴがはじまって、二人がじじいで上がっていってから打ち合わせした潮田君のギターのフレーズが聞こえてきたので、満を時して二階へ上がっていく。

そうしたら和田君がしゃがんで待っていたのでびっくり「ありゃりゃ」

やる気満々で出てきたのにストップモーションみたくなってしまって「どうしよう」どうしようもない、待つしかないな。

潮田君の歌が終わるまで待っていたら、だんだんうごけなくなってピンチ。どんどん踊れなくなっていく。

和田君がお芝居しながらドラムへいって、超絶な感じで叩きはじめるけれどこちら完全に道を見失った。

二人の演奏が続くけれどどこか場違いな感じで困った。

やることもまったく思いつかない。ただ立ち尽くすみたくなって、お客さんからも「こいつはうごかないから観なくていいな。」という気配を感じる。

そのあとなんとか切り抜けて、ラストまで持っていったけれどやりにくかったなあ。終始、スリリングさに満ち溢れたライヴだった。

終わったあとのお客さんのどうしていいかわからない呆然とした雰囲気に、いたたまれずに逃げるように一階へ。

下へいったら和田君が呆れた感じで俺を一瞥して外へ出ていったので「呆れられたか」と落ち込むけれど、たぶん被害妄想。

そのあと勇気を振り絞って二階へといってビールを飲みながら一人「乾杯」

ふたたび下へ降りて和田君に「踊らないと決めてた。」と言い訳したら「総力戦っすからね。」

「不完全燃焼やった。」とも言い訳したら「ダメじゃないですか」

観に来てくれたミュージシャンの池間由布子さんと話したら「最初から最後まで笑ってました。」と言ってて意外。

シャワーキャップをお客さんに取ってもらうところで「今年、一番笑いました。」言うてて「へえ」

そのあと観に来てくれた戌井君たちと話したりしてだんだんと散会。

終電車で色々と反芻しながら、へこみ気味で帰ったのでした。

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夢で見たシャワーキャップの踊り。起きてすぐに日記に記した。「悪夢ですね。」と戌井君が言ってたけど確かに。Photo by bozzo.
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2019年12月24日

話芸

M-1を観ました。

史上最高得点で『ミルクボーイ』が優勝。

ミルクボーイ、面白かったなあ。そしておめでとうございます。

苦節12年、今年は漫才にかけて副業の時間以外は、すべてを漫才に費やしてたとか。報われる苦労と努力。

ボケるのが自分ではなく、自分のお母さんという漫才だった。懐かしいのにどこか新しい。

1組目の『ニューヨーク』の採点時に審査委員の松っちゃんが「最近、ツッコミの人が笑いながら楽しんでる感じが僕、好きじゃないんです。」と言ってて「へえ」と思った。

「好み的にツッコミが怒ってるほうが好きなんですよ。にこやかすぎて、もうちょっと緊張感を出して欲しかったかな。」とも言っていた。

確かに面白かったけれど、ユルイというか研ぎ澄まされてる感じはなかった。

非常識なことをいうボケに対して社会の代弁者である常識的なツッコミ。そのツッコミの新しいかたちを示した3組が決勝に残った。

「ぺこぱの“ボケを肯定するツッコミ”やミルクボーイの“ボケに対して物わかりが良すぎるツッコミ”は、否定と無理解が社会を分断しているこの時代に一服の清涼剤となる。

令和初の『M-1』でそのような“優しいツッコミ”が評価されたのは、人々が優しさに飢えていたからではないか。」by 文春オンライン

人々が優しさに飢えてるかどうかはわからないが、確かに『ぺこぱ』のツッコミが否定的な言葉をまったく吐かないのは、見ていて気持ちが良かった。

松っちゃんの好みだという怒ってるツッコミのまさに正反対。審査員全員が驚いていたぐらいに斬新だった。

漫才ブームの頃は、ボケが喋りまくってツッコミがうなずくだけだったりしてたけど、いまはそれでは許されない。

ボケとツッコミが入れ替わるスタイルでM-1を席巻した『笑い飯』もいまは昔、漫才はどんどん変わっていっている。

時代とともに変化していく、人気というよくわからないものに振り回される商売。

けれどそんな移ろいやすい社会性を敏感に感じ取って、変わっていくのも勘とセンスなんだろうな。

確かな実力はもちろんあって抜群の勘とセンスもあって、その上で素晴らしい運と縁に恵まれてはじめてのし上がれる熾烈なお笑いの世界。

去年の『霜降り明星』は優勝した瞬間から仕事がどんどん入って、この一年ほとんど休んでないとか。

コンテストは夢があるからいいなあ。特にM-1は人生が変わるぐらいに効果絶大なので羨ましい。

舞踏にも・・・いや比べるな。そもそも性質が違うのだから。

けれども舞踏も、もっと時代を敏感に感じ取って変化していく必要があると思う。まだ出来たばかりで新しいのに、変われないのならはやくも古典化していくぞ。

そうして消えていくかもしれない。

そうならないためには、人材育成が急務。

『舞踏のがっこう』をはやく創らねばな・・・まずは合宿だな。

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左:駒場 孝、右:内海 崇。二人の温度差の違いも心地よかった。いい相方と出会えるかどうかも運と縁。Photo by Google.
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2019年12月23日

やばんな赤ちゃんになれたか?

昨日は『夜晩ナイト』ライヴ本番でした。

朝起きたら、昨日の夜に届いていたラインメッセージを見ます。

このラインのグループメッセージは不思議な共犯者感をくすぐってくれるので最近のお気に入りです。メールは少し真面目すぎる感じがする。

昨日も和田君は、ライヴだったのか。売れてるなあ。「いやヘルプなんで。」と恐縮するけれど、呼んでもらえるということは売れているということ。

自分のやりたいことは自分のバンドでやる。いいと思います。俺もそのスタンスを心掛けています。

潮田君からざっくりとした構成が届いていました。

20分、20分、20分でテーマソングをやってというのはどうか。というアイデアがこのあいだの打ち合わせで出てたので、そうしたらどうかと潮田君に返事を送ります。

最初に潮田君が痴呆老人でドラムを叩くらしい。

次に和田君が歌を歌うらしいので、このあいだ歌ってた『おっさんとの歌』をやったらどうかと返信。

夜八時からなので、のんびりします。

時ぐらいに集合してドラムのセッティングをするとか言ってたので、そこを目指していこう。

これから何かやるなんて信じられない感じで、電車に乗って向かいます。

生憎の冷たい雨が降っているので、気分がいまいち盛り上がらないなあ。

会場についたら誰もいないので寂しい。しばらくしたら潮田君がやってきます。和田君もやってきて和みます。のんびりしてたら開場の時間になっていた。

でも誰もあらわれない。時間には、まだ早いものな。

準備をしつつ、一階と二階を行ったり来たり落ち着かない。「今日M-1ですよね。」和田君が言ってるのでびっくりします。雨でM-1だったら誰もこないんじゃないか・・・心配します。

だんだんと人が集まってきて、でも店の人が来てないので飲み物も出せずに申し訳ない。このライブハウスの本番前の居場所のない感じって慣れない。

八時になってお店の人がやってきて、入場料を徴収して飲みものを配ったりしてからスタート。

潮田老人がまずは上がっていって、老人和田が「じじい!」叫びながら上がっていったので思い切ってるなあ。と感動。

自分は予定通りサイレンを鳴らしながら上がっていったけど、なんだか硬い感じ。

はじめて聴く二人の音楽がアヴァンギャルドで「そうかあ。この感じだったらこのルックスではなかったなあ。」と反省。でももうあとには戻れない。

一発必中で「ここだ」とカツラをふっ飛ばしたら、何人か笑っていたので「よし」

和田君のドラムに合わせてTシャツ咥えて、ヘッドバンキングしたらムチ打ちになってしまった。

裸になって「さて」と時間をみたら予定の時間だったので、一度ハケて変身します。

シャワーキャップをかぶるのに手間取って、聴こえてくる音を聞きながら「ここだ」「いまだ」と何度も思うけれど出られず。

いちばん似合わない感じの音のときに出ていく。まだ全部取っていないときに終わりの歌が聴こえてきたので焦ります。

なんとか間に合ってフィニッシュ。

お客さんは喜んでいたけれど、自分的には不完全燃焼だった。一年に一回のライヴで必ずホームランを打つのは難しい。

和田君は年間に100日はライヴしてるらしいけれど、打率はどれぐらいなのか。

リハーサルはやらなければならないと実感。そうすればもっと面白くできたと思う。けれど取り返しはつかない。

自由になれなかったなあ・・・リベンジしたい。

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シャワーキャップが先でこちらがあとだったな。白塗りは塗る時間がなかった・・・完全即興はむずかしい。
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2019年12月22日

ライヴ

昨日は衣裳をとりに戌井君の家まで。

の、つもりだったけれど、東京事務所を調べたらこのあいだの渋さ知らズやダンストラックの衣裳があったのでこれでいけるか。

お母さまとお父さまにお会いできるのを楽しみにしてたけど、また次回。

家でライヴのことを考えます。

ラインで潮田君から“赤ちゃん”というキーワードが届いて考えます。赤ちゃんか・・・二人は老人だとか。変わった感覚だな。

和田君から“やばんで老人”と届いてなるほど。“やばんな赤ちゃん”か。とたんにイメージが広がる。とにかく何も考えずに自由にいこう。

なんせ赤ちゃんだからな。

さあ今日はライヴです。生憎の天気のようですが。

『夜晩ナイト』

於 神保町ヌイサンスギャラリー

開場19時 開演20時

料金 1800円

場所は神保町だけど九段下からも近いです。

ギターでボーカルの潮田雄一君とドラムの和田晋侍君と自分の三人です。自分はハーモニカとサイレンとコーラスの担当です。

たぶん踊りも踊ります。しかし会場が狭いのでお客さんの入り次第では身動きが取れないかもしれない。そうしたら出来る限りでやります。

顔しか見えなければ顔だけで踊ります。「顔で踊るな」という戒めもありますが関係ない。

とにかく低音でいこうと思います。なるべく踊らない。ノリを内燃させ続ける。うごきを抑えて、たまに突き抜けていちばん踊るとか。

ライヴの極意は、100%の自由と100%の協調です。

しかし、過ぎたるはなお及ばざるが如し。自分だけだとダメだし、周りのことを考え過ぎてもダメなんです。

とか考え過ぎてもダメなんだ。無心でいこう。赤ちゃんだしな。

赤ちゃんといえば師匠の麿赤兒です。麿さんだったら白塗りするのだろうな。白塗りか・・・顔だけ塗るか。からだは見えないし。カツラもかぶるか。

不破さんみたいに自分の場所をつくってそこに居よう。いろいろセッティングして、お酒は飲まないほうがいいか。飲んでもいいし飲まなくてもどっちでもいいか。

最高の瞬間が創り出せるならば、なんでもやります。

このスタンスは20代の頃から「ずーっ」と変わりません。舞台上で最高の瞬間を創り出すためになんでもやる。

お酒を飲んだほうがいいならば飲む、飲まないほうがいいならば飲まない。どちらがいいのか?最高の瞬間を創り出せそうなほうを選び取る。

白塗りをしたほうがいいのか、しないほうがいいのか?裸にはなったほうがいいのか、ならないほうがいいのか?面白そうなほうを選び取る。

明るくいきたいな。笑いも欲しいな。笑かしにいくか。潮田君はストイックな感じだけど、和田君は関西だし相手してくれそう。このあいだの自作の歌もふざけてたもんな。

あの歌、今日も歌って欲しいな。『おっさんとの歌』

とにかくルックスが面白ければなんとかなるというのもあるから・・・シャワーキャップも用意しとくか。

まずはカツラで登場して、カツラとって裸になって、次にシャワーキャップで登場して、シャワーキャップを取ってもらって、顔を白くして踊る。でいいか。

赤ちゃんなのに白髪のかつらではおかしいのか・・・わからん。

1時間やるからな。創意工夫とインスピレーションで楽しもう。

三人いるから気は楽、遊ぶのだ。

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今回は3回目だとか。企画・制作:潮田雄一。Design by Yuichi Ushioda.
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2019年12月21日

よっ、褒め上手

さて東洋大学哲学研究センターワークショップ、当日。

巨大な校舎に迷いながら、会場のホールへ。もう河本先生いらっしゃってた。

東洋大学は山手23区内にあるマンモス大学です。「昔は小さな大学だったんですよ。」と先生が言っていたけれど、いまは日本で二番目に受験者が多いとか。

12万人が受験する。一人受験料が35,000円なのでそれだけで42億。竹中平蔵さんが黙っていないわけです。「教授になりましょう。」

一位は近畿大学だそうです。近大マグロなどブランド化していて若者に人気なんだな。

今日はワークショップ参加者が七人と少ないのでちょっと寂しいけれど、冒頭から河本先生が盛り上げます。

「はい、じゃあダッシュするよ、レディ・マーク・ゴー!」なんども走らせたりバックさせたり横走りさせたり、ウォーミングアップをしてくれます。

有り難い。「はい、では大駱駝艦で長く踊られて麿赤兒の左腕だった、世界でも活躍されているむかいくもたろうさんです。」思わず、左腕に笑ってしまいます。確かに右腕ではなかった。

先ずは自己紹介「舞踏って知っていますか?」今日は知っているのは一人だけ。ほんとうにマイナーな舞台芸術です。

疑うというところから、ゆっくりとうごくへ。

横になってからだのちからを抜く。あたまのちからも抜く。おへそとお尻の穴のあいだ、丹田に意識をもっていく。その丹田がうごくから、からだがうごく。

二人でうごかしあう。ビニールに水を入れるのを忘れてたのでトイレに入れにいく。戻ってみたら、目を離してるあいだにマッサージ大会になっていた。

もう一度脱力「からだというのは水がいっぱいに入った、皮膚という薄いまくに包まれたものである。」

丹田が目覚めて上体が起きてきて四つん這いになって、そこから進化していく。一人まったく進化しない若者がいて「おっ、生ける化石。」と河本先生が合いの手を入れてて可笑しかった。

生ける化石か・・・突っ立った死体というのは土方巽の言葉だけど似たイメージがある。

それにしても先生は褒め上手です。2時間のあいだ「ずーっ」と褒め続けてた。なにかどこかいい所を見つけてそこを褒める。

自分もどこかのワークショップで、褒めることの重要性に気づいてそれ以来は、極力褒める言葉を使うようにしています。

寝てるところから立つまでにだいたい1時間かける。普段なら5秒でできることに1時間かけるという、無駄な遊びのなかにこそ大切な学びの機会がある。

この二度とかけがいのない瞬間、瞬間を大切に感じながら生きる。

立ったら休憩、そのあいだにどこへ進むか考える。

あと1時間しかないからな。人数が少ないし名前を知らないので自己紹介をしようと閃く。まずは自分から自己紹介で軽く見本を見せます。

なんだか恥ずかしかったので口にしたら、皆んなそれに引っ張られて恥ずかしさがお題みたいになってしまった。

けれども「恥ずかしさのないものは下品なだけだ。」というぐらいに、大切な感情だと思います。

皆んな、それぞれ面白くて盛り上がってよかった。

終わってから皆んなと話します。色々と興味深く話したけれど忘れてしまった。

思い出したら記すかもしれません。

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ミス東洋大学・小川琴美さんと、ミスター東洋大学・池上翔さんだって。こういう人たちにも舞踏を知ってもらいたいものです。どうすればいいか・・・メジャーになるしかないか。Photo by 東洋大学 Web site.
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2019年12月20日

哲学骸骨

一昨日は東洋大学哲学研究センターにてワークショップでした。

数日前に河本英夫先生からメールが届いていたのでそれをもとに考えます。

Q. 身体の自然性についてどう考えるか

身体に言葉が当たることは稀で、身体について、多くの人たちが自明なものだと感じているのだと思いますが、通常の社会生活では、自然に身体は“委縮”してしまっています。

A.多くの人々がからだについて疑いをもっていません。あって当たり前、感じることも怪我をしたり病気をしたりしてはじめて実感する。実感することが稀な身体。

そのからだを外側から触ったり、内側で感じたりしながらワークショップを進めていこう。

A. 萎縮していない身体とは?と考えると伸び伸びとしている自由なからだということが言える。とにかくそうなるように導いていこう。

Q.“とてもきれいな動きになる身体表現を行う人”もいますが、身体が本来持つ『野性』味についてどう考えていますか。

A.『野性とは美しさである』

野生的な身体とは、原始的な身振り手振りをおこなうことによって獲得できるかもしれない。そういうエクセサイズもあるけれど時間的にできるかどうか・・・

Q.野性味は、身体の可能性を広げておき、そこから再度個々の身体性をリセットする仕組みに活用されると思いますが、どうなのでしょうね。

A.感覚のリセットをするという大切なこと。

眠ることによって視覚をリセットできる。断食は味覚をリセットしてくれる。聴覚は耳を塞いだり音楽を聴くことによってリセットできるかもしれない。

嗅覚や触覚はどうなんだろう。あとは第六感か。第六感は感じることすら至難の技だから、リセットもクソもないか。

Q. 身体表現を作品として作り上げる場合には、動く身体だけではなく、“見られる身体”を想定しなければならないと思います。

この見られると同時に動く身体についてどういう印象ですか。

A.『能動と受動という大切なこと』

舞台上は観客と演者の、このふたつの気のようなもののやりとりだとも思います。 「恋愛と同じだ」は大先輩、室伏鴻の言葉ですが、演者が押し付けがましければ観客は引いてしまう。

『見る見られる』ということも意識してワークショップをやろう。

Q.身体の環境(重力、空気、湿気、他者の視線等々)をどう考えておけばよいですか。

A.作用するもの、100%の自由と100%の協調、見るでもなく、観られるでもなく。うごく、うごかされるでもなく。そのあわいを揺れうごき、うごかしていこう。

5. これまでの舞踏身体表現の表現者(土方、大野、笠井、麿等々)に対して、さらに別様に踏み出すためには、どういう構想が必要だと思いますか?

A.どれぐらい別様に踏み出すのか?にもよると思うが、ちょっとやそっとの踏み出しでは足らないと思う。軽々とジャンプして超えていくような構想が必要。

しかし難しい課題なので、逆に河本先生に聞いてみよう。

「等々です。あまり難しく考えないで、自由にやってもらえれば良いと思います。」 河本英夫

「了解しました。」向雲太郎

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「人間なんて一皮むけば皆同じ。骸骨なんだよ。」Photo by Google.
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2019年12月19日

からだがあればいいんだよ

子どもワークショップの続きです。

盛り上がっていつまでも列車遊びが終わらないので、また率先して三角座りをします。

岡田先生にもしてもらって、女の先生が真似してだんだん数が増えて子ども達も自然発生的に集まってきて「よし。」

そのあと「からだは、水が一杯に入った袋だ」というのを実際にビニール袋をつかって説明。

後輩の田村一行が子どものワークショップをやる時、麿さんに「風船に水を入れて説明しろ。」とアイデアをもらってるのを小耳に挟んで、自分もそうしています。

城崎国際アートセンターでの子どもワークショップの時に湯山が「ビニール袋のほうが柔かくていいんじゃないすか。」

「なるほど」とそのアイデアを採用して、それ以来風船ではなくビニールでやっている。

確かにビニール袋のほうが「にゃぐにゃ」として、かたちも変わるので面白いしわかりやすい。

そして今回、東洋が「冷たすぎるかもしれません。」と言い出して確かに。

急遽、体温と同じぐらいにします。そのほうがよりからだというのがわかりやすい。進化していく子ども用メソッド。

そのあと丹田を感じる。というのをやってからだを揺らしてあげる。

ここでも東洋が活躍。

じっくりと丁寧に子どものからだと向かい合っていて「ナイス」一人一人からだに触れてあげて感じてもらう。実際に触るほうがその場所を感じやすい。

自分は全体をどうしても観てしまうので、一人一人と向き合ってくれる存在がいると有り難い。

丹田から生まれた生命が、芋虫になりトカゲになって獣になって猿になってゴリラになって人になる。皆んな楽しそうにやってました。遊びの天才、子ども。

なるべく自由にやらせてあげます。

どこまで手綱を緩めるかは、いままでの経験で学んでいるので得意です。

緩め過ぎるとめちゃめちゃになるし、締め付けすぎると窮屈でつまらない。なんとかしたくなるのを我慢しながら、続けます。

カリキュラムをしっかりと決めてリハーサルまでやっていた頃もあったけれど、それだと思い通りにならないとストレスが溜まる。

結局、自分の感情の為なんてことになって目的が違ってくるのです。

手をつないで輪になってというのがなかなか出来ない。どうしてもふざけて遊んでしまう。

「手が離れたら給食抜きだぞ。」途端に皆んな真剣になります。

ひとしきり盛り上がったらまだ時間があるので座って、手と足と顔をつかってじゃんけん。手と足と顔で「グー、チョキ、パー。」

ラストにやったこれが一番、盛り上がっていつまででもやってた。全員が楽しそうだったので良かった。

帰りは東洋と少子高齢化について話しながら帰りました。

このまま人口ピラミッドがいびつになり続けて、逆ピラミッドになる日が来るのだろうか。

そうして新生児がいなくなり10代が消え20代が消え30代40代が消えて、50歳代がいなくなって限界集落のような国になって国が滅びて人類もいなくなる。

でもまあ仕方がないのかもな。

それも運命。自然なことなのかもしれません。

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こんな風になる時が来るかもしれない。
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2019年12月18日

一緒に遊ぶ

子どもたちと遊んできました。

あー、楽しかったなあ。自由過ぎる子どもたちに翻弄されつつ笑わされたり、なるほどと考えさせられたり。体力のつづく限り共に一緒に遊びました。

しかし体力が有り余る子どもたちと遊んで「へとへと」に「疲れた。」

まずは集合「気をつけ、前に習え」一緒にやります。

そのあと自己紹介をして、一人一人と挨拶します。皆んな良い名前だった。お父さんやお母さん、お爺ちゃんやお婆ちゃんが一生懸命に考えた名前。

「こうなって欲しい。」「こう生きて欲しい。」「とにかく幸せになって欲しい。」そんな願いが一つ一つの名前に込められています。

たまに近所のお寺の住職に頼むなんてのもあります。責任重大だから、考え尽くすのだろうな。その子の人生を大きく左右する、たった一つの大切な呪文をひと言に込める。

挨拶したら、からだをうごかします。「僕たちのやっているのは“ぶとう”といいます。“舞う”。皆んなで舞ってみよう。」

「そして踏む。皆んなで踏んでみよう。」全員で大地を踏んでウォーミングアップ。いちいち元気にエネルギーが盛り上がるので収まるまで時間がかかる。

今回、呼んでくれた岡田先生のリクエストをいろいろ聞いているので、それに沿って子どもたちを導いてうごかしていきます。

しかし、決めつけずに様子を見ながら柔らかくやるのだ。

サポートで入ってくれた松原東洋、良かったなあ。

いままでの素人、セミプロのアシスタントとは一線を画していた。さすがはプロ。これで食べているという気概と気迫のようなものを感じた。

どんどん率先してへんなことをやってくれる。

結局、大人で一番自由なのは東洋だった。次回は自分が一番自由であるようにし、東洋がアシスタントに入らざる得ないような状況を創り出そう。

打ち合わせも十分にしているのでそれも効いている。こうなって欲しいという目標というか理想を共有しているので話がはやい。

半分ずつで交互に見合うという時に隣にいた一番やんちゃな男の子、かずまが「上手だなあ。」と呟いていた。「へえ、わかるんだ。」

自分から観ると「ちょっと違うなあ。」とか思うのだけれど、皆んなも喜んでいるのでいいか。

「あっ」というまに休憩。休憩後に岡田先生が子どもたちに「終わった人は三角座りしましょう。」とインフォメーション。

了解です。率先して座ります。東洋も座らせます。

からだを最もコンパクトに矯正する座りかた。考えたのはアメリカか?大日本帝国か?誰だろう。三角座りをすると船の底に「ぎゅうぎゅう」に閉じ込められて運ばれる難民をイメージしてしまう。

飛行機のエコノミーはこの三角座り状態が10時間以上続く、自由を奪われる10時間。

三角座りをしていたら、女性の先生が生徒と楽しそうな遊びをはじめたので窮屈なことはやめて参加します。

電車のようにつながって歩いて、先頭と先頭がじゃんけんして負けたらその列の後ろにつく遊び。ここでわたくしが何度も負けた子どもがいるのだけどいつも「せーの、最初は、パー」

こちらは思い込みで「グー」を出してしまうのでいつも負け。ワークショップが終わって一緒に給食を食べている時に隣にいてまた負けた。

「くそー」と考えて「じゃんけんやろう」

「せーの最初は、チョキ」で勝ったけど大人気なかったな。

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三角座りで検索したら出てきた。これだったらイメージはいいな。Photo by Twitter.
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2019年12月17日

ヤバン

昨日は、夜晩ナイトの練習で九段下の『ヌイサンスギャラリー』へ。

潮田君は忘れものしたので遅れるらしい。和田君と話していよう。時間に行ったら場所がわからずに少し「ウロウロ」

『視聴室』と看板があって「ん、聞いたことがあるぞ。」確か池間さんと村上君がライブしてなかったっけ。中に入ったら劇場みたい。

おじさんが一人いて「何しにきたん?」とお呼びじゃない感じだったので外へ出ます。そうしたら目の前に「ぬぼっ」とした男が自転車に乗ってます。

初対面だけど完全に和田君なので「どうも」と挨拶します。“ヌイサンスカフェ”はこちらと看板があったので「ここか」二階へ上がります。

女性が一人いて「いらっしゃいませ。」

「ここで今日練習するんですが。」と言っても知らなそう。ドラムがないので練習はないのか・・・ならばビールでも頼もうとメニューを見たら800円と書いてあって「高っ」

やめて和田君と話します。

はじめて会った気がしなかった。親父の兄弟の故・義勝おじさんに似てた。喋ってる感じは建一郎に似てる。全体的な雰囲気はレッツゴー三匹の長作か。

アキーラサンライズにも似てるけどもう少し骨太な体格。これが伝説の大阪のドラマー和田晋侍か。

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途中で自作の歌を弾き語りで聴かせてくれたけどめっちゃ面白かった。歌で九州ツアーをやったことあるとか「あれは根性要ったな。」Photo by Google.

キングブラザーズでドラムを叩き、いまは巨人ゆえにでかい、DMBQでドラムを叩いてる。このあいだまでギターウルフのヘルプでヨーロッパを回ってきたとか。

一見「ぬぼっ」としてるけどドラムを叩かせたら変身するからな。一回だけライブを観たことがある。

新世界のでっかい商業施設『ゲートブリッジ』の閉店の日に色んなところでライブをやってた。

自分も『をどろベイビー!』を持っていって、いまは神戸長田に移ってるダンスボックスで公演してた。

公演の前にギャラリー"cocoroom"でライブがあるというので観にいったら、なぜか最前列になってしまった。

男がどんどん集まってきてもう入られへんいうのに「ぎゅうぎゅう」押されて、皆んな暴れる気満々で椅子を手にしてる奴とかおって「はよやれや」不穏な雰囲気が会場全体に充満してる。

上半身裸の男四人がドラム、ベース、ギター、ボーカルでそれぞれポジションについてるけど「はよ来いや」やるねんやったらやったるで。限りなくお客を挑発してていまにも乱闘が起こりそう。

これは巻き込まれたら怪我するな。と感じつつでも、もう外へは出れない。

はじまる前になんとか外へ避難。丁度、後ろへ出れた時にドラムの音ではじまったのか「ワー!!」いう喚声だけ聞いて退散したのを覚えてる。

和田君に伝えたら「えっ、まじっすか。あれはやばかったっすねー。確か10分ぐらいで終わったんですよ。」言うてた。

10分。「それぐらいで完全燃焼したんです。メンバー皆んなこんな感じやったんや。いうて感動しましたわ。」

へえ、かっこいい。なんでそんなことになったんか。「今日はロックや。とだけ言うてたんですけど。」ふーん。素晴らしい。

誰のバンドか聞いたら和田君のバンドだった。「はあー」一見のんびりしてるけど、そういう熱いものを底に秘めてるねんな。了解です。

とか話してたら潮田君がやってきた。

いま売り出し中の潮田雄一。

池間さんとか売れっ子とライブしてて自身も売れっ子で、この間まで札幌でライブだったとか。可愛い感じでいまにもブレイクしそう。

ギター持ったら、途端に超絶技巧で弾きはじめる。

昨日も爪弾いてるのを和田君が聴いて「えっ、もっと大きい音で弾いて。」いうてリクエストして「めっちゃかっこええやん。」いうて唸らせてた。

おっと、1400文字超えてた。終わります。

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今回の企画者、潮田雄一。一見可愛いけれど、ヤバンなものを秘め隠している。
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2019年12月16日

鉄忘年会

鉄割アルバトロスケットの忘年会が都内某所でおこなわれました。今度、一緒にライブをやる潮田君も来てた。

家をそろそろ出ようか。と思っていたら携帯が「ぶるぶる」いいます。手にとって見たら戌井君から着信、出ます。

「あ、戌井ですけどむかいさん、いまどちらにいますか?」「えーと、そろそろ家を出ようかと」「ふふ、そうですよね。いや風呂に入ったら・・・」

どうやら早く着きすぎたので、誰か時間まで一緒に飲む人を探してるみたい。「あの方だったらいるんじゃないか・・・」思いついて電話してきた。

気が早いんだな。そしてせっかち。汗かきながらいつも早歩きしてるみたいなイメージ。

さて西武新宿線にのって向かいます。

もちろん始発で座っていきます。最近はよっぽどの事故とかでしかたないのではない限り、始発電車にのり余裕を持ってのんびりといきます。

普段は本を持っているけれど、今日は酔っ払った時用に手ぶらです。手ぶらでいってもメガネを亡くしたりするのだから困ったものです。

ブログのようなものを読んだり直したりしてたら駅に到着、歩きます。

それにしても新宿はいっつもお祭り騒ぎだな。活気に満ち満ち溢れている。そうして変な人が一杯いる。若い人が多いのもいい。こちらまで「ワクワク」して来る。

人にぶつからないように気をつけて歩きます。

一応Yahoo! mapで確認。地図アプリは圧倒的にGoogle mapが多いが正確なのは、Yahoo!だとか。宅配などのプロはこちらを圧倒的に使っている。

このまま真っ直ぐ、19時からなのでちょうどいい。鉄割はルーズだからまだ皆んな来てなかったりして。と入り口で戌井君と鉢合わせ。

「あっ、どうも、サウナ入ったら気持ちよくなっちゃって。」一緒に会場へと階段を登ります。二階にいなくて三階か。階段を登ります。結構、人が集まっててびっくり。偉い人が来るかどうか聞きます。

新潮社の丸尾くんとか、Switchの新井さんとか、リトルモアの孫さんとか。「あっ、いない。」ではと、面白い人の側にいたいので戌井君の隣へ。

奥村君がいたらどうするか迷うところだけど今日はいない。渡部はまだか。

来年の更なる飛躍を願って「乾杯」

鉄割の本拠地根津の『宮永会館』でやってた頃はお客さんが200人きたら満員だった。幕が開いたら出演者の方が多くてお客さんは寝転んで観る。なんて時もあった。

それが駅前劇場でやるようになって、スズナリへとステップアップした。たいてい次は、本田劇場へと進むのだけど鉄割は断っている。

本田は演劇コンテストに参加して、会場が大きすぎて観客に面白さが届かなかったような記憶があって印象がよくないのか。

そういえば、このあいだまで南朋が主役をやってた作品も本多劇場だったな。

観にいきたかったけど残念ながら売り切れだった。10,000円近い料金で売り切れだもんな。期間も二週間近かった。キャパが386席だから・・・お金のことはいいか。

いや大切だ。

鉄割はいま、動員が約1000人。戌井君一人の力で引っ張っているような感じなので、もう一人、二人売れればなあ。

古澤がいちばん売れてるようだけど、まだまだだな。

俺も・・・いや頑張って頑張らないのだ。

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古澤祐介、左。朝ドラ『半分青い』に出演しボクテ君に接近。Photo by Twitter.
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2019年12月15日

新リーダー論

昨日は朝から家の大掃除、隅から隅まで綺麗にします。

「ふー」と娘の部屋に入ってひと休み。棚に乗っていた本を手に取って見ます。

タイトルは『高校生からのリーダーシップ入門』ちくまプリマー新書。新書を読みはじめると言ってたけど、いまこれを読んでいるのか。

プロローグ 「社会を生き抜くスキルとしての“リーダーシップ”」

一人ひとりにリーダーシップが求められる時代になってきた/学びはじめは早いほうが良い/リーダーシップの態度とスキルは、あなたの人生を豊かにする

「なに?」いまがいちばん早い時と、プロローグを読みます。「なるほど。」

いまの日本は“権限があるリーダーシップ”。安倍首相という絶対的な権限を握っているリーダーが率いています。

いっぽう“権限のないリーダーシップ”というのがあるとか。

権限のないリーダーシップとはどういうことかというと、その集団の権限を分散させる。

つまりは、全員で責任を負う。

これは結構ややこしくて難しい。船頭多くて船、山に登る。という諺があるぐらいでうまくいかない。海外にも“Too many cooks spoil the broth.”という諺がある。

著者の日向野幹也さんは本の中で、これを実現するための三つの方法を教えてくれます。

一つ目は“目標設定・共有”

まずは目標を決める。これなくして皆んなで同じ方向を向くのは無理です。目標が決まったら全員でそれを共有する。

共犯者意識というような言い方もされます。例えば、同じ方向を向いて話す。そうして同じ問題に立ち向かっているんだという意識を養う。車のドライブなんかはそれの良い方法。

二つ目が“率先垂範”

これはあまり聞かない言葉だが、要するに自分が率先してうごき出しお手本を見せるということ。

「こうなったらいいな。」という理想へ向けての第一歩。皆んなに理解してもらい「成る程」と思ってもらえるまで続ける。

三つ目が“同僚支援”

ここまでのことを自分のことだけを考えてやっていたら、上手くいかない。

そうではなく他人のことも考える。他者の意見に耳を傾ける。お互いに意見を交換しあい共に目標へと向かう。

一つのチームだと思って全員のことを考える。それをそこにいる全員でやる。出来ない人がいたら質問し対話し説得し、粘り強く話し合い続ける。

その人を放っておかずに、世話を焼き続ける。チームメイトにする。

いいなあ、力は分散し色々な良いアイデアがあちらこちらで生まれる。いまはインターネットの時代なので国中を情報が飛び交い、良い情報は共有される・・・

まずは問題を皆んなで共有するか。

日本のいまの一番の問題は『少子高齢化』

これは女性が絶対に良いアイデアを持っていると思うので、是非話しが聞きたい。

そして実践。

日本の全女性が問題解決に向けて立ち上がるのです。男性はひたすらサポートに回ります。だって、そうしないと国が滅びてしまうのですよ。

わからない頭の硬い人とは対話し、なんとかして導いてあげる。丁寧に耳を傾け、放っておかない・・・

ここでも忘れていけないのは“すべては目標達成のためだ”ということ。

「えーっ」と目標は、少子高齢化をなんとかしましょう。

そして目標達成、問題解決。「よーし、次いってみましょう。」

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奥村君の家でテレビを観てて知った人口ピラミッド。2017年の世界全体。ピラミッドと言うよりはモスクか。Photo by Wikipedia.

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こちら2100年の世界全体。ピラミッドというより・・・タワーか。まだ安定性はあるな。Photo by PopulationPyramid.net

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これは2020年の日本。グラグラの抜けそうな歯みたい。Photo by Google.

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こちら2100年の日本。このまま行くと、人口の半分は80歳以上に・・・自分も、もし大学まで教育が無償だったら子どもを諦めずに三人は創った。Photo by Google.
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2019年12月14日

言霊

“自分を変えるたった一つの方法”みたいな自己啓発本をコンビニでチラ見。

結論だけみたら「自信を持て」ということだった。

自らを信じる。

このたった一つのことが人間には難しい。「お前はだめだ。」「何をやってもだめだな。」「あんたはほんまにあかんな。」「こんなこともでけへんのか、あほやな。」

生まれてからかけ続けられてきた言葉という呪文が自分を否定する。「おれはだめだ。」「おれはあかんやつや。」

“メンタルブロック”という思い込みもあるそうです。

「自分はダメな人間だ、自分にはできない。」こういう心理の壁をつくって失敗した時の言い訳を用意する。それで自分を守ろうとするのです。

これは子どものうちから気をつけてあげないとクセになって一生、直らなくなってしまう。

言葉というのは呪文なので「自分はダメだ」と言っていると本当にダメな人間になってしまう。無意識がどんどんダメなほうを選んでしまうからです。

「自分にはできない」と思い込んでいると本当に出来なくなってしまう。無意識が出来ないほう、やらないほうを選びとってしまうから。

「自分は馬鹿だから」と言っていると本当に馬鹿になってしまう。馬鹿なことばかり選びとってしまう・・・

これはいいか。舞踏家は馬鹿でなければなりません。舞台上ではアホなことばかりやらなければいけない。

メンタルブロックから逃れるのは簡単です。

すぐに否定的な言葉を使うのをやめればいい。否定的な考えと縁を切る。否定的な言葉を吐きそうになったら「グッ」と我慢する。

そのうちに自分が変化しはじめる。無意識も変化しはじめる。

言葉を変えると気持ちが変わる〜気持ちが変わると態度が変わる〜態度が変わると生活が変わる〜生活が変わって行動が変わる〜行動が変わると人生が変化して来ます。

「だめだだめだ」と苦しんで悩んで生きても一生、「まあええんちゃう」言うて気楽に楽しんで生きても一生。同じ一生なら楽しんで面白く生きたいものです。

人間は生きてるだけで運がええんです。

まず人として生まれてくる可能性は、1億円の宝くじに100万回連続あたるより難しいといわれています。1億円の宝くじが100万回も当たる。ほとんど可能性ゼロ。

バラバラの時計を箱に入れて振って開けたら、偶然に元に戻る可能性と同じぐらいというのもあったな。

そんな奇跡のような命。「生まれただけでまるもうけ。」

「有り難う」というのは仏教用語ですが、滅多に起こらないことが起こった。そのことへの感謝のこころ。

メキシコで迷子になった時に“グラシアス”いう感謝の言葉ひとつしか知らなかったので心細かったけれど、もしかしたらあの一言だけで生きていけたかもな。とか思ったり。

それぐらいに強い呪文。

長く生きていると、だんだん感謝の気持ちを忘れてきてしまう。大切な感謝するこころ。忘れないようにしたいものです。

そうして「わたしは出来る。大丈夫。」「俺はやれる。大丈夫や。」そう自分で自分を励ましながら、今日も力強く生きていこう。

"Thank you. I'm sorry. Please forgive me. I love you."

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はい。「俺はバカだ。本当に馬鹿だ。俺はアホだ。本当に阿呆だ。全身全霊で阿呆なのだ。真っ白な一つのアホのかたまりなのだ。」
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2019年12月13日

変化を恐れるな

今日は用事があって、奥村君の家まで自転車でドライブ。

自転車道をひた走ります。紅葉がとっても綺麗です。そうだ、都志に楓を植えよう。

「友の松 もみじ目にあか ほっぺかな」

うたを考えていたら後ろから若者が高速で走って来るので、道を譲ります。

そう、この譲るという心がいま日本には欠けているのです。歩みの速い人たちに「お先にどうぞ。」と道を譲ってあげるこころ。

立っている目上の方に「座りませんか?」と席を譲るこころ。

ちなみに麿さんは若い奴が偉そうに座っていたら蹴飛ばすらしいです。怖いなあ。

それはさて置き、この謙譲は本当に大切なこころだと思います・・・

行く前に朝日新聞を読んでいたら、フィンランドでいまの現職最年少の国家指導者が誕生しました。という記事が。

34歳だって。

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ちなみにこちら世界最年少の国家指導者、ヴァネッサ・ダンブロシオ氏。29歳。サンマリノ共和国で執政を務める。Photo by steemit.

自分が34の時は、えーと2001年か。壺中の旅を創って鼻高々だった頃だな。麿さんにへし折られるまで天狗の鼻は伸び続けた。

そんなに若いリーダーを選ぶことが、どうして可能なのか?フィンランドはまだ100年しかたっていない新しい国なので国民の頭が柔軟なのだとか。

「なぜリーダーが若いといけないんだ?理解できない。」

そんな柔軟な国家だからこそ人材も育ちやすい。女性が閣僚に多いのでもちろん女性が社会で働きやすいようになっている。

「日本死ね!!!」と女性に言わしてしまう我が国とは雲泥の差。自分がいる国なんて死んだほうがまし。と思われてしまう国家とはいったい全体、存在価値があるのだろうか?

フィンランドでは、社会福祉も世界有数に整っている。

その原動力になっているのはやはり教育。

例えば、小中高校生は実際の選挙時に模擬投票をしてその結果に各党がコメントを出す。子どもの頃から選挙へ参加することを当たり前にするのだな。

そうすれば日本のように興味がないとか、政治に無関心な大人が少なくなる。

政治家の平均年齢は日本より10歳若い。

30代の国会議員の割合が日本は3.7%なのに比べてフィンランドは25.5%もある。4分の1が30代か。

新首相マリン氏は、女性のパートナーを持つ母親と貧しい環境で育ったとか。大学に進学できたのは環境に左右されずに進学できる機会が保証されていたから。

なんとフィンランドでは大学まで学費がタダで、教材も文具も無料で提供されるのだとか。大した国だな。

国家で子どもを育てている。親に丸投げしている日本とは大違い。

フィンランドも、日本やそして世界中と同じで沢山の問題を抱えている。そんな難問の数々を女性も男性も性すらも超越して協力しあい乗り越えて行くのだろう。

“変化を恐れぬ土壌”か。

日本の政治家さんたちも変わることを恐れずに、勇気を持ってあとは若い人に道を譲って、任せて、そろそろ引退しませんか・・・

残念ながら、後進を育てることに力を入れてなかったからいい人材がいないのか。

教育は投資なんです。

武器を買うのはどうでもいいから教育に予算を、為政者の皆さま「どうぞよろしくお願いします。」

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右から二人目、フィンランドの首相に選ばれたマリン氏。と3人の閣僚たち。かっこいいなあ。自信に満ち溢れている。Photo by 日本経済新聞 Web. 参照:2019年12月13日(金) 朝日新聞『ニュースQ3』
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2019年12月12日

色鮮やかな未来

招致のために賄賂を贈ったとかなんとかで、相変わらず東京オリンピックが揉め続けています。なんなんだろうな、まったく。

一時期、オリンピック存続の危機があったとか。その時オリンピックを救ったのがテレビの多額の放映料だった。

そのためいまもアスリートファーストとか口では言いながら、メディアファーストの状態が続いている。時差があるからへんな時間に競技がおこなわれて、選手はたいへん。

そんななかロシアがドーピングで参加できなくなった。

賄賂はいけません。不正はいけません。隠蔽もいけません。国家の威信をかけた、国威発揚の手段にするからこんなことが起こってしまう。

しかし個人なら参加可能になったようで、よかった。

皆んな国なんて関係なく個人で参加すればいい。そもそもスポーツの祭典でスポーツ選手が主役。

個人が主役で国家は主役ではないはず。それがナショナリズムの高揚の手段に使おうとするからおかしくなる。

「ニッポン、ニッポン」絶叫して、メダルが取れなかったら「国民の皆さまに申し訳ない。」なんて選手に泣きながら言わせてなんとも思わないのかしら。

団体競技もラグビーみたいにすればいい。国ではなくてチームとして考えてどこを選ぶかは個人の自由。

昨日、観にいった伊丹市立美術館の展示でも国と個人について印象的なことが記してあった。

行ったのは、現代美術作家・高橋秀さんと『よいこのくに』の表紙を37年間にわたって担当していた藤田桜さんのご夫婦の展覧会でした。

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世田谷美術館、倉敷市立美術館を巡回し伊丹市立美術館で12月22日までやったあと、来年北九州市立美術館にて開催される。Photo by Twitter.

秀さんが画家としてイタリアへ渡った時の話し。

「ローマに行って3、4年ぐらいして、本格的に作家活動を始めて、向こうの若い作家たちと付き合い、展覧会も一緒にやったりした。

その時、僕がいちばん衝撃を受けたのは、向こうの人たちと同じ壁に作品が並んだ時、彼らの仕事は非常に荒っぽい。

それに対して僕の仕事は隅から隅まで仕上がっているんだけど、発言力は絶対に向こうのほうが強いということだった。

なぜ自分の作品が完璧に仕上がっているのに、声が小さい、発言力が弱いのかということを感じて、ずいぶん悩みこんだ時期があった。

作家というのは、日本だとかイタリアだとかではなく、東洋だとか、西洋でもなくて、一個人の問題で、個の確立というのかな、自分を考えることの重要さに非常に悩まされた。」

イタリアへ行くまえと行ったあとでは、作品がまったく違っていて興味深かった。

日本国内でも安井賞を受賞したりして評価をされていたけれど「それまでのすべてを洗い流すつもりだった。」と言うとおりに「がらり」とまったく別物になっていた。

国内で創っていた作品は端正で情緒が溢れているけれど確かにモノトーンで大人しい感じ。それがイタリアで強烈な個性が産声をあげカラフルに孵化したような印象だった。

それはまるでサナギがチョウに変身したような劇的な変化だった。

国を超えて個が見事に発露した瞬間。

すべての大人は高橋秀さんのように、国という枠を超越し自分を見つめ飛躍しなければならない時にきているのだと思います。

国と国がいがみあい閉塞していく灰色の世界を突き破って、個人と個人が国なんて関係なく協力し合う世界へ向けて。

色鮮やかな未来を、子どもたちに手渡すために。

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写真ではまったくわからないけれど、キャンバスを切って組み合わせてあるので表面に凹凸があってそれが作品に立体的な躍動感を生んでいた。Photo by 世田谷美術館 Web site.
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2019年12月11日

業として他人の就業に介入して利益を得てはならない

企業に都合のいいようにつくられた名ばかり事業主という制度によって、過労死したひとの記事が新聞に載っていました。

業務委託される個人事業主のことでいま問題になっているとか。企業が責任を負わず個人に責任を押し付ける。

非正規雇用というのもだんだん問題になっているようです。法律が改正されて限られた業種にしか派遣できなかったのが、原則自由化され、製造業などへも拡大していってる。

悪法と名高い、2003年の労働者派遣法の規制緩和によって非正規雇用は増大したのです。「パートと馬鹿にしないで。」いう記事ものってた。

マックスバリューへ行っても働いているのは女性ばかりだけど、あの人たちも非正規雇用なのだろうな。

安くこき使って企業は莫大な利益をあげ、芸能人をつかってテレビCMを流して企業のイメージだけはアップ。

「正社員はいらない」by 竹中平蔵

毎日新聞に載っていたのは、佐川急便で働いていた人のことでしたが自分も若い頃に佐川でアルバイトをしたことがあります。

あれは本当にたいへんだったなあ・・・

派遣会社に言われたとおり夜の10時ぐらいに集合場所の倉庫事務所へ行ったら真っ暗で、テレビだけが光ってて全員がペルー人だった。

皆んな押し黙ってて殺伐としてて暗くて、限りなく重ーい雰囲気。

時間になったら佐川の社員なのか、やくざのようなおじさんがやってきて皆んなのろのろと整列。新入りは全員番号で呼ばれる。

無駄口たたくな。みたいな威圧感で「ここは刑務所か?」入ったことはないけれどそんな雰囲気。

そうしたら何の説明もなしに解散、それぞれいつもの持ち場に散って行く。こちら初めてなので持ち場もクソもないのだけど、皆んな急に殺気立って忙しそうに働き始めた。

機械が轟音をたてて動きはじめる。放って置かれてただ立って呆然とぼんやりする新入り。

「はあ、そういうことですか。」と、手が足りなさそうなところを探して無理に入って作業を手伝う。

最初についたおじさんは「何も考えずに荷物を流すんだ。」いうてめちゃめちゃにどんどん荷物を流してた。それでも荷物は溜まってしまいコンベアから次々と落ちて行く。

次についたところは、とにかく重量物が多くてへとへとくたくたになって腕がうごかなくなった。確か朝まで一回も休憩がなかった。結局アルバイトなんて使い捨てぐらいにしか思っていない。

完全に人間扱いをされなかった。酷すぎる。

一緒に来てた大学生なのか、若い子は無視され続け結局朝まで何もやれずに立ち尽くしてた。ショックだっただろうなあ。

朝仕事が終わって、ボロ雑巾のようになって電車で家へ帰ってしばらく寝込んでしまった。栄養ドリンクやらなんやらで、結局バイト代は手元にほとんど残らなかった。

徒労感にほとほと嫌気がさして、二度とやらなかったのでした。

「労働者は直接雇用されるのが大原則です。

労働基準法6条は“何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。”とします。

中間搾取は不安定・低賃金・権利保護がされないなど、労働者を不幸にするからです。」〜渡辺輝人 弁護士(京都弁護士会所属)2014/10/29(水) Yahoo! news.

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中央:竹中平蔵氏。労働者派遣法の緩和に尽力し、大手人材派遣会社パソナグループの会長に就任。鬼平犯科帳の長谷川平蔵と名前は同じだけどやってることはだいぶん違う。
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