今年も終わろうとしています。
ほんとうに激動の一年でした・・・
2020年の正月はひさしぶりに東京にてすごした。
10何年ぶりの東京での年越し、新年はなかなか賑やかでいいものだった。見よう見まねでおせちを作って、正月三が日は朝から風呂に入って朝から酒を飲んで寝て、起きてまた飲んで呑気にすごした。
都志へと帰って年賀状を受けとって川西へと寄り両親に新年のご挨拶、トンボ帰りで東京に戻って小学校でワークショップ。
楽しかったなあ。
1月終わりごろになって中国は武漢にてなんだかSFみたいなことが起こって、宇宙服みたいな格好をしたひとたちがテレビに映っていた。
ですが、まだまだ対岸の火事。日本での感染者はいなかった。
2月『舞踏という何か』発刊記念で踊ったときも、まだ東京はなんともなかった。けれども徐々に武漢からの観光客が日本中にウィルスをばらまきはじめて、騒ぎがひろがる。
3月に富山オーバルホールで公演があるので川西へと寄ってそこから、舞踏家集団デュ社副代表、京都在住の湯山大一郎と合流して、大阪に住んでいるデュ社音楽担当の築山建一郎と合流して富山を目指すつもりだった。
ところがすでに雲行きが怪しくなっていて父親にも「あんまりウロウロせんほうがええんとちゃうか。」と忠告されて移動を自粛。
あれよあれよというまに大騒ぎになって、安倍首相による全国一律での一斉休校。それから緊急事態宣言なんてのが出て万事休す。
3月の『舞踏?』の公演が延期になり、4月上野での金粉ショウが中止になり、6月八丈島でのダンストラック本番も延期、8月鉄割アルバトロスケット、ザ・スズナリ公演が中止になり都志での夏合宿、発表会も自粛。
夏になってようやく落ち着いてきて、オペラシアターこんにゃく座の稽古がはじまり振付で参加。
9月、六本木俳優座劇場にての公演は無事におこなわれた。無事におこなわれたけれど観客席はひとつ飛ばしなんていう異常な状態で開幕。いっぽう公共交通機関はずーっと満員でへんなの。
来年も騒動はおさまりそうにない気配をひしひしと感じる。
感じるがワクチンに人類の期待がかかります。いまのところ死者も出ていなくてどうやら順調なようで良かった。
来年は自粛や萎縮をせずに暮らしたい。そのためには騒がず気をつけつつ、いまのこの瞬間を大切に生きる。ひとのことはどうでもいいから自分自身に集中する。
それがいちばん・・・
今年もなんとか年を越せそうです。ありがたい。感謝の気持ちしかありません。そうして「新しい年がどうか平和でありますように。」
そう祈るばかりなのです。
みなさまもどうか、良いお年をお過ごしください。
『妻の年賀状を模写』