2022年02月21日

去年の記事より

父が遊び場にしていた部屋を片付けていたら北大路魯山人の本がでてきたので拝見。

美の巨人、魯山人。そんな巨匠のことばをメモ、メモ・・・

仰いでは宇宙に字を書け。俯しては砂上に字を習え。

書には必ず「美」がなければならぬ。

人間の行為、にんげんの作品はそのひとをはんえいせずにはおかない。よい字というものは、よい人格が生む以外、ほかに生んでくれる母体はない。

美を探求する、美を愛する、美を身につける。美と接吻をつづけるのでなければ、芸術家としての生命はない。

感興の触れる儘に、順序もなく統一もなく、極めて散漫に製作している。

この世の中を少しずつでも美しくしていきたい。わたしの仕事は、そのささやかなあらわれである。

人間なんで修行するのも同じことだろうが、じぶんの好きな道で修行できるくらいありがたいことはない

ひとはいつ死んでもよいのである。ひとはこの世に生まれて来て、どれだけの仕事をしなければならぬときまったわけのものでもない。

分かるやつには一言いってもわかる。分からぬ奴にはどういったってわからぬ。

芸術とは計画とか持たないもの。刻々に生まれてくるものである。言葉を換えていうならば、当意即妙の連続である。

ものさえ分ってくると、おのずから、趣味は出てくるものである。趣味が出てくると、面白くなってくる。おもしろくなってくると、否応なしに手も足も軽くうごくものである。

我々は食をくうことによって、美をくうのである。

・・・魯山人は最初に書家として活動をはじめる。その後にパトロンとなる豪商や大金持ちに依頼されて、看板や扁額を書いて糊口をしのいでいく。

そうして茶の湯に出逢い、陶芸の道へとはいっていく。

星丘茶寮をつくり美食倶楽部なるものを立ち上げ、財界人が出入りするようになる。そうとうにうるさくて厳しいかただったようで、喧嘩の逸話は数かぎりない。星丘茶寮も最後は追放されている。

孤高も孤立もすべては美のため。

美に生きて芸にすべてを捧げた巨人であった。

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おなじく掃除していたらでてきた父が描いた仏画、部分。
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2022年02月20日

ありがとう、またな!

鈴木清貴が帰っていった。

来るときは夜だったから海は見えなかったが、今日は晴れ。

朝日にかがやく播磨灘はきれいだろうなあ。

海沿いのみちをはしっていきなんども岬をめぐると高速道へとはいる。そうするとまもなく明石大橋。みどり豊かな淡路島から灰色の都会とのコントラストが圧巻なので見逃すなよ。

昨日、打ち合わせしていて5月にやる予定の『舞踏虎ノ穴』公演日がまだ確定していなかったことに気づいて慌てる。

番頭の湯山大一郎にはスケジュールの確定を連絡していなかったのでよかった。音楽の築山建一郎と舞台監督の脇田友と中村彩世にはまちがった日程で連絡していてごめんなさい。

いい加減で適当で非常識なおとこがしっかりと常識的なこころが必要な制作もやっているのでこんなことになってしまう。

日程もふくめて今回の清貴の来訪、野外舞台の下見、打ち合わせで虎ノ穴がおおきくうごいた。きよの紹介で坂本貫太と飯塚友浩の出演決定、これでおもしろそうなメンバーがいっきに揃う。

出演者募集をして地元のひととやろうかと思っていたがむずかしそうなイメージもあった。稽古をみせるような作品なので素人でも大丈夫とは考えていたが不安もあった。

清貴が38歳で新宅一平が41歳、貫太が39歳、飯塚が38歳、そして湯山が42歳と年齢がちかいので切磋琢磨した群舞、作品になりそう。

あとはアイルランドにいるHaruが参戦できるか・・・

入国時の待機が3日に短縮されるとかいっているがどうなるだろう。去年、帰国したときは1週間も窓のないホテルの部屋に閉じ込められてこころが病んでしまいそうになったといっていた。

そんなことがあるとわかっていたら帰国するのがいやになるのはしかたがない。

伝説のダンスマスター、若林淳さんはおどりをやめたそうで不参加。2006年の初演のときとは状況も場もメンツもちがうのでまったくあたらしい新作のつもりでやるのがいいのだ。

そうして、そうなるようにうごいていっている不思議。

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鈴木清貴 | Kiyotaka Suzuki ダンサー・振付家・ヨガインストラクター
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2022年02月19日

メモいろいろいろいろ

ひとつの感覚であとの4感を呼びさますようなものをつくる。

観客は目隠しをする。質感にこだわって視覚にうったえかける。

目をつぶって触れる展覧会とか、目をつぶって感じる舞台とかと考えると目というのはほとんどの情報を得ている器官なのだとわかる。

その人間最大の器官、目というものが見えないというたいへんなことにいつも愕然とする。そんなかたが全国にたくさんいる。

目をつぶって街を歩くなんて無理。3歩と歩けない、怖いのです。目が見えることが前提であらゆるものがつくられている。目が見えないひとのことなんて、ほんのひと握りのひとしか考えていなくてわずかに点字があるだけ。

その点字の位置が日本全国で統一されてなくて施設によってバラバラだと新聞にのっていた。

目をつぶって街を歩いてまず点字を探すなんて不可能なのです。

ならば何のための点字なのだろう。

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いまこの現代で唯一、容認されている最後の偏見、学歴差別。

その学歴差別に代表される学歴偏重主義。

アメリカの政治哲学者、マイケル・サンデルが著書『実力も運のうち』で「人類最後の偏見からの脱却こそが能力主義を打ちやぶり真に価値ある労働へとむかい、格差と分断を解消する方法だ」と指し示している。

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「くちびるのまわりに文化が横たわっている」

そうフランスの哲学者ミッシェル・セールは言う。食べる、味わう、すう、はなす、うたう、なく、わらう、くちづける、愛撫する。口はもっとも基本的な器官で、文化をになうところである。

知性の刺激もそこからはじまり、赤ん坊はものの形状をかじったりなめたりしながら確かめる。

考えるとは、そもそもがものごとを吟味すること。つまり味わい分けること。そしてホモ・サピエンスは語源をたどれば「味わう人」を意味するそうです。

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自然は無慈悲か、神仏の警告を見落とすな。

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わからないを肯定する無欲なこころ。

ナルホイヤ

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ちょうど1年前に野外舞台をつくりはじめた。

参照:2021年12月16日、2022年2月11日 朝日新聞『鷲田清一 折々のことば』
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2022年02月18日

合宿のはじまり

ストリートダンス出身でコンテンポラリーダンサーの鈴木清貴と5月公演にむけての合宿開始。

田上くんとの合宿はわずかに1泊2日だったが今回は3泊4日、これぐらいの期間がないと都志は満喫できない。

初日は高速バスと電車と高速バスを乗りついできたので夜の8時をまわっていた。

こちら下痢が朝から止まらないので1日絶食気味で夜は玄米がゆをたべて腸を休ませる。腸を空っぽにすると免疫力がアップするそうでタイムリー。

そしてもちろん理由はアルコールなのでノンアルコール、酒は飲みすぎるとからだにとって毒でしかなくなってしまう。

やってきた清貴をまずはお風呂へいざなって、風呂上がりに最近お気に入りのマルエフのハーフアンドハーフをつくってやる。ひとが酔っ払っていくのを見るのはおもしろいもの。清貴はあかるく饒舌になるタイプでよしよし。

話していたら結婚をしたとかで「おめでとう」

清貴と知り合ったのはセゾン文化財団の森下スタジオからの帰り道、地下鉄でいっしょになっていろいろと話した。

桜美林大学出身だというので木佐貫邦子さんが先生をしていたなとその話しになったら、木佐貫さんをまるで神のようにあがめる風潮が好きではないというようなことを言っていて反逆精神は大好物「おもしろいやつやん」と注目。

それからやはり森下スタジオで偶然会ったり、ワークショップに誘って一緒に飲んだりしているうちに親しくなる。

そうしてデュ社第2回公演『春の祭典』をいっしょに制作。おなじく出演していた佐々木すーじんも結婚して子どもが生まれたとかで「おめでとう」あとは新宅一平だな。一平はあいかわらずひとりやもめだそうでこればっかりは縁のもの。

あれから7年がたち30代前半だったのがみんな後半にさしかかって、一平はもう40歳をこえたらしい。若いとおもっていたらあっという間。湯山も42歳、田上くんももうすぐ40だと言っていた。

人生でいちばんのはたらき盛りであぶらがのってくるころ。

5月の『舞踏虎ノ穴』で湯山、清貴、一平が顔を揃えるのでたのしみ。

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春の祭典より。右、鈴木清貴
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2022年02月17日

父の本より

日本国家が担っているあらゆるサービス。

それらを民営化して儲けようと巨大資本や国内外の政商たちが虎視眈々と狙っている。

いまはまず、水道事業を民営化しようと狙っているそうです。

水道事業が民営化されると企業が競争するので価格が下がりサービスも向上すると宣伝される。しかし全国の水道管は、いま水道局が使っている1種類しかない。

必然的に1社の独占になることが決定しているので、じつは競争など生まれようがない。

国民に対するサービスの低下は、諸外国の先例を見てもあきらかで、そもそも企業が最優先するのはコスト削減と利益の増大。なのでサービスが低下するのはあたりまえのこと。

水の値段は上がり水質などのサービスはどんどん低下していくということがかならず起こるという。

世界各国に目を向けると水道事業を民営化した国々がサービスの低下と価格の高騰を理由に民営化をやめて国営に戻している。

さらに先進、ヨーロッパでは、国に公共サービスをゆだねるのではなく、民主的な市民による運営によってコスト削減と充実したサービスの両方を兼ね備えた、まったく新しい生きかたがつぎつぎに実現されているという。

水道や道路の整備を国に管理されるのではなく、自分たちの手で、じぶんたちのお金でなんとかする。

そこには無駄な税金なんてもちろんないし無駄なつかいかたや、つかい道、不正や汚職の入り込むすきはない。

国家が委託するグローバル企業に支配されるのではなく、市民が自分の生活を第一に考える。経済的な利益ではなく自分たちのためにじぶんたちで考えて工夫や努力をする。

そんな行動を小さなコミュニティのなかだけで達成させているという。

中央集権国家による経済最優先の統治があたりまえだと思い込まされているが、いま国に支払っている税金を自分たちで集めて駆使する。

そうすれば、いま以上のサービスを実現することが可能なのだというのです。

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『父の描いた絵』

参照:堤未果著『日本が売られる』
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2022年02月16日

しとぶとう

舞踏は死を嫌いません。

どちらかというと好みます。

初期の頃は暗黒舞踏派と名乗っていた。暗黒=死。

「暗闇でアンコを喰う舞踏だ」は創始者、ひじかたたつみ特有の韜晦。ならばこっちは「マンゴを喰う舞踏だ」と『舞踏?』という作品で暗闇でマンゴを喰った。“萬國舞踏派〜まんごくぶとうは”というのも20年ぐらいまえに立ち上げようとしていた。

じぶんは死なんておそれるものではないと思っている。本当のところは誰にもわからなのだし、だっていま生きているにんげんは誰も死んだことがないのですから。

死後の世界とか生まれ変わりとかいろいろいわれているけれど、実際のところたしかではないしいまいち信用できないし説得力に欠ける。

目に見えない世界は信じているしどちらかというと好きだが、宗教的というか説教臭が漂ってくると嫌になる。

このよにわからないことのひとつやふたつあったってばちはあたるまい。

死んだらどうなるかわからない、その末期のつぎの瞬間に「あー、はいはい」か「うわー、そうきた!!」か「えー!?まじでー」か。はたまた「・・・」か、おおいにたのしみではないか。

近代知の巨匠、埴谷雄高が人類にできるもっとも意識的な行為は「自殺と子どもをつくらないこと」と断言している。

死は恐れないじぶんだがどちらもできない。

“死”という人類にとっての永遠の謎、死を考えることは“生”を見つめることでもある。そして闇があるからこそひと筋のひかりにも感動できる。

だから土方巽はひかりよりもやみ、この社会が忌み嫌う死=暗黒のほうを大切にしたのだ。

人類はいま、しぜんな死を受け容れようとせず、避けようとしすぎるあまりに可笑しなことになっているのです。

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くらやみでまんごくうぶとう
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2022年02月15日

いきるということ

おどりというかたちのないものを売るむずかしさ。

うちの妻はスキルを売っている。

スキルのないひとは、時間を切り売りするしかない。1時間千円・・・はたらけどはたらけどじっと手をみる。

からだを売るなんてぇ、なりわいもございます。

売る理由はひとそれぞれ、旦那がヤクザ、旦那がヤク中、旦那がギャンブル好き、旦那が遊び人・・・女のためにからだを売る男というのは果たしているのだろうか。妻が病気だからとかやはりお金のためというのが多いのか。

春を売るという歴史上、いちばん古い仕事のうちにはいる肉体労働。

師匠はむかしからじぶんは肉体労働者だと自認し、芸者だと公言している。

「踊りを売るのも肉体労働だなあ」と最近つくづく思う。歳をとってからだをうごかすのがだんだん億劫になってきている。楽をしたいというわけではないのだが、のんびりしたいとか思ってしまう。

歳をとったのか・・・

そんなふうに感じていたら神戸新聞に宮本輝さんのお母さんの逸話がのっていた。

55歳のときにお父さんが亡くなったら「お母さんに全部任せて大船に乗った気でいなさい」と宣言して、それから馬車馬のごとくに働いて宮本さんを大学までいかせたとか。

おない年だと考えたらじぶんもまだまだ働きつづけねばと感じる。

幸運にも舞踏家は経年良化、引退がない。ないどころか歳を取ればとるほどちからが抜けていい踊りができる。いちばん有名な舞踏家、大野一雄さんなんてデビューが70歳だものな。

土方巽は晩年はおどらなかったけれど、あのくらいのひとになると一挙手一投足がおどり、ふだんの振る舞いがすべてダンス。生きていることがすべて舞踏。

そうやってかんがえると引退するときは亡くなるときか。

じぶんじしんも去年11月の公演は、まったく気負いなく、これまででいちばんちからを抜いて楽しめた。

今後の活動にとっても、たしかな手応えを得られたのである。

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娘が朝の4時までかけてつくたっという友チョコレート。
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2022年02月14日

あくのぼんよう

本日、新聞はおやすみ。

毎日、まいにち、嘘にごまかしに隠蔽に汚職に賄賂・・・そんなニュースばかりで新聞を読むと嫌になってくる。

ほんとうに人間の悪いおこないはいっこうになくならない。

官公庁や大企業による組織的な不正や不祥事があかるみに出るたびに知識人のあいだで引きあいに出てくるのがアドルフ・アイヒマン。

ドイツ国家をいつのまにか独裁して隣接する国を侵略しまくったナチスのなかでもヒトラー親衛隊中佐という幹部の役目をつとめていた。

そしてナチスドイツ帝国によるユダヤ人大量虐殺においてリーダー的な役割をはたした人物。

終戦後の1961年にイスラエルのエルサレムでひらかれた裁判でアイヒマンは、ホロコーストの罪を一貫して否認する。

「上から命じられてやっただけ」という言いわけこそを政治学者で思想家のハンナ・アーレントは『悪の凡庸』ということばで表現した。

平凡な人間が職務に忠実であるがために巨大な悪の加担者になってしまう可能性。

彼を突きうごかしたのはユダヤ人への憎悪というよりも仕事で実績を上げて注目を浴びたいという自己顕示欲や出世欲であったという。

アイヒマンは戦後の逃亡中「なにひとつ後悔をしていない」と発言している。

そんなおとこがユダヤ人のかたがたの移送を取り仕切る責任者としていのちの選別をおこなっていた。

そうして数百万人という考えられない数のひとたちが大量虐殺されたのです。

数百万人・・・ほんとうに途方もない人数。そのひとりひとりに人生があって家族がいて恋人がいて友人がいた。猫も飼っていたかもしれない。

永遠にうしなわれてしまったいのちの、かずかずかずかずかずかずかずかずかずかずかずかず...

だが悪いのは人間ではなく戦争。

アイヒマンも戦争がなければ・・・

戦争を恨んでひとを憎まず。か、

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罪を憎んでひとを憎まずというのもあるけれど・・・
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2022年02月13日

昨日はひとりになった寂寥感から『ブログ?』をやすんだ

前富士見市民文化会館“キラリ☆ふじみ”芸術監督、田上豊さんが都志へ来訪。

4月22日〜24日にやる舞台の下見とうちあわせを敢行。

このあいだのきらりふじみでの白神ももこさんのひとり芝居があまりにもおもしろかったので、その台本を書いて演出をしていた田上くんに台本・演出を急遽、お願いするのです。

「そのためにも文化庁AFFの第2回募集がもうすぐはじまるので申請をするぞ」って、もう2度とやらないとこころに誓っていたのに喉元過ぎればあつさわすれる。けっきょくはじぶんでやってしまう。

イベントぜんたいのタイトルは『SHI郎の会』とかどうだろう。

雲太郎、大一郎、建一郎、秀治郎の国内にいるデュ社メンバーで舞台をつとめ4人とも“郎”がつくので『しろう』

GO郎、ROKU郎と増えていったりして。

しかしたいせつなのはタイトルよりもなにをやるか、かならずおもしろくして毎年の恒例にするぞ。

1日目は夕日を海までみにいきながらいろいろ話して、夜はお造りを食べながら打ち合わせ。1泊2日だとやはりせわしない、次回はもうすこしながく滞在しましょう。

2019年に滞在制作をした豊岡市城崎国際アートセンターの館長に志賀玲子さんが就任したと田上くんに教えてもらう。

志賀さん、すごいことをやっててずーっと注目してるひと。

ALSを患っている甲谷匡賛(こうたにまさあき)さんの介護をしながらALS-Dコーディネーターというダンスプロデュースをされている。

「からだ、存在のインパクトという点で、わたしはおおくのダンサーよりも甲谷さんの切実さにノックアウトされてしまったのでしょう」どんな“もの・こと”のなかにもおどりはあると考える舞踏家としては興味ぶかすぎるはなし。

踊るとはどういうことか?生きるとはどういうことか? ALSという病は、根源的な問いを投げかけてくるのです。

次回は江原河畔劇場で稽古をするので豊岡にも寄ってお会いしにいこう。

コンタクトをとったことはあるが、いちどもお話ししたことがないのでたのしみ。

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多和田葉子さんの朝日新聞連載に挿絵を描いている溝上幾久子さんの絵を模写。
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2022年02月11日

The anniversary of Katsuya Nomura's death

2月11日は野村克也さんの命日。

根っからの愛妻家で、どうみても悪妻の沙知代さんをこころの底から愛していた。

奥さまが帰ってきてぽいぽい脱ぐ服を、あとからついていって片付けてたらしい。偉いなあ・・・いや、愛ゆえに出来ることなのか。沙知代さんを亡くしてからメッキリ老けたとか。

じぶんには野球しかない。そう断言していた。

600本塁打という大記録を達成した日は観客が7000人。いっぽうの巨人戦は5万人ちかく入っていた。「花のなかにはヒマワリもあれば、ひとめにつかないところでひっそりと咲く月見草もある。」

家が貧乏だったので、バットが買えず1升瓶に水を入れて素振りしていた。

無名の高校生だったのでデータを調べて正捕手の年齢の高い南海ホークスを狙ってテストを受けて入団に成功、初打席は3球3振。

何度もクビになりそうになりながら、猛練習とあたまをつかう野球でメキメキと頭角をあらわす。そこからの記録は数え上げたらキリがない。1965年に戦後初の3冠王にかがやく。

ワンシーズン、52本塁打は落合が並んでいるけれど、いまだに破られていない。勝つためにあらゆる手を尽くす、知略を巡らし作戦を練る。選手時代からそれは変わらなかった。

引退するきっかけはじぶんが試合に出たいために、味方の選手に「打つな」と思ったときだとインタビューで語っていた。

監督になってからは名言が多数ある。

苦労をしているから人間洞察が途轍もない。ID野球というぐらいであたまのキレも抜群、常に論理的に考えているから説得力がズバ抜けていて、ことばにいちいち深いものを感じる。

もの凄い形相で怒ったとかいう逸話を知ると、執念のようなものを感じて師匠の麿赤兒を彷彿する。

生前に野村さんは“人生”という二文字から四つの道を説いていた。

人として生まれる 人として生きる 人を生かす 人を生む

無類の寂しがり屋だったが、群れるのは好まなかったそうです。

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1961年、日本シリーズ前の練習で長嶋茂雄と談笑する野村克也の絵。

参照:2020年2月12日 毎日新聞 Wikipedia.
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2022年02月10日

ガス屋さん来訪日記

本日はくもり。

しかしそれほど寒くはない。

ここ淡路島の都志は瀬戸内にあって太陽がでていると冬でもぽかぽかとあたたかい。しかし北風が猛烈につよかったりするので油断はまだまだできない。

台所の湯沸かし器が壊れていてあらいものをすると水がつめたくて指が千切れそうになる。

なのでさいきんお世話になっているガス屋さん“伊丹産業”の奥田さんに連絡。

そうしたらなんと半導体不足で小型湯沸かし器が国内にまったくない状態なのだとか。そんなことがあるのかと思っていたら新聞によると世界的な半導体不足で争奪戦がまきおこっているそうです。

車なんかは新車を買っても納車は半年以上待つなんてザラだとか。いまは自粛がつづいて世界全体が萎縮してしまっている。

リアルな消費ができないのでお金が余っているひとがたくさんいて、そのひとたちがネットで高額な買いものをするので世界中で半導体だけではなくコンテナやいろんなものが不足状態にある、のか・・・

「しかたないあきらめるか」と思っていたら奥田さんが「なんか方法がないかと思いまして」とわざわざやってきて見てくれる。

「そとにある給湯器から台所までお湯を引っ張ってくればなんとかなりそうです」とかで急きょ、工事をしてくれる。いままであった壊れていたふるい給湯器がなくなって見ためもすっきり。

ついでに掃除してぴかぴかとまではいかないがきれいになって気持ちがいい。

「水漏れしてるところがあるんです」と相談したら「見てみますわ」と道具を取りにいってくれる。

洗面台の下にあたまから潜りこむというプロの仕事をみて感激。この3年間、格闘しつづけていた水漏れをささっと直してくれて「ありがとうございます。」

プロのすがたに刺激されて、こちらもやるべきことをやります。

商売道具の財産、野外舞台の大木と格闘、あともうひといきで伐採完了。

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『模写』
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2022年02月09日

大掃除ででてきた1978年5月9日 朝日新聞の天声人語を転載

人間国宝の狂言師、野村万蔵氏が亡くなった。

去年の秋に万蔵氏に会った記者の話では、80歳に手がとどくひととは思えないほどに、声につやがあり、はだのいろつやもよかったという。

戦後、国の内外で狂言の地位を飛躍的に高めたひとである。惜しいひとを失った。

「少年時代にひっぱたかれて覚えた芸はわすれない」とご本人もいっているが、けいこをつけるときの父、万斎のしごきはすさまじいものだったらしい。どなる、はり倒す、むちで打つ。扇やキセルを飛ばす。

ついには雪の庭にけおとすこともあった。

泣き叫んでも、家に入れてもらえない。母親もかばってくれない。雪の庭にでてきて「さあ、父さんに謝って、もういっぺんけいこをしておもらい」というだけだ。

へとへとに疲れてせんべいぶとんにもぐりこむ毎日だった。

舞台でとちって楽屋にもどると「コノヤロー」となぐられる。げんこつを逃れて便所にかけこむと、父親は便所まで追いかけてきた、というから尋常ではない。

しごかれて、なにくそと思うていどではまだなまぬるい。なにくそを超えて、もう無我夢中になるところに本ものの修行があるのだと万蔵氏は回想している。

むろん、万之丞、万作ら4人の子をきびしく仕込んだ。しかし父親にたたかれたほどはたたかなかった。

「まずかったかな。」

成人した息子たちの舞台をみてそういったことがあるそうだ。

70歳のとき、観客が怖くなった。といって高尾山へ精神修行にでかけたという。芸の修行に終わりがないことを実践したひとでもあった。

「師匠のまねだけしているようでは、その芸は死ぬ」という名言も残している。

むかし、父親の万斎が「死ぬまでに、河を渡って起きたいな」といった。

「どこの河ですか」「太平洋という河さ。」

この稀有壮大の血は子も受け継いだ。万蔵氏は15年前、狂言師としてはじめてアメリカにまねかれ、以降、何回も太平洋という河をわたった。

最初に羽田をたったときのあいさつがいかにもこのひとらしい。

「やがて元気に帰ってきべえ(帰米)」

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たき、すぐうごくからむずい。
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2022年02月08日

おぼえがきあれこれ

重要なのはしゃべりかたではなく、しゃべるないようである。

たとえばこどもが必死でなにかを発表している。それを聞いて文法や喋りかたをうんぬんする愚。

語学力よりもなにを話すかが重要でひとはそれを聞きたいのだ。

おどりの偉大さは1時間のあいだひとこともことばを発しないのに、観るもののこころをうったりするところなのだと思う。ことばがないのに説得力をもつのはそのひとじしんの魅力、そのひとの人間としての内容の説得力。

つまるところ結局はそのひとがなにを思えるか、なにを考えられるかであり、そのひとがなにものかが重要なのである。

そうして、そのひとを磨くのはおのれじしん。

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侵攻したり征服したり戦争で勝ったりすると言語を奪ってことばを押しつける。

スペインやポルトガル、イギリスがやってきたことであり、大日本帝国が植民地でやっていたことであり、アメリカがフィリピンでやったことであり、いまは中国がやっている。

そんな人類の歴史のなかでみると「日本語でものを考えることができる」という世界じゅうでも稀有な状態にあるじぶんの特権を知る。

日本は世界で唯一、論文を英語ではなくて自国語で発表しても認めてもらえる国なのだという。

そして遠くは空海であり、近代では渋沢栄一であり湯川秀樹、最近ではシュクロー・マナベ、大谷翔平があらわれて日本人は世界と比べても遜色なく最先端をいっているのだと教えてくれているとか、とか。

しかしふかく考えると日本にもともと住んでいたのは縄文人であり、弥生時代に大陸からやってきた渡来人たちが先住民たちを沖縄と北海道へと追いやったのだ。

すこし考えれば、わたしたちが日本人と自称することは可笑しいのだと気づく。

日本人って誰?

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危機こそ進化するチャンス。

人類は危機から逃げつづけ試行錯誤しながら進化しつづけてきた。

水のなかからにげ、木の上からにげ、エデンからにげ、エジプトからにげ、大陸からにげていまに至っている。

逃げることは生きのびるための大切な営為でもある。

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『たきあれこれ』

参照:2022年1月 Wedge 『国際化の時代 真に必要なのは英語力より国語力』松井考典 千葉工業大学学長
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2022年02月07日

やることはつねにあたらしい

本日は新月なのであたらしいことをいろいろはじめるのです。

まずは歯をみがき洗顔。

そうしてからだをうごかす。はじめてのつもりでいろいろとうごかす。そのあとは仏前にすわり真言をとなえる。

真言をとなえ終わったら事務しごとのあたらしいことをはじめていく。

まずは役所へいって住民票をうつす。大都会、東京都西東京市の一員から兵庫県洲本市へ転入。市民の数が4万人と書いてあって多いけれど人口20万人の西東京市とくらべてしまうとさびしい。

けれども20万人もあつまっているほうが異常、これが東京都になると1400万人にもなる。そんなにも密集しているからウィルスにねらわれるのです。

移動するにあたって検査をして陰性だったのでマスクをしてなかったら着用を強要される。

「検査で陰性だったので」といったら「いやもうかかってるかもしれませんから」とこたえられて、そんなこと知ってるけど「ならばなんのための検査やねん」とあたまにくる。

いまも全国のいろんなイベントで検査をしている。その瞬間は陰性でもつぎの瞬間には意味がなくなってしまうのに・・・

市役所をでた瞬間にくっさいマスクをむしりとってせいせいする。

帰宅して8月に子どもたちとやる企画のチラシにのせる情報を推敲して送信、舞踏虎ノ穴の出演者募集チラシに手をつける。

そうしていよいよそとへ。晴れていてきもちがかぎりなくアガる。まずはがちゃがちゃとした舞台の養生をはずしていく。うつくしい舞台がひさしぶりにすがたをあらわす。

そのあとはローリエのカイガラムシをチェック、やはりまだまだくっついているので指でとってやる。取ってもとってもしつこく寄生していてたくましい。なかには茶色くこぶみたくなって木のいちぶのように振る舞っているのもいる。

これは完治するまでに1年はかかるかもしれない。

17時のサイレンがけたたましくなったので家の中へ。

縫いものをしようと裁縫箱をあけたらめちゃめちゃなので、すべてぶちまけて整理開始。

たいへんだぞ。

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おとなりのわんちゃん。
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2022年02月06日

娘の探求課題を転載

プレシャスプラスチック

海にあふれる大量のプラスチックごみ。

拾ってすぐに使えるものにリサイクルできたら素敵ではないか。

よのなかで悪者扱いされやすいが、安く便利なものを大量に生産できる近代工学の成果ともいえるプラスチックを個人的にリサイクルしたいと考え、探究活動をおこなった。

『プレシャスプラスチック』とは?

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プラスチック廃棄物をリサイクルするための機械づくりから商品化までのノウハウや、世界中で取り組むひとたちや工房の情報、リサイクル商品や機材のオンラインマーケットなどの情報を誰でも無料で得ることができる。

現在、世界で500人が機械をつくりうごかしている。

[今回取り組んだ(取り組もうとしている)こと]
@プラスチックを調べる
Aプラごみを粉砕し圧縮する機械を実際に製作する
Bできるだけ安く、素敵なリサイクル製品を作る

@プラスチックを調べる
>>プラスチックの種類 大きく分けてふたつ
 ・サーモプラスチック・・・溶かして使い直せる。80%がこれ。
 ・サーモセット・・・かたち作られたもの。燃えてしまって、溶け直せない。

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>>プラスチックの特性
 1=プラスチックは、熱、紫外線により劣化する。修復はできない。
 2=製造時や使用時に、物性が低下する。低下した物性の回復は現実的に不可能。
 3=異なる材質のプラスチックを混ぜると、多くの場合溶け合わず、物性が低下する。異物の完全排除は不可能。

>>プレシャスプラスチックでの扱い方
→「熱を加えて圧力でかたちを作る。これが基本。(注入、シュレッダー、抽出、圧縮)
!異なる種類のプラスチックは絶対に混ぜない!・・・リサイクルではプラスチックの溶ける温度が重要だから。

Aプラごみを粉砕し圧縮する機械を実際に製作
今回挑戦するのは『injection』(プラスチックを鉄で溶かしてから形成し直す機械)

>>基本情報 (Precious Plastic Web siteより)
・費用・・・23000円〜
・重さ・・・23kg
・注射時間・・・10時間〜30時間
・AMP・・・2.6A
・Voltage・・・220V
・寸法・・・830×700×1300mm
・入れるプラスチックの大きさ・・・普通、小さい
・構築に必要な機械・・・金属レーザーカット、グラインダー、溶接機、ドリルプレスなど

費用がかかりすぎなので、サイズを縮小して製作する。いまは必要なものを調べて集めている段階。今後も製作に向けて準備をすすめたい。

Bリサイクル製品を作る
作るには『金型』が必要
〈作るものの条件〉
・たくさん使えるもの
・長く使えるもの
・ごみを使っても衛生的にあまり問題ないもの
 →三角形や四角形のブロックやタイルで、いくつか組み合わせて、いろいろなものに組み替えられるようにする。

今後も引きつづき金型を考えていきたい。

プラスチックは、なくすべき悪者ではない。使い方を工夫すれば、わたしたちの生活を助けてくれる救世主となるだろう。

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Photo by Precious Plastic Community
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:28| ブログ?

2022年02月05日

プラごみごみごみ

プラスチックというものはありとあらゆるものに使われている。

軽さや腐りにくさ、なにより用途にあわせてやすく大量生産が可能なことから、それまで紙や木や繊維、ガラスや陶器だったものがプラスチックに置き換えられていった。

そんな奇跡のような物質だったプラスチックが世界で大問題になってきている。

海に流れ込んでいるプラスチックは毎年910万トンで2050年までには、なんと海での魚の数よりもプラスチックごみの数のほうが多くなってしまうのだとか。

それらは長年のうちに砕けて5ミリ以下の“マイクロプラスチック”となってプランクトンや魚の体内へ、その魚は人間の体内へ。

それでは魚を食べなければいいかというと、海中で細かく砕けたプラスチックは雨によって内陸の山に降り飲み水にも含まれるようになっているという。

わたしたちは毎週、クレジットカード1枚ぶんに相当する5グラムのプラスチックを飲んだり食べたりしている。

子どもたちのためになんとかしなければ・・・

ハワイとアメリカのあいだには日本の約4倍の面積の海域にわたってごみが流されて集まる“太平洋ゴミベルト”があって、そこのごみを集めて分析したら書かれている文字の3割が日本語だったという。

日本は世界で2番目にプラスチックを廃棄している国として責任を感じなければいけない。ちなみに1位はアメリカ。

日本はいままで中国にプラスチックもふくめてごみを輸出していた。2018年に中国が輸入禁止にしてから、今度は東南アジアの各国に押し付けていた。その各国も自国のごみで手一杯、続々とごみの輸入をやめてしまった。

日本国内でなんとかするしかないごみの問題・・・

毎日毎日、生きているだけで出てきてしまうごみ、ごみ。ごみを生み出さないと生きていけない人類。

逃れることのできない宿命のようなものなのか。

人間をごみのような存在と考えたり自負したりする舞踏家からでした。

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いま娘がプラスチックについて勉強している。マイクロプラスチックが腸内に蓄積した魚の稚魚。Photo by oona lonnstedt, BBC News.

参照・引用:2018/9/13 Yahoo! ニュース / 2018年9月2日 朝日新聞 / 2020年3月29日 毎日新聞 “今週の本棚”『脱プラスチックへの挑戦』持続可能な地球と世界ビジネスへの潮流 堅逹京子、NHK BS1スペシャル取材班著 / Wikipedia. ナショナルジオグラフィック
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:24| ブログ?

2022年02月04日

唯一無二のあほ

むかしから“あほ”になる修業をつづけているが、まだまだあほになりきれません。

関東なら”ばか“ですね。

鉄割アルバトロスケットでは“馬鹿舞妓”という演目で終わるのが恒例のようになってますが、観た後輩が「このひとたちは本当は馬鹿ではないのにばかなふりをしている。何故だろう?」と感想を漏らしていた。

何故そんなことをするのか。

舞踏は舞台上で頭のおかしいふりをしたり気が狂っているふりをする。そしてそれを価値観のバロメーターにしたりする。「まだまだ普通だし、常識的だなあ」とつくり直す。

何故そんなことをするのか。

しかしわざとらしさがあってはいけません。本当に気が狂ってると思わせないといけない。

なので本物さんが舞台に立つと喰われたりしてしまう。これはむかしからままあることで「あっちは本物だから」という言い訳はよく聞く。

舞踏家は「あたまが良すぎてはダメだが、あほすぎてもなれない」と言われている。知性が必要だともされていて、じぶんも若い頃はとにかく猛烈に本を読んだ。

創始者、土方巽は高卒。

しかし圧倒的な読書家で、当時の知の最高峰、埴谷雄高や澁澤龍彦、三島由紀夫といったかたたちを翻弄してしまうぐらいにあたまのキレるかただった。

反面そういうインテリたちが及びもつかないぐらいの狂気を持ちあわせた危険な雰囲気を纏った不良で、最高のあほでもあった。

知的だけど不良で常人の想像を絶するような馬鹿なことをする。

ヒロポンやってすごいスピードで本を何冊も読んでたとか急に暴れだして場をめちゃめちゃにしたとか、深夜に弟子たちを呼び出して稽古したとか晩年はまったく踊らなくなったとかとか伝説や神話が沢山のこっている。

それらを真似して追いかけてるひとがいるが格好わるい。

自分はじふんと唯一無二のあほの道をあるくのです。

テニスコーツの名曲『光輪』の映像に馬鹿舞伎がうつっている。アイデアとiphone撮影:植野隆司
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:18| ブログ?

2022年02月03日

僕自身にとっては肉体こそが自我といえる

石原慎太郎さんが亡くなられました。

一橋大学在学中に書いた『太陽の季節』が芥川賞を受賞。映画化され、たちまち時代の寵児になる。

「僕は芥川賞をとって有名になったんじゃない、俺のおかげで芥川賞は有名になった。」

選考委員をながくつとめて辛辣な選評に賛否両論あったそうだけど、戌井君はじめての芥川賞候補作の『まずいスープ』は誉めていていいことを言っていた。

慎太郎カットなどと呼ばれて不良の兄貴分だったのが、いつのまにか保守的な政治家となりグレた若者を取り締まる側にまわっていた。偉大な作家ではあるけれど広島長崎オリンピックをつぶして東京オリンピックにしたとか政治家としてはいまいちな印象。

友達の江藤淳も「プロの政治家の凄みや泥臭さが欠如している偉大なアマチュア」と評していた。

政治家としてはいいこともわるいこともしたが『自主憲法制定』に信念を持っていた。たしかに石原さんがつかうこの表現は憲法改正ということばよりも説得力をもっている。

「平和を愛する諸国民の公正と審議に信頼して」は、正しくは「公正と審議を」であり「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏からまぬかれ」は「欠乏をまぬかれ」

国家の基本法をただしい日本語に直すことが自主、自立だとことばをたいせつにする作家らしい着眼点。

都知事選に立候補したとき、なにをいうのかと身がまえる報道人に開口いちばん「裕次郎の兄であります」早世した弟への複雑な思いはつねにあった。

じぶんの書いた原作、脚本の映画が大ヒットし主演した弟がどんどん大スターになり羽ばたいていくのを「いささかの屈辱をもって見ていた」「じぶんのほうが男前だと思っていた」とミリオンセラーになった『弟』に書いている。

無意識過剰なひとで、他人から「ああ思われはしないか、こう言われるのではないか」とまったく考えないひとだったそうです。

じぶんを突きうごかすのは結局、人生にたいする好奇心だと晩年くちにしていた。

享年89歳。

合掌

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一ヶ月ぶりにクラブキャメルオープン。

参照・引用:2022年2月2日 読売新聞、産経新聞、毎日新聞、朝日新聞、神戸新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:31| ブログ?

2022年02月02日

たきかべころんとひとちがい

淡路島に帰ってきました。

相変わらずかわいいお隣の旅館の飼い犬“たき”にまずはあいさつ。

猫もかわいいが、犬にも癒される。

ずーっと吠えていて、つながれているのに走っていこうとして、ビンとなるところが子どもの頃に飼っていたあほいぬ、ちょびにそっくり。

そんなたきと顔をあわせるたびに話しかける。わかっているのかわかってないのかわからないけれど、きょとんとした表情に微笑まされる。

いつかデュ社本拠地でも犬を飼いたい。

そんなたきと我が家を分断する壁があいだに立っている。彼とじぶんは南北に隔てられて触れることもできない。
「ああ、たきよ。」

抱きしめてぎゅっとしたい、近寄って撫ぜまわしたい。首のところのふさふさの毛を乱暴にがしがしやりたい。

壁、かべ、そそりたつカベ、東西を分断していていまは南北を分断する壁。人類はたくさんの壁を壊してきたが、あらわれた壁をどう乗り越えていくか。

たたかわずに回り込むなんていう方法もあって、西側の玄関から入ればタキに触れることができる。

反対側のお隣のいじわるばあさんも犬を飼っている。

名前は“ころん”。子どもの頃に「ころんころん」してたからだとか。

亡くなった祖母と仲が悪かったとか噂のあるいじわるばあさんだが、じぶんとは相性がいいようで道で会っても挨拶をかわす。笑顔のかわいい愛嬌のある田舎のおばちゃんてな感じで、噂ほど悪いひとには思えない。

姐さんがたからよくない噂をたくさん聞くけれど、先入観を捨ててじぶんの感覚でつき合わないといけないと思う今日、このごろ。

そんなふうに考えていて朝、道で会ったので元気よくあいさつ。都志では新入り、道で会う地元のかたにはかならず挨拶するようにしている。

「そういえばいじわるばあさんにはしてなかったな」とあらためまして自己紹介。

そのまま立ち話しをしてたら『お多福』という近所の料理屋の女将さんで、かんぜんにひとちがいをしていたのでした。

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2階の窓から見えるたきをクロッキー。すぐうごくからむずい。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:54| ブログ?

2022年02月01日

鉄ストトロアケッバル割

昨日は鉄割アルバトロスケットメンバー、俳優、古澤裕介の誕生日だった。

古澤くん元気かな。最近はテレビも映画も観ないのでわからないけど活躍してるのか。

公演があればなあ、近況を聞いたりできるのに。この騒動でもう3年も東京で公演をやれてない鉄割・・・

鉄割と出会ったのは、1998年の風煉ダンス公演『悪漢』の顔合わせのときだった。

なんだかくらい雰囲気の若ものたちとおんなじ机になって「なんなんだろうこのひとたちは」と思っていた。ひとり大声で喋っているやつがいて完全にリーダーだと思ってたら、それはフロントマンの渡部真一だった。

じぶんが30歳でみんなはまだ20代だったのか。

そのあとだんだん親しくなって公演中に抜け出して一緒にお酒をのんだり、夜通し映画の話しをしたりと仲良くなった。

鉄割とらくだかんの何人かでシーンのアイデアをかんがえて座長の笠原さんにやってみせたら、あきれられてボツにされたこともあった。

ある日、戌井くんから電話がかかってきて一緒にやるようになって、それが1999年だった。

それから20年以上いろんなことがあったけれど、どんなに売れようが人気がでようが年をとろうがやっていることは変わらないので素晴らしい。

本拠地は下町根津の宮永会館だが、なかなか借りれなかったりキャパの問題で出張している。

むかしは幕があいたら客席がガラガラでお客さんが寝転がって観ているなんてこともあったけれど、いまはスズナリがパンパンになるほどの大人気。

戌井昭人のことばのかずかずが観客を爆笑につぐ爆笑させるものなあ。小松政夫さんいうところのコントのギャグがこれでもかこれでもかと連発されるのでラストのほうはもう、観客もキャストもへとへと。

あんなにくだらないことをよく思いつく、ほんとうにとんでもない想像力です。

いつまでたっても阿呆なことをやりつづける。ヨボヨボのおじいさんになってもいい加減で適当に馬鹿をやりつづけたい。

そんなことを考えながらつぎをたのしみに待つのです。

あー、はやくやりたいなあ・・・

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鉄割アルバトロスケットの文字がどこかに・・・
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:33| ブログ?