2022年01月31日

豊穣なる舞踊の世界

シアターカイへとついたら消毒、検温と厳重。

まえの組が稽古しているので、そーっと入ります。

高澤和歌子さんの番になったら30分しか待ち時間がないので、急ぎ足ですすめます。いちど通していい感じだったが彼女じしんが好き嫌いをはっきり持っておられて感心する。

そのあと全体のゲネプロがはじまったが、いちいち振付家とタイトルをアナウンスするので「それいるか」と思う。『神話をおどる』とか言われるとそういうふうにしかみえなくなる。

説明はなるべく少ないほうが観るものの想像力は刺激される。

通しを観ながらなんども「踊りっていいなあ」と感じる。いわゆる創作ダンスの発表会というやつだが、踊りたいという気持ちがびしびし伝わってきて楽しかった。

高澤さんの踊りはさすが本番、いままででいちばんよかった。

そのあとの若い女性4人組みのおどりを観ていたら涙がとまらなくて恥ずかしい。

最初に4人でたのしげに軽やかにユニゾンを踊ったら曲が転調して雰囲気が変わる。あきらかに不穏な空気がながれてみんな耳をふさぎはじめる。

戦争で犠牲になるのは子どもたちとそして女性。戦争をやるのは勝手だけど殺しあいはじぶんたちだけでやってくれ。

本番もやはり観ていて涙が止まらなくて困った。

ダンスマスターが肌の色が濃い感じの女の子で衣裳が赤と黄色とみどりでかっこよくて、だんだんほかのダンサーの衣裳も国旗にみえてくる。

彼女は本番後にアルビン・エイリーのTシャツを着ていた。アルビンさんは有名な黒人の振付家で日本に何度も来日している。

ほかにもおもしろい作品がたくさんあってびっくり、素敵なダンサーもたくさんいて淡路島に連れて帰りたくなった。

舞台は一期一会、その瞬間にそこにいないと体験できない再現不能な芸術。

ずーっと20年以上、公演の案内を頂いていたが、いったことはなかった。食わず嫌いで敬遠していた。今回の仕事で土方巽を生みだした舞踊というものをあらためて学ばせてもらった。

高澤さん、ありがとうございました。

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『国旗のような』
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2022年01月30日

わたしたちこのあといつまでワクチン打ちつづけなきゃいけないの?

本日は舞踊家、高澤和歌子さんの本番。

朝から両国にあるシアターカイへ。

出発前に抗原検査をする。

体調すこぶるよしで熱なし、咳なし、喉痛なし。なのになぜ検査などしなければならないのか首をひねる。いくらするのか知らないけれどもったいない。なにをしてるんだかなあ。

今回のおみくろんとかいうのはかかってもほとんど軽症で症状がでても熱がでて鼻水がでるだけ・・・って風邪やん。

コロナウィルスは変異するたびに免疫を回避する能力が増して増殖力も強まっているが、毒性は確実に弱くなっている。実際に先進国のオミクロン株感染状況をながめても重症者数はデルタ株にくらべたら低い水準で安定的に推移している。

そう考えるといっこくもはやく感染対策の強度をインフルエンザなみの5類にゆるめ、コロナウィルスとの共生関係に入らなければならない。

あらたな変異株があらわれたとしても重症化率は低いのだからワクチン接種の対象を重症化リスクのあるひとに絞ることができ、新規感染者数に振り回されることなく飲食店への時短要請なども必要がなくなる。

そして全国どこの病院でも、あたりまえの病気のように扱えるようになるのです。

検査の結果は陰性。

なので電車の中でも堂々とマスクをしません。電車はまあまあの混み具合でふたり座ってる間に座らせてもらう。

マスクをするしないというのは親密さに関係があるのだと思う。親子だと家の中ではしないでしょう。3世帯家族とかだとジジババはマスクをしてるなんてこともあるかもしれない。

大相撲を観ていると下に座る審判の親方たちがマスクをしてなくて感心する。命懸けで闘う力士たちを見上げるじぶんたちもなにがあってもいいとかんがえているのでマスクなんてしない。

行司や呼び出しさんもマスクをしてなくてかっこいいなあと思う。

「仕事中にマスクなんてできるかいな」そう都志の職人さんたちは笑う。

それでいいのだと思う。

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力士がマスクをして取り組みをやったら一瞬でとれてなんの意味もないだろうな。日比野克彦さん風の壁にらくがき。

参照・引用::週間プレイボーイ『俺たちこの後いつまでワクチン打ち続けなきゃいけないの?』
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2022年01月29日

すべてを疑うことで、きっと

舞踏の古臭さというかカビ臭さってのは何なんだろう?

みもふたもないいま風のいいかたをすれば「ダサい」

ググっても悲しくなるようなサイトしか出てこない・・・とか思っていま調べてみたら検索トップに古巣、大駱駝艦がでてきてさすが。川本夕子さんもがんばっているなあ。

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土方巽 撮影:深瀬昌久

舞踏の創始者、土方巽はとにかく格好が良かった。

じつはそこが重要だったりするのではないのかと思う。ソリッドというか、クールというか、何なんだろうあの纏っている雰囲気は?超一流のターレントでもあった。

師匠が『徹子の部屋』に出たときは、黒柳さんが土方巽のファンなものだから麿さんのことより土方さんの話しばかりで「おいおい」となった。

それぐらいに人気があった。笠井さんによると「目をいじっていた」らしいけれど格好を気にしていたことを物語る逸話。

土方巽は、写真もすべてが絵になっている。兄弟子の村松卓矢も写真うつりは抜群だが計算をしていた。ひとつのポーズが絵になるようにうごく。

室伏鴻も詩人で理論派だけど、とにかく格好いい。

麿さんは最後は勘とセンスだといっている。師匠のセンスは想像外で、えーっ。というイメージがたくさん出てくる。そんなひとを師匠にもって20年近くも側にいて目の当たりにしておどりを盗んでいたのだから幸せものです。

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室伏鴻ソロ公演“quick silver”より。

土方巽は韜晦のひとだからことばがややこしい。

土方さんの言葉がわかりにくいのは意味から逃れるため。それを真似してしまったら単なるわかりにくい文章になるだけ。

ややこしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをおもしろく おもしろいをていねいに ていねいを豪快に 豪快を感動的に 感動を笑いに 笑いを狂気にまでたかめて 突き抜けろ

“これでいいのだ”というはちまきをあたまに巻いて、己れのふるいこりかたまった考えと常に向きあうのです。

すべてを疑うことで、きっとちがうものが見つかるでしょう。

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いいわあ。撮影:阿波根治
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2022年01月28日

プラごみについて

帰りたいがかえれない淡路島。

うつくしい都志の海岸や砂浜には大量にプラスチックごみが打ち上げられ景観を汚している。

このプラごみによる海洋汚染は世界的に深刻な問題。

波打際に流れ着いてぷかぷかといつまでも漂っている。ペットボトル、マヨネーズのボトル、ケチャップのボトル、発泡スチロールの食品トレーやビニール袋、etc...etc...

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ケニア・ワタミュビーチに打ち寄せられたプラスチックごみ。photo by WWF.

ペットボトルは自然分解されるまでになんと400年かかるとか。(WWFジャパン,2018/10/26)

メラミンの“激落ち”はだんだんバラバラになって小さくなって魚の体内に入って、それをまた人類が口に入れるというのでさらなる問題になっている。http://musashino.seikatsusha.me/blog/2016/10/16/6009/

いちばん問題なのは使い捨てでリサイクル不能なプラスチック製品。これらをどう減らして無くしていくか。

2億7500万トン。これが世界中で年間に生み出されたプラスチックごみの重さ。(2010年)

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地球を汚染し続ける人類といういきもの。

そのうち480万から1270万トン(中間値は800万トン)が海に入りこみ、海洋ごみになったと推定されている。Jambeck et al. 2015

ちなみに800万トンってのは、重さにしてジャンボジェット5万機相当。(WWFジャパン,2018/10/26)

「水に濡れても大丈夫というプラスチックの特性を生かしつつ自然分解のスピードが速くてしかも環境に優しい。そんなプラスチックに変わるものを優秀ないまの人類なら簡単に発明できそう」とか思って調べていたら・・・カネカのプラスチック、「微生物が分解」と国際認証

プラスチックでなくてもいいものは身の回りに沢山ある。卵のパックは紙に変えればいいしお米の袋も紙でいいしストローにカップ、etc...etc...

プラスチックというのはとにかく便利で「べんりべんり」と何でもかんでもプラになって溢れてしまい制御できなくなってしまった。

人類の意識を変えるしかないが大人になってしまうとなかなか考えを変えるのは難しい。

なので、まだあたまが柔らかい子どもの頃から意識をしっかりとつくっていく。

そのためには教育あるのみなのです。

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こちらハワイ島カミロビーチ。 Photo: Kajiwara Mizuho.
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2022年01月27日

ぶとう、ブトウ

『舞踏』というものをなりわいにしようと悪戦苦闘しております。

Butohは日本で生まれた舞台芸術です。

1959年に土方巽と大野慶人のふたりによって三島由紀夫原作の『禁色』が発表されてスキャンダルを巻き起こした。「これをもって舞踏元年とする」と評論の大家、おんとし99歳の合田成男先生が仰っている。

生まれてから、まだ60年しか経っていない。

能が猿楽として歴史にあらわれてから約1000年、歌舞伎の出雲阿国が四条河原でおどりはじめてから約500年。それらとくらべるとまだまだ生まれたての赤ん坊のようなもの。認知度が皆無で、マイナーであっても仕方がない。

大野一雄という大天才と土方巽という大天才が出会って、まるで核融合のように誕生して一大ムーブメントをかたちづくった舞踏。

知的で不良の雰囲気をまとうそれは格好がよく、またたく間に鋭敏な若もの達や知識人たちに熱狂的に受け容れられた。

速くはやくとスピードを上げていく時代に、逆にゆっくりとうごくことを良しとした。ただそれだけのことで、肉体がよく見えるのだから不思議。

高くたかくと上を目指しついには月までいった時代に、逆に低くひくくと地を這うようにうごくことを良しとした。日本人には西洋的な飛翔は似合わない。

日本国内ではマイナーだが、世界へと目を向けると南米では大げさではなく「"BUTOH"にこそ舞台芸術の未来がある」とばかりに若いアーティストがワークショップに殺到する。

なぜか?

やはりその時代のアンチの気分というか反逆性にアッピールされるようです。まずは疑うという魂。こんな時代でいいのか?ほんとうか?本当にそうか?

常に疑いそのものも疑う「舞踏を忘れろ」は舞踏家の合言葉。

まだまだなんだかよくわからない、得体の知れない舞踏。

とかブトウぶとう、うるさい。なんか古臭いのだよな。“舞踏”という言葉にまとわりついてしまった厄介なイメージ。

そこを何とかしないと、日の目を見ることは出来ないのかもしれない。

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上、土方巽。下、大野一雄。ふたりの舞台上での存在の仕方のちがいがとても興味深い。写真:細江英公
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2022年01月26日

燃えるごみ

手に入れて、捨てる時代が終わりを告げようとしています。

Reduce(リデュース)Reuse(リユース)Recycle(リサイクル)

ごみを出さないようにするための3R。

まずは、Reduce。

ごみをつくり出さない工夫・・・持続可能な一生、使えるものを選びたい。良いものほど長く使える。使い捨てをやめる、詰め替え製品を選ぶ、etc...etc...

つぎに、Reuse。

捨てるまえに再利用できるか考えてみる。着れなくなった服を何かにつくりかえる。タオルなんかだったら最後は雑巾にして使う、etc...etc...

そして、Recycle。

どうしても再利用できない場合に分別して外へ出す。分ければ資源、混ぜればごみ。

ごみか・・・

舞踏家はいってみればごみのような役に立たない無駄な存在で、ごみのような存在を標榜しているところもある。役に立たなければ立たないほど良しとする、無駄であればあるほど良しとするこころもある。

ミシガン大学でエリック・サントスとつくった兄弟子、若林淳のソロはアメリカのどでかいごみ箱にドロドロの液体と入っている踊りだったけれど、舞踏の思想そのものでおもしろかった。

人間を燃えるごみのような存在と位置づける自嘲も感じた。

「がたがた偉そうにいったところで、そもそもがひとなんて燃えるごみ」

兄弟子、村松卓矢の『どぶ』という傑作にもそんな思想を感じた。ごみのいき着くところで掃き溜めのような場所“どぶ”を舞台に持ってくる思考。ひとの流れつく場所ともいえるのか。

「どぶのような存在、人間」

そんな自嘲も感じる。

そもそも土方巽が「突っ立った死体」と口にするぐらいに、役に立たない権化を舞踏の理想としていた。ひとなんて所詮、ごみのような存在なんだということをあらためて自覚して生きていく。

そうして今年も人間の業のかたまり“ごみ”をなるべく出さないようにスリムに生活したいと思うのでした。

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『どぶ』より。Photo by Junichi Matsuda. This imege come from CoRich web site.
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2022年01月25日

舞踏でたべさせていただく

舞踏家のリアルで切実な問題とは。

「食べられない、仕事がない」「何故か?」「需要がない」「何故か?」「マイナーだから」「では何故マイナーか?メジャーになれない理由とは何か?」

最初は俳句も落語もそれで食べさせてもらうなんて狂気の沙汰。どうやって社会的に存在意義を得たのか・・・

芭蕉のように教えをやめるとか、ワークショップをやめるという選択がある。いっぽうで夏井さんのように教えをやりながら、俳句のタネをまくなんていう考え方もある。

小説家の誰だったか忘れたが講演会はやらないというひとがいた。理由は安易な楽なほうへと流れないように気をつけているから。

確かにワークショップで30万稼ぐのはすぐに出来てしまうが、公演で30万稼ぐのは至難のわざ。

何ヶ月も準備して時間をかけ労力をかけお金をかけて、数日間は朝から晩まで劇場につめて死に物狂いで作品を創るのは当たりまえ。

その上で自主公演だったらあらゆる手段を駆使してスタッフにギャラを渡して出演者にもギャラを渡して、それでもしも手元に30万残ったら大成功。

いま日本の活動だけで食べているひとはいるのか・・・

田中泯さんは舞踏出身だが自分のことは舞踏家とは呼ばないとか。

“田中泯は「舞踏家」ではありません。人類発生から現代に至るまでの全ての『ダンス』に敬意の念を抱く当人の想いから『ダンサー』もしくは『舞踊家』と表示くださるようお願い申し上げます。” Min Tanaka Official Web Site より。

売れているかたがこういう態度を取りたくなる現状が、まさに舞踏というものを象徴しているように思う。ことを難しくしたのは創始者の土方巽。

韜晦のひとで意味から逃れつづけ、ひとの目をくらませることに終始した。そうして無自覚に舞踏という言葉をつかってしまうことを軽蔑するような雰囲気が生まれた。

こんな状況では舞踏というものがメジャーになるなんて当分はむずかしいかもしれない・・・

とかマイナーな世界でがたがたやってたって仕方ない。

まったく関係なく自分はじぶんと活動をしていこう。

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舞踏家、向雲太郎(ぶとうか、むかいくもたろう)
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2022年01月24日

ふしぎ、ひじかた

本日は舞踊家、高澤和歌子さんの舞台稽古へ。

会場のシアターカイはひさしぶり。

どんな感じだったか忘れたので雰囲気を確認するため早めにでる。

電車はまあまあの混み具合で、さすがにもうノーマスクで電車に乗るのは憚れる。メガネがくもるし息苦しいし臭いし面倒だし鬱陶しいので大嫌いだが、しかたない。

みなさん行儀よくきちんとマスクをしてえらいなあ。こちらまわりにひとがいなくなったらすぐにはずす。途中でなんどかせきが出そうになって慌ててマスクシマス。

会場がある両国へついたら国技館とは反対のほうへ。いまは大相撲初場所のまっ最中なので、力士がうろうろしてるだろうから、残念。

相撲は御嶽海が千秋楽に横綱、照ノ富士をたおし優勝、文句なし。とうとう大関になれるようでよかった。

シアターカイについたらほかのひとの舞台稽古を拝見。「もったいないなあ、あーしたほうが、こうしたほうがいいのに」とか思いながら、途中うとうとしたりしてたら高澤さんの番がやってくる。

時間がたったの20分しかないので説明をしたらすぐに通しをする。

5組目だったが、若くてよくうごくひとたちや容姿端麗のかたやいろんなひとがいたけれど、高澤さんのおどりがいちばんおもしろくて不思議。

もちろん振付もあるが、なにをどうおどるかよりもそのひとがどんな人間なのかが赤裸々に見えるのが舞台上。歴史ある「シアターカイの亡霊たちに圧倒された」というようなことをあとで口にしていたので、へえ。

本番ではその亡霊たちを味方につけていきましょう。

照明の女性に「おもしろかったです、わたし好きです」と感想をもらってよし。照明のアイデアももらって頼もしい。

終了後につぎの日、1月21日は舞踏のパイオニア、土方巽の命日だと高澤さんに教えてもらう。

へえ、そうなんだ。

ありがとうございます。

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舞踏の創始者、土方巽(ひじかたたつみ) This image come from Google.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:35| ブログ?

2022年01月23日

Happy birthday to master maestro Maro

本日は師匠である麿赤兒の1億79回目の誕生日。

「おめでとうございます」

麿さんのエピソードはおもしろいのが数かぎりなくあるが、オカルティックというかスピリチュアルというか不思議な話も多い・・・

まだ子どもの頃に、海で泳いでいた。

海があるということは、石川県にいた頃だな。結構、沖まで泳いでさて帰ろうかと思ったら足がつった。海で足がつるのはとても危険、というかほぼ助からない。泳げなくなり溺れてしまう。

麿少年も溺れてしまい大ピンチ。

ここで師匠は気絶した。「気絶するのが癖なんじゃ」とは師匠のことばだが、どんな癖や。

つぎの瞬間に魚たちと泳いでいた。気持ち良くのんびりと、大らかにのびのびと。そのつぎの瞬間「あれ、このひとは・・・」隣で泳ぐ陽に焼けたひとりの青年の姿が。

つぎに気づいたとき、砂浜で横になり水を吐き戻していた。知り合いの漁師に運良く助けられたのだった。

このとき、麿さん「魚になって海のなかを泳いでた」そうです。

あるとき、友だちと木登りをしていた。

相当、高くて10メートル以上はあったとか。電信柱が9メートルなのでそれ以上、落ちたらかくじつに死にます。

ここで、師匠は足を踏み外して落下してしまう。「絶体絶命のピンチ!」と、気絶。

「真っ逆さまに落下したと思ったらくるっと一回転して、足からまっすぐに着地してストンと何事もなかったように倒れてた」というのは見ていた友だちの証言。

駆けよって揺りうごかすと麿少年は目を覚ました。奇跡のようにまったくの無傷。

このとき、麿さん「鳥になって空を飛んでた」そうです。

普段も「さっき見たことない奴が事務所にいたな」とか「あっUFO」とか普通に口にする。たぶん常人とは違う次元のところで生きている。

作品も想像を絶するものばかりで、いまはなにに興味があるのだろう?たずねると「最近、自然がわしの真似をするからちょっと裏切ってやろうと思ってるんだ。」

とか平気で答えたりする。

あー、久しぶりにお会いしたいなあ。

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こんなイメージか。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:56| ブログ?

2022年01月22日

田舎と都会

淡路島にいるとスマホなんて触りません。

もっとおもしろい刺激的なことがまわりの大自然のなかに満ち溢れているからです。

いまはカニ味噌がうまいモズクガニがとれるので河口へといって採取に忙しい。庭では野生化したワイルド菜の花が冬でも青々としていてサンドイッチにしたり、バターで炒めて焼いた餅とあわせると絶品。

目を楽しませてくれる水仙も咲きはじめている。

晴れていて風が弱いとまるで春のような陽気なので、すぐに外へと出かけたくなる。

だれもいないビーチへいくと狭くなったこころが洗われる。見渡すかぎりのおだやかな播磨灘に気持ちもかぎりなくおだやかになる・・・

山手線に乗った瞬間にそんな淡路島に帰りたくなる。

誰もとなりにいるひとに興味をもたずに全員がおなじようにマスクをしてスマホのなかだけを見ている。

コンクリートとアスファルトにかこまれた都会で鉄のかたまりに乗って運ばれたりしていると、退屈でたいくつで死にそうになり寝るかスマホのなかに救いをもとめるしかないあたりまえ。

電車のなかに楽しそうなひとなんて1人もいない みんなイヤイヤ会社へといき がっこうへいく みんなしかめっつらをしながら 地獄で暮らしている

コンクリートでできた不自然な場所に寄せ集められ、まわりにみどりがまったくないなんていう異常な状態で生活させられているのだから、病んでしまうのはしかたない。

ほんとうによくこんなところで生きていたと、淡路島での暮らしを知ってしまうともうもとへは戻れない。みどりのなかで暮らすほうが生活が豊かなのはこうなってきたらひとつのこたえだとさとる。

東京のかかったひとの人数が増えてきたと、またまたまたまた、また騒いでいる。

それもこれも密集、密接といういま流行りの状態にあるから。

ひとは密集、密接せずに暮らしたほうが安全だし、気持ちがいいし、しあわせなのは当然のことなのです。

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だいぶんまえに模写した因島のはっさくゼリーのキャラクター。
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2022年01月21日

楽しくてたのしくて

朝日新聞で作曲家の池辺晋一郎さんのいきざまが連載されていた。

「東京芸大に入ったときに作曲の授業が楽しくてたのしくて仕方がなかった」と仰っていた。

話しを読んでいて大駱駝艦のワークショップに通っていた頃、まだ入団したてのときのことを思いだした。

あの頃はやることなすことすべてたのしかった。まず、からだのうごかなさにびっくりして、それがうごくようになるのがまた、おもしろかった。

すいすいなんでもできていたら、こんなにものめり込まなかったかもしれない。

だいたいみんな学生の時代に大駱駝艦に出会って活動を開始。26、27歳ぐらいで「この先こんなことをやっていて大丈夫なのだろうか?食べていけるのだろうか?」と疑問を抱いてやめてしまう。

そんな26のときにラクダカンに出会ったので、はじめたときにすでにやめ時を逸していた。

からだをイメージでうごかすというのも楽しかった。どれほど忠実に嘘のないようにからだをうごかすか。

目のまえにガラスがあってそれを触る。

パントマイムがそのへんは凄くうまいけれど、そうではないひとは手が平行になってなかったりとか一目瞭然。

それを舞踏では「でこぼこの壁を触ってる」とイメージを飛翔させていく。「あたまだけ吊られている」ということは、ほかの部分はダラリと垂れ下がっていないと不自然。

そんなことを先輩たちは舞台上でもやっていることを知る。

ただ振り付けられてうごいているのではないことを知ったときは、まるで秘密を教えてもらったようで興奮した。

とか考えていたら子どもの頃のことも思い出した。

絵を描くのが楽しくてたのしくて、なにかのためとか勉強とかではなく、ただただ描きたいものをかきたいように描くよろこびに満ち溢れていた。

朝起きたらまだ暗いうちからこたつにもぐり込み、寝転んで絵を描く。好きなように好きなものをかく。

朝から晩まで絵を描いて過ごしていた。

最近、また絵をえがくようになったが20代のときのように「これで絶対に食ってやる」なんていう下心がないので気楽なのです。

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らくがきにコラージュ。
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2022年01月20日

エッセイのような作文について

今年で4年目になるこの『ブログ?』

“ブログ (blog) は、World Wide Web上のウェブページに、覚え書きや論評などを記すウェブサイトである” by Wikipedia

覚え書きや論評か。

確かに最近ここへ日々の覚え書きをしるしているので、実際の日記にメモや雑記をあまり書かなくなってしまった。論評は評論家ではないので、なるべくしないようにこころがけている。思ったことや感じたことを嘘がないようにしるす。

しかし、舞踏家として批評精神は大切なので忘れないようにしたい。

批評精神のない表現は、毒にも薬にもならないものになってしまうし同時代性も大事で、これもないとただ能天気なものになってしまう。

嘘がないようにしるしているけれど、たまに小説風のフィクションをしるす。

8月のヒロシマのことについてはわからないことが多いので、文献で調べられる限りはしらべてその上で小説のようにしている。

“ブログとは日記形式のウェブサイトのことです。” by (株)朝日新聞出版発行『パソコンで困ったときに開く本』

日記形式か。

ブログは公開することが前提となるので、プライベートな日記というよりはエッセイに近いのではないのかと思っていた。

日本で有名なブログといえば『ほぼ日刊イトイ新聞』の“今日のダーリン”。これはやはり“糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの”と副題がついている。

エッセイというのはどんなことを書くかよりも誰が書くのかが重要なので、ブログも有名人のもののほうがアクセス数は多い。

エッセイはもともと試行や試験、実験などの意味を含んでいたそうで、はじめてこの言葉を用いたのはフランスの思想家ミシェル・ド・モンテーニュ。そのことばによれば、エッセイとは“自分自身が何者であるかを知ろうとする、思索の試み” だって、いいね。

最近、井上ひさしさんが「じぶんにしか書けないことをじぶんのことばで書き記すのが作文」だと言っている文章を読んで、なるほど。

これは作文だっのだなと納得。

最近はブログ?の能書きにそう記しているのでした。

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“たるたるさん”こと明瀬山が幕下で好調。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:36| ブログ?

2022年01月19日

『ブログ?』について

この『ブログ?』をはじめて今年で4年目です。

サイトの立ち上げは、妻にやってもらった。

Webの仕事をしているので、こころ強くて頼もしい。

最初の立ち上げはやってもらったが、いまは自分自身でやっていてHTMLのソースを直してアップしている。ウェブというのはHTMLという下記のような構文でできている。

<div><span style="font-size: 11pt;">文字を大きくしたり小さくしたりもソースコードでおこなう。</span></div>

でこんなことができる不思議でもあんまりやりすぎると
(ω)_

ースがわかるのは、大駱駝艦時代にウェブサイトをつくっていたから。勝手に立ち上げて毎日しこしことやっていた。

文章は結構、気をつけていて漢字もなるべく読みやすいように、ひらくようにしている。

井上ひさしさんの『私家版日本語文法』によると句読点の決まりというようなものはとくになく、大手新聞社がその規範をつくっているとか。

新聞はカギ括弧の外に丸をつけるが、芥川龍之介や宮沢賢治はカギ括弧の中に丸を入れている。

「べつにどちらでもいい。」

「文章なんて読みやすければいい」。

たまにアップしているイラストは画像編集ソフト“Photoshop”でコントラストを上げて彩度を上げたり、色をつけて加工をしている。それができるのは10代の頃にデザイナーをやっていて、大駱駝艦でもデザインをやっていたおかげさま。

ソースであらわされ、文章と絵と写真とで構成されるウェブログという“媒体・メディア”。

新聞、本、ラジオ、テレビ、映画、そしてインターネットなどの二次元のマスメディアに決定的に欠けるものは“肉体性”だったりする。

なりわいの舞踏では肉体というメディアを駆使する。

リアルな肉体をつかっての表現行為、舞台活動。からだをつかっての表現はたいへんだけれど全存在をかけて他者とかかわれる媒体なので、おもしろさはとてつもない。

『ブログ?』も興味ぶかいけれど、やはり本業の舞台をやりたいのです。

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画用紙に描いたハートを・・・

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Photoshopで増やしたりもできる。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:54| ブログ?

2022年01月18日

むかしばなしから

20代のころに火吹きのアルバイトをした。

練習があると連絡があったが、大駱駝艦の稽古でいけなかった。

つぎの練習に参加したらメンバーが減っていて、理由を聞いたら火傷したひとが出たとかで、どうもガソリンを使ったらしかった。

火吹きは燃料を霧状にして口から吹き出して引火させるパフォーマンスで、燃料はだいたい灯油。灯油は引火性がそんなでもなくて火を近づけても爆発はしない。

いっぽうガソリンは揮発性が高いので近づけなくても爆発する。ガソリンで火吹きをするなんて無茶、責任者が知らなかったのだな。あぶねー。

爆発力が凄まじいので炎の大きさがけた違い、やれたらかっこいいけれどいのちのほうが大事。

映画制作の現場で車を爆発させるシーンがあった。

特効という、そういった特別な仕掛けを担当するプロがいるのでこちらは出演者、遠くから見物。1台の車にガソリンをジャブジャブかけて,2メートルぐらいの木に火をつけた瞬間に大爆発。

特効のかたは吹き飛ばされてた。

沖縄戦で多用された火炎放射器はガソリンを霧状にして火をつけるもので、仕組みは火吹きとおなじ。

大日本帝国への大空襲でつかわれた焼夷弾、別名ナパーム弾はベトベトのガソリンが爆発して飛び散るもの。いちどつくと二度ととれなくて紙や木でできた日本の都市を火の海にして大惨劇をまき起こしつづけた。

その効果に味をしめたアメリカ軍はベトナムでも無差別攻撃に使用、無数の犠牲者がでた。人間は残酷なことを考える。

そんな武器にもなる危険物、ガソリンだが、よく考えてみたら灯油もおなじように武器になる。

刃物に車にガソリンに灯油・・・

ひとのいのちを奪う可能性のあるものが、誰でも手にはいる状況にあってはならない。

せめて子どもたちのまわりにはないようにしたいものです。

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posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 13:05| ブログ?

2022年01月17日

じぶんを許してあげなさい

阪神淡路大震災から27年。

光陰矢のごとし、早いものです。

1995年1月17日午前5時46分、観測史上最大の巨大地震が阪神淡路地方をおそう。

東京にいたが、どんどん増える死者の数を単なる数字としてショッキングに扱うメディアに腹をたてていたのを覚えている。

亡くなった6434人のひとりひとりに、家族があって家庭があって恋人がいて友人がいて人生があった。さまざまな別れの数々・・・そのなかでも子どもとの別れほどつらいものはない。

高井ちずさんは、当時1歳半だった将君を失った。

帰省中に地震が発生。西宮の実家は全壊し、将君は倒れてきたタンスの下敷きになってしまった。運ばれた病院で懸命に心臓マッサージをつづけたが、将君のからだはどんどん冷たくなっていった。

息子を助けてやれなかったじぶんを責め「飛び降りたら死ねるかな」と思いつめる毎日。

あるとき、生き残った長女が「しょうくんとわたし、じしんでどっちがしんだらよかった?」と聞いてきた。

娘を悲しい気持ちにさせていたじぶんに気づき、それ以来ちずさんは、なるべく笑顔を見せて生きていこうとこころに決めたという。

森本由美さんは、当時1歳1ヶ月だった武史君を失った。

灘区の由美さんの家は2階部分が崩落、1階の部屋にいた由美さんは奇跡的に隙間にからだがはさまり助かった。助け出された彼女は「息子は?息子は大丈夫ですか?」何度もなんどもまわりに確認するが、みんな黙ったままだった。

武史君に外傷はなかった。

病院やそのあとに運ばれた遺体安置所では、武史君のきれいな顔をみて「かわいい赤ちゃんやねえ」とみんなが声をかけてくれたという。

誰かを亡くしてじぶんだけが生き残るという災害や戦争で起こる悲劇。

井上ひさしさんの名作『父と暮らして』は、広島の原爆で助けられなかった父親や同級生にすまないとじぶんを責めながら生きる娘さんのお話だった。

なぜ、じぶんだけ生き残ってしまったのか・・・

井上さんは、自問自答する娘に亡くなった父の亡霊という存在を与えて、対話し励ましときに激怒しながらこころをなぐさめ癒していく。

亡くなったひとは、もうこの世にいないのではない。

わたしたちは、ふり返ればいつでも彼らがいる世界に生きているのだ。

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1995年1月17日に淡路島でうまれた照強関が今日も祈りを込めて土俵へむかう。宮武祐希撮影、毎日新聞社

参照・引用:2020年1月17日 毎日新聞、朝日新聞
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2022年01月15日

じぶんでやらないというたいせつなこと

文化庁AFFの報告書に不備があったと連絡がとどく。

なんと請求書の日付が3枚も事業の実施期間外だった。

ひとのつくるものを集めるのは大変だが、それが間違っていないかどうかのチェックがあまかった。

請求書の日付なんてそんなに重要ではない気がするが、そんなことでもうその請求書はつかえないのだという。単純に日付をなおせばいいように思うが、それをすると違法になって5年以下の懲役、100万以下の罰金になると最初に脅される。

法令で認められた訂正方法がないのか、文化庁の下請けの担当に電話するが「わからないのでメールで問い合わせろ」と言われてすぐに連絡するが、いまだ返事なし。

まちがいなんて誰にもあるし、請求書のなおし方なんてありそうだがわからない。

3人分の報酬、30万以上をじぶんが負担しなければならないかもしれないので慌てふためく。

「とことんこういうことが向いていないなあ」とこころの底から感じる。「本当のほんとうにもうやめよう」と、じぶんに対する怒りがおさまらない。

また借金をかぶるのかとうんざりした気持ちがやってくる。

腹がたってはらがたって叫びだして、あたりのものをめちゃめちゃに壊してまわりたい衝動が湧きあがるが妻に迷惑なので肚におさめていく。もうなにもかもが嫌になって「今年はなにもやらないぞ」と新年からこころに誓う。

絶望感すら湧いてくるが、師匠のことがあたまにうかび「麿さんが背負っていた借金に比べれば大したことないか」と気がすこし楽になる。

「助成金に頼らず独立独歩でやれるように今年から本気でうごくぞ」と思うが「いやうごかないほうがいいのだ。」

じぶんでなんとかしようと思うからこんなことになってしまう。なにもするな、なにもやるな。

つぎの日、いまつかっていない請求書をかわりに計上すればいいだけだと気づく。

そんなことも専門外だから、すぐにはわからなかったりする。

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「各日程の公演にて有観客の開催であったことの確認ができる写真をそれぞれご提出ください」
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2022年01月14日

50周年記念第二弾

ほんじつはこんにゃく座の50周年記念コンサートへ。

開演前に白神ももこさんに会ったので切手を貼り忘れて戻ってきた年賀状をわたす。

白神さんが、うしろにいたおじいさんに挨拶したら「お父さんがいたね」と声をかけられていて「父親も有名な方なんだ」と内心思う。

題名がコンサートとなっているが、そこはオペラシアター、そして演出が遊び人の大石さとし、選びにえらばれたいままでの名場面シーン集で、しかも座員総勢35名で演じたり歌ったりするので、かぎりなく豪華で迫力が凄まじい。

渋谷の大ホールがせまく感じられた。

「すごいなあ」とずーっと感動しつづける。「歌っていいなあ。音楽って素敵だなあ。音楽家って偉大だなあ」と感心しつづける。

まず、その楽器と出会う宿命があり、練習をかさねて努力をかさねる。大学でも音楽をやることを選択してどんどん専門的になっていく。

卒業するころに音楽を職業にするかどうか悩むようでは先はない。迷わずに海外に留学、世界レベルを知って嬉しくなってがぜん本気になってくる。

ソリストになるのかオーケストラメンバーになるのかは遺伝子レベルのちがいだが一目瞭然、選ばれてえらばれてほんのひと握りに入れるか。どうか。

今回のコンサートで演奏していたのは、そんな選ばれにえらばれたスーパーエリートさんたち。

客席から超絶な演奏をまぶしく拝見、拝聴する。バイオリンの高速演奏にしびれコントラバスを打楽器のようにつかう気持ちのいい低音にふかく目をつぶる。

つぎつぎに繰り出される素晴らしい名曲たちに身もこころもとろとろになりながら「妻と娘にも聴かせてやりたかった」と考える。

50周年企画は去年からはじまっていて、分厚い記念の書籍もつくったりと集団にちからがある。

リーダーがざっくばらんな明るい元気なかただからチームのなかが元気であかるい。

こんにゃく座には2014年から振付として参加させてもらっているが、関わればかかわるほど「素晴らしいグループだなあ」と思うのでした。

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オペラシアターこんにゃく座50周年ロゴ、デザイン:高岡由季をちょっとアレンジ。
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2022年01月13日

現代人は足るを知らねばならない

新幹線のなかで松重豊さんが京都の禅寺の庭をめぐる旅の記事を拝読。

さいしょは曹洞宗の住職であり庭園デザイナーでもある升野俊明さんとの対談。

目に見える身のまわりの汚れはそのままこころの汚れ、まずは身のまわりを掃除して整えるのが基本と教わる。

升野さんは、こころが曇ってしまった状態を「こころのメタボ」と呼んでいた。からだに贅肉がつくようにこころも太ってしまうので、こころのダイエットが必要なのだとおっしゃっていて「なるほど。」

からだは目に見えてわかりやすいけれど、こころは目に見えず誰にもわからない。けれどもからだとおなじように、気をつけないと贅肉がついてしまう。

なにもしなくても、いっぽうてきにあたまとこころに流れ込んでくる情報というもの。

現代はことばが凄まじくおおい。

江戸時代の1年ぶんの情報を1日で得てしまう。そのことばたちが、あたまとこころにどんどんたまっていく。たまにテレビを消して新聞を読まずにスマホを遠ざけて、じぶんのこころを見つめる。

見ず知らずの他人のことや遠い海外のこと、2次元のなかのことをいっとき忘れて公園をさんぽする。

冬晴れのちーんとした空気が心地いい。

大自然のなかにいると、いろんな瑣末なことがどうでもよくなってくる。さまざまなことを忘れてこころとからだのなかをからっぽにしていく。あたまのちからをぬく、こころのちからもぬく。

すべてのことをいっとき放り投げて解き放ち、ゼロに近づけてきもちを自由にする。

人間の好奇心というものを餌食にしてどんどん増殖し拡散する得体の知れない怪物、情報。

そんなものに飲み込まれてしまい、じぶんを見失ない、こころがぶくぶくにみにくく太ってしまわないように気をつけたいものです。

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「吾唯足知」
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2022年01月12日

大画面のなかとそとで世界を変えた

黒人ではじめてアカデミー賞主演男優賞を受賞した俳優のシドニー・ポアチエさんが亡くなられました。

ポアチエさんはカリブ海バハマの貧しいトマト農家にうまれた。

「祖先はおそらくフランス領だったハイチあたりの奴隷」とフランス風の名前の由来をみずから語った。

学校は12歳のときから通っていないので、文章をじゅうぶんに読むことも書くこともできなかった。15歳で単身、ニューヨークにわたりレストランの皿洗いの仕事につく。住む家も借りられず駅で寝泊りをしていたという。

ある夜、ポアチエ青年はレストランでたまたま新聞を手にしていた。

年老いた同僚が「なにかあたらしい記事はあるかい」とたずねると「じつはうまく読めないんだ」とこたえた。

それから毎晩、その年老いた同僚はしごとのおわった深夜に読み方や発音、文法をおしえてくれた。そこから同僚の助けを借りながら発音をなおし俳優をこころざす。

アメリカでは人種差別がいま以上にはげしかった頃で、演技力がみとめられても自由に役を選べるわけではなかった。いつも白人の差別を受ける役しかやれないポアチエを黒人活動家が「アンクルトム」と揶揄することもあった。

1963年公開の『野のユリ』で礼拝堂をたてる白人修道女をたすける熱心な旅人を好演しアカデミー賞を受賞。

「みんな見て、黒人がリムジンに乗ってる!」アカデミー賞の中継を観ていた10歳の黒人少女は家族に叫んだ。

少女はのちにトークショウの人気司会者となる。アメリカでもっとも影響力のおおきな黒人女性といわれるオプラ・ウィンフリーさんだった。

後日、番組にポアチエ氏をむかえたとき「わたしもなにかとくべつなことができるとわかった」と興奮気味に当時をふりかえった。

役者となったポアチエのスクリーンでの活躍が、きびしい差別に苦しむ黒人たちを勇気づけ、後進の黒人俳優たちをつよくはげましつづけた。

2002年に黒人として二人目のアカデミー賞主演男優賞を受賞したデンゼル・ワシントンは「閉ざされていた扉を開いてくれた」とパイオニアをたたえた。

享年、94歳。

合掌

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おなじ日、ジョギング中の黒人青年を車で5分間追いかけ散弾銃で射殺した白人3被告に終身刑が言い渡された。差別はいまだなくならない。

参照・引用:2022年1月9日 毎日新聞 朝日新聞 東京新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:46| ブログ?

2022年01月11日

集団の考え方、全体につらぬかれた、骨格となる発想や観点

『デュ社』のコンセプトをひとことでいうと『?』

「疑う」という舞踏の魂のようなぶぶんをグループのコンセプトにしている。

「ブトウ?」であって「ブログ?」なのである。あらたなとしのはじめにじぶんたちのコンセプトを思いだして、あらためて指針とするのである。

社会のおおきなうねりに飲み込まれることなく、冷静につねにうたがいのまなざしで、世のなかを見つめつづけたい。大切なのは距離感をとること、まんぜんと同調圧力にながされていないか。

ほんとうか?ほんとうにそうか?

かかるひとが増えてきたと騒ぎはじめたが、亡くなったひとは いるのか?いないのか?いるかいるか いないか いるか?

矛盾して不公平で不正や、うそばかりのこのよのなか。わけのわからないものたちが跋扈する、このせかい。ねっとのなかではあくいがひろがり、さべつとぞうおがにんげんをぶんだんする。

みんながふあんをかかえて、いきる、そしていきるにあたいしないかもしれないこんなせかい。なにがほんとうかなんてわからない、せかいはもうシッチャカメッチャカなのだから・・・

どうせつくりごと このせかいなんてゆめ まぼろし

まえだけではなく、うしろにもせかいはある。うしろすがたをかがみにうつして、そのまま鏡のなかへとはいっていく

とらのぬいぐるみがはたけでとまとの収穫を手伝っていたので そのてつだいをする

やすみじかんにえをかいてるのできいてみる なにかいてんの?なんでもいいでしょ めはなくちいらないでしょ

もっとこどもになろうっしょ もっとあかごになろうっしょ

おとなになって、だれもがうしなってしまったかもしれない、あのころのきらきらが、たのしさが、じゆうということすら、いしきしていなかったじゆうさが?

・・・とか、なにをかくとか、うまいとかへたとか、うつくしいとか、みにくいとか か ちかちかちかちかち

なんにもない からだっぽなせんとめんとの どれみたとらびら

みちかぴの きゃぷりきとれば すぎちゃびる

すぎかきすられ

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『?』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:25| ブログ?