2019年12月10日

都志から川西へ

一番古いお位牌が寛永6年と記しましたが、安政6年の間違いでした。

安政6年だから1860年、約160年前だった。それにしても江戸時代というのは長く続いたんだな。諸説あるようだけど270年近く続いてる。

平安時代から続いた内乱のような状態を覇者、徳川家康が天下統一して平和な江戸時代へと導いた。ところで、後世にいまは何時代と呼ばれるのだろう。

東京時代なのか・・・フォークソングのタイトルみたいだな。

昨日、朝の勤行を終えてコンビニへと新聞を買いにいったら新聞コーナーが「ガラン」としてて一紙も置いていない。「なぬ?」と思って店員のおじさんに聞いたら休みだって。

そんなことがあるんだ。日本の全新聞が休みの日。紙媒体の情報に飢えているので立ち読みします。もちろん裏表紙を折らないように気をつけて立ち読みです。

まずは『週刊ポスト』の戌井君の連載。

指を舐める“ペロリスト”のお話でした。テレビで話題になってたとか。自分もここ最近指の脂分というか水分がなくなってきてレジ袋とかうまくめくれない。

なのでたまに「ペロリ」とやりますが、不衛生なのでやってはいけない嫌がられる行為としてメディアで話題になっているのか。

あんまり頻繁に「ペロペロ」やるのは考えものだけど、そんなに目くじらをたてるようなことでもないと思うけどなあ。平和でいいか。

次の立ち読みは『週刊プレイボーイ』のオール巨人師匠の連載です。

えーとなんやったっけ、去年のM-1グランプリ敗者復活でミキに破れたコンビ・・・あっ"ブラスマイナス”のお話でした。

ミキよりも笑いを取って会場を沸かしていたけれど、敗者復活戦は視聴者投票なので有名なミキの方が選ばれたとか。

このコンビが決勝へと進んでたら大活躍してたかもと巨人師匠が言ってました。けど、それも運やなと。

しかし巨人師匠は本当に漫才が好きなんだな。

プラスマイナスのワンマンライブも観にいって、めちゃめちゃ会場を沸かせてたと感動してはりました。M-1も予選から観てるみたいだし頭が下がります。

好奇心もあるだろうけれど、たぶん漫才に貪欲なんだろうな。大御所になってもそれにあぐらをかかずに、若いおもろいやつから刺激を受けて自分の漫才に活かす。

運についてで漫才コンビ"Wヤング"のことにも触れてました。Wヤングの平川幸男師匠が亡くなったとか。11月11日だから一ヶ月前か。

やすしきよしが最も恐れたコンビ、Wヤン。初代相方の中田治雄さんが人気絶頂の中、借金で首が回らなくなって自殺してしまった。

その三ヶ月後に漫才ブーム到来、巨人師匠が言うように当時のWヤングならば、すぐにそんな借金は返せただろうにもったいない。けれどそれも運。

「ツービートが何年やっても追い抜くどころか追いつく事さえできない。」by ビートたけし

さて今日で今年の都志生活は終わり、色んな所での仕事のために移動です。次に帰って来るのはおそらく3月か。

3ヶ月も家を空けるのは不安だけど、これも運命。

せっかく片付いてきた庭がまた元の木阿弥、雑草ぼうぼうの枝が伸び放題です。

自然の力は偉大だからなあ・・・仕方がない。

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初代、Wヤング。子どもの頃に観て面白かったのを覚えてる。ご冥福をお祈りします。Photo by デイリーWeb.
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2019年12月09日

近況

最近は毎日、ほとんど同じ日常を送っていました。

まずは朝の勤行「おんさらば たたぎゃたはんな まんなのうきゃろみ」

『ブログ?』を記してメールをチェックして返信したりして朝の作業へ。昨日は仏壇の掃除。

八つあるお位牌をすべて出して拭く。一番古い初代、木谷實平の位牌の裏を見たら“寛永六”と書いてあった。

寛永6年ということは1630年、389年前・・・はー、木谷家は400年近く続いているのか。四代目までは全員、名前が木谷實平だからもともと結構なお金持ちだったのかもしれない。

名前を同じにすると相続の時に税金がかからないと、骨董屋の光太郎に聞いた。財産をそっくりそのまま渡せるのか。

ちなみに自分は六代目です。いまはまったく財産がないので残念だが気は楽です。

六代目で木谷家は終わってしまうかもしれない。けれどそれも仕方ない。続くかもしれない。どうだろう。

仏壇の掃除が終わったら「やらなければなあ。」と懸案だった巨大な杉の木と格闘。ボサボサに伸び放題の枝をのこぎりでカットして剪定バサミで刈り込みます。

脚立を家の中から「えんやとっと」と出してきて手の届かないところはカット。脚立が立たないところは塀の上に登ったりしてカット。

下のコンクリートの用水路まで二メートルはあるので「落ちたら死ぬぞ。」と自分に言い聞かせながら気をつけます。

隣の梅の木旅館が賑やかです。今日はお披露目会をすると言っていた。自分も招かれたけれど一度、中は拝見してるので遠慮しよう。

こちらも早く夏合宿をやりたいけれど、今年も鉄割があるので無理かもしれない。ギリギリまで東京にいるので用意ができない。

いや、できるのか。宣伝をして受付をして終わったらすぐに都志に戻って。人数がどれぐらい来るかにもよるけれど、都志の家には10人ぐらいしか泊まれないから定員10人にするか。

稽古をする場所も探さなければ。

3月に戻ってきてから手配して間に合うか・・・とか考えながら作業を続けます。天気が良かったので汗をかきながら杉の木と格闘し、昼過ぎになんとか終了。不恰好だけど素人仕事だから仕方がない。

ラーメンを食べてご馳走さま。午後は刈り込んだ杉の木の枝をゴミ袋に入るようにポキポキ折っていく。これがまたたいへん。やってもやっても終わらない不毛な作業。

枝を入れたらすぐにゴミ袋が破けるし。「なんでやねん。」テープで補修。ゴミ袋四つ分出た。

そのあとは海へ庭に敷く平たい石を拾いにいきます。

久しぶりに海へ行ったら気持ちが良かった。見渡す限りの壮大な水平線に夕陽が「キラキラ」と輝いて絶景です。

自転車のカゴ満杯に石を拾って「ヨロヨロ」しながら帰ります。帰って庭に石を敷いてたら暗くなってきたので今日の作業は終了。

夜の勤行をやって「お疲れ様でした。」一人乾杯。

「おやすみなさい」

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いびつだけど、まあまあ頑張った。
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2019年12月08日

何故、山に登るのか

最近また、夢枕獏さんの書いた『神々の山嶺』を読んでいました。

小説で二度、谷口ジローさんの書いた漫画で一回読んでいるけれど三度、読みはじめてしまった。

口当たりのいい、読みやすいエンターテイメントは息抜きに持ってこいなのです。

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こちら漫画版『神々の山嶺』Photo by amazon.

「そこにそれがあるから。」の言葉で有名な登山家、マロリーが持っていたとされるカメラを一人の男が偶然見つけるところから話ははじまる。

“カトマンドゥの裏街でカメラマン・深町誠は古いコダックを手に入れる。

そのカメラはジョージ・マロリーがエベレスト初登頂に成功したかどうか、という登攀史上最大のミステリーを解く可能性を秘めていた。

カメラの過去を追って、深町はその男と邂逅する。羽生丈二。伝説の孤高ソロクライマー、羽生がカトマンドゥで目指すものは?”〜上巻背表紙解説より。

エベレスト登山史永遠の謎「マロリーは頂上を踏んだのか?」その謎の真相に迫る、カメラとフィルムの存在を軸に最初の物語は進んでいく。

“その男、羽生丈二、伝説の単独登攀者にして、死なせたパートナーへの罪悪感に苦しむ男。羽生が目指しているのは、前人未到のエベレスト南西壁冬季無酸素単独登頂だった。

生物の存在をさえ許さぬ8000メートルを越える高所での吐息も凍る登攀が開始される。

人はなぜ山に揫るのか?永遠のテーマにいま答えが提示される”〜下巻背表紙解説より。

読んでいると羽生丈二という男がなぜか土方さんに思えてくる。傍若無人でいつも真剣で命懸けな男。挑むように何かに取り憑かれたように生きている。

獣臭をまとっているというのも似ているような気がする。土方さんは輪郭が濃いというか醤油味というより豚骨っぽいもんな。

何故、山にゆくのか?

何故、山に登るのか?

それには結局、答えはない。

それは、何故人は生きるのかという問いと同じであるから。

もしそれに答えられる人間がいるとするならば、何故人は生きるのかという問いに答えられる人間である。

舞踏とは何か?との問いに答えがないのと同じなんだな。永遠なる問いかけ。

小説の一節を読みながらふと“知識ではなく、経験からレクチャーをすることが重要”だと気づく。メモする。

では、経験からレクチャーをするとはどういうことなのか?自分がやってきたことの経験を披露する。経験から言葉を生み出す・・・考えよう。

高山病で見る幻覚の描写が面白い。提灯を持った女たちが列をなして歩いていく。テントの中に顔という顔があらわれて話しかけてくる。

高所で危険なのは、肉体的ではなく精神的に変調をきたした時らしい。訳がわからなくなってとんでもないことをしてしまって命を落とす。

ラスト、深町は単独無酸素でエベレストの頂上に立つ。この地上で最も高い場所、エベレスト頂上8848メートル。

読了。

人は頂を踏んでも踏んでも終われない。人生が死ぬまで終わらないように頂は単なる通過点でしかないからだ。

心の中に住む獣のようなものが、また騒ぎ出す。

なぜ登り続けるのか?

それがそこにあるから。

そして人生は続くから。

永遠なる過程、永遠なる通過点、Life in progress.

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調べたら映画化もされてた。阿部寛と岡田准一か・・・。イメージとしては三船敏郎とショーケンだな。映画の方は相当に出来が悪かったみたいで酷評が凄まじい。でも言うは易し、創るのは大変。Photo by Google.
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2019年12月07日

クラウドファンディング

若者の現代美術の展覧会へ行ったら、5階建てのマンションでやっていた。履いていったビーチサンダルがなくなって「ずーっ」と探してる。

1階と5階を行ったり来たり。夢なのに疲れた。

大駱駝艦の新作公演、いつものように遅れて参加したら役がなくて最初「ずーっ」と観てるだけでつらかった。稽古なのに白塗りしてて「最近はこうなのか、たいへんだなあ。」と思う。

「むかい」と呼ばれて出番か。達也と同じ役で天使みたいな格好をしてファンシー。奥の部屋で麿さんがなんだか着替えをしててもの凄いでかい格好だけどシルエットでよく見えない。

麿さんの出番前に目が覚めて残念。

北風が強くてめちゃめちゃ寒いので外へ出るのが嫌なのともうすぐ東京へ戻るので、家の中の大掃除をはじめました。

昨日は二階の大掃除をして、新聞を片付けたり書類を整理したり。

セゾン文化財団のニュースレター“viewpoint”が出てきたのでチラ見。『特集◎クラウドファンディング考察』ということで、山下残君とタニノクロウ君が寄稿してました。

残君もタニノ君も面白いことしてるなあ。

「糞を撒けば土壌が肥えるように、もっと常識外れの訳の分からないプロジェクトがクラウドファンディングで立ち上がることを期待します。」by 山下残

最近、情報を完全に遮断しているのでほんの一言でも刺激を受けます。情報も一期一会、その言葉から何を感じ何を思うかは真剣勝負なのです。

残君の言うように、自分ももっと常識外れでなくてはいかんなあ。と反省。舞踏という言葉に捉われている。舞踏というかたちにまだ拘っている。

もっと変な表現、舞踏にも演劇にも現代美術にもパフォーマンスにもどこにも倒れないような瞬間を創り出したい。

最近だと、まつもと演劇工場のワークショップのようなあんな瞬間を。あれは工場長である加藤直さんの叱咤激励があったからできたこと。

直さんの言葉に触発されてたら、スリリングな面白い瞬間が立ち上がってきたのだった。

もっと挑戦して実験して思い込みや常識を疑って枠を壊して、まだ名付けられない真っさらな瞬間に向かわねばならない・・・

クラウドファンディングは、三年前にアゴラ劇場といまはなきアトリエ劇研でやった『ぴちがい裁判』の時に挑戦しました。

アゴラ劇場の年間プログラムに応募したら通って劇場費はタダだけど、公的助成金を申請してはいけないということだったのでさあ困った。

赤字必死でどうしよう。頭を抱えている時に「そういえば。」と思い出したのが、ダンス評論家の乗越たかおさんのやっていたクラウドファンディングだった。

調べてみたら案外簡単に出来そうだったのでとにかくやってみよう。「案ずるよりも生むがやすしきよしだ。」と挑戦。

あれは大変だったなあ。

あの時はすべて一人でやっていたので、一日中朝から夜中まで作業をしていた。

台本を書いて舞台美術をつくって制作的なことも一人でやって、そんでリターンってのもすべて一人で梱包したり舞台監督も兼任して、etc...etc...

結果、本番初日に音楽をつくってもらった糸井幸之助さんとトークをやる予定だったのに、すっかり忘れててアゴラの温厚そうな担当の人が「わなわな」と震えて怒っていた。

うなだれて帰る途中の吉祥寺駅で兄弟子村松卓矢と偶然出会って「俺なんてこのあいだ、衣裳合わせをすっかり忘れてて達也と麿さんにスッゲエ怒られたよ。」とか慰めてもらったっけ。

おっと、1400文字にもなってた。終わります。

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ちょうど三年前の12月、無我夢中で頑張ったけど結局赤字だった『ぴちがい裁判』於:アゴラ劇場 Photo by bozzo.
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2019年12月06日

暴力は何も解決しない

中村哲さんが亡くなられました。

待ち伏せされて銃撃を受けたとか。著名人である中村さんを襲うことで、治安面の不安を浮き彫りにして支援活動を萎縮させたいのが一つの狙いとか。

軍事支援ならわかるけれど、人道支援をしている人を殺してまったく愚かだなあ。自分の首を自分で締めるような行為。

以前、記事で読んでたいへんな方が世の中にはいるのだなあ。と感動していました。とてもとても自分には真似のできることではない。と思った・・・

まだ医療に携わっていた頃、ある家に呼ばれ乳幼児を診たが瀕死の状態だった。中村さんが息を楽にする甘いシロップを与えると、その赤ん坊は一瞬微笑んだという。

「死にかけた赤子の一瞬の微笑みに感謝する世界がある。シロップひとさじの治療が恵みである世界がある。生きていること自体が与えられた恵みなのだ。」

けれどもその場しのぎの薬しか渡せないのに感謝をされると、釈然としない後ろめたさがあったという。

干ばつの猛威を目の当たりにして無力感に沈んだ医師だった頃「飢えや渇きは薬では治せない。」と井戸を掘り、独学で土木を学び、かんがい事業に取り組んだ。

「清潔な飲料水と食べ物さえあれば8、9割の人が死なずに済む。」

“100の診療所よりも1本の用水路”が持論。

“復興は軍事ではなく農業から”の信念のもと、ノウハウをアフガン全土に広めようと考えていた。

「地元の人が何を求めているか、そのために何ができるか、生活習慣や文化をふくめて理解しないと。善意の押し付けだけでは失敗します。」と何よりも現地のやり方を優先したとか。

そのために自分の物差しを一時、忘れることが大切だという。常識や思い込みを捨てることの大切さ。

「武器を取る者は取れ、わたしたちはクワで平和を実現しよう。きざな言い方をすれば、そんな思いで続けています。」

一貫して非暴力、和平を訴え続け言うだけではなく実際に現地で活動を続けてこられた。

「なぜわざわざ危険な地域に行くのか?」と問われた時「道で倒れた人を見たら“大丈夫か”と駆け寄るでしょう。それが人間共通の心だと思う。」と答えた。

「皆んなが行くところには誰かがいく。誰も行かないところにこそ、我々が行く意味がある。」とも答えている。

人道支援に全力を注ぎ、戦乱と干ばつで荒れ果てたアフガニスタンの地に水を引き、実りの畑に変え続けて来た。

これまでに総面積1万6500ヘクタールの農地と、65万人に水の恵みをもたらしたんだと。すげえなあ。

哲学者で正義の人、鶴見俊輔は「日本の希望は中村哲だけだ。」と評したと言う。

子どもの頃はファーブル昆虫記をよみふける虫好きで、朝5時から山に入ってコガネムシやハンミョウを追いかけていた。

医師になって5年目、登山仲間とともにパキスタンとアフガニスタンを訪れた。珍しいアゲハチョウが見られるかもしれないという期待からだった。

「もし私が昆虫好きでなければアフガンとの縁はありませんでした。」

アフガニスタンのガニ大統領から、自由に入国できる名誉市民権を授与されたばかりの出来事だった。

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享年73歳。アフガンであと20年活動すると言われていたとか・・・ご冥福をお祈りします。Photo by Google.

参照・引用:2019年12月5日 木曜日 毎日新聞、朝日新聞
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2019年12月05日

舞踏、舞踏うるさいか

舞踏は1959年に日本で生まれた舞台芸術です。

生まれてからまだ60年しか経っていない。

能狂言が約800年以上、歌舞伎が約400年以上経っているのに比べたらまだまだ生まれたてのほやほや。これからの舞台芸術です。

舞踏が6歳だとしたら能狂言が80歳、孫とお爺さんみたいなもの。歌舞伎が40歳だとしたら、伯父さんと子どもみたいなもの。

昔し、市川團十郎さんが主役の舞台に出たときに麿さんが「舞踏は歌舞伎の足の裏みたいなものでして・・・」と挨拶してたけどなるほどなあ。と思った。

華やかな歌舞伎が踏む足の裏に舞踏の魂がある。

麿さんは早稲田大学を三日しか行っていなくて中退ではなくて“早退”だと自分では言ってますが、同じ時期に松本白鸚さんが早稲田に通っていたとか。

サラブレッドとハイブリッド。

「舞踏はハイブリッドだ。」と言ったのは室伏鴻ですが、そういえば室伏さんも早稲田だな。

舞踏のパイオニア、土方巽は高卒だったが濫読家でその知性は当時の知識人の最高峰、澁澤龍彦や埴谷雄高、三島由紀夫も舌をまくほどだった。

土方さんはその知性に不良性が入ってくるので、ただ真面目に勉強をしてきたという知識人にとって脅威だったのだ。

麿さんによると相当に意地悪だったらしいので、わざとわからなくする“韜晦”も入ってきて知識人たちを翻弄したのだろう。文章を読んでも訳わからないもんな。

そうやって韜晦を駆使しながら、意味というものから必死で逃げようとしていた節も感じられる。

舞踏家は知的な不良でなくてはならない。

さてなぜ1959年かというと『禁色』という作品が上演された年で「これをもって舞踏元年とする。」と舞踏評論の大家、合田成男先生が仰っているからです。

ちなみに合田先生は東京大学卒業の超知識人です。御年、たしか98歳だったか・・・

この禁色ですが初演は上演時間の20分間「ずーっ」と真っ暗でその真っ暗な中で出演者の土方さんと大野慶人さんが、ジャンジュネの作品世界そのままの男色行為を足音と呼吸だけで演じたとか。

舞台上でニワトリを絞め殺して観客が気絶したという伝説も残るけれど、それは再演の時なのか。写真が数枚残っているけれど再演時のもののようです。

さてそんな舞踏ですが海外の先鋭的なクリエイターが常に注目をしています。

誰だったか名前を忘れたけれどフランスのコレオグラファーは、室伏さんに電話して来て色々とうるさく聞いてくるので「そんなにButoh、Butohいうなら自分で作品をつくれよ。」といわれて見よう見真似で作品をつくったらしい。

そんななか森山未來君が同じように見よう見真似で舞踏作品を創っているとか。

NHKで特集をしてたみたいだけど観れなかった。未來君はイスラエルにダンス留学していたり、感覚が鋭敏だからアンテナにヒットしたんだな。

楽しみだな。舞踏なんてなんでもあり。誰が創ったっていいのです。「これが舞踏だ。」と言えばそれはもう舞踏なのです。

これで少しは舞踏がメジャーになったら嬉しい。

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いまはなき横浜BankART studio NYKでの『舞踏?プレゼンテーションショウ』2016年2月、終演後に合田先生と。
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2019年12月04日

木育

コンビニ大手三社はお箸を竹でつくって努力をしているけど、そういうことに気をつけるだけで環境破壊は幾らか和らげられる。

とか以前記してたけど間違っていました。ごめんなさい。

箸は竹ではなくて木にした方が日本の山のためにはいいのだそうです。

木を切ることが環境破壊につながるという思い込みは根強く、国産の間伐材を使った割り箸が環境破壊を招くとの“誤解”が日本中に広がってしまった。

かく言う自分もそう思っていた。

日本に沢山ある人工林は“切って使う”そして“植えて育てる”のサイクルを継続しなければ森林は荒廃し災害の一因になる。

環境破壊につながる森林伐採は南米や東南アジアの国々の話で、日本は関係なかったのにごっちゃになってしまっている。

そうしてそんな誤解が原因のひとつの森林業の衰退をなんとかしようと、国が成長戦略のひとつとして林業の法改正をした。

しかしそれは大企業に有利な法改正で、いままで頑張ってきた中小林野業の人々が淘汰されかねない法律だとか。

本来、林業は100年以上のサイクルを見据えて植樹、育成、伐採の循環によって成り立つ。

いまの法改正では木々をいかに効率よく伐採して販売するかに重点が置かれてしまい、伐採後に植樹する義務がないのだとか。

目先の間伐だけを見た営利最優先の成長戦略で、山のことを考えて長い目で見ていない危険な法律なのだそうです。

いっぽう、政府が推し進めている生産量を追い求める短期的な大規模林業ではなく『自伐型林業』と呼ばれる小規模の森林経営が全国で増えて来ている。

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自伐型林業で間伐された森を見上げる。photographs by Masaya Tanaka.

森林の所有者や地域の住民が山に入って自分たちで木材を切り出す林業で、間伐材を生産しながら残った木を増やす長い目で見た森林経営。

専業ではなく兼業でしかも低投資、低コストでできるので実践者が増えているのだとか。

北海道からも“木育”という運動がはじまっているそうです。

2004年に北海道が立ち上げたプロジェクトで「木を子どもの頃から身近に使っていくことを通じて、人と森や木との関わりを主体的に考えられる豊かな心を育てたい。」との思いを木育という言葉に込めたとか。

まずは幼児を対象に木製遊具などの利用を推奨し、木に触れて木を好きになってもらう。また妊婦が木製品を使う胎教も実施。

創る活動では木工を通じて楽しみながら、材料としての木材の特徴を学び人材を育成していく。

さらに知る活動で森林育成活動に参画する人、環境に配慮した行動ができる人などを育てるために科学的な知識を提供するのだとか。

気軽に木に触れ木の良さを感じて“木と触れ合う”。木や森林について関心を深め、知識や技を身につける“木に学ぶ”。

木育活動のネットワークづくりなどを通じて家庭や地域、社会で木育を実施、継続されるようにする“木と生きる”という三つのプロセスにわけて活動をしている。

高知県も大規模林業の補助はしつつも、小さな林業家、担い手を育てる環境を整えるという画期的な施策を打ち出したとか。

いいねえ。

日本は世界有数の森林国、国土の約3分の2が森林なのです

木材や木製品は昔から身近なものだったはずが、いつの間にかコンクリートとプラスチックに囲まれた国になってしまった。

2024年から一人1000円の“森林環境税”が徴収されるとか。次世代をこそ育てるために有意義に使って欲しいものです。

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『生活と自治』でも特集されていた鳥取県智頭町で活躍する自伐型林業の担い手、大谷訓大(おおたにくにひろ)さんたち。photographs by Masaya Tanaka.ソーシャル&エコ・マガジン“ソトコト”Web siteより。

参照:生活クラブ発行『生活と自治』2019.12.NO608
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2019年12月03日

公的助成金について

最近、湯山が頑張って助成金申請をしています。

自分も独立してから必死でやっていたけれど、いつ頃からかやる気がなくなってしまった。

公的な助成金はあるにこしたことはないけれど、創造性とは無縁。

創作活動と助成金申請は相容れない行為なのだと思う。

けれど一銭でも多く出演者にギャラは渡したいし、スタッフにも報酬を十分に渡したいのでそんなことを言ってはいられないのだけれど。

いつか人気が出て売れるまでのつなぎとして若者がもらうのだといい気がするが、自分がいつまでも助成金頼りで活動をしていると「なんだかなあ。」と考え込んでしまう。

だが舞台はお金のかかるもの。そしてかけたお金が映画のように回収し辛い。

経費を回収する為には再演をするしかないが、舞台というのは何度やっても同じように人件費がかかるので永遠に利益の出ない不毛な作業の繰り返しだったりする。

売れてお客さんが来てくれれば、そんな苦労も少しは報われるのだろうけれど。

自主公演をするたびに借金がかさみ嫌になって、最近は自主公演をやろうと思わなくなってしまった。お客が入らないのだものな。

能狂言は国家の力に頼りすぎて、進化しなくなった。

歌舞伎はその点、庶民の人気で支えられその一般大衆の移ろいやすい心理に翻弄されながらも、進化をし続けています。

お客さんの人気、観客収入だけでやっていくという覚悟と底力がそこにはある気がする。

人気獲得のために舞台機構のありとあらゆる可能性を工夫して試行錯誤して、何よりも挑戦するこころを忘れない心意気を感じる。

自分が若い頃は、歌舞伎なんて古臭いものという印象だった。そこに松本幸四郎さんというスターがあらわれ、一般のお芝居にもチャレンジしたりして歌舞伎界をどんどん盛り上げていった。

しばらく前に若くして惜しくも亡くなられた、中村勘三郎さんの舞台も驚きに満ちていたもんなあ。

見習って頑張ろう。

それにしても公的な助成金は変なシステムです。赤字にならないとお金をもらえない。予算を立てる段階から赤字にするために公演を計画する人なんていないだろう。

しかも申請書を書くのが上手な人がお金をもらえるなんておかしな話です。内容なんてどうでもいい。申請書の紙面上で魅力的に書ければお金がもらえる。

要は面白い作品を創れるかどうかが問われるべき。

そして審議委員なんていう人たちがいて、その人たちのお眼鏡にかなったものにしかお金が出なかったりする。

公的な助成金なんてその程度のもの。

社会にとっていいこと、役にたちそうなことにしかお金を出さないのはどこでも同じで、いま大学の研究室などもすぐに効果が出そうな研究にしかお金が下りないとか。

まあいいか。

なんとかして売れるしかない。

人気が出て放って置いても人が来て、スタッフにギャラが支払えて出演者にも報酬が払えるためには面白い作品を創り続けていくしかない。

それしかない。

嫌になんてなっている場合ではない。自主公演をやろう。

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舞踏家集団“デュ社”副代表、湯山大一郎。『舞踏?レクチャーパフォーマンス』試演会より。撮影:igaki photo studio 写真提供:城崎国際アートセンター(豊岡市)
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2019年12月02日

一昨日、昨日

一昨日の続きです。

お隣にあるでかい旅館をリフォームしていた、きたがわ君から「今日の夜に手伝ってくれた人たちとお疲れさま会をやります。」との情報を得たのでお造りを差し入れます。

「何時からですか?」と聞いたら「16時ぐらいからなんとなく集まって17時からやります。」ということ。

作業を終わらして勤行が終わったらWiFiの設定をします。そう念願だったWiFiが都志にやってきました。これでGoogl miniもアップデートされる。

いままでは話しかけても「ワイファイネットワークが見つかりません。Google home アプリでどうのこうの・・・」と答えるだけだった。

このGoogle miniですが"OK Google."と話しかけるのだけど、グーグルではなくて違う名前を付けられたらもっと楽しくなるのになあ。と「ずーっ」と思っています。

そうこうしてたらお造りが出来上がる18時に。魚屋『湯谷』に自転車で取りに行く。

不愛想なおばちゃんが「持っていったろか。」と親切なことを言うので何かと思ったら尾頭つきで姿盛りしてあって、これならまあ20人前には足らんけれどお祝いの品としては上等でしょう。

持って帰って、そろそろいいかとお造りとビールを持参してお隣へ。

大広間へ行ったら面白そうな人たちが大勢いて嬉しくなる。皆さん、職人さんだとか。男性が10人ぐらいにその奥さまたちが数人、子どもも沢山いて賑やかです。

「少なくてすみません。」とお造りをテーブルに置いて、持参したビールをちょっとだけ飲んで話します。きたがわ君がこの10年間でつくりだした人脈か。

こちら何にも手伝っていないので、そうそうに退散。家に帰って一人飲みました。

昨日は起きたら4時でびっくり。寒くて寒くて手袋をはめ帽子をかぶって勤行の用意をします。真言を唱える息が白かった。

ブログのようなものを記し終わったら、資料の新聞をバラバラにします。必要な記事は残して広告や宣伝は切り捨てます。合間に記事を読んだり。

中曽根元首相という人は質素な生活をしていたらしいです。その割にはカネの事件には必ず顔を出す。矛盾してる。

海軍に所属していた高松で広島原爆のキノコ雲を目撃「次の時代は原子力の時代になると直感した。」

原発を日本に持ち込ませたのは中曽根さんたちなのだな。いまも一向に復興しないフクシマへとつながる負の歴史のはじまり。

新聞を整理したら外へ。庭の作業に終始します。夜は今後の仕事のことを考えます。

12月は子どもたちと遊んで、東洋大学でワークショップ。哲学科だから対話しつつからだにフォーカスを当てて、そうして最後は何もかも手放す。

年が明けたら1月は“行く”2月は“逃げる”なんていうくらいだから、あっという間に3月か。

1月子どもたちと遊ぶのはいいとして、2月の公演のことを考えておかないと。

2月11日、建国記念の日に日比谷図書文化館のホールで踊ります。『舞踏?』ソロです。レクチャーの要素も入れたいけれど、舞踏の知識が豊富な方もいらっしゃるだろうから何を話すのか・・・

くそう、真面目になるな。

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『舞踏?レクチャーパフォーマンス』試演会より。撮影:igaki photo studio 写真提供:城崎国際アートセンター(豊岡市)

参照:2019年11月30日 毎日新聞
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2019年12月01日

お疲れさまです

中曽根首相が亡くなりました。101歳やて、長生き。

「政治家は歴史の法廷の被告席に座る。」by Yasuhiro Nakasone.

昨日は、朝起きて勤行をしてから原稿の締め切りだったので朝イチで書きはじめます。締め切りギリギリにならないと書く気になれなかった。

「締め切りのある人生は短い。」という言葉もありますが、時間に追われるというのは嫌なものです。

いっぽう、この『ブログ?』は誰に頼まれたものでもなく自主的にやっています。この自主性というものの違いか。

「子どもの心に扉があるとすれば、その取っては内側にしかついていない。」と精神科医、宮口幸治さんが本に書いていましたがどうやって自分でやらせるかは指導する親や先生の手腕にかかっている。

自分自身の場合は、どうやってやる気を出すか。やっぱりギリギリにならないとやる気は出ないのか。

そして、同じ1200文字でもいつでも直せるWebと取り返しの効かない印刷物では、重要度が違うのです。

これでいいか?と何度も見直します。このブログのようなものは10回ぐらいしか見直しをしませんが、昨日は50回は読み直したか。音読もしてみます。

読み直して書き直し、推敲を重ねてさらにコンビニへ行って印刷をして客観的に見直します。

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ついでに新聞を買おうと見たらでかでかと“中曽根康弘元首相死去”の見出しが。

毎日新聞を買って、そのままスーパーへいって食材を買います。

帰って原稿をチェック。何かひっかかるところを考え直して書き直します。これでいいかとメールに添付、送信。

そんでいま、もう一度気になったので見直して、冒頭と締めの部分を推敲。「これでいいか。未練はないか?」再送。

午後、お隣の旅館きたがわさんにお土産を渡しにいきます。ついでに庭になっているレモンと作品集も持参。旦那さんはいなくて奥さましかいなかった。

立ち話をしてたら今日は作業は休みで手伝ってくれた人たちで、お疲れさま会をやるので料理を仕込み中だということ。

「へえそうですか、それでは。」と失礼しますが、何か差し入れをしようと思いつく。お造りがいいか。その足で魚屋『湯谷』へ。

今日は土曜日だからお造りは無理かな・・・店へいって無愛想なおばちゃんと話します。やっぱり明日は市場が休みなので漁はなし。

「お造りが欲しかったんですが。」「鯛やったらできるで。」ではそれで、きたがわ君と奥さまとお手伝いの人と三人前でええか。子どももいるから「四人前で。」

帰っていく途中にきたがわ君とお子さんが散歩してて手を振る。よちよち歩きの坊主が可愛く手を振ってくれる。ええなあ。この都志の未来は君の両肩にかかっているのだ。

庭で昨日刈ったプルーンの木をばらばらにしてたら「きだにさん」と声がしたので振り返ると、きたがわ君がお礼を言いに来てくれていた。

「レモンありがとうございます。」「いえいえそんな。いよいよですな。」「まだまだこれから旅館申請してなんとか12月半ばには開業します。」とか話してたら、今日は20人ぐらい集まってお疲れさま会をやるとのこと。

なんと、4人前ではぜんぜん足らん。けどまあ仕方ない。あっ、そろそろ1200文字を超えてしまった。終わります。

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戦争中は海軍将校で、部下を死なせてしまった経験が政治家になる原点だったとか。「友を焼く 鉄板を担ぐ 夏の浜」中曽根康弘。ご冥福をお祈りします。Photo by Wikipedia.
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2019年11月30日

作業色々

昨日は4時半に目が覚めてでももう寝たいと思わなかったのでそのまま起きて歯磨き洗顔、前の日の洗い物をしてその後朝の勤行。

まだ暗いので仏壇のぼんぼりをつけると美しい。仏壇の中は立体曼荼羅になっています。

だんだんと日が照りだしたので、カーテンを開けて合宿の溜まっていた洗濯をする。山盛りのシーツを干したら庭の木の手入れをします。プルーンの木を刈り込みもう。

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プルーンの木に洗濯物を干す。

手が届くぐらいまでで低く刈り込んでいくけれど、刈った木を切り刻んでゴミとして捨てられるようにするのが一苦労。握力がなくなってきたので一服します。

音楽を聴きながら休憩。最近は"INSIDE AMERICA”の“CAN YOU FEEL IT SUPER STRUT Volume V"がヘビーローテーションです。

この音楽はいったいなんなんだろう?

レコードジャケットに何も書いてないしラベルは真っ白と真っ赤。ジャンルがまったくわかりませんがノリがよくてカッコがいいのです。

どこで買ったのかもまったく覚えていない。

聴きながら踊りの練習をします。ノリすぎず内燃する稽古です。12月のライブはどれぐらいやるのだろうか。

ドラムも全身をつかうけれど、踊りも全身をつかいます。でもペース配分なんて考えずに飛ばしていくぞ。

そのあとは室内の作業を少しやります。

いい火鉢が二つあるので一階と二階で使おうと配置。そういえば朝ドラが火鉢の話だったな。都志の火鉢もなかなかいいものです。

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昔はこの火鉢でカニを飼ったりしていた。

そのあとはお墓参りへ。

墓守も自分の大切な仕事です。高野槙をお供えしようかと思うけれど庭の椿にしようと閃く。椿を切って持っていきます。

木谷家は先先代が呉服屋で大成功をしていたので、お墓は結構大きくて石は高野山から持ってきてお坊さんも高野山から呼んで祈祷してもらったりしていたとか。

その隣にさらにでかいお墓があるのですが、すすきが生い茂りすっかり寂れてしまっています。誰もお墓参りもしないし墓守もいないのだな。

木谷家の墓に対抗するように真横にでかいお墓をつくってお金があった人だろうけれど栄枯盛衰。

椿をお供えしたらいい感じで掃除して線香をあげてお祈りして帰ります。お供えしてあった高野槙を捨てようとするけれど、まだ青々としているので庭に挿し木をしようと思いつく。

高野槙は長持ちしますが、高級なので毎度毎度お供えするのに庭に植わっていれば便利です。なので持ち帰ります。

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さあ、根付くか楽しみ。

一旦家に帰って高野槙を水につけて、そのあと海までいって庭に敷く石を拾います。

照子姉さんが「庭をぐるりと取り巻くように道をつくれたらいいのだけど。」と言ってたのでその理想を叶えるべく働いています。

庭をぐるりと取り巻くように石を敷き詰めるのです。この作業はまだまだはじまったばかり。のんびりやろう。

廊下の天井画も今年は書けなかった。来年だな。

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謎のヘビーローテーションアルバム。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:21| ブログ?

2019年11月29日

稽古場“淡路舞踏社”にて

都志へ戻ってきました。

まずは、雨戸を開けて水道の元栓を開け、ガスの元栓を開けて玄関の鍵を開けます。

「ただいま戻りました。」伽藍として誰もいない家に挨拶します。けれど宮崎駿さんも言っていたように家には何かがいるのだと思います。

それは真っ黒くろすけかもしれないし、座敷童かもしれない・・・座敷童だったら金持ちになるからいないか。蜘蛛は沢山います。

家の中の蜘蛛は「ぴょんぴょん」飛んでいく小さなやつですが、庭にはでかいのが蜘蛛の巣をはって獲物がかかるのをじっと待っています。

しじみ蝶が「ひらひら」と可愛く飛んでいるけれど、蜘蛛の巣にひっかかったら一巻の終わり「気をつけろ。」

インターネットという蜘蛛の巣には有象無象の顔の見えない大人が餌食を求めて「じっと」待っているので、本当に気をつけないといけません。

特に子どもが餌食になるのは大人が防がないといけないのです。Twitterは16禁、Facebookは18禁にしなければなりません。

Facebookなんてもともと男子学生が女学生の顔や容姿を品評するためにはじめたもの。出発点が不純なんです。そこには下心しかなかった。

男女の出会いをつくるための会員制インターネットサイト"Facebook"。そんなもんに子どもがアクセスできてはいかんでしょう。

最初は「実際に会ったことのある人としかつながってはいけない。」という暗黙のルールがあったように思うけれど途中で曖昧になり、いまは完全になくなってしまった。

その点、LINEは連絡ツールとして特化しているのでいいのです。けれどもたまに外部から「知り合いですか?」と尋ねて来ることがあるのでLINEも子どもは気をつけたほうがいいかも。

そんなLINEで仕事の依頼がきました。

自分のやっているなりわいで必要とされるのはありがたいことです。富山のオーバルホールのエントランスで踊って欲しいとの依頼です。

15分のショウケースということなので宣伝のつもりでやります。まだまだ無名の弱小カンパニー『舞踏家集団デュ社』。Web siteをはやく充実させないとな。

英語のサイトも早急につくらねば・・・

富山は金粉ショウをご所望らしいので、どうするか。けれど室内なので火が使えない。

建一郎に音楽をつけてもらって湯山とこのあいだの『舞踏?レクチャーパフォーマンス』の踊りを白塗りでやるか。しかしあの踊りには銀塗りが似合いそうだな。

とかとか色々と想像がふくらみます。

午後は12月のライブの稽古をします。ここ淡路舞踏社は稽古場です。日本には劇場は要らないから稽古場がもっともっと欲しいのです。作品を創る場所“稽古場”。

肝心の中身をつくるところが、日本には必要。

18時には稽古を終えて、夜の勤行をします。西東京でもやってましたが、仏壇がないのでなんちゃってです。一応、弘法大師の御真影はお祀りしています。

都志は立派な仏壇があるので気合が入ります。庭に咲いていた椿を活け、ロウソクを立てて線香に火をつけます。伽羅という最高級の線香なのでいい香りです。

勤行が終わったら、さあ飲むぞ。今日は“カンザ”をやっつけよう。

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右:親父にカンザ呼ばわりされた酒。どう頑張っても全部飲みきれなかった・・・料理酒にしよう。左:建一郎の奥さま志帆から頂いた久保田の純米大吟醸で口直し。「旨し、ありがとう!」
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2019年11月28日

船旅の思い出

父親と母親も元気そうなので良かった。と、安心して都志へ。

瀬戸大橋を渡る時に大きなフェリーが下を通って行くのを見て「ああ、また船旅がしたいなあ。」と心から思った。

子どもの頃は、明石から淡路島へと船で渡っていた。30分足らずだったと思うけれど、非日常的でとっても楽しみにしていました。

船が岸壁にゆっくりと横づけされると、くわえ煙草の日に焼けた悪そうなおじさんがロープを投げて結わえる。

「板子一枚下は地獄」と言われるけれど、グラグラのはしけを渡って乗り込むのがドキドキして楽しかった。

父と行く時はフェリーだった。

大きな船の後ろが開いて車がどんどん吸い込まれていくのを飽きずに観ていた。船乗りに成りたかった父が、船長室をいつまでも眺めている背中を覚えている。

船旅は、潮風を浴びたり隣をイルカが泳いでいたり、対岸の景色を眺めたり風情があって旅気分が盛り上がるのです。

橋を通って、気付いたら海を渡っているとかもったいない。

明石大橋と瀬戸大橋ができて確かに便利になったけれど淡路島は、本州と四国をつなぐ単なる通り道になってしまった。

残念。

一昨年かな、鉄割アルバトロスケットで長崎にいったときの帰りもフェリーだった。

演出のミサヲさんと制作というかマネージャーのような松島さんと三人で、乗る前にビールとか日本酒とか酎ハイとかワインとか買って、おつまみも大量に買って準備万端いざ。と乗り込んだ。

だだっ広い雑魚寝の大部屋だけど、客がミサヲさんと俺しかいなくて一人一角みたいな贅沢な使い方をして可笑しかった。

中に売店もあってカレーかラーメンか何か食べたのかな。

夕方、外で松島さんと飲んでたら海に落ちていく夕日がめちゃめちゃ綺麗だった。

カップルの素敵な時間みたいな、いい雰囲気にどんどんなってきて「むむ。」

松島さんは、食いしん坊で面白いアンテナをお持ちで大木凡人みたいな眼鏡をかけたお姉さまですが、わたくし妻と子どもがおります。

「やばい。」と慌てて寝ているミサヲさんを呼びに行って、それから三人で落ち着いて楽しく飲みました。

風呂へ行ったらめちゃめちゃ揺れてて、風呂の湯がほとんどなくなってて面白かった。

朝早く目が覚めたので風呂へいったら今度は、波が穏やかなのでいい感じで巨大な窓から見える海と朝日が信じられないぐらいの絶景だったなあ。

大竹伸朗さんに会いに宇和島へ行った時もフェリーだった。

晴海の埠頭から乗ったのだったか。まるでホテルのような豪華客船でびっくり。部屋が狭くてでも少し料金を足せばグレードアップできるとかで、したら広い部屋で気ぶんがよかった。

大浴場に入り、レストランで生ビールを飲んだり部屋でご飯を食べたり、外でお酒を飲んだりしていい気持ちで眠ったのでした。

起きたらもう宇和島だった。

高知から地中美術館へと行くのも船でした。最後尾にいたら数羽のカモメが気流を上手につかいながら後をついて来るのが面白かった。

ああ、船旅がしたい。

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こちら『シンフォニー・オブ・ザ・シーズ』世界最大の豪華客船だって。5536名が乗船できて大劇場やアイスリンクまであるとか。カリブ海を走っている。俺がこれに乗ることは・・・なさそう。
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2019年11月27日

日本酒について

昨日、川西へ行ったら「お前、30%の酒、全部飲んでもうたやろ。」と父親が怒り気味だったので「いやいや、このぐらいしかなかったで。」と酒飲み特有の言い訳をします。

旨かったので「くいくい」飲んでしまった。父親は半分は残ってたと主張。

しかし「全部飲んでしまえ。」と思ったぐらいなので2、3センチほどしか残ってなかったと思うけれど・・・

冷蔵庫を見たら珍しく日本酒がなかったので「それなら」と近所の酒屋へ走ります。

大吟醸を買おうかと思うけれど、あのレベルの酒となると値段もはるしなあ。とお洒落な黒いラベルの酒が目に入ります。

90いうて大きく書いてあるので何かと手に取ります。

磨き90%?ほとんど磨いていないということか。30%の酒を飲んで怒られたので90%の酒で応酬したらどうか。

面白そうなので買って帰ります。

ついでに“インドの青鬼”もゲット。インドの青鬼は長野のヤッホーブルーイングがつくっているIPAで、いままで飲んだ日本のIPAのなかではいちばん旨いです。

ただアルコール度数が7%もあるので、もう今日は酔っ払って寝るだけというときにしか飲みません。通常のビールは度数が5%前後です。

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たまに買うローソンでしか手に入らない『僕ビール、君ビール。』もヤッホーだった。Photo by ヤッホーブルーイング Web site.

帰って冷蔵庫に冷やして、風呂に入って晩飯を「頂きます。」

買ってきた日本酒を飲もうとしたら父親が「90%!」と驚きます。いやいや90%磨いたのではなくて10%しか磨いてないということ。

納得した父親が一口飲んで「なんやこれ。」と渋い顔。

「舌を刺すな。酸っぱい。これは親父やったら飲まんな。」親父というのは父方の祖父のことで、伊丹にある日本酒メーカー『白雪』の番頭さんでした。

酒屋の番頭だから酒にはうるさかったんだろうなあ。白雪の番頭さんの息子なので父も酒には厳しい。

「これはカンザやな。」“カンザ”というのは燗冷ましのことで、お燗してそのままになった酒のこと。要するにまずい酒。ひどい言われようです。

一口飲んだだけだと酸味がフルーティーな感じがして、たぶん言われないとわからずに飲んでたかも。つくった人もカンザのことは知らないでしょう。

川西に来るたびに日本酒を持参して父親の感想を聞くのが楽しみです。

いままでの感想としては、辛い酒が好きだと聞いたのでお店で一番辛いのを買ってきたら「この酒は辛すぎる。旨みは甘みや。」

山形の大吟醸を買ってきたら「これは無理して大吟醸にしとるな。」

「東北の酒は気が高い。」は、よく聞く。

ひとくち含んで、よーく味わって「もひとつやな。」は数しれず。その中でも「剣菱は旨いな。」と唸っててさすが老舗の名酒。

福井の九頭龍のお燗をすると旨いという珍しい大吟醸を持っていった時は、一口飲んで俺も飲もうとしたら「ちょっと待て、残しとけ。」と言い出してよっぽど旨かったんやな。

そんな父親ですが最近は八海山の純米吟醸を愛飲しています。

一番好きなのは白雪の『伊丹諸白』という酒のようです。

複雑な味わいですが、伊丹諸白はまだ俺には難しいです。

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麹造りと清酒の仕込みの両方、つまり麹米ともろみの掛米の両方に精白米を使うことから名付けられた「諸白仕込み(もろはくじこみ)」。清酒発祥の地・伊丹で誕生しました。ひょうご北摂ツーリズムガイド Web siteより。
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2019年11月26日

子どもの心に扉があるとすれば、その取っ手は内側にしかついていない

先日買いものにいき、ワイフの好きだという未来屋書店へ。

入り口付近で見つけた宮口幸治さんの書いた『ケーキの切れない非行少年たち』をタイトルにひかれて手にとって、興味深く立ち読み。

著者の宮口さんは、公立精神科病院に児童精神科医として勤務したあと、2009年から発達障害・知的障害を持つ非行少年が収容される医療少年院に6年間勤務していた。

授業をしている時に子どもがいうことを聞かない。

そっぽを向いて「こんなことやって意味あるんですか?」と聞いてくる。一人そういう子がいると周りに伝染して皆んなが言うことを聞かなくなる。

箱の中にみかんが入っている。

一つのみかんが腐りはじめると他のみかんもどんどん腐りはじめる。“腐ったみかんの方程式”としてテレビドラマ『金八先生』で有名になった話。

学級崩壊状態になりこんなに皆んなのことを考えているのにと著者は怒り「では君たちが自分でやってみろ。」と放任する。

そうしたら驚くべきことが起こった。

いままでいう事をまったく聞かなかくて無関心だった少年たちが、我先にと教壇に立とうとしはじめた。

それからは非行少年たちの態度が急変。毎回、熱心に話を聞くようになったという。自立心と自律心は人にとって大切なものなのです。

ワークショップでも受動的な時はなかなか発展しないし、能動的な態度とインタラクティブな関係でないとつまらない。

あらゆる方法を駆使してこころを能動的にさせる。

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等分できない子どもたち。『境界知能』というのだとか。小学校二年生で“サイン”は出はじめ、見落とすと犯罪を犯し社会不適合者として少年院へと入れられてしまう。Photo by Google.

さて12月はワークショップが二つあります。東洋大学は人数が多いのでどうするか?考えないと。

出発点をどこにするか?どこを目指すのか?一番伝えたいことは何か?たった2時間、されど2時間。濃密な忘れられない時間にしたい。

子どもたちのほうは、一緒に楽しく遊べばいいだけ。遊びの中でいろいろと学べたらいい。

そうして日曜日まで古巣『大駱駝艦』の天賦典式新作をやっていた。

小田直哉にチケットを申し込んだけれど、スケジュールが変わって行けなくなって残念。

けれどまつもとの帰りに急遽、東京へ寄ることになったのにチケットを取り直すのをすっかり忘れてた。いまそういえばと調べたら終わっていて「ショック」

写真をチラッと見たけれど面白そうだった。しかし巨匠、麿赤兒とその他の存在が徐々に離れて来ているように感じた。

麿さん、ひとりが巨人すぎるのだな。ナンバー2の村松ももっと頑張らねばならないけれど、集団の責任を負っている人とイチメンバーでは、気持ちの持ち方がまったく違うだろう。

我妻のほうが性別が違うぶん、背負わされている部分が大きいのか・・・単なる写真の印象です。

公演つながりで、11月28日(木)14時から振付をした『デフパペットシアター・ひとみ』の公演が県民共済みらいホールであります。

聾唖の人とそうではない人が一緒に活動する人形劇団。

その母体は、井上ひさし脚本で大ヒットした人形劇『ひょっこりひょうたん島』をやっていた劇団『ひとみ座』です。

演出の新鋭、立山ひろみさんとは、オペラシアターこんにゃく座の『おぐりとてるて』以来、2度目のお仕事でした。

今回上演される『河の童』は火野葦平が書いた『河童曼荼羅』が原作のお話しで不思議な面白さに溢れています。

ご用とお急ぎでない方は是非、ご覧くださいませ。

わたくしのほうは、東京から一路大阪へ。そこから川西へと寄って両親の顔を見て何かやることがあればやってから都志へ。

寒いぞー。

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ひとみ座ロビーにて、ドンガバチョの本物を持たせてもらう。
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2019年11月25日

恨みと怒りと寛容

先日のGSOMIAがもめた原因は、戦時中の大日本帝国による徴用工問題にあるそうです。

戦争という敵も味方もなく老若男女すべての人を巻き込み、どうしようもなく犠牲を強いるもの。すべての不幸の原因“戦争”。

いつまでも消せない人間の恨み、怒り、許せない思いという厄介なものの原因“戦争”。

ローマからフランシスコ教皇がやってきて、長崎・広島を訪れて平和の祈りを捧げました。

「核兵器は持っても使ってもいけません。原子力は持っても使ってもいけません。」当たり前でシンプルな訴え。

世界平和をこころから祈る姿が印象的でした。

何故、子どもでもわかる“持っても使ってもいけないもの”がこの世界に存在するのか。理想と現実。嘘と誠。矛盾に満ちた大人のやる不思議なこと。

湯山のお父さんは、物理化学者でまさに原子力について研究していたとか。人類のもつ知的好奇心からはじまった核開発、それに続く原子力開発。

物理科学者の責任ということについて、いまも考え続けておられるようです。

核兵器の誕生は誰に責任があるのか?

E=mcの自乗というアインシュタインの閃きで生まれ、その一つの数式からはじまった核の力を解き放つ行為。

原因はこの数式なのだから、アインシュタインに責任があるのか。

二人の科学者の雑談からはじまった核の力を利用するアイデアだから、この二人に責任があるのか。

それを軍事利用することを思いついた軍人のせい、そのことを許した国家のせい。原爆をつくった人たちのせい、原爆を実際に落としたパイロットのせい、etc..etc...

原爆が日本に落ちる原因をつくってしまった、大日本帝国の軍人たちのせい。

大日本帝国の最高責任者だった昭和天皇の責任は?

そもそも人類というものが存在しなければ核なんて生まれなかったのだから、人類すべての責任なのだ・・・

責任の所在がいまも曖昧で、誰も責任をとろうとしない原爆の実戦投下。

人類史上はじめてとなる壮大なる実験だった広島・長崎への原爆実戦投下は、残念ながら大成功をおさめてしまった。

「これは使えるぞ。」

世界中の軍人が飛びついて、核開発競争をはじめる。いまも続く核開発。困ったなあ。

核の傘なんていう不気味で呪われたものに守らている、世界で唯一原爆投下された国・日本の絶対矛盾。

罪は人にあるのではなく、戦争にあるのです。

小さなことでも戦争につながる芽は、いかなる理由や言い訳、大義名分があろうとも摘んでいかねばならない。

子どもたちの未来を守るため、その子どもたちへ永遠につながる命を守るために。

軍隊を持つために、大量の兵器を買わされるために、平和憲法の象徴『第九条』を変えることは何がなんでも阻止しなければならないのです。

恨まれ、怒られて謝るべきなのは、戦争であって戦争を起こした人々です。

そうして、どこかで怒りの連鎖は断ち切らねばならない。

許すという大切な行為。

寛容さはいま最も世界中に欠けていて、最も必要なこころだと思います。

寛容さの権化のような教皇が、核廃絶へ向けての象徴的な存在になっていくといいなあ。

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ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は、バチカンを訪れていた南スーダンのサルバ・キール大統領と、反政府勢力を率いるリヤク・マシャール氏と会見し、ひざまずいて和平の祈りを込めて両者の足にキスをした。スラムで育ち、若い頃はバーの用心棒をしていたとか。(c)AFP PHOTO / VATICAN MEDIA
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2019年11月24日

まつもと続き

「最近、また長くなってきてるで。」とワイフに言われたので「どきっ」

1200文字ぐらいが丁度いいのだけど、膨らませ過ぎるとすぐに1800文字とかいってしまう。なので二つに分割。

まつもとの続きです。

違う組み合わせでも観てみたいので、メンバーをじゃんけんでシャッフル。順番も任せて急いでトイレへ。

「さあ、もう一度遊ぶぞ。」

伊藤延子、荒井正樹、堀田康平のグループは最初へんな展開だったなあ。

荒井君が「今日は何の日だか知ってますか。」と言葉を口にするのを聞いて、言葉というのは意味がわかり易く強いぶん、説明になり易く気をつけないといけない。とメモ。

2人の男が絡んでいるところに伊藤さんが入ったら「懐かしい匂いがします。」「畳の匂いです。」とか言うので「失礼やろ。」と笑ったり。

伊藤さんは、結構なお歳の女性なのです。けれどそのあとも「物干しの匂いがします。」とか展開していくのでまあいいか。

終始仲がいい感じで「平和だなあ。」としみじみ。

次の葛岡由衣、竹川絵美夏、菅沼旭人の組では絵美夏が1人ではじまってそういえばさっきも1人ではじまってなかったっけ。何故だろう?

「坊さんが屁をこいた。」みたいな展開だけど、由衣がうごくのでうごいたらいけないルールではないのか?

終始、疑問に満ちてスリリングに展開していく。

旭人が銀色のカーテンの中に入ってかたちが次々と変わっていくのが観ていて飽きなかった。「人の前で面白くあるためにどうすればいいのか?」という舞台芸術の宿命を体現する典型。

要するにルックスが面白ければ、それで良かったりするのです。舞踏の得意技の白塗り、金塗り銀塗りはその命題へのひとつの答え。

カーテンの中で服を脱ぎはじめて「出ている足は生足のほうがいいなあ。」と思っていたのでナイス。絵美夏も入ったので由衣も入れ。と期待。

けれど由衣は幕を上げて旭人の脱いだ服を奪い取って床にぶちまける。その中にパンツも入っていて旭人ピンチ。

これは旭人、幕から出れないな。と思いどうなるか期待。「ぱっ」と出てきたらパンツを履いていてびっくり。

「驚かせてよ。」というのは観客の率直な欲望、期待を裏切り観る者の想像を常に超えていくのです。

絵美夏と由衣の微妙な掛け合いから、ラストは民話みたいになってほのぼのと終了。

最後の白鳥達也と志藤大造、木友葉組は白鳥のヘンテコなダンスでスタート。

友葉のちょっと気持ちの悪い白鳥に抱きつくという思い切った行動にはじまって、女性と男性という関係を最大限に使って皆んなを翻弄しつつ展開。

白鳥はゲイっぽいから、大造が抱きついてコメディータッチになったり。

友葉と大造の息のあった素敵な踊りがあって、練習でもしたんかと不思議に思う。

終始ヘンテコな踊りで皆んなを幻惑し続ける白鳥、ラストは何故かSFみたいになって想像力を刺激してくれた。銀色のカーテンに吸い込まれて行く3人・・・

楽しいけれど二度と戻って来ない、いまここで立ち上がった瞬間、瞬間の終わり。

舞踏でも芝居でもない“名付けられない”瞬間の出来上がりなのでした。

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体調不良で惜しくも欠席した見尾田歩。彼の変態性が加わったらまた違う展開が生まれていただろう。左、高木友葉。Photo by まつもと市民芸術館 Twitter.
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2019年11月23日

2度と来ない瞬間

昨日は『まつもと演劇工場NEXT』最終ワークショップの後遺症というか、先日のことをたまに思い出しながらニヤニヤ。

最後に成果発表ではないけれど、3人ずつのグループに分かれて発表をした。

なんでもありでルールはなし。

自己紹介というのも関係なくていいか。即興だから最初と最後も自分たちで決めよう。

トップの白鳥達也、荒井正樹、菅沼旭人のグループは30分以上続いた。けれど最後まで付き合おうと決心して止めなかった。

最初に、前回いなかった白鳥がお芝居に持ち込んで、しかし菅沼がかわして完全なお芝居には入っていかない。

慣れている感じがしたので「こういう不条理な即興芝居はよくやるのかな。」と思ったり。

菅沼がものを持ち出したのでそれをどう使うか興味を持って観ていたら、使いあぐねて戻しててもったいない。“物”はうまく使うと重要なアイテムになったりする。

前回までは保育園の狭い舞台をつかってやっていたので、急にだだっ広いスタジオになって距離感が変でそれがまた関係を可笑しくする。

荒井がゲラでよく笑うので、中途半端な等身大の笑いではなくて巨大な笑いの鋳型ぐらいに持っていくといいなあ。とメモ。

観ながら「一体全体なにをやってるんだろう?」と思うけれど舞踏は“愚行”を大切にするのでよし。

顔に落書きしたりするグダグダで悪フザケ的なスケールの小さな時間から、急に3人が広がって彫刻のような絵になり巨大なホワイトボードが雄大なスケールで回っている時がとても格好が良かった。

クライマックスだったな、本来ならあれで“暗転”。

けれど、そんなスイッチも用意もないのでそのあとも続いていく。何度も終われそうなのに誰も終わろうとしなくて「ハラハラ」手に汗を握った。

次の竹川絵美夏、堀田康平、木友葉のグループは1人1人があらわれるパターンでそれがなかなか展開していかないもどかしさが良かった。

公園で自己紹介の練習をしている女と、へんてこなダンスの練習をしている女。

そこへ怪しげな意味ありげな男が喋りながら近づいて行く。

その前の晩に一緒に飲んだら「お芝居だとやりやすいです。」的なことをつぶらな瞳で語っていた堀田が、芝居調で確かにしっくりときていて「なるほど。」

観ながら“伝わる、伝わらない”ということにも思いを馳せる。

特別支援学校でワークショップをやると、言葉以外のコミュニケーションがあるのを実感する。意味とか理解を超えた人と人の関わり。

最後はだんだん近づいていく堀田の姿でフェードアウト。

そのあとの展開も観てみたかったが、イメージをかきたてられた。答えを聞かない方が想像力は働くこともあるのです。

次の伊藤延子、葛岡由衣、志藤大造のグループは葛岡さんが終始、怒り気味で「なんで?」という行動を繰り返す。

大造の閃きと創意工夫が笑いを誘い、伊藤さんの忍者のような姿で行われるツッコミどころ満載の踊りで変てこに展開していく。

音を効果的につかって歌もあって盛り上がってよかった。

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まつもと演劇工場NEXT第2期生、バージョン違い写真。向雲太郎より時計回りに、竹川絵美夏、志藤大造、伊藤延子、菅沼旭人、荒井正樹、木友葉、白鳥達也、堀田康平、葛岡由衣。
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2019年11月22日

切に願います

西東京市に戻ってきました。

しかし一週間ほどいたら都志に帰ります。庭の木を剪定して家の大掃除をして新年を迎える準備をしてから12月にまた東京に戻ってきます。

今回は、まつもとの帰りに少し立ち寄った。てな感じです。

西東京市は、のんびりしてていいです。

都会という感じがあんまりしない。広大な公園もあるし緑はまあまあ豊か。しかし都志や城崎に比べると灰色のコンクリートジャングルですが。

昨日は、湯山にホームページの更新を頼まれているけれど休み休み、家の片付け掃除をしました。

俺がいない間は、片親状態なのでワイフが仕事をしながら家事を完璧にこなすのは難しい。

世のシングルマザーやシングルファーザーは本当にたいへんです。想像しただけでへとへとになります。何かどこか誰かを犠牲にしないといけない。

ダスティン・ホフマン主演の『クレイマー・クレイマー』では家事まで手が回らず、子どもが大怪我をして会社を解雇されてた。観ながら「たいへんだなあ。」と思ったのを覚えている。

しかし考えてみたら、共働きも同じか。いや家事の分担はできるから片親よりは断然有利。

そういうたいへんな人たちの為に保育園をスタジオの近所につくったりする『スタジオジブリ』のような進んだところもあるけれどほんの一握り。

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スタジオジブリの保育園『三匹の熊の家』Photo by PHOTOZO.

女性が働くのは当たり前で子どもを産んでも働き続けるのも当たり前の時代になったけれど、それを受け入れる社会の態勢はまだまだ男性が考えた社会だったりする。

多様性を受け入れるためには、まずはその人の立場に立ってその仕組みから変えていかないと無理を強いられ、犠牲になる人が出て来るのです。

この社会は、前提に満ちている。

立って歩けるという前提でつくられた家。耳が聞こえて目が見えるという前提でつくられた街。男性が働くという前提でつくられた社会。

家に女性がいて家事をして、男が外へ出て働くということを前提につくられた社会の仕組みのあれこれ。

時代遅れで頭の固いハゲのおじいさん達が牛耳っているこの日本という国・・・困ったものです。

権力にぶら下がって疑うことをしない人々もいる。

驕りたかぶって、嘘を平気でついてそれを隠す人がこの国を率いている。そして、その人の足を引っ張ることしか考えていない人たちがいる。

愚かすぎる足の引っ張りあい、程度の低い誹謗中傷の応酬。

そんな醜い大人たちの姿を子どもは、しっかりと見ていますよ。

自分のことや、自分の家族のこと自分のまわりの人たちのことだけじゃなくて、この国すべての人のことを考える。そんなリーダーがあらわれてくる未来に期待をしよう。

その為には教育あるのみ。

世の大人はこの国の未来を背負うべき人物をつくっているのだと、しっかりと自覚を持って教育に励むべきです。前提を疑えるような頭の柔らかい子どもを育てていく。

他者の気持ちも考えられる、思いやりに満ちた人物に育てていく。

そうしてこの世界がもっと面白くなって、平和に暮らせる世界になっていくといいなあ。

切に願います。

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奥さん役はメリル・ストリープだったのか。Photo by Google.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:08| ブログ?

2019年11月21日

また会おう

昨日は、松本に一泊してワークショップ開始まで余裕があったので、国宝松本城を拝見に。

現存する日本最古の城で戦国時代につくられたので、戦う気満々の城の内部と威風堂々の真っ黒な威容が素晴らしかった。

矢や鉄砲を撃つための穴“狭間”がいたるところにあり、石垣を登って来る敵に石を落とす“石落”まであって防衛のためのあれこれが考え尽くされていた。

『へうげもの』にもよく描かれていた、急な階段の数々が天守へと続く。

よじ登るように上がっていった天守からは松本が一望できて「ここで長野の山々を眺めながらお酒を飲んだら、さぞや気持ちが良いだろうなあ。」と想像。

平和な江戸時代に増築された月見櫓は途端に柔和な感じがして「ほっ」とした。

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ガイドの方が「この城郭と堀が二年で造られたなんて信じられない。」と言ってるのを小耳に挟んだけれど確かに。Photo by 国宝松本城 Web site.

城を出たら隣の松本市立博物館で面白そうな展示をやっていたので「まだ時間は大丈夫か。」と観覧。

菅江真澄という日本民俗学の祖のような人物の展覧会だった。民俗学といえば柳田國男と折口信夫が有名だがこういうパイオニアがいたのだな。

生涯をかけて日本中を旅して市井の人々から聞き書きして記録をした真澄を柳田國男は評価をしたが、そのいっぽうで名前を公に出すことはしなかったとか。

誰にも真似のできない真澄のような活動ではなく、全国の同志と協力し共同で研究をするスタイルで日本の民俗学を確立したいという柳田の思惑があったのだ。

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菅江真澄(すがえますみ)どうやってその地域に溶け込んだのか?歌人であった真澄は歌によっていつも馴染んだのだとか。Photo by Google.

そろそろ時間なので博物館をあとにして自転車で走ります。途中おやきを買おうとお土産屋さんへ入ったら骨董品も売っていたのでウロウロ、大日如来が売っていたので見せてもらいます。

都志の仏壇に本尊が欲しいけれど、こればかりは縁なので慎重になります。

つくりは丁寧だけど「うーん」、と隣に円空仏らしきものがあったので聞いたら本物だった。本物の円空仏を手にとって拝見。比べて見たら本物と偽物という感じだった。

円空仏なんて売ってるんだな。30万円以上してとても手が出ないのでおやきを買って退散します。

円空は報酬を求めずに仏像を彫ったはずだから、誰かがお金に困って売りに出したのか。それか盗品かもしれない。

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円空仏は子どもの遊び人形でもあった。Photo by Google.

とか考えながらまつもと市民芸術館へ。やる内容がいまいちハッキリしないけれど真面目になるな。ワークショップなんて遊び。遊びに行くのに考えることなんてない。

最初は真似をして盛り上げようかと思ったけれど、皆んなの様子を伺ったらそれぞれでストレッチをしているのでそのまま続けるように指示。

のんびりと20分ぐらいそれぞれの時間を過ごして、あらい君が腰が痛いというので整体を皆んなでやる。その後、ペアでマッサージ。

そろそろいいかと、はじめます。加藤直さんからの手紙を確認し、前回の映像を観ます。

そうして3人ずつで「これまでやってきたワークショップのすべてをぶち込んでやってみよう。」

皆んな遊び心と創意工夫に満ち満ちていて「なんでやねん。」と突っ込みたい愚行が随所にあった。スリリングな瞬間や「かっこいいなあ。」と思うような時もあった。

前回とは会場が違うので、その空間の違いや距離感も興味深かった。

「はっ」とするようないい瞬間に満ちていて、とても美しい瞬間が沢山ありました。何よりも明るく笑いに満ちていたのが嬉しかった。

楽しい時間は「あっ」という間に過ぎ去り終了。面白かったなあ。

「勘とセンス」by Akaji Maro. 

勘とセンスを磨いて、そうして踊りを磨くには人間を磨くしかない。

同じようにお芝居を磨くには、人間を磨かなければならないのだと思います。本を読んだり映画を観たり旅をしたり、旨いものを食べて美味しいお酒を飲んで、たまにはハメを外して馬鹿をやってみたり。

色んな人と会話して、喧嘩をしたり恋をしたり失恋したり。

お金のことは、持っている人に任せて・・・

「お互いもっと活躍して、必ずやまた会いましょう。」

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まつもと演劇工場NEXT第2期生、総勢9名。欠席、見尾田歩。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:37| ブログ?